戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
バルベルデ共和国某所、とあるオペラハウスにこの国の軍事政権のトップとその周囲を囲う者たちが集っていた。彼らはここにオペラを見に来ているわけではない。ボロボロの赤い垂れ幕が見えるステージから最も近い場所に、トップの男が座していた。彼らは亡命の事について話しているのだ。
軍服を着た側近の男が言う。
「閣下、念のため、エスカロン空港にダミーの特別機を手配しておきました」
「無用だ」閣下と呼ばれた男が一蹴する。「亡命将校の遺産『ディー・シュピネの結界』が張られている以上、この地こそが一番安全なのだ」
ディー・シュピネの結界。それは、人の意識と機械の信号をそらし、存在しないように見せかけることのできる不可視の結界。
それは逆説的にいうところの、
「つまり、本当に守るべきものはここに隠されている」
ということだ。しかも、その声は女性のものであり、彼らの中に女性はいない。即ち、侵入者。「何者だ?!」と一人が声のした方を向く。光の差し込む三つのガラス張りの大きな窓。そこに三人の人影が見えた。見たところ全員女性だ。
向かって一番右端、恐らくリーダー格であろう19世紀ごろの男性帰属の着るような服を着て、その上から白衣を羽織った男装の麗人が口を開く。
「主だった軍事施設を探っても見つけられなかったけど……」
隣、中央にいる一番何もかもが小さい、奇妙なカエルのぬいぐるみを抱いてメガネをかけた少女が、
「S.O.N.G.を誘導して、秘密の花園を暴く作戦は上手くいったワケダ」
右端、最も淫靡な肉体を持ち、服装も露出の多い頭の軽そうな女性がターンして、
「慌てふためいて、自分たちで案内してくれるなんて、可愛い大統領♡」
何故か一つのセリフを三つに分割させて言った。
如何やら大統領は見覚えがあるようで、慌てて客席を立ち上がる。
「サンジェルマン!プレラーティ!カリオストロ!」
右から順に彼女たちの名前を呼んだ。
だが、彼女達は彼に反応すらせず、プレラーティがカエルのぬいぐるみを顔の前に持ってきて、めんどくさそうに言った。
「せっかくだから、最後にもう一仕事してもらうワケダね……」
その声に続き、サンジェルマン達が歌い始める。
急に歌い始めた彼女たちに戸惑い、そして大統領だけが知っている人物であることが気になって、側近の一人が大統領に何者かを問う。
「あの者たちは……」
「パヴァリア光明結社が遣わせた錬金術師……」
「あれが異端技術の提供者たち……!」
そう、国連軍を一網打尽にし、シンフォギア装者たちによって一網打尽にされてしまった原因であるアルカ・ノイズ。そのほか、様々な錬金術の提供元が、パヴァリアの錬金術師である彼女たちなのだ。
大統領が歌を歌い続ける彼女たちに襟に留められた、蜷局を巻く蛇の意匠が特徴的なバッジを見せる。
「同盟の証がある者には、手を貸す約定となっている!国連軍がすぐそこにまで迫っているのだ!奴らを撃退してくれぇ!」
大統領は同盟者として要望を叫ぶが、帰ってきたのはカリオストロの投げキッスだけだ。彼は困惑のあまり頬を引きつけさせる。そうしているうちに、サンジェルマン達が歌を歌い切った。それに呼応するように、大統領の襟に留められたバッジが光を放つ。
その光は大統領が味方だと認識している者たちの体からも放たれ始め、彼らは体中を掻き毟って悲鳴を上げ、光の粒子となって消滅していく。粒子は劇場を飛び回り、天井付近の一か所で渦を巻いて集合した。
体を包み込む光は大統領にも例外なく発現し、異常なまでの痒みに襲われながら消えて言った者たちと同じく体中を掻き毟る。
「痒い!痒い!でも……ちょっと気持ちいぃい……」
少し背中にミミズがのたくりそうな辞世の句を吐き、大統領も側近と同じく粒子となって消滅した。その光の粒子は天井付近で集合していた粒子と合わさってサンジェルマンが掲げた右手のひらに集まり、白く輝く球体となった。
その球体を彼女は見つめ、
「七万三千七百八十八……」
と、数字を呟いた。状況から見て、恐らくこのように光にした者たちの人数だろう。
彼女たちは劇場の床を開け、地下へと続く階段を進んで行った。
○○○
雷たちが制圧した軍事施設だったが、ここの指揮官はすでにドロンしていたようだ。どこを探しても―それもケラウノスのレーダーを使用しても―見つけることが出来なかった。雷は今も屋根の上に立ち、ギアを纏ったままレーダーによる捜索を続けている。
