戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
あと伏線の正体をチラ見せ。
夜も更けてきて友里がバルベルデドキュメントの解析の補助に回り、エルフナインと雷がウェルの残したリンカーのデータ解析に当たっていた。雷は手当たり次第に彼に関するワードをベースにして解析してはやり直しを繰り返し、エルフナインはウェルがかつて務めていたF.I.S.でフィーネの遺伝子を持つとされていたレセプターチルドレンから共通項を見つけ出そうと検索を続けている。
そんな彼女達、友里のもとに湯気だったコーヒーを調達が運んでくる。
「友里さん」
「?」
「温かいもの、どうぞ」
「デース」
「温かいもの、どうも。なんだかいつもとあべこべね」
友里はそう言って苦笑いした。
勿論友里だけではなく、雷とエルフナインにもマリアがコーヒーを運んできた。彼女たちの間にある台座にカップを置く。
「あなた達にも」
「ありがとうございます」
「……」
集中しているのか、雷にはマリアが見えていないようだ。少し悩んではキーボードを叩き、また悩んでをひたすら繰り返している。一心不乱と言う言葉がぴったりとあてはまっていた。
マリアはそんな彼女に呆れながらも、頑張る妹を見つめる姉のようなまなざしを向け、
「無茶はしないでね」と小さく呟いてエルフナインのほうを向いて「調べもの?順調かしら」と声をかけた。エルフナインはしょんぼりと俯く。
「……」
「……?!これ……もしかして……」
エルフナインの閲覧していたデータを見てマリアが驚愕する。
無理もない、マリアも同じレセプターチルドレン。自分と同じ、いや、あの時は幼かったが今ならわかる。認定から外れ、シンフォギアの適合率を上昇させる研究に未成熟な体がついて行けず、脱落した少女たちの顔写真がモニターいっぱいに並んでいた。
「はい……。少しでも早くリンカーの完成が求められている今、必要だと思って……」
「私達の忌まわしい思い出ね……。フィーネの器と認定されなかったばかりに、適合係数の上昇実験にあてがわれた孤児たちの記録……」
重い空気が漂う中、雷のタイプ音だけが装甲車の中にこだまする。
マリアはネフィリムの暴走から命を捨ててみんなを守ったセレナのようになるべく、苦痛に耐えきれなくなりそうな体に鞭打ってギアを纏い、適合率の低さから激痛と共に失敗を重ねていた自分を思い出していた。
「マム……」
厳しくも優しい、足の不自由な母親の名前を呟く。そんな時、突然アラートが沈んだ空気を切り裂いた。流石の雷もキーボードを叩くのを止めている。
友里が状況を報告した。
「多数のアルカ・ノイズ反応!場所は……松代第三小学校付近から風鳴機関本部へ進攻中!」
「トマトおばあちゃんを連れて行った所デス!」
「マリア!」
「ええ!」
「待ってみんな!私も……!」雷が装者として前線に出ようと腰を浮かしたが、「雷はデータの解析を続けてて!」とマリアに止められてしまった。
「でも……!」
「私達は避難誘導に当たるだけだから!響さん達なら大丈夫!」
「無茶なことはしないデスよ!」
なおも食い下がったが、調にも止められ、切歌にも命にかかわるようなことはしないという追い打ちを喰らい、渋々腰を下ろした。少し悩んだような顔で俯いた後、真剣な表情で顔を上げて言った。
「……分かった。でも、危なくなったらすぐに呼んでね」
リンカーの完成は何よりも重要だ。エルフナインと共に完成への重要な要員である雷を出来る限りその任から遠ざけるわけにはいかない。渋々ながら了承したのを確認したマリアは頷き、装甲車から飛び出そうとする。
丁度そのタイミングで弦十郎が戻ってきた。
「何処へ行く?」
「敵は翼たちに任せるわ!私達は民間人への避難誘導を」
「分かった。無茶はするなよ」
「ええ」
指令である弦十郎の承認も得、正式にマリア達は小学校へと走り出した。
動くことのできる力を持ちながら動けない雷は唇をかみ、拳を握る。拳が力みすぎて震えていた。そんな彼女の手をエルフナインがそっと握る。
「っ」
