戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
リンカー開発頑張るチーム
リンカー完成に至る最後のピース。それを見つけるための物はエルフナインのラボにあった。エルフナインに先導されて、雷たちはラボに向かう。ラボには雷もよく利用していたため、そこに何があるのかを理解していた。それどころか、開発・改良に携わっている。
ラボの中に入るとヘッドギアのような装置がケーブルに接続されていた。どこかで見たことがある外見をしていたそれが何なのか、マリアはエルフナインに聞いた。
「それは?」
「ウェル博士の置き土産、ダイレクトフィードバックシステムを、錬金技術を応用し、再現してみました」
ダイレクトフィードバックシステム。未来がF.I.S.に洗脳されたときに纏っていたギア、神獣鏡に搭載されていたものだ。星の数ほどある戦闘データの中から最適解を算出し、それを使用者の脳に直接伝達することでデータ通りに肉体を動かし、戦闘経験が皆無の未来でも融合症例で高いフォニックゲインを誇る響と互角に立ち回ることのできるようにするシステムである。
そんなシステムを、エルフナインは再び作り出したのだ。今回は戦闘目的ではなく、研究における最後の手段としてだが。
エルフナインが続ける。
「対象の脳内に電気信号化した他者の意識を割り込ませることで、観測を行います」
「つまり、そいつで頭の中を覗けるって事か?」
「理論上は……ですが、人の脳内は意識が複雑に入り組んだ迷宮。最悪の場合、観測者ごと被験者の意識は溶け合い、廃人となる恐れも
「ありましたってことは、今は大丈夫なの?」
過去形で言い切られたエルフナインの言葉に、マリアが疑問を持った。
ありましたということは、もうすでにその問題は解決していることを意味しているからだ。エルフナインが自信満々の表情を向ける。
「今までこの装置を使用していなかったのは、ボクの推論が不確定だったことと、先ほど申し上げた危険性があったからです。ですが、雷さんが組み立ててくれた理論を使うことによって最大の問題点であった『意識の融合による廃人化』を取り除くことに成功したのです」
「理論って。病床に就いていた時に何を書いているのかと思ってたら、そんなことしてたの?!」
「うん。エルフナインが悩んでたみたいだったからね?装置のシステムを聞いて、何とかなりそうだったから」
隣のベッドで雷がものすごい数の紙に何かを書いているのを見ていたマリアが驚愕し、雷が胸元からケラウノスを取り出しながらてへへと頭をかいて笑う。
「要は使用者と他者の意識。即ち電気信号が絡み合わなければいいだけだから、生体電流をもコントロールできるケラウノスを使えばいいんだよ。こっちも、F.I.S.のエアキャリアが神獣鏡の力を使ってステルス能力を得ていたのと同じ理屈でね。ケラウノスをシステムの中間に繋いで、脳内の電気信号が絡み合わないように識別制御すれば、廃人化のリスクはシステム自体の故障と言う完全な想定外さえなければあり得なくなる」
ケラウノスが変化した赤い石柱のようなペンダントをくるくるとペン回しのように回す。マリアをはじめ、この場にいる全員が期待に目を輝かせた。そしてそれを手で掴んで回転を止め、にっかりと笑う。
「最初に二人の電気信号を機械に登録すれば、あとは寝てるだけでいい。しかもありがたいことに電気信号を一度機械に通してるからどこに何があるか把握できると来た。成功率もぐんと跳ね上がりさ」
「ありがとう雷。……やるわよ、エルフナイン」
「はい!マリアさんの中で最後のピースを見つけることこそ、ボクに出来る戦いです!」
○○○
鎌倉にある巨大な武家屋敷、風鳴訃堂の屋敷に、彼の息子であるS.O.N.G.指令、風鳴弦十郎と内閣情報官風鳴八紘。そして続柄は孫だが血縁的には娘に当たる天羽々斬装者、風鳴翼が招集されていた。
八紘と弦十郎だけが訃堂と面会し、翼は障子の外にある縁側に座している。
息子たちと訃堂の距離は遠く、その間には剣呑な空気が漂っている。主に訃堂によるものだ。
「して、夷狄による蹂躙を許したと……?」
「結果、松代にある風鳴機関本部は壊滅。大戦時より所蔵してきた、機密のほとんどを失うこととなりました」
「外患の誘致、及び撃ち退けることの叶わなかったのは、こちらの落ち度にほかならず、全くもって申し開ッ……!」