指令室とみられる場所に翼が立つ。
「如何やら指揮官には逐電されてしまったようだな……」
そんなことを呟いていると、ドアの前に響とクリスが一人の現地民とみられる少年と立っていた。
「翼さん、この子が」
「俺、見たんだ!工場長が来るまで逃げていくのを!もしかしたら、この先の村に身を顰めたのかも……」
「君は……?」
「俺はステファン!俺たちは無理矢理、村からプラントに連れてこられたんだ!」
翼の問いにステファンと名乗った少年は間髪入れずに答え、クリスは手のひらに拳を打ち付ける。
響が通信を雷に繋いだ。
「雷!今の話聞こえてた?」
『聞こえてた。この先の村だね、了解』
落雷のような音が聞こえた後、通信が途切れる。雷が向かって行ったのだ。
一方、調査部と友里、藤尭はある場所の地下室に来ていた。ある場所とはオペラハウス。つまり、サンジェルマンがいた場所だ。
彼らは信号波形を妨害している。つまりそこは探知できないという違和感からこの場所を逆探知し、何かがあるとみて中に潜入していたのだ。そして案の定、何かがあった。
(プラント制圧を陽動に乗り込んでみたが、とんだ拠点のようだ……)
藤尭が芸城内にしかけてあった隠しカメラの映像を見ながら思う。
すると頭上で何かがずれる音と、階段を下りるような複数人の足音が聞こえてきた。友里がハンドサインで合図し、拳銃を携えて足音を立てずに移動を開始した。
「ちょ、ちょっと……!」
藤尭の静止は無視される。
○○○
オペラハウスの地下。この場に似つかわしくないモノが数多に置かれた所にサンジェルマン達がいた。様々なものが置かれているが、彼女らの目的は一つだけ。それはぼろ布をかけられた、何かの塊のようだった。
サンジェルマンがぼろ布を取り払うと、オレンジ色の水晶の中に眠る、一つ目のヘッドギアを付けた子供の人形の姿があった。恐らくオートスコアラーだろう。
そんな彼女達の様子を、友里が特殊双眼鏡越しに捉えていた。
だが、この状況は一瞬にして崩れ去る。藤尭が持っていたタブレット、この場所のスキャニングが完了したことを報告するアラームが鳴り響いたのだ。
「なぁ?!」
一番驚いたのは藤尭である。しかし、そのけたたましいアラームが物音一つなかった地下倉庫に響き渡り、近くにいた友里はもちろん、サンジェルマン、プレラーティ、そしてカリオストロにも気付かれてしまう。
三十六計逃げるに如かず。であれば打つ手は一つ。
「撤収準備!」
友里の号令と共に調査部の面々が拳銃を打つが、相手は錬金術師。防御陣によって容易く防がれてしまう。
だが、この場は足止めさえできればいいのだ。彼らの動きは迅速であり、すぐに撤収を完了させる。
「会ってすぐとはせっかちねぇ……え?」
カリオストロが手のひらに水の錬金陣を展開しようとしたが、サンジェルマンに止められてしまった。彼女は横にあった置物のほうを向き、
「実験にはちょうどいい……。ついでに、大統領閣下の願いも叶えましょう……」
と言って器のように展開された錬金陣と、その中央で輝く白い球体を手のひらに浮かべ、
「生贄より抽出されたエネルギーに、荒魂の概念を付与させる……」
竜の様な置物にそれを近づけると、白く輝く球体からそれを真似たような小さな竜が出現した。しかも竜は即座に巨大化し、天井を突き破って地面を喰い破り、撤退した友里たちを追いかける。
バックミラーにその異様を確認し、
「何なのアレ……!」
「本部!応答してください!本部!』
『友里さん!藤尭さん!」
藤尭の叫びはエルフナインのもとに通じた。
「装者は作戦行動中だ!死んでも振り切れ!』
『死んだら振り切れません!」
藤尭は泣き言を言うが、通信している内にも三台あった車両の内、二台が喰われてしまっている。最後の一台となり、何とか回避し続けているものの、竜は車両の前方に狙いを定めた。
絶体絶命の窮地だったが、
「軌道計算!……暗算でぇッ!」
藤尭がサイドブレーキを引き切り、強引に速度を落として間一髪で回避した。
「やり過ごせた……うわぁ?!」
「ッ?!」
安堵したのもつかの間、躱された竜は地面に潜り込み、逆にしたから車両を突き上げたのだ。車は吹き飛び、真っ逆さまに地面にぶつかる。
その様子を岸壁の上からサンジェルマンは眺めていた。
「あなた達で七万三千七百九十四……。その命、世界革命の礎と使わせていただきます」
「革命……?」
