戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
サンジェルマンの口から出た言葉は、フロンティア事変を経験した響達には衝撃的なものだった。
「月にある……遺跡を……?」
ナスターシャが身を没した月遺跡が出たことによってマリアが反応する。
「人を人が力で蹂躙する不完全な世界秩序は、魂に刻まれたバラルの呪詛に起因する不和がもたらす結果だ」
「不完全を改め、完全とただすことこそ、サンジェルマンの理想であり、パヴァリア光明結社の掲げる思想なのよ」
「月遺跡の管理権限を上書いて人の手で制御するには、『神』と呼ばれた旧支配者に並ぶ力が必要なワケダ」
「しかし『神』と呼ばれし者たちの位階は吾輩たち人間よりもはるかに上……。故に人の魂を集めることで自らの位階を押し上げなければならない」
「だとしても!誰かを犠牲にしていい理由にはならない!」
サンジェルマン達の思想は人に災禍をもたらす人間の魂を犠牲にして不和からの脱却を目指すモノ。響の想いはどんな犠牲も払わずに不和を取り除くモノ。小を削って大を救う考えと、小だの大だの考えずにすべてを救う考え。
倫理や人情という面では間違っているかもしれないが、どの様な革命にも犠牲はつきものだ。この二つを見比べると、現実的なのはサンジェルマンの思想だ。
これらの違いには大人と子供というのがあるのだろう。しかし、だからこそ子供である響は自分の想いを曲げないのだ。子供の強さは、自分の思い描いた考えを何が何でも押し通そうとする気力にある。
だが、大人であるサンジェルマンは思いという曖昧なものではなく、自分たちの思想の言い訳にも聞こえる正当性を叩きつける。
彼女は響に銃口を向け、
「犠牲ではない!流れた血も失われた命も、革命の礎だッ!」
トリガーを引いた。
装者たちは散開し、これを回避する。
上空に剣を放り投げた翼は回避と同時に跳躍し、両刃の超大型の大剣に変形させ、スラスターを吹かせることで落下速度を上げて突撃する。
『天ノ逆鱗』
サンジェルマン達は回避したものの、赤いバラの意匠を持つファウストローブを纏ったヨハンは避けず、真っ向から激突する。彼女は振ってくる大質量に余裕を崩さず、むしろ不敵な笑みを浮かべた。
「騎士対侍……。一つ勝負と行こうじゃないか……フッ!」
携えたサーベルを素早く抜刀し、「この世のどの宝石よりも美しい」と称された剣技でもってして迎え撃った。細身のサーベルと極大な大剣の切っ先がぶつかり合う。
「剣技置換……分解!」
「なに?!」
すぐさまヨハンは錬金術の基礎の一つである『分解』を自らの剣技を置換錬成することでブーストし、翼の大剣を分解した。大剣が光の粒子となって消滅する。
「ぐあッ!」
急に足場でもあった大剣が消滅したことでバランスを崩し、翼が地面へ墜落した。それをサンジェルマンが追撃しようと銃口を向けるが、そうはさせじと響が肉薄した。
響の接近を察知したサンジェルマンは銃口の向きを変え、トリガーを引く。放たれた弾丸は錬金陣を通って加速し、地面に着弾。弾丸の着弾地点から巨大な岩石の塊が咲いた。咄嗟に響が横っ飛びで避けるもサンジェルマンの弾丸は避け続ける響の後ろを追ってくる。
「近づけないッ!」
カリオストロの放つ光弾をマリアは加速することで回避し、短剣を抜刀して蛇腹剣に変形させて振るうも光弾を線にして自身の周りを覆うことで弾き返した。
「ッ?!」
「これならどうだぁッ!」
マリアとペアを組むクリスがボウガンの矢を放つも、同じくはじき返される。
「いつぞやのお返しなんだからぁッ!」
カリオストロは線が凝縮して点となった巨大な光弾を二人に向けてぶん投げる。速度は遅いものの圧倒的な破壊力を持つ光の塊がクリス達に直撃する。
「でかッ……!」
光の塊を喰らって吹き飛ばされた。
プレラーティの相手は切歌と調だ。プレラーティは巨大なけん玉を振り回して玉を飛ばし、避けた二人のうちジャンプして避けた逃げ場のない調を狙う。彼女は帰ってきた玉を柄を使ってハンマーのように叩いて加速させて叩きこんだ。
「調ッ!」
「ッ!」
再び帰ってきた玉を叩き、今度は切歌を狙うも直前で回避される。玉が勢いよく地面をえぐりながら進んだ。だが緊急の回避だったためか切歌は着地地点を誤ってしまい、崩れやすい斜面に着地してしまった。
当然バランスを崩し、斜面を滑り落ちる。
撃墜された調が地面に手をつき、立ち上がる。
「このままでは……!」
「だったらやるデスよ!調!イグナイトモジュールッ!」
「「抜剣ッ!」デース!」