「聞くに堪えん」
我が息子ながらあまりにも不甲斐ないと言うように訃堂は二人の言を切って捨て、立ち上がって座敷の障子の前に立つ。
「分かっておろうな……?」
「国土防衛に関する例の法案の採決を、急がせますッ……!」
「有事に手ぬるいッ!即時施行せよッ!」
訃堂が言い切ったのを見計らったように障子が開いた。外にいた翼が開けたのだ。訃堂がそこを通る。縁側をある程度進んだ後、翼に背中を向けたまま彼は告げた。
「まるで不肖の防人よ。風鳴の血が流れておきながら、嘆かわしい」
「我らを防人たらしめるは血にあらず、その心意気だと信じております」
「フン……」
訃堂はそれ以上何も言わず、雨が降りしきる中縁側を歩き、その姿を消した。
一方、システムにケラウノスを接続したことで、安全性と成功率が格段に上昇したダイレクトフィードバックシステムを応用したマリアの思考への突入が行われようとしている。
雷がキーボードをタイプし、システム間を流れる思考の電気信号を識別、融合と乖離の境界線を限界まで薄くしていく。そして誤差が極限まで薄まった状態をケラウノスで固定し、エルフナインとマリアの意識を接続するのだ。
スタートキーに雷が手を添え、
「行くよ?」
「ええ」
「お願いします!」
ポンっとキーを弾いた。二人が深い眠りに落ち、エルフナインの意識がマリアの深層に突入する。
「さて、こっちも本腰を入れなきゃね」
ケラウノスを介してモニターに表示されるマリアの深層意識の中を駆け巡り、たった一つ、マリアの深層領域に記憶として確かに存在していながらも、彼女が認識できていない領域を見つけ出した。そのたった一つの、零にして一の領域にマリアとエルフナインの意識を送り込む。
丁度その時、アルカ・ノイズの出現を知らせるアラートが鳴り響いた。だが、雷はそれに耳を傾けるそぶりすら見せない。何故なら、
(弦十郎さんには怪我の治療に専念していろって言われてるし、もしそうでなかったとしても無断出撃で命令違反してるからねぇ)
という理由があるからだ。
しかも、ケラウノスをシステムに繋いだ影響で安定性と成功率の大幅な上昇を達成したものの、そのせいで汎用性を大きく欠いてしまい、雷かエルフナインでなければ制御できなくなってしまっているのだ。
雷は二人の意識がしっかりと目的の領域に送り込んだのを確認し、二人の意識の安定のために再びキーボードを叩き始めた。
そしてリンカーがないためにギアを纏うことが出来ない切歌と調が雷のもとに到着した。
「どうデスか?!二人の様子は……」
「全然問題ないよ。たぶん……」
「たぶん……?あ、来る途中に友里さんから、温かいもの、どうぞ」
「おお、温かいもの、どうも」
調からコーヒーを受け取り、モニターを眺めている雷が苦笑いを浮かべた。そう、モニターの中にはマリア達が見ている光景、つまり、目の前にウェルがいるのが見えているのだ。苦笑いを浮かべるのも仕方がない。
○○○
マリアとエルフナインの目の前で死んだはずのウェルがすごく楽しそうに高笑いしていた。
「これもアレもきっと多分、あれですよ、あれ。マリアの中心で叫べるなんて超~サイコ~!」
「あんな言動、私の記憶にないはずよ……?」
「だとすると、ウェル博士に対する印象や、別の記憶をもとに投影されたイメージ、ということになるのでしょうか……」
「自分の記憶を叱りたい……!」
マリアが頭を抱え、エルフナインが推論を述べ、ウェルがメガネをクイッと上げる。
こんなんなのだが、雷が指し示した以上、何かあるはずなのだ。それを理解しているからこそ、この場にウェルがいることに頭を抱えているのだが。
「かつてのアガートラームの装者であるセレナさんやナスターシャ教授ではなく、ウェル博士がいるということは、彼から直接想起されるモノ……だとするならば……」
「生化学者にして英雄!定食屋のチャレンジメニューもかくやと言う盛りすぎ設定ッ!そうとも!いつだって僕ははっきりと伝えてきた!はぐらかしなんてするものか!」
「だったら……!」
一向に答えを教えず、ただただやかましいだけのウェルに、マリアがもったいぶらずに早く教えろと意思表示する。
だが、彼も学者。ヒントを教えるのはやぶさかではないが、問題を解こうとしない生徒に答えを教えるのはナンセンス。そう言うように、
