戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
名も無きOTONAが登場します。
101話からの新たなるスタート!
翼たちがルシフやアルカ・ノイズと戦闘し、苦戦を強いられる中、響とマリアは死ぬ物狂いで機械のように暴走する雷を止めようと全力を尽くしていた。
こちらから放つ攻撃は全て捌かれ、果てには打とうとする前に潰され、逆にカウンターを喰らう。呼吸を整えるために後ろへ下がれば漆黒の稲妻が飛んでくる……。まさに手の出しようがない。
肩で息をしている響が拳で汗をぬぐい、
「はぁッ……はぁッ……、これ以上は……翼さんたちがッ?!」
「立花響ッ!」
呪いに犯された雷が息をつく暇を許してくれるはずもなく、汗をぬぐうために下がっていた響の顔面に膝蹴りを叩きこむ。何とか腕をクロスして直撃は防いだものの、衝撃で後ろにのけぞってしまう。が、それで雷の攻撃がすむはずもなく、曲げていた膝を伸ばし、響の後頭部に足を引っかけて地面に叩きつけた。ぶつかった衝撃で地面にひびが入る
「がぁッ?!」
「……」
「くッ……!」
苦虫を噛み潰したような顔でマリアは短剣を蛇腹状に伸長し、雷を拘束しにかかるが、モーションから技の発動を予測していた雷が一気に距離を詰める。そして短剣を持つ右腕を捻じり、捻じった方向と同じ方向に足を払う。マリアの体が自然と倒れ、その襟首をつかんで背後から拳を振りかざしていた響にぶん投げた。
「マリアさんッ?!」
「かはッ……!」
空中で、しかも投げられたことで避けることが出来ず、響の拳がマリアに直撃する。当然響もほぼ振りぬいた状態で止めることが出来るはずもない。
最小限の動きで相手を仕留める……。そんな戦い方をしている雷は平静としているが、響たちは疲労困憊だ。膝が笑っている。
「すみません……」
「謝ることではない……!今は……、あずまを止めることが先決だ……!」
「……」
雷がゆっくりと二人のほうを向き、余裕の足どりで歩を進める。その足取りはすでに響たちを敵とは見なしていないようだった。何故なら偶々翼たちの手前二人がいただけであって、響たちのほうを向いたわけではないからだ。
笑うひざと己の心を鼓舞し、二人は雷の前に立ちあがる。目の前に戦闘可能な『敵』が現れたことで、雷の足も止まった。
響たちも分かったことがある。今まで伊達に殴られたり、蹴られていたりしたわけではないのだ。今までの戦闘から、雷は決して自発的に攻撃を行わない。こちらが攻撃的な行動をとった時のみ反応するのだ。
実際、後一撃でも喰らえばダウンするであろう二人に対し、一切の攻撃反応をとっていない。この事実が、響たちの仮説を裏付けていた。
(雷が教えてくれたんだ……!組打ちの時、相手をよく観察して、どうすれば攻略できるのかを考えるってッ……!)
「あれ、やりましょうッ!あれなら雷にも攻撃と認識されないはずですッ!」
「ぶっつけ本番よ?それに上手くいくかどうか……出来るの?」
「思い付きを数字で語れるものかよッ!」
マリアの懸念を響が一蹴する。
確かにこれ以外に手はないのは事実だ。しかし、それ以上にリスクが大きすぎる。失敗する可能性のほうが確実に高いだろう。
それでもマリアはS.O.N.G.の装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴではなく、雷と共に居たいただのマリアとして選択した。
「その賭け、乗ったわッ!」
「マリアさん!」
「チャンスは一度!二度目はない!ならば一発で成功させればいいだけの事ッ!」
「はいッ!」
そう言って二人は手をつなぐ。そして……、
「「Gatrandis Babel Ziggurat Edenal Emustolronzen Fine El Baral Zizzl Gatrandis Babel Ziggurat Edenal Emustolronzen Fine El Zizzl……」」
絶唱した。膨大なエネルギーが迸り、翼たちやルシフも思わず響とマリアのほうを向いてしまう。翼が叫んだ。
「無茶だマリア!立花!土壇場でのS2CAなど!」
「マリアッー!」
「響さんッ!」
調、切歌二人の声も届くが、それでも二人は止まらない。この一撃に賭けるしかないのだ。
「スパーブソングッ!」
「コンビネーションアーツッ!」
「「セットッ!ハーモニクスッ!」」
響の絶唱特性である『手を繋ぐ』で絶唱のフォニックゲインを束ね、マリアの絶唱特性、『ベクトルの操作』で乱れに乱れている束ねられたフォニックゲインを強引に制御することで、この土壇場でS2CAを完成させる。
その名も、S2CAツインブレイク type-H(ハンド)。心を闇に蝕まれ、閉ざされた雷を助け出す為だけの技!響とマリアだけが放つことが出来る、彼女を救うためだけの技!
