戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
幼少期に使っていた翼の部屋にいた翼とマリアだったが、外から聞こえてきた破壊音を耳にし、音の元凶のもとに駆け出していく。そこには、屋根の一部が破壊され、そこにはオートスコアラー・ファラがソードブレイカーを携えて悠然と立っていた。
しかし奇妙な点があった。少なくとも、ここを襲撃する目的は要石の破壊。そして、それはすでになされている。にもかかわらず、ファラがこうしてやって来たのかが分からなかった。
故に翼が問いただす。
「要石が破壊した今、貴様に何の目的があるッ?!」
「ふふふ、私は歌が聞きたいだけ……」
「Seilien Coffin Airget-Lamh Tron」
返ってきた答えは全く答えとして成立していない。聞くだけ無駄と判断したマリアは、即座に自身のアガートラームの起動聖詠を歌う。
翼も共にギアを纏い、二人がかりでファラに斬ってかかった。マリアが短剣を投擲するがファラは跳躍して避け、二人は屋根を足場にして彼女を追う。
風の錬金術によって構築された竜巻がマリア達の間に割って入り、連携を分断した。が、その程度で怯むような彼女たちではない。マリアはガントレットから短剣を抜刀し、引き抜くと同時に蛇腹剣に変形させて斬りかかった。
『EMPRESS†REBELLION』
しかし剣である以上はファラのソードブレイカーの餌食となってしまう。ファラは風を纏わせながら振り下ろし、ソードブレイカーの哲学を纏わせた風で蛇腹剣を粉砕した。しかもその程度では勢いは止まらず、マリアもろとも吹き飛ばしてしまう。
「うあぁぁぁッ?!」
「マリアッ?!……くッ、この身は剣、切り開くまでッ!」
自分までやられるわけにはいかぬと刀を構えなおし、駆け出す。が、ファラは自然体を崩さずに切っ先を翼に向け、
「その身が剣であるなら、哲学が凌辱しましょう」
そのまま振り上げる。その振り上げによって放たれた哲学の奔流が翼を飲み込む。剣を壊すという哲学によって、携えた刀だけでなくギアも、そして本来ではありえない、翼の肉体そのものまでもが砕かれ始める。翼自身が自らの肉体を『剣』と定義してしまっているため、通常以上のダメージを負っているのだ。
「砕かれてしまう……剣と鍛えた、この身も……誇りも……ああぁぁぁっ!」
哲学の奔流を受け止めきれず、翼は、いや、翼という名の剣は吹き飛ばされてしまった。
同時刻、本部モニターが、深淵の竜宮とリンクしたカメラ映像を映し出している。そこには、こちらも狙っている聖遺物、ヤントラ・サルヴァスパがすでにキャロルの手に落ちたことを証明する映像であった。
しかし、まだキャロルたちは撤退していない。であるならば、まだこのキーピースを奪い返すことも出来るはずだ。
物は聞かされていても外見を知らない弦十郎が、
「あれは……」
「ヤントラ・サルヴァスパです」
「クリスちゃん達が現着!」
すでにギアを纏ったクリス、調、切歌の三人がキャロルと、彼女の護衛であるレイアの間に立ちはだかった。
○○○
己が身を剣と定義しているがゆえに通常以上のダメージを受けている翼が、地面に這いつくばる。痛みによる体の震えを感じながら、
「夢に破れ……それでもすがった誇りで戦ってみたものの……くッ……どこまで無力なのだ、私は……」
「翼!」
「翼さん!」
ともに歌うマリアの声も、後ろから支えてきた緒川の声も翼には届かない。だが、そんな時、一人の男の声が夜の風鳴亭にこだました。
「翼!」
「っ……お父様……」
その声の主は翼の父、八紘の物であった。オートスコアラーと交戦しているという命を懸けた状況の中、彼は怯えも見せず、厳格な立ち姿で翼に声をかけた。
「歌え翼ッ!」
「……ですが私では、風鳴の道具にも、剣にも……」
「ならなくていいッ!」
「お父様……?」
未だに自らを道具としてあろうとする馬鹿娘に、八紘は他の誰でもない、彼女の父親として発破をかける。
「夢を見続けることを恐れるなッ!」
「私の……夢……」
「そうだ!翼の部屋、十年間そのまんまなんかじゃない!散らかっていても、塵一つなかったッ!お前との思い出を無くさないよう、そのままに保たれていたのがあの部屋だッ!娘を疎んだ父親のすることではないッ!いい加減に気付け馬鹿娘っ!」
あの部屋の光景が翼の中によみがえる。
確かに、あの部屋にはマイクの上やCDデッキ、ランドセルに机のプリントにまで塵一つなかった。父親の思い。それを翼は心に受け、自然と涙がこぼれ出る。
「まさかお父様は……私が夢をわずかでも追いかけられるよう……風鳴の家より遠ざけてきた……?」
八紘は目を閉じたまま、何も答えない。
「それが、お父様の望みならば……私はもう一度、夢を見てもいいのですかッ?!」
声は打ち震え、涙は目尻よりあふれ出す。
