戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~   作:兵頭アキラ

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全力でキャロルを叩き潰しにかかる雷の作戦。


父と娘

 通信によりエルフナインの負傷、確認できるすべての情報が伝えられ、雷の立案した計画に沿って装者たちがそれぞれ行動を開始する。クリス、調、切歌は弦十郎たちと共に切り離した潜水艦で東京に急行。翼、マリアは緒川の運転する車に乗って同じく東京に急行していた。雷も未来を安全なところに避難させ、走って響のもとに向かっている。

 ケラウノスを纏って向かてもよかったのだが、今この状況でギアを纏えば市民に圧迫感を与えてしまうという考えから今は生身だ。

 彼女は避難誘導をしながら響のほうに向かっていると、切歌から通信が入った。

 

『姉ちゃん!今大丈夫デスか?!』

「避難誘導しながらで良ければ!」

『問題ないデス!姉ちゃんは『BYH』って知ってるデスか?!』

「それ、どこで知ったの?!」

 

 雷がいきなり叫んだため切歌は驚いたようだ。スピーカー越しに軽くひっくり返ったような音が聞こえる。慌てた様子で切歌が再び通信機を耳に当て、

 

『ど、ドクターがメモに書いてた暗号デス!姉ちゃんなら意味が分かるかなって……』

「ッ……!ありがとう切ちゃん!弦十郎さんに伝えて!この戦い、勝ったよ!」

『そ、それってどういう……』

 

 興奮のあまり切歌が何かを言いかけていたが、通信を切ってしまった。雷は通信機をポケットに滑り込ませ、状況に似合わぬ意気揚々とした表情で再び走り始めた。

 潜水艦にいた切歌が、

 

「き、切れちゃったデス……」

「切ちゃん。姉さん、なんて言ってた?」

「……わかんないデス。でも、勝ったって……」

 

 取り合えず切歌は雷の言ったことを弦十郎に報告し、その後、エルフナインの応急処置を行いながらなぜ彼女が勝ったと断言したのか。そのことに、首をそろって傾げた。

 

○○○

 

 キャロルは、自身の父親から託された命題をウェルに馬鹿にされたことにはらわたを煮え繰り返していた。ウェルからすれば、最高の叡智を手に入れるにもかかわらず、それだけで終わらせてしまう彼女のことが理解できないのだろう。彼は、決して表には出さずに心底自分の選択が間違えでいないことを喜んでいた。

 そんなウェルの内心を知らず、キャロルは怒声を上げる。

 

「託されたものを、『なんか』とお前は切って捨てたかッ?!」

「ほかしたともさ!ハッ!レディがそんなこんなでは、その命題とやらも解き明かせるのか疑わしいものだァ!」

「何……?」

 

 怒りの沸点が急速に下がる。人間、怒りが限界を超えればいったん冷静になるものだ。それは、厳密にはもっとも本物のキャロルに近いホムンクルスである彼女も同じだったようだ。

 ウェルは計画の通り、さらにキャロルを煽る。

 

「至高の叡智を手にする等、天荒を破れるのは英雄だけッ!英雄の器が小学生サイズのレディには、荷が勝ちすぎるぅッ!」

「チッ」キャロルは舌打ちを打った。

「やはり世界に英雄は僕一人ぼっち……。二人と並ぶものは無いッ!やはり僕だぁ!僕が英雄となって……!」ウェルがハイテンションな一人演説を続ける中、キャロルは小さく呟いた。

「どうするつもりだぁ……」キャロルの手元で転送用の錬金陣が展開される。

「無論人類のためぇ!善悪を超越した僕が!チフォージュ・シャトーを制御してぇ……!」

 

 キャロルに背後を向けたのが間違いだった。キャロルはダウルダブラの先端でウェルの体を刺し貫いた。彼は自身の体からダウルダブラの先端が突き抜けていることを認識する。

 キャロルはウェルを刺し貫きながら、

 

「支離にして滅裂。貴様みたいな左巻きが英雄になれるものか……」

 

 そう言ってキャロルは、ウェルの体からダウルダブラを引き抜いた。そしてすぐに風の錬金陣を展開し、足元のおぼつかない彼の体を端まで吹き飛ばした。背中をしたたかに打ち付けたウェルは欄干にもたれかかる。

 ウェルは腹部の出血を確認し、

 

「駄目じゃないか……、楽器を、そんな事に使っちゃあ……」

 