左右のバンカーユニットを連結させ、響が構える。
「S2CAツインブレイクッ!」
そして腰のブースターを点火し、一気に突っ込んでいく。そんな彼女の背中を、ガントレットのブースターと腰のブースターでマリアが全力で後押しした。
「「とどけぇぇぇぇッ!」」
二人の全てを賭けた一撃。いや、一手は、闇にのまれた雷の胸に届く。
二人に攻撃する意思はない。ただ、もっと彼女と手を繋ぎたい……、笑い合いたい……、話し合いたい……。それだけの事だった。故に、この一手は、雷に届いたのだ。
○○○
足元を見れば、私を犯した、壊した、傷つけた人たちのけ穢れた血。手には血まみれの、漆黒の魔剣。あと一人、あと一人だけ……。私をこんな地獄に追いやったやつを殺せば私は楽になれる。こんな地獄から解放される……。
雷の心はもう既に殺されかけていた。残った最後の一人が彼女によって殺されてしまえば、雷の精神は跡形もなく崩壊するだろう。
ダインスレイフは、一度抜けば血を吸うまで鞘には収まらないという。なら、斬るものが無くなった場合はどうなるのか?答えは簡単、剣を抜いた者。即ち、自らを斬り殺すのだ。そして、魔剣の刃が最後の獲物の姿を捉え、雷がそれに従うように彼女の前に立った。彼女が斬り殺されれば、魔剣の凶刃は雷に向くだろう。
その時だった。明るい暖かな光が、血に濡れた、荒んでボロボロになった雷の心を照らす。響とマリアの思いが光となって雷を包み込んだのだ。
暖かい……。そうだ……こんな気持ち、初めてじゃない……。私を最初に助けてくれた人……。私にぬくもりを、取り返してくれた人……。
ダインスレイフの―そもそも魔剣にそういう概念があるかは疑問だが―誤算。それは、
彼女が虐待やいじめから解放されたのは、一人の新任教師の活躍があった。その時、雷はすでに心を閉ざしていたためよく覚えてはいないが、彼女の言った言葉は確かに深く雷の心に響き、ぬくもりを残していたのである。
スケッチブックを小脇に抱えた誰かが私の手を取って言ってくれた。
「先生が先生になったのはね、雷さんみたいな子を一人でも助けてあげたいと思ったからなの。先生になれば、子供の変化にも気づいてあげられるかなってね」
そう言って『先生』は心を閉ざして何の反応もしない私に笑いかけてくれる。
「そういう先生もね、虐待を受けて育ったから、雷さんの痛みや苦しみは全部じゃないけど、よくわかってるつもりなの。そんな同じ境遇の、あなたの人生の先輩から一言プレゼントします!じゃかじゃかじゃかじゃ~じゃんっ!」
小脇に抱えたスケッチブックの表紙をばっと開き、私に見せてくれた。
「『どんなにつらい過去でも、全て明るい未来に続く道である!』」
そっと『先生』が私を抱きしめてくれた。
「雷さんの受けた痛みがどれほどの物かは経験した雷さんにしかわからない……。でも、そんな過去を背負ったことで、本来はなかった出会いがあるかもしれない。二度と会えないと思った人と会えるかもしれない。過去は一本しかないけれど、未来は何千、何万と可能性があるの」
私を抱きしめていた『先生』は体を離し、私の焦点の合わない目を見て、
「だからね?今までの幸せなこと、辛かったこと全部ひっくるめて、背負って生きていけばいいの。無限の未来は、背負ってきた物の分だけの、ハッピーエンドないろんな冒険を与えてくれるはずよ!」
そう言って、またにっこりと笑いかけてくれた。
私を照らしてくれた暖かい光が、闇の中にあった暖かな記憶を思い出させてくれた。先生!私、もう逃げません!辛い物も幸せな物も全部ひっくるめて、背負って生きていきます!過去があったから響や未来、翼さんにクリスに出会えたし、マリアに調に切歌にも再開できた!立派でなってみたいと思える大人にも出会えた!