親の心、子知らず。ようやく自らの真意に気づいた馬鹿娘の問いに、父親は何も言わず、頷きでもって答えた。
翼は父親に背中を押され、防人ではなく娘として立ち上がる。
「ならば聞いてくださいッ!イグナイトモジュール……抜剣ッ!」
スイッチを押してモジュールを起動し、魔剣の力を身に受けてシンフォギアが変質。漆黒へと変化し、鋭角的なシルエットを形作る。そして通常よりも長大になった刀を抜刀し、突撃した。
「味見させていただきます」
ソードブレイカーを差し向けるファラに向かって跳躍し、背中に沿うほどに振り上げた刀を両手で勢いよく振り下ろした。
ファラに回避されてしまうも、返しの刃で追撃をかける。
刀が中央から割れ、そこからエネルギーの刃が放たれる。
『蒼ノ一閃』
その一刀はソードブレイカーによって流されてしまうが、夢を追いかけると決めた翼は終わらない。さらにエネルギーを巨大化させ、再び構えた。
同じくして、クリス達も交戦状態に突入していた。
「こうなりゃやむなしだ!プランBに移行することも覚悟しろよッ!」
「分かってる」
「了解デェス!」
クリスの展開した小型ミサイルがキャロルを捉えるが、彼女はエーテルによる全天周防御陣を展開してコースをそらす。
きりしらコンビは単体に相手に秀でた切歌が鎌を振り回してレイアを、調が『非常Σ式・禁月輪』を用いてアルカ・ノイズを刈りつくす。
ついで調は空中で禁月輪を解除し、バインダーから無数の小型鋸を放った。それらはクリスのミサイルと同じく弾かれてしまう。が、その瞬間、キャロルは拒絶反応から錬金陣を解除してしまう。襲い掛かってきたうちの一発がヤントラ・サルヴァスパを彼女の手から弾き飛ばし、もう一発が空中で真っ二つに鋸によって斬り裂かれた。
「ヤントラ・サルヴァスパがッ?!」
「タダでやるよか万倍マシだぁッ!」
『MEGA DETH QUARTET』
「地味に窮地!」
ギアそのものを砲台と化し、大小無数のミサイルで好機となった今を見逃さずに撃ち尽くす。しかし護衛を務めるレイアがそうはさせまいとコインをマシンガンのように連射して撃ち落としていくが、ミサイルのほうが数が多い。誘爆も含めてかなりの数を迎撃したものの、最後の一つ。しかも、最も巨大なミサイルを打ち漏らしてしまった。
滅多に焦りを見せないレイアが叫ぶ。
「マスターッ!」
キャロルの眼前にミサイルが迫る。
翼は天高く跳躍し、虚空からエネルギーの刃を雨のように降り注がせる。
『千ノ落涙』
「いくら出力を増したところで!」
放つ技は全てソードブレイカーの一振りによって砕かれてしまう。剣と定義されている以上かみ砕かれるのだから、天羽々斬を纏う翼とは絶望的に相性が悪い。
ファラはもう一振りのソードブレイカーを取り出し、
「その存在が剣である以上、私には毛ほどの傷すら負わせることは敵わない」
両のソードブレイカーを振るい、二つの竜巻を発生させる。そしてその二つの間から、剣を翼に向けたファラが突撃してきた。
自らの天敵から避けることもせず、父親からの言葉を胸に受けて真っ向から迎え撃つ。
「剣にあらずッ!」
脚部ブレードを展開し、逆さになって回転した。ソードブレイカーと脚部ブレードがぶつかり合い、砕けたのは、ソードブレイカーであった。
折れたソードブレイカーを見つめ、
「あり得ない……。哲学の牙が何故?!」
「貴様はこれを剣と呼ぶのか?!否っ!これは、夢に向かってはばたく『翼』ッ!」
両足の『翼』に炎を纏わせ、『翼』と定義した二刀を両手に携え、夢に向かって飛翔する。
「貴様の哲学にッ!翼は折れぬと心得よぉぉッ!」
自分だけではない、父親も、支えてくれる大人も、友も『剣』ではなく『翼』と定義するのだ。どこに恐れを抱く必要があろうか?ありはしない。
翼は体ごと回転させ、炎の翼となってファラに向かって斬りかかる。彼女はソードブレイカーで受け止めようとするが、すでにこれは『翼』なのだ。止められる道理は有りはしない。彼女の体ごと、真っ二つに両断した。
『羅刹・零ノ型』
夜空にファラの高笑いが響く。
「お前ら覚悟しろ……。プランB……それもルート2だ……」
「薄々覚悟してはいたデスけど……」
クリスの放ったミサイルが爆発せずに止まっている光景を見て、彼女達は思わずこぼした。ミサイルの放つ煙の中から、聞き覚えのある下卑た男の笑い声が聞こえてくる。
その男はネフィリムの左腕でイチイバルのミサイルを受け止め、喰らう。
「久方ぶりの聖遺物……。この味は甘くとろぉけて癖にな↑るぅぅぅ↓」
「……」
クリス達が来るならもう少し遅くに来いよと思っていると、ミサイルを全て吸収しきったウェルが前髪を払い、
「反応が薄いねぇ?真実の人が来たというのにぃ?このぉ……ドクター……ウェルがぁぁぁぁ!」
目を点にしているキャロルを背後に、謎のポーズを決めて自らの名を名乗った。
雷ちゃんの出番はないが計画の出番はある。