戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
サンジェルマンは、力のない、ただ蹂躙されるだけだった過去を思い出していた。
ここはヨハンの研究室。怪しい光が揺らめき、幾本のチューブが部屋中を駆け回っている。そのチューブは全て机の上にある装置に繋がれており、その装置の中でハート形の宝石が四つ浮かんでいる。宝石の名は『ラピス・フィロソフィカス』。俗に賢者の石と呼ばれているものである。
部屋の主は外の空気を吸いに出ていた。サンジェルマンはヨハンの技術の粋を極めたそれを見て、
「ラピス……。錬金の技術は、支配に満ちた世の理を、正すために……」
胸の中には、もう二度と、誰かを自分と同じような目に遭わせないという熱い志が燃えていた。
○○○
錬金術師たちの姿は、街中にある超高級ホテルの一室にあった。
窓の外から景色を眺めていたカリオストロは、背後から聞こえてきたティキの声に振り返る。彼女はベッドに寝そべり、最新の恋愛と言うのはどういうものかを研究すべく少女漫画を開いていた。だが、彼女の顔には『退屈』の二文字がでかでかと貼られている。
「たいくつったらたいくつ!いいかげんアダムがきてくれないと、たいくつにくびりころされちゃうかもぉ!」
枕に顔をうずめ、足をバタバタとばたつかせるティキに、ソファーで優雅に紅茶を楽しんでいたプレラーティが「殺されればいいのに」と言わんばかりの視線を向ける。彼女はティキの事が苦手を通り越して嫌いなのだ。計画のキーピースでなければ即刻破壊しているだろう。
ばたつくティキをふんと鼻で笑ってティーカップを持ち上げた瞬間、カリオストロが声をかけてきた。視線をそちらに向ける。
「ねえ、サンジェルマンは?」
「ヨハンと共に私達のファウストローブの最終調整雄なワケダ。踊るキャロルのおかげで、ずいぶんと捗らせてもらったワケダ。後は……どこに行こうとしているワケダ?」
飲むのを止められたため、目を閉じて香りを楽しみながら質問に答えるプレラーティの横を、カリオストロはすたすたと歩いて行った。如何やら外に出るらしい。プレラーティはティーカップとソーサーを持ったままソファーから立ち上がり、カリオストロの背中を見つめる。
「もしかしてもしかしたらぁ!まさかのぬけがけ?!」
「ファウストローブ完成まで待機できないワケダ……」プレラーティが呆れたように言う。
「ローブ越しってのがもどかしいのよねぇ。あの子たちは直接触れて、組みしきたぁいの!」カリオストロは振り返り、身を抱いて楽しそうに言った。
「ちょくせつふれたいって、まるでこいのようなしゅうしんじゃない!あー!わたしもアダムにふれてみたい!むしろさんざんばらふれたおされたい!」
ティキが身をよじらせ、ベッドに倒れ込んだ。それだけにとどまらず、ベッドの上を右へ左へ転げまわっている。
プレラーティが深くため息をついた。
○○○
S.O.N.G.指令である弦十郎と主要メンバー、装者是認は装甲車に乗って松代にあるとある場所に向かっていた。その場所は『風鳴機関』。前大戦末期、旧陸軍が大本営移設場所にと選んだ場所である松代にある、聖遺物を用いた戦況打開法を研究する機関である。これはS.O.N.G.の前身である特異災害対策機動部二科のさらに前進であった。
風鳴と言う弦十郎、そして翼の名字が出てきた瞬間、思わず雷と響、クリスが彼女のほうを向いた。俯いていた翼が顔を上げる。
「そこで研究されていたのが天羽々斬と、同盟国ドイツからもたらされたネフシュタンとイチイバル。そしてガングニール……」
「バルベルデで入手した資料は、かつてドイツ軍が採用した方式で暗号化されていました。そのため、ここに備わっている解読器に掛ける必要が出てきたのです」
「暗号解読期の使用に当たり、最高レベルの警備態勢を敷くのは理解できます。ですが、退去命令で、この地に暮らす人々に無理を強いるというのは……」
「守るべきは人ではなく……国」
「塵の積もった考え方だな」
雷が壁にもたれ、弦十郎の言った論を嘲る。普段の彼女からは考えられないほどに視線は鋭く、冷淡な口調だった。
そんなことを言われるのは予想の範疇だったのか、弦十郎は一切取り乱すことなく続ける。
「そうでなくとも、鎌倉の意思はそういう事らしい」