だからッ……私はッ!
○○○
本部ブリッジが、真っ先に雷の変化を捉えていた。
「雷ちゃん、ダインスレイフの呪いに打ち勝ちました!精神バイタルが安定域に入りました!」
「良かったぁ……」
藤尭の報告にブリッジ中の職員の歓声が上がった。だが、ルシフとの決着はついていない。すぐに各々が持ち場に戻り、戦闘管制を続けている。だが、誰もがその喜びを隠しきれていない。エルフナインも、緊張による疲れからほっと息をついた。
丁度その時だった。雷とつながっている通信機から、聞き覚えのある旋律が聞こえ始めたのだ。その直後に、ケラウノスの様子を捉えていた友里が声を上げる。
「ケラウノスのフォニックゲイン、猛烈な速度で上昇していますッ!」
「まさか……雷臨……」
「いえ、ですが雷ちゃんのバイタル、非常に安定しています!」
「どういうことだ……?」
『雷帝顕現』が発動している。なら、雷は意識を失っているはずだ。だが、安定しているということは、そうではないということを意味している。
その結果が何を生むのか。全員が固唾をのんで、自らの仕事をこなしながらモニターを見つめた。
○○○
ルシフの前に翼たち装者四人が膝をついていた。
「これほどの物とはッ……」
「打つ手なしかよッ……!」
「あはははHA☆!もうおしまⅠ☆?じゃ、全部吹き飛んじゃE~☆!」
ルシフは嘲る様に言った後、手のひらを頭上に突き出し、エーテルの大型錬金陣を展開した。金色の、回転するまばゆいエネルギーが周囲を照らす。
翼たちの背後にいる響とマリアも、その輝きに思わず目を瞑ってしまう。
そしてそれを、装者たちに向けて、打ち放った。圧倒的な威力を持つエネルギーの光に、全員が飲み込まれ、全てが終わる……はずだった。
見えない壁のようなものに阻まれ、翼たちの前で光が消滅する。
いつまでたっても来ないエーテルの攻撃に、恐る恐る全員が目を開いた。何故攻撃が届かなかったのか?それは翼の前に展開された膨大なエネルギーを誇る斥力の壁に阻まれていたからだ。
こんなものを展開できるのは一人しかいない。そして、これほどのエネルギー量。通常では出せないはず。それを為す何かを知っている翼とクリスが慌てて振り返り、それにつられて調と切歌も振り向いた。
そこには……。
「この旋律は……『Apple』の……」
「あず……ま……?」
「大丈夫?みんな。心配かけてごめん。でも、もう大丈夫だから」
目を開け、意識を保ったまま、『雷帝顕現』を発現させた雷の姿があった。
ユニットは全開に展開され、インナースーツや装甲の灰色だった部分は黄金に輝き、腰のマントは金色に染まった後、稲妻そのものへと変化している。さらに、襟のユニットからは稲妻がマフラーのように伸びていた。
ただ異なるのは、イグナイトモジュールを完全に制御したことでギアが黒く、鋭角的になっていることだ。
『シンカ・雷帝顕現』
発動時に発生する強力な斥力を五本のティアラの角で制御し、装者に当たるのを回避して錬金術のみを防いだのだ。
「響!マリア!……ありがとう!」
「思いっきりぶちかましてきなさい!」
「行っちゃえ雷!」
「うん!」
元気よく笑みを浮かべて答え、空間を割るような轟音と共に雷の姿が消える。そして雷は、主観的に時が止まったと感じるほどの速度でコンビナート中のアルカ・ノイズを全て殲滅すると、まだ投擲した後の格好のままのルシフの前に立った。