 キャロルはダウルダブラを抱えたまま、満身創痍になりながらも笑みを消さないウェルのもとに歩を進める。

 

「シャトーは起動し、世界分解のプログラムは自律制御されている……。ご苦労だったな、ドクターウェル。……餞別代りに、お前の命乞いぐらい聞いてやろう」

 

 ダウルダブラを振り上げ、完全に見下した目をキャロルはウェルに向けた。ウェルは汗でへばりついた髪をかき上げ、嘲るような笑みを浮かべて言った。

 

「レディは舞台の支配者になって満足しているようだが……君はもう支配者なんかじゃない……!君はすでにただ『悪役』を演じる役者の一人に成り下がっていることを自覚するがいい!」

「いうにことかいてまだオレを挑発するか……!」

 

 キャロルの怒りが限界を超えた。

 彼女は振り下ろしてウェルを突き落とそうとするが、彼が予想外の行動に出た。自分から飛び下りたのだ。

 よってキャロルは、怒りをどこにも向けることが出来ず、ウェルの残した意味深な発言に思考を締め上げられ、さらにその上から拒絶反応によって身も、思考も、心にもダメージを負うこととなった。

 複数の痛みに体を蝕まれたキャロルは、欄干によりかかって無い胸を抑え、

 

「立ち止まれるものか……!計画の障害は、例外なく排除するのだ!オレは支配者なのだから……!」

 

 錬金術で外の様子を把握する。そこには、自らの父、洸と口論をしている響の姿があった。

 シャトーをカメラに収め、その映像をテレビ局に売ろうとしていた洸はそれをポケットにしまい、頭をかいた。

 

「やっぱ不味いよな……」

「いい加減にしてお父さん!」

「ほう……そいつがお前の父親か……」

「響!空から人が!」

 

 上空から降りてきたキャロルの姿を、彼女と相対する形となっていた洸が真っ先に反応する。彼の声で響は振り返り、キャロルを正面に捉えた。

 

「キャロルちゃん……」

「終焉の手始めに、お前の悲鳴を聞きたいと、馴染まぬ体が急かすのでな……」

「あれはやっぱり、キャロルちゃんの?」響はキャロルの背後にあるシャトーを見て言った。

「いかにも。オレの城、チフォージュ・シャトー……。アルカ・ノイズを発展応用した、世界をバラバラにする解剖器官でもある」

 

 シャトーの中から複数の機械音が反響して聞こえてきた。

 

「世界を……。あの時もそう言ってたよね?」

「あの時、お前は戦えないと寝言を繰り返していたが、今もそうなのかぁ?」

 

 一瞬動きを止めてしまうが、今の自分は違うのだ。この拳は誰かを守るための拳だと理解しているからこそ、響はペンダントを掲げようとする。が、それをキャロルが妨害した。

 錬金術で発生した小型の竜巻がペンダントを撃ち抜き、吊り下げていた紐が切断される。

 赤いペンダントが宙を舞った。これでは、ギアを纏うことが出来ない。

 

「ギアがッ?!」

「ッ」

「もはやギアを纏わせるつもりは毛ほどもないのでなァ!」

 

 キャロルはさらに錬金陣を展開する。

 ギアを纏えなくても拳があれば戦えると言うように響は構えをとった。キャロルは錬金陣を展開したまま、

 

「オレは、父親から託された命題を胸に、世界へと立ちはだかるッ!」

「お父さんから……託された……」

「誰にだってあるはずだ……」

「私は何も……託されていない……」

 

 父親から何も託されていない。その事実が、響の体から力を抜けさせる。だがキャロルは止まらない。

 

「何もなければ耐えられまいてぇッ!」

 

 響は動くことが出来ない。このままでは錬金術が直撃してしまう。その直前だった。突然、背後から洸に掴まれて横っ飛びに回避してしまう。洸は響の上に覆いかぶさり、彼女の体を破片から守る。

 

「響!おい!響!」必死に声をかけるが、キャロルがエーテルの錬金術を彼に向けた。

「世界の前に分解してくれる……」

「うわぁぁあぁぁ!」

 

 洸は錬金術を向けられ、情けなく走り出した。響は倒れながら、走り出した父親を見上げ、

 

「お父さん……?」

「助けてくれぇぇぇ!こんなの、どうかしていやがる……!」

 