「待てぇぇぇいッ!」
「「ッ?!」」
「チッ……」
突然後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に咄嗟にコンバーターのスイッチを押す指を止める。二人の目の前に腰のマントを翻しながらケラウノスを纏った雷が降り立った。
「姉さん?!」
「姉ちゃん?!」
「対策のないままイグナイトはダメだ!……ああクッソ!頭がガンガンする!」
拮抗状態にある現状を打破するために、雷は弦十郎の指示を受けた緒川に叩き起こされていたのだ。その為非常に不機嫌であり、起こした相手が物腰の低い緒川でなければキレ散らかしていた事だろう。
雷は自分の叫びに苛立っていた。
プレラーティは巨大なけん玉を振りかぶる。
「一人増えたところで変わらないワケダァッ!」
「それは……どうかなぁッ!」
プレラーティの放った玉から展開される錬金術由来のエネルギフィールドと、雷を中心に展開される斥力フィールドが激突する。
二つのフィールドが激突している一方、サンジェルマンは銃型のスペルキャスターに新しく弾丸を装填していた。
「
「何故?!どうして?!」
「分かるまい……。だがそれこそがバラルの呪詛!人を支配する軛!」
銃口を響に向ける。記憶の中に力を持てなかった故に死した母親の姿が蘇る。
「だとしても、人の手は誰かを傷つけるためではなく、取り合うために……!」
「取り合うだと……?!いわれなき理由に、踏みにじられた事の無いものが言うことだッ!」
響の訴えがサンジェルマンの逆鱗に触れた。
サンジェルマンはトリガーを引き、込めたエネルギーのほとんどを使って蒼いオオカミを疾駆させる。響はそれを避けることなく、バンカーユニットを最大展開して真正面から迎え撃つ。
「言ってることをぉ……全然わかりませんッ!」
「何ッ?!……うぁっ?!」
激突したことで光の奔流が炸裂し、サンジェルマンが後退する。そして閃光の後の土煙の中、響の拳がサンジェルマンの目の前で止まっていた。
響がサンジェルマンが何を背負っているかを知らないように、サンジェルマンも響が何を背負ってここに居るかを知らない。だからこそ、何故目の前の我が儘なだけの小娘がここまでの力が出せるのか分からなかった。
「だとしても……あなたの想い、私達にもきっと理解できる……。今日のだれかを踏みにじるやり方では、明日のだれも踏みにじらない世界なんて作れません!」
すると突然、マリアが弾いたカリオストロの攻撃が二人に襲い掛かった。
「あらやだ!」
「こっち!」
「「ッ!」」
翼を相手取っていたヨハンと、寝起きのテンションのためプレラーティと交戦している調と切歌の援護に回っていた雷が同時に動いた。
響とサンジェルマンは二人そろってダイブすることで回避し、雷とヨハンは肩を並べて光弾を全て稲妻の拳で叩き落とし、サーベルで斬った後、分解していた。
雷とヨハンはそろって振り返る。
「大丈夫、響ッ?!」
「無事か、サンジェルマンッ?!」
「大、丈夫……」
「無事……です」
土煙の中でサンジェルマンが起き上がる。
「私達は……ともに天を頂けない筈……」
響も起き上がり、サンジェルマンに手を差し伸べた。
「だとしても、です……」
「思いあがるなッ!」
差し伸べられた響の手を、サンジェルマンは勢いよく振り払った。
サンジェルマンは立ち上がり、響を見下ろす。
「
サンジェルマンの言葉は正しい。歴史上に起きた革命は、弾圧や圧倒的な力に苦しめられた力なき者たちが握った拳が起こしたものだ。それが成功したか失敗したかはともかく、響のような開いた拳で何とか出来た。など本来はあり得ないのだ。
サンジェルマンからすれば、次も、その次も上手くいくと考えている楽観的な響が理解できないのだ。
「これ以上は無用な問答……!預けるぞ、シンフォギア」
足元にテレポートジェムを投げ捨てて姿を消す。
プレラーティが彼女の行動に疑問を持った。
「ここぞで任務放棄って……どういうワケダ、サンジェルマン」
「あーしの所為?!だったらメンゴ、鬼メンゴ!」
同じく彼女たちも―カリオストロは謝った後謎のポーズをとって―姿を消した。あと残っている錬金術師たちはヨハンだけだ。
ヨハンは隣に立つ雷を上からジィッと見下ろしている。
それを眠気で不機嫌な雷が睨み返す。
「……何?」
「……いいや、何にも」
フッと目を閉じて微笑んだ後、サーベルを納刀して同じくテレポートジェムでサンジェルマン達と同じく消失する。
何とも言えない空気が戦域に満ちていた。
雷ちゃんは眠いと滅茶苦茶不機嫌になります。