「エーテルの回転に攻撃が飲み込まれるなら、飲み込まれる前に攻撃を決めればいい」
ほぼ止まった時の中で、隙だらけな鳩尾に蹴りを叩きこむ。彼女の体が空中に吹き飛ばされ、これでどこにも逃げることは不可能となった。そもそも、『シンカ・雷帝顕現』を発動された時点で逃げ道はないのだが。雷はさらに跳躍し、空間に電磁の壁を作ることで背後に回り、腰をひねって居合いの態勢をとった。
そして自身の背後に展開した電磁の壁を蹴って加速し、空間そのものをレールガンに見立てた居合切りでルシフの首を刈り取る。
『雷帝・
雷が動きを止めたことで、彼女の主観的にほぼ止まっていた時間も正常に動き始める。
「HE……?」
そして、撃破されたことにようやく気付いたルシフは間抜けな声を上げた後、喜色満面の笑みを浮かべ、
「あA☆!これでやっと、ボクもオートスコアラーとしTE……☆!」
切り口から膨大なエネルギーの稲妻が発生し、ルシフの体を分子レベルに電気分解した。彼女の体が跡形もなく消え去っていく。
戦いが終わり、ケラウノスの装甲やユニットが元に戻りはじめ、襟のユニットから勢いよく余剰分の稲妻が放出される。
ほっと一息をついて振り向くと、響と調、切歌が飛び掛かってきた。
「おかえり雷ぁ~!」
「姉さんが帰って来てくれた!」
「姉ちゃんにまた会えたデスよぉ~!」
「わわっ?!」
雷が飛び掛かってきた三人を何とか受け止めていると、背後にいたクリスに拳骨を落とされてしまう。
「痛っ!」
「バッカ野郎!心配かけやがって」
それでも笑顔を浮かべている。彼女も帰ってきたことがうれしくて仕方がないのだ。
クリスの後を、ゆっくりとした足取りで翼とマリアがやってくる。
「あの切り口、私の教えた居合だろう。轟、見事にものにしたな。だが、それが見れたのも帰って来てくれたからだ。轟、よく帰ってきたな」
「全く、心配ばかりかけて……」
「ごめんなさい……」
翼は満足げに、マリアは怒りながら笑っていた。雷も笑いながら謝っている。そしてまた、響たちにもみくちゃにされた。七人の笑い声が響く。
明るく、温かい夏の太陽が雷たちを照らした。
・武御雷
空間そのものを鞘とし、レールガンの原理で稲妻でできた刀を抜刀する神速の抜刀術。『雷帝顕現』発動時に使用したため威力が跳ね上がり、切断どころか電気分解してまった。
・シンカ・雷帝顕現
ギアのロックが解除されたことによって出力が上がり、さらに発動と解除が自由意思で行えるようになった。しかも、本当の発動条件を満たしたことで自我を持ったまま発動できるようになっている。
本当の発動条件はマイナスの感情で発動させるのではなく、極限までのプラスの感情……つまり本能レベルの喜びを持つこと。雷はそのためにいろんな思い出の詰まった歌である『Apple』の旋律を刻むことで起動させている。
簡単に思えるかもしれないが、これを発動するレベルの敵と戦いながら、通常の歌を歌い、それらをこなしながらギアとは別口で魂から『Apple』の旋律を心の中で奏でなければならない。(今回は普通に口で奏でたが、本来は心の中で奏でる)
ギアが強化されたが、やはり出力が防御力をオーバーしており、三分間の使用限界が存在し、これを過ぎると強制的に解除される。だが、途中で解除した場合は火傷のダメージこそ残るものの、それ以外は問題なく戦闘を継続できる。
『シンカ』は、様々な意味合いを持っている。