「マリアさん達を信じましょう。僕たちは僕たちにしか出来ないことを」
「……そうだね」
力強いエルフナインのまなざしと励ましを受け、表情を柔らかくした雷が再びモニターに向かって解析を再開する。しばらくするうちにまた集中状態へ突入していた。
○○○
アルカ・ノイズの群れに響、翼、クリスが相対し、時間をかけるわけにもいかない彼女たちは速攻で攻める戦法にシフトした。
「イグナイトモジュールッ!」
「「「抜剣ッ!」」」
響の声かけで装者たちはイグナイトモジュールを起動し、白が基調だったギアを漆黒のギアへと変貌させる。制限時間こそつくものの、暴走状態の高出力を発揮できるようにした今ならこの程度のアルカ・ノイズを片付けるのは容易だ。
だが、魔剣を抜くのを待っていた者たちがいた。
「抜剣……待ってました」
「流石イグナイト……すごいワケダ」
「騎士道に反するが……計画のためだ」
「その通りです。だからこそこの手には、赤く輝く勝機がある」
錬金術師四人はハート形の宝石、ラピス・フィロソフィカスがはめ込まれたアイテムを取り出す。
プレラーティが玉の部分に宝石がはめ込まれたけん玉を、カリオストロは指輪を、ヨハンが柄と刀身の間に宝石がはめ込まれた直刀のサーベルを抜刀して顔の前で構え、サンジェルマンが受け皿の部分に宝石をはめ込んだフリントロック式の拳銃を頭上に掲げる。そして、サンジェルマンがラピスに撃鉄を落とした。するとはめ込まれた宝石が赤く輝き始める。他の三人も同様だ。
装者たちの中で、翼が真っ先にサンジェルマン達に気づいた。
翼は正面から彼女たちに向かって跳躍し、刃に炎を纏わせて飛翔する。
『炎鳥極翔斬』
「押してまいるは風鳴る翼ッ!この羽ばたきは、何人たりとも止められまぁいッ!」
青き炎を纏わせた二振りの黒刀を錬金術師たちに振るったが、彼女達を覆う赤い半球状の結界に止められてしまった。それどころか、結界にふれた瞬間ギアが粒子へと変換され始め、さらにそちらに気を取られた瞬間に押し負け、吹き飛ばされてしまった。
「翼さんッ!」
しかも吹き飛ばされただけならまだいい。いつの間にかギアから漆黒が失われ、通常状態へと戻っていた。それに加えてただはじき返されただけなのに翼が立ち上がれぬほどのダメージを負っている。
響が錬金術師たちのほうを向く。
彼女たちは月をバックに装者たちを見下ろしていた。ただ恰好だけが異なっており、ボディースーツとアーマーを纏っていた。響は似たようなものを目にした事がある。キャロルが使っていたダウルダブラのソレだ。
響はその名を口にする。
「まさか……ファウストローブッ……!」
「よくもセンパイをぉぉっ!」
クリスが小型ミサイルを彼女たちに発射した。
それをプレラーティが武装のけん玉を巨大化させて振り、光の意図で繋がれた巨大な球が空中で投げ出されて高速回転し、フィールドを展開してすべて防いだ。そしてその煙の中から、拳に光を溜めたカリオストロとサーベルを構えたヨハンが飛び出してくる。
カリオストロが拳から殴るように光線をクリスに向けて照射した。彼女はそれをリフレクターで受け止める。
「このくらい……ッ?!」
「ふふ」
クリスのギアも粒子へと変換され、漆黒を失って通常形態へと戻る。衝撃を殺しきれず、背後の建物に激突した。ぶつかった衝撃以外のダメージがクリスを襲う。
「イグ……ナイトが……」
「クリスちゃん……!」
「正々堂々と戦いたいのだが、すまない……!」
「ッ?!」
ヨハンの目にもとまらぬ突きを突き刺さるギリギリで受け止めたが、突きの速度と受け止められた衝撃を彼女が高速置換錬成し、同価値の爆発へと変化させた。
爆発が夜の闇を照らし、響も同じくギアが通常状態へと戻っており、あり得ないほどの激痛が体中を駆け巡った。
倒れた響のもとにサンジェルマンがやって来た。
「ラピス・フィロソフィカスの、ファウストローブ。錬金技術の秘奥。賢者の石と、人は言う……」
「その錬成には、チフォージュ・シャトーにて解析した世界構造のデータを利用。もとい、応用させてもらったワケダ……」
