戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
カリオストロとプレラーティを追い払った装者たちとS.O.N.G.の面々は引き上げた残骸や泥の中からガーベッジ、愚者の石をタブレットを使って捜索するというはたから見れば少しシュールな、彼女達からしたら真剣な作業に取り組んでいた。
タブレットとにらめっこをしていた切歌が唸る。持っていたタブレットから発見を知らせる電子音が聞こえてきたのだ。そしてそのまま小躍りし始める。
「よし切ちゃん。とりあえず落ち着こう」
「おっひょ~!……デース!」
そして調の静止も聞かずに引き上げた物に手を勢いよく突っ込み、泥をはね上げながら愚者の石をつまんで空高く掲げた。その顔には満面の笑みを浮かべている。石が太陽の光を受けて煌めいた。その影で自分の大切な相棒である調が泥を顔に浮けてしまったなど知る由もない。
切歌の歓声を聞いてエルフナインが小走りで駆け寄ってきた。
「見せて下さ……あぁっ?!」
「……こっちは見てらんない……」
が、そんな彼女は泥に足を取られて顔からダイブした。そばにいた響が顔に手を当てる。
エルフナインは体の半分にわたる泥を付着させたまま、愚者の石を手に取った。彼女が石をまじまじと見つめる。
「そうです!コレが賢者の石に抗う、ボク達の切り札!愚者の石です!」
『こっちも報告ー。愚者の石を組み込む理論の試作型が完成したから、すぐにでも行けるよ』
その場にいた全員が愚者の石を発見したことと、同時に本部内で理論構築を行っていた雷からの報告に喜びをあらわにした。
「すっかり……愚者の石で定着しちゃったねぇ……」
その中の響だけが、愚者の石という名前が定着したことに落ち込んでいた。
名前の出所はともかく、賢者に対抗する存在で愚者というのは言い得て妙であったため、定着したのは仕方がない。
○○○
「「くぁぁ~!五臓六腑にしみわたる~」デース!」
「流石石の発見者は言う事が違う」
こもりっきりで理論構築に励んでいた雷と、愚者の石を発見した切歌はシャワーを浴びながら同じことを言った。泥を引っかけられたためか、調は少し切歌に辛辣だ。
「そう言えば、エルフナインちゃんは?」
この場にエルフナインがいないことに疑問を持った。何故なら彼女が一番汚れていたからだ。
「マッパでまっはな烏の行水だ」
「泥でまみれた奇跡を、輝かせるために……」
「対抗手段……対消滅バリア……愚者の石の特性で、賢者の石を無効化すれば……」
「雷、そのあたりどうなの?」
体にタオルを巻かず、素っ裸で髪を拭いている雷にマリアの視線が向いた。いつの間にか仲直りした調が切歌にドライヤーをかけていた。それでも二人の視線は雷のほうを向いている。
雷が拭いていたタオルを肩にかける。相変わらず隠さない。
「反動は出来る限り減らしたけど、それでも実際にやらないとどうかは分からないから今は何とも。でも、確実に勝利が近づくのは確かかな」
「……取り合えず体は隠しなさい……」
お互いに真剣な顔をしていた雷とマリアだったが、話している間ずっと素っ裸な彼女にマリアが苦笑いを浮かべ、彼女は雷に「ばんざーい」させて雷の体にくるくるとタオルを巻きつける。
少しだけ和んだ空気だったが、有効打を打てると知った少女たちの胸が高鳴っているのは確かだ。だが、その中で一人、響だけが胸の前で握りこぶしを作った。
(だとしても、まず……)
「あ、クリスちゃん宛に外務省経由で連絡がきていたわよ」
シャワーを浴びにやって来た友里がさっき受けた連絡事項をクリスに伝える。
「連絡?アタシに?」
「バルベルデのあの姉弟が、帰国前に面会を求めてるんだけど……」
「わりい、それなしで頼む」
クリスの答えには迷いが見える。
「あ、でも……」
「バルベルデ……」
調がつぶやき、雷の目がスッと据わる。
全員の中にあの時の光景がよみがえった。私服に着替えた彼女たちは廊下を歩いて行く。クリスなんかは肩で風を切っていた。
「クリスちゃん……」
「過去は過去……選択の結果は覆らない……」
「だからとて、目を背け続けては、今なすべきことすらおざなりになってしまうぞ?」
「それが大変なことなのは分かるけどね」
雷がそう言ってペラリと自分の書いた書類のコピーをめくった。
「でも、そうしないと前に進めないのも事実。後はタイミングかな」