「忘れているのなら手を伸ばし、自分の力で拾い上げなきゃ。記憶の底の、底の底!そこには確かに転がっている!」
周囲に濃い霧のようなものが満ちてきていた。雷が外部から制御しているとはいえ、心理的な不安を取り除くために二人は手を握り、離れないようにする。霧が晴れると、あたり一面星のような輝きに満ち溢れていた。マリアの内的宇宙だ。
彼女の内的宇宙がマリア自身を追い詰めにかかる。だが、彼女はもうそんなもの怖くはないのだ。魔剣の呪いにのまれ、自我が破壊されかけていた雷を救うために響と手を取り、彼女に伸ばした今のマリアならば。
「大丈夫よ、行きましょう」
マリアはエルフナインの手を取り、さらに奥深くへと沈んでいく。沈んでいくさなか、どこからともなくウェルの声が心のうちに聞こえてきた。
(シンフォギアとの適合率に、奇跡という物は介在しない。その力、自分のものとしたいなら、手を伸ばし続ければいい)
マリアはエルフナインとつないだ逆の手を伸ばし、小さな小さな一つの輝きを掴んだ。指の間から光があふれ出る。
その光が止むと、今度はF.I.S.の白い孤児院と呼ばれていた場所にいた。もちろん、エルフナインもそばにいる。
「ここは、F.I.S.の……」
「こうも連続で飛ばされても何の影響もないとは……流石ですね、雷さんは」
そこでふと、マリアは幼い少女の声に気が付いた。ここに居た頃の自分とセレナの声だった。彼女たちの前には車椅子はおろか眼帯すらつけていないナスターシャと、研究員としてここに来ていた灰色の髪が特徴的な雷の母親、轟瞳の姿があった。
瞳は体をかがめ、マリアたちに手を伸ばす。その手を取ろうとしたマリアの手を、ナスターシャが鞭でひっぱたいた。
彼女は厳しい声で、
「今日からあなた達には戦闘訓練を行ってもらいます!フィーネの器となれなかったレセプターチルドレンは、涙より血を流すことで組織に貢献するのです!
(本当にそうなのかい?(本当に、私の(君の)記憶はマムへの恐れだけだったの……?)
ここで初めて、マリアはナスターシャの顔に目を向けた。その顔は、本当はこんなことしたくないというような顔をしているのだ。
(そうだ……恐れと痛みから、記憶に蓋をしていた……。いつだってマムは、私を打った後悲しそうな顔をして……そうだ……!私達にどれほど過酷な訓練や実験を課したとしても、マムはただの一人も脱落させなかった。それだけじゃない、私達が決起することで、存在が明るみに出たレセプターチルドレンは、全員保護されている……。全ては、私達を生かすために……、いつも自分を殺して……!)
トマトのおばあちゃんの言っていた、厳しくしてやることで甘みを蓄えさせる。ナスターシャは、それを実践していたのだ。
「大いなる実りは、厳しさを耐えた先にこそ。優しさばかりでは、今日まで生きてこられなかった……。私達に生きる強さを授けてくれた、マムの厳しさ……。その裏にあるのは……」
(ナスターシャにも、マリアにも、何時だって伝えてきた……。そう、人とシンフォギアを繋ぐのは……)
「可視化された電気信号が示す此処は、ギアとつながる脳領域……。誰かを想いやる、熱くて深い感情を司る此処に、リンカーを作用させることが出来れば……!」
○○○
「はっ?!」
エルフナインがヘッドギアをかぶったまま跳び起きた。
「エルフナイン?!」
「どうなったデスか?!」
「もうひと踏ん張り、その後は、お願いします!」
「がんばってぇ~。私はもう休む……」
「わ?!姉さん!」
「あとはしっかりと休むデスよ!」
少し間違えれば二人を廃人にすると言う針の穴に糸を通し続けるようなことを長時間休みなくしていたのだ。疲労がたまるのも無理はない。雷はべちゃっと床に横たわり、すぐに寝息を立て始めた。
「て、寝るならベッドで寝るデスよ?!」と切歌が雷の両脇に手を通し、さっきまでエルフナインが眠っていたベッドに寝かせた。
「マリア!」
丁度そのタイミングでマリアも目を覚ましたようだ。彼女は目じりにたまった涙をふき取り、
「ありがとう……マム……」
リンカー完成に至る最後のピースが、カチリと音を立てて、填まった。
多分瞳さんはヤケ酒(多分しないだろうけど)したナスターシャを慰めるような人。
ちなみに雷とエルフナインがこの装置を出さなかった理由は他に、心の奥底で二人が同じ研究者として自力で解明して見せると燃えていたからだったり。