何とか抜け出した友里と藤尭だが、絶対的窮地であることには変わらない。むしろ悪化している。錬金術師が三人に謎の竜が一体。
打つ手なし。ではなかった。
「Seilien Coffin Airget-Lamh Tron」
「っ」
「歌……?」
「何処から……」
聞こえてくるはマリアの聖詠。近づいてくるは一台の車両。その車は竜へと突撃し、爆発した。
友里、藤尭。二人の窮地を救う装者たち。シンフォギアを纏ったマリア、調、切歌が立ちはだかった。
○○○
大西洋上、とある豪華客船のテラスにて一人の人影があった。
そんな人物の近くに、この船に見合うドレスを着た一人の女性が頬を赤らめながら近づいていく。
「ここ、よろしいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
その人影は女性であった。彼女は『科学の結婚』と記された本を閉じてそれを黒いトレンチコートの中へと仕舞い、白い羽がつけられた黒いノーブルハットの中から緑色の双眸をのぞかせる。
女性が彼女の事を男と見間違えるのは無理がない。何故なら男装をしているからだ。ドレスの女性は彼女の美しさを見てそれが女性でも構わないと思った。
「すみません。吾輩は女でして……」
「いえ、かまいませんわ。それに謝らないでください。先に声をかけたのはこちらです」
「そう言っていただけると幸いです」
彼女は帽子を胸に当て、白髪に赤いメッシュの入った髪をさらけ出し、微笑みをドレスの女性に向ける。その所作はキザであったが厭味ったらしくなく、かなり決まっていた。
ドレスの女性はその微笑みにやられ、顔を真っ赤にしながら聞く。
「あ、あの、あなたは、ど、どちらに向かわれるのですか?」
「バルベルデへ向かうつもりです」
「なぜ、そんな危険なところに?」
ドレスの女性はその理由を聞いた。
男装の女性は帽子をかぶり直し、白い絹の手袋を顎に当て、足を組む。そして少し考えたような間を開け、言った。
「……人に、合うためですね」
「それは恋人……ですか……?」おっかなびっくりと、ドレスの女性はそうであってほしくないと思いながら問う。だが、答は、
「さあ、どうでしょう?」
男装の女性はクスリと笑った後、コートの内側から金色の懐中時計の扉を開け、時間を確認した後、足元に置いてあった茶色い革のトランクケースを持って立ち上がった。
一方、ドレスの女性は落ち込んでいる。これほどに美しい人だ。彼女にはバルベルデと言う危険な場所に向かうと決意できるほどの思い人がいるのだ。付け入る隙などないではないか。と沈みこんでいた。
そんな彼女を見て男装の女性はかぶっていた帽子を手で押さえ、
「そろそろいい時間です。風邪をひく前に船内へと入るのがよろしいでしょう。あともう少しでコンサートが開かれるようですから、私が降りるまでご一緒しませんか?」
そう言って微笑んだ。
ドレスの女性はこれを聞いて落ち込み、沈み切っていた顔を喜色満面へと変え、立ち上がって彼女の腕をとる。
腕をとった後、彼女は名前を聞いていないことを思い出した。礼節を知らない自分が恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら、
「失礼ながら、まだ貴女の名前を聞いていませんでした。何というのですか?」
「ヨハン。ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ。それが吾輩の名です」
「ヨハン……男性のようなお名前ですね」ドレスの女性がクスリと笑う。
「ええ、吾輩もそう思いますよ」
彼女は微笑みながら女性をエスコートする。
ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ。
彼女こそ、パヴァリア光明結社に所属する錬金術師の幹部であり騎士。そして、サンジェルマンに錬金術を教授した人物である。
ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ
錬金術師にして騎士。小説家でもあるという男装の麗人。サンジェルマンの師匠。
黒いスーツに黒いトレンチコートを羽織り、白い羽があしらわれた黒いノーブルハットをかぶっている。手には白い絹の手袋と茶色い革のトランクケース。
髪は白に赤のメッシュが入ったショートカット。
愛読書は『科学の結婚』
好きな花は赤いバラ