風鳴機関の研究所内で複数の機械が稼働し、入手した資料の解析に当たっている。聖遺物と言う使い方によっては現代兵器を超越するような劇物をまとめた資料だ。解読完了にはそれ相応の時間がかかるだろう。弦十郎は翼のほうを向くと、彼女は間髪入れずに答えた。
「ブリーフィング後、雪音、立花を伴って周辺地区へ待機。警戒任務にあたります」
「……あれ?私は?」
さっきまでの人を刺し貫くほどの鋭い顔つきをしていた雷が目を丸くし、自分を指さす。リンカーなしでシンフォギアを纏うことのできる雷だったが、警戒任務から外されたのにはケラウノスと言うギアの特性が関係していた。
弦十郎が雷のほうを向く。
「雷君はマリア君たちと共に避難に遅れた住民たちの捜索にあたってもらう」
「姉ちゃんはあたし達と違ってギアを纏えるデスよ?!」切歌が物申した。
「ここは精密機械を多数扱っている。雷君は問題なくケラウノスの稲妻を操るだろうが、ここの所長が戦闘時になれば信用ならんとうるさくてな」
ケラウノスは稲妻、即ち電気を武器にしているため、もしもの時に機械群が壊れてしまうかもしれないという危惧があったのだ。S.O.N.G.メンバーは雷の事を信用しているが、初対面のここの所長からしたらどうなるかわからず、溜まったものではない。
その結果が、マリアや切歌、調達と一緒に避難に遅れた住民の捜索である。双眼鏡を持って周囲を見渡す調と切歌の後ろを、マリアと並んでついていく。
「まあ、こっちの方が楽しいんだけどさ」
「九時方向異常なし!」
「十二時方向も……ああー!」突然切歌が大声を上げた。雷たちが切歌の向いている方を向く。彼女は農園を指さし、「あそこにいるデス!252!レッツラゴーデス!」案山子を見て走り出していった。
「切ちゃん!それは……」雷が呼び止めたが切歌は止まらない。
「早くここから離れて……て怖?!人じゃないデスよう!」
「最近の案山子はよくできてるから……」
調が呆れながら切歌に近づいていった。
二人は楽しそうだが、大人であるマリアの表情は暗い。
「リンカーの補助がない私達に、出来る仕事はこのくらい……」
「おっとぉ?それは私に対する当てこすりかなぁ?」ニヤリと雷が笑った。
「そ、そんなこと……!」
「分かってる。茶化しただけ」
雷はリンカーなしでギアを纏えるにもかかわらず、ギアの特性から警戒任務を外されている。彼女は暗に相性と時間の問題だといっているのだ。遠まわしで分かりづらい励ましだが、今のマリアにはそれがありがたかった。少し表情が柔らかくなっている。
少し離れている調と切歌にも届くように声を張った。
「切ちゃんもしらちゃんも、あまり力みすぎないようにねー!」
「分かってるデス!よし!任務再開するデース!」
頬をぺちぺちと叩き、気合を入れなおした切歌は、前を見ずに走り出した。丁度そのタイミングで、トマト畑の中から人影が飛び出してくる。しかも、丁度切歌のすぐ前だ。
「あ!」
「切ちゃん!後ろ!」
「言ったそばから……」
「大丈夫ですか?!」
マリアと雷が切歌とぶつかった人影。恰好から見てこの畑の主であろうおばあちゃんのもとに向かう。地面にはかごの中から転げ落ちた真っ赤に熟れたトマトがいくつか転がっている。調と切歌が膝をつく。
「ごめんなさいデス!」
「いやいや、こっちこそすまないねえ」おばあちゃんは温和に答えた。
「政府からの退去指示が出ています。急いでここを離れてください」
「はいはい。そうじゃねえ。けど、トマトが最後の収穫の時期を迎えていてね?」
おばあちゃんは両手に真っ赤なトマトを握って見せた。
調と切歌が目を輝かせる。雷も興味をトマトに向けた。
「ずいぶん真っ赤ですねぇ」
「わぁ!」
「美味しそうデス!」
「美味しいよぉ。食べてごらん」
二人はおばあちゃんから受け取ったトマトにかぶりついた。サッパリとした酸味とほのかな甘みが口いっぱいに広がっていく。
「美味しいデス!調も食べるデスよぉ!」
「いただきます……。はむ……ほんとだ!近所のスーパーのとは違う!」二人は向かい合い、満面の笑みを浮かべ合う。雷もそれを食べ、どんな調理が合うかを少し思案していた。
「そうじゃろう。丹精込めて育てたトマトじゃからなぁ」
「あ、あのねお母さん……」
「きゃはーん!みぃつっけた!」
山間なのにやたら露出の追い恰好をしているカリオストロが現れた。おばあちゃんをマリアの後ろにし、調と切歌の前に雷が立った。
追っ払われてしまった頭脳担当