戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
バルベルデから帰還した雷たちは、リディアンの講堂で始業式をしていた。調と切歌も最初のような遠慮やためらいがなく、今ではすっかりリディアンの一員だ。
響の夏休みの宿題は雷と未来が全力を尽くしたものの、バルベルデの一件でただでさえ無かった時間を圧迫され、終わらせることが出来なかったようだ。響は先生に頭を下げ、未来が頭を抱え、雷は机に額を押し付けている。
なお、その後にあった水泳の授業では響はかなりの好成績を出していた。雷は例によって見学である。過去の闇は取り払うことは出来たものの、流石にトラウマを克服するのは一朝一夕ではどうにもならない。
授業が終わった後、雷にリボンを結われながら響の髪をすく未来が言った。
「大変だったのね。急に飛び出して行ったと思ったら、地球の反対側でそんなことが……」
「うん……。そこでまた、錬金術師に出会ったんだ……」
「連中の所為で私達が駆り出されることになっちゃてねぇ……」
響が落ち込み、雷がため息をこぼす。二人は、エスカロン空港でのことを思い出していた。
雷たちはヨナルデパズトーリを破壊した後、カリオストロとプレラーティの二人の錬金術師と相対していた。少しのきっかけで激突する。そんな剣呑な空気が二組の間に満たされ、緊張の糸が張り詰めていく。だが、その糸を切ったのは空中から現れたサンジェルマンだった。
彼女の姿を確認しカリオストロが、
「サンジェルマン!」
「てことは、ティキの回収は完了したというワケダ」
「ああ……ッ?!」
完全にキレている雷がその隙をつかないはずがない。彼女は音もなく雷光の速度で接近し、稲妻を纏った回し蹴りでサンジェルマンの首を刈り取ろうとする。その速さは稲妻の残光が弧を描き、目視で光の跡を確認できるほどだ。直撃は免れない。
いくら身体を強化している錬金術師であろうとも、生命維持において重要な部分である首を攻撃されてはひとたまりもないだろう。
「よっと」
「なッ?!」
だが、その一撃は、柔らかなサーベルの切っ先によって逸らされた。雷の体が蹴りの勢いに従って空中を踊る。いわば、ライフルの玉を切らずに弾道だけをそらすような絶技を、突如現れた人物がなしたのだ。その姿は白い羽を刺した黒のノーブルハット、黒い外套に黒いスーツ、茶色い革のトランクケースを片手に携えた男装の麗人であった。
「無事かい?サンジェルマン」
「ヨハンさん……」
「ふふ、いくら幹部と言えど相手から視線を外すようでは、いつか手痛い怪我を負うことになるよ?」サーベルを雷に向けたまま、ヨハンは楽しげに笑う。
「私もまだまだですね」
自身の師匠であるヨハンにサンジェルマンは目を伏せて微笑む。
厳密に言えばヨハンが彼女に教えたのは基礎中の基礎。指先に炎を灯したり、文字の読めなかった彼女に読み書きを教えた程度で、今や錬金術そのものの実力においてはヨハンよりもサンジェルマンのほうが上だった。
だが、錬金術の道具開発、サーベルによる剣技と錬金術を組み合わせた戦闘や錬金術の根幹の一つ、『等価交換』による置換錬金において彼女の右に出るものはいない。故に年下の上司のような関係であるサンジェルマンは今でもヨハンの事を尊敬しているのだ。
ヨハンはサーベルをしまって胸の横にまで持ち上げたトランクケースをポンポンと叩き、
「目的の物は用意してある」
「ありがとうございます」
感謝の念をサンジェルマンは彼女に伝えた後、表情を引き締めて響の元に戻った雷。遅れて到着した翼、クリスと相対した。
「フィーネの残滓、シンフォギア!だけどその力では、人類を未来に解き放つことは出来ない!」
「フィーネを知っている……?それに、人類を解き放つって……」
「まるで、了子さんと同じ……バラルの呪詛から解放するって事……?!」
「まさか、それがお前たちの目的なのか?!」
「ならばなぜ、無辜の人々を傷つける!」
翼たちの疑問、雷の怒りにサンジェルマンは答えない。彼女は正面を向いたまま、
「カリオストロ。プレラーティ。ここは引くわよ。ヨハンさんも」
「ヨナルデパズトーリがやられたものねぇ」
「体勢を立て直すワケダ」
「来てすぐに撤退とは……仕方がない」