 洸は彼女の視線を背に受けながら、なぜか足を止め、周辺を見渡しながら悲鳴を上げた。

 父親に見捨てられた響は、悲痛な顔を彼に向ける。彼女の脳内で、家族を捨てた彼の光景がフラッシュバックした。自然と涙がこぼれ出る。

 洸をわざと走らせるように、少し後ろに錬金術を撃ちこむ。

 

「ハハッ!逃げたぞ!娘をほおりだして、身軽な男が駆けていきおる!」

 

 遂に追い詰められた洸は尻もちをつき、恐怖に怯え、後ずさった。そして手近にあった小石をキャロルに投げつけ、来るな来るなと惨めったらしく喚きながら立ち上がって走り出した。

 父親の痴態を見て立ち上がる気力もわかない響に対し、キャロルは洸で遊びながら、

 

「大した男だなァ、お前の父親は。オレの父親は、最後まで逃げなかった!」

「ひびきッ!今のうちに逃げろ!壊れた家族を元に戻すには!そこに響もいなくちゃ駄目なんだ!」

 

 洸はキャロルの錬金術を避けながら精いっぱい叫ぶが、遂に彼女の放った一発が彼の足元に着弾した。爆発が起き、洸は吹き飛ばされる。

 響は思わず、

 

「お父さんッ?!お父さん……!お父さんッ!」

 

 叫んだ。

 娘の声に、洸は痛みを堪えて何とか立ち上がる。情けない姿かもしれない。娘に胸を張れるような父の姿ではないかもしれない。自分が傷つかねば娘を守れないくらい分かっている。だけど―だから―、

 

「これくらい……へいき、へっちゃらだ……」

「っ」

 

 洸の言った自分の口癖。それを聞いて、幼かったころの思い出が蘇る。

 彼は、どんな時でも、どんな痛い事、嫌なことがあっても、響の前で「へいき、へっちゃら」と言って笑ってみせた。そしてそれを言われた彼女も、自然と笑顔になる。これは、笑顔をつくる。そんな魔法の言葉だったのだ。

 響は、託されたものの正体に気づく。

 

(そっか……。あれはいつも、お父さんが言っていた……)

 

 父はゆっくりと、娘の笑顔を守るために、絆をもう一度紡ぐために立ち上がる。

 

「逃げたのではなかったのか?」

「逃げたさ……。だけど、どこまで逃げても!この子の父親であることには逃げられないんだ!」

「お父さん……」

 

 洸はキャロルと相対し、

 

「俺は生中だったかもしれないが、それでも娘は本気で、壊れた家族を元に戻そうとッ……!」

 

 足元にあった石を彼女に投げつける。が、ノーコンなのか、それらは一向に当たる気配がない。当たったとしても、それは防御壁に阻まれるであろう。故にキャロルは、それらを意に介さず、無駄な抵抗と決めつけていた。

 響は気力を振り絞って立ち上がる。

 洸は石を投げ続けながら、

 

「勇気を出して向き合ってくれたぁッ……!だから俺も……なけなしの勇気を振り絞ると決めたんだぁッ……!」

 

 響が完全に立ち上がり、父、洸を正面から見つめる。その視線を受けた洸は光り輝く石を手に、

 

「響ッ!受けとれぇぇぇぇッ!」

「ッ?!」

 

 キャロルが驚愕する。何故なら石などではないからだ。それは……

 

「Balwisyall Nescell Gungnir Tron」

 

 父の勇気と意志を胸に、響はガングニールの聖詠を歌い、そうはさせじとキャロルが錬金術を撃ち放った。

 その光景を見て洸は膝をつき、悲痛にくれた声で、

 

「響!」

「へいき、へっちゃら」

「響……」

「私、お父さんから大切なモノを受け取ったよ……。受け取っていたよ!」

 

 煙が晴れ、その中からガングニールを纏った響が現れる。

 彼女の胸には、「へいき、へっちゃら」どんな辛い時にも、苦しい時にも耐えられる、笑顔になれる、魔法の言葉。

 

「お父さんは、何時だってくじけそうになる私を支えてくれていた……。ずっと、守ってくれていたんだ!」

「響……」

 

 父親の呟きに、響は頷いて返す。今度は自分が頑張る番だ。成長した自分を見せるために、響はキャロルを見据え、歌を歌う。




父との仲直りは響の問題なので変化はありません。背中を押すぐらいはしましたけどね!

何故、雷は深淵の竜宮の事を弦十郎に聞かず、わざわざハッキングしたのでしょう?

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