「あなたがその力で、人を苦しめるというのなら……私は……」痛みで起き上がることが出来ず、仰向けのまま言った。
「誰かを苦しめる……?慮外な。積年の大願は、人類の解放。支配のくびきから解き放つことに他ならない」
「人類の解放……?だったら、ちゃんと理由を聞かせてよ……。それが誰かのためならば、私達、きっと……手を取り合える……」
「手を取り合う?」
「サンジェルマン。さっさと……?ッ?!あの光ッ?!」
「統制局長アダム・ヴァイスハウプト!どうしてここに……」
問答を続けるサンジェルマンにしびれを切らしたカリオストロだったが、夜にもかかわらず光を発し始めた空を見上げた。落ち着いた表情を浮かべていた彼女は輝きを確認した瞬間に驚愕へと変わる。サンジェルマンも同じく見上げ、彼の名を告げた。
彼女達の上司。パヴァリア光明結社の首魁。最高位の錬金術師。統制局長アダム・ヴァイスハウプトが極光を右の手のひらに乗せ、空中を浮遊していた。
彼はかぶっていた帽子を投げ捨て、
「フッ」極光が更に輝きを増し、その熱で服が焼却され、遮るもののなくなった肉体を晒す。
「ナニを見せてくれるワケダッ!」
「金を錬成するんだ、決まってるだろう?錬金術師だからね、僕達は!」
極光の塊を頭上に掲げ、錬金陣と共にさらに大型化させる。常温核融合による黄金錬成。即ち、小型の太陽を顕現させているのだ。
この超常的な輝きは、S.O.N.G.仮設本部でも確認されていた。エルフナインが解析に当たっている。
「まさか……錬金術を用いて常温下での……雷さんッ?!」
「くッ……ぐうぅッ?!痛ッ……!」
「雷君!」
アダムの黄金錬成を目撃した瞬間、いきなり雷が心臓を押さえ、苦痛に表情を歪めながら倒れ込んだ。思わずエルフナインと弦十郎が駆け寄る。友里と藤尭は任を放棄するわけにはいかず、気に掛けながらも解析に当たっていた。
「雷君?!どうした雷君?!」
「雷さん?!」
弦十郎が雷を抱きかかえ、エルフナインと声をかけ続けるが彼女はうめき声を上げるだけだ。それだけではない、状況は動くことが出来ない響たちを救うべく、リンカーのない状態でマリア達がイグナイトを起動させて救援に入っていた。
黄金錬成の破壊力はツングースカ級。破壊力は絶大と称するのも過小だろう。弦十郎の意識が報告に向いた瞬間、雷のうめき声が止み、熱に浮かされたように装甲車の外に出ていた。
「駄目です雷さん!」
「今外に出るのは危険だッ!早く戻れッ!」
叫び声は雷に届かない。そして、彼女は、
「―――――――――」
起動聖詠を口にし、モニターに映る太陽の輝きに勝るとも劣らない雷光を輝かせながら消失した。
「消え……た……?」
「ッ!雷君を探せぇッ!」
「「は、はい!」」
消失した雷の信号を友里、藤尭の二人は捜索し、即座に発見する。その場所は投射された太陽のすぐそばだった。
○○○
響たちを背負ったマリア達が戦線を全速で離脱する。だが、すぐ背後には太陽が照らしていた。それでも諦めずに走る。
「たとえこの身が、砕けてもぉぉぉッ!」
その叫びが届いたのか、淡い燐光がマリアを包むと同時に、彼女達に迫っていた太陽が破壊された。無限の輝きを放つと思われた極光が砕かれる。
「「「ッ?!」」」
破滅の雷光がマリアの頭上を切り裂いた。
○○○
黄金錬成によって蒸発し、抉れ、ガラス化した下界を見下ろしながら握っていた右手を開く。その中にはビー玉ほどのものと小指の先ほどの大きさの小さな金が転がっていた。
「ほう……?」手のひらの中で輝く小さな金を見下し、
「ハハハハッハハ!びた一か!安いものだなぁ!命の価値は!」
再び高笑いしようとした瞬間、背後を自身の放った黄金錬成を同等以上の雷光の輝きが照らした。その輝きに思わずアダムは口を閉じ、驚愕と共に冷や汗を浮かべる。
そして後ろを向き、口調が崩れるほどに叫んだ。
「何なんだ……その輝きはッ!」
雷光は答えない。その鉄槌が振り下ろされる前にアダムはテレポートジェムで逃げるように撤退した。
輝きは消失し、再び闇が夜を支配する。
何が仕込んでいたのか分かったかな?