「未来を、人の手に取り戻すため。私達は時間も命も費やしてきた……。この歩みは誰にも止めさせやしない」
「未来を人の手にって……待って!」
取り出したテレポートジェムを地面へ投げ落とし、転送用の錬金陣が彼女達の足元で発光し始め、響の問いかけを最後まで聞くことなく姿を消した。
その時の話を聞き終え、リボンの形を調節されながら未来は口を開く。
「目的が了子さんと同じだとしたら……」
「そうしなければならない理由があるのかも知れない……。だけど、その為にたくさんの人を傷つけていいことにはならないよ……」
後ろを向いた響に雷は無言で頷いた。
脳裏に足を失ったステファンのことが蘇る。悲しみ、怒る彼の姉、ソーニャ。そして彼を助けるために足を撃ち抜いたためにソーニャに罵倒され、苦しむクリス。
「ハァ……」
響は思わずため息をついた。それが気になった未来が、
「響、他にも何か心配事があるんじゃない?」
「え?!あぁぁぁ!うん!翼さんとマリアさんが現地に残って調査を続けることになったんだ~!リディアンの始業式には戻ると言ってたから、もう帰ってくるはずなんだけど……!」
「雷は心配事、ない?」
響が何かを隠しているのはわかった。だが同じ現場にいた筈の雷にも聞いた。さっきまで彼女は背後にいたのだ。表情の変化が分からない以上聞くしかないだろう。
雷は二度三度口を開閉させ、そっぽを向いた。そんな二人を、正面から未来は見つめる。根負けした二人は、
「「ちょっと聞いてくれるかな……」」
二人の声が重なった。
バルベルデから帰国している翼とマリアを乗せたプライベートジェットが空を飛ぶ。機内ではマリアが雑誌を広げ、翼は窓から空を見ていた。彼女の足元には大きく、厳重なロックがかけられたケースが立てかけられていた。
○○○
ここは海辺のあるどこか、そこに建てられた屋敷の一室。その一室のベットに水晶のようなものから取り出されたティキが横たわっていた。
サンジェルマンは彼女に手をかざし、錬金術でティキのコアユニットを格納する胸部カバーを取り外す。
(ティキは、惑星の運航を製図と記録するために作られたオートスコアラー)
サンジェルマンの前にあるテーブルにヨハンがトランクケースを置き、それを開けて中から石化した歯車のような物体を取り出した。サンジェルマンは歯車を錬金術で浮かせ、石の部分だけを破壊し、元の道具としての姿『アンティキティラの歯車』としえ復活する。
(機密保持のために休眠状態となっていても、『アンティキティラの歯車』によって再起動し、ここに目覚める)
エーテルの回転を受けてひとりでに回転し始めた歯車をティキの胸部に埋め込み、胸部カバーを元に戻した。再起動の証明として顔の上半分を覆うバイザーのような部分が発光し、浮遊、埋め込まれた球体が輝き、プラネタリウムのように星を投影した。そしてそれが元に戻ると、四百年間機能停止状態だったためぎこちない動きであるが、再起動したティキが起き上がった。顔を覆うバイザーを取り外す。
「ふう……」
「久しぶりね、ティキ」
「やあ、おはよう」
サンジェルマンが厳格に、ヨハンは気さくに声をかけた。ティキの顔が二人のほうを向く。彼女は症状をぱあっと明るくして、
「サンジェルマンとヨハン?!ああ~!よんひゃくねんちかくけいかしても、ふたりはふたりのままなのね?!」
「そうよ。時は移ろうとも、何も変わってないわ」
「つまり、いまもまだじんるいをしはいのくびきからときはなつためとかなんとか、しんきくさいことをくりかえしているのね?よかった!げんきそうで!」ティキは踊っている。
「ティキは変わらないな」
ヨハンは苦笑いを浮かべ、頬を掻いた。
突然ティキが周囲を見渡すようにして誰かを探している。その答えはヨハンたちからすれば一目瞭然だ。
「うーん?!ううーん?!ところでアダムは?!だいすきなアダムがいないと、あたしはあたしでいられないぃ~!」
統制局長アダム。オートスコアラーであるティキの思い人。彼を探して自らの体を抱き、身をよじる。彼女が探しているのを知っているのか、テラスの窓が開き、そこにはダイヤル式の固定電話がぽつねんと置かれていた。ベルがジリジリとなっている。
電話の持ち主は、彼女達の上司。統制局長アダムだ。
なかなかお気に入りのキャラ設定。
実はルシフとティキは特性的に従姉妹だったり。