「ご忠節が痛み入るね」
クリスの心配に対するぶっきらぼうな物言いに翼が「雪音、お前には……」と言うが、そこに弦十郎が割って入った。
「うむ、そろっているな」
装者たちが足を止める。休憩所に彼が座っているのは失礼だがかなりシュールだ。
「師匠?なんですかぁ藪から棒に」
響の問いには答えず、弦十郎がすくっと立ち上がる。
「全員、トレーニングルームに集合だ!」
「「「「「「「はぁ……?」」」」」」」
装者全員の疑問符が重なる。それほどに弦十郎の提案が突然の事だったのだ。
クリスがいつものようにツッコミを入れる。
「トレーニングって……おっさん!愚者の石が見つかった今、今更が過ぎんぞ!」
「これが映画だったら、たかだか石ころでハッピーエンドになるはずがなかろう!」
クリスが「何だよ……それ」と呆れるが、同時に雷が「一理ある」と呟いていた。その時、全員が同時に雷が脳筋でもあることを思い出し、そしてそれ以上に彼女は反動が除去し切れず、それがどれほどの影響を与える物か懸念していることを理解していた。
弦十郎が拳を手のひらに打ち付ける。
「御託は、ひと暴れしてからだぁッ!」
○○○
錬金術師たちのアジトとしているホテルの一室。先の戦闘で傷き、包帯でぐるぐる巻きにされた痛ましい姿のプレラーティをカリオストロとヨハンが水の錬金術で治療していた。深かった彼女の傷が見る見るうちに消えていく。
錬金術の輝きだけがこの暗い部屋を淡く照らす。
カリオストロが思考する。自分たちの中から一人生贄を出さなければならない事。そして、ヨハンの個人的な見解ながら納得がいく、サンジェルマンが自ら生贄となる可能性。そしてそれをなんてことなく言ってのけるアダムに対する元から積もっていた不信感と猜疑心。
話題のサンジェルマンが部屋に入ってきた。
「プレラーティの修復は?」
さっきまでの暗さなどおくびにも出さずヨハンが「吾輩は君の師匠だよ?」と不敵に笑い、カリオストロが「順調よ、時間は少しかかるけど」と素直な経過を告げた。
「同じ未来を夢見た仲間を……」
サンジェルマンがプレラーティに毛布を掛ける。
「そうね、仲間を傷つける奴は許さない……。あーしも腹を括ったわ……」
「奇遇だね、吾輩もさ。大切な弟子と、その仲間を傷つける奴を許すつもりはない」
帽子を深くかぶりなおす。
○○○
広いトレーニングルームにギアを纏った装者たちが集合し、そこに街が投影される。友里の操作を受けてアルカ・ノイズの映像を機械が投影した。
切歌、調が真っ先に突っ込み、流れるような武器捌きで斬り裂いていく。響の拳が武者型の腹部を突き破り、翼の放った振り来る光の剣が貫く。クリスのボウガンが重なるように銃口を増やし、三倍の発射量でもってアルカ・ノイズを乱れ撃つ。
「私と切ちゃん!二つの歌を重ねれば!」
「ザババの刃は、斬る相手を選ばないのデス!」
「だからって大人げない……!」
「雷帝使っちゃ駄目かなぁ……?」
雷とマリアのコンビネーションがアルカ・ノイズを破壊すると同時に二人が同じ方向を向いた。それにつられて翼と響も向く。
そこにはジャージに身を包み、ストレッチをしている弦十郎がいた。真正面の戦闘でフィーネを叩き潰し、落下する巨大な岩を拳で粉砕し、憲法に抵触する男が目の前で、しかもやる気満々でいるのだ。
「今回は特別に、オレが訓練をつけてやる!遠慮はいらんぞぉ!」
クリスがげんなりとする。
「こちらも遠慮なしで行くッ!」
すさまじい速度でそばにいたマリアに接近し、乱打を喰らわせた後、後ろに後退させる。何とか踏ん張って吹き飛ばされるのを耐えた。雷は咄嗟に入れ替わるように前進していたため回避していた。
「ど、どうすればいいのッ……?!」
巻き上がった土煙の中を弦十郎が滑るように移動し、マリアに蹴りを叩きこんだ。防御をしたものの、その上から吹き飛ばした。マリアの体が雑木林に落下する。
「わぁぁぁあぁぁッ?!」
「ま、マリア!」
「人間相手の攻撃に躊躇しちゃうけれど……」
「相手が人間かどうかは疑わしいのデス!」
もっともである。
そんな中、響が「師匠!対打をお願いしますッ!」と勢いよく突っ込んでいった。
「張り切るな特訓バカ!」
クリスの制止を振り切って響が拳を振るうが、弦十郎が難なくそれを受け止める。
「あれは手を合わせ、心を合わせることで私達に何かを伝えようとしているッ?!」
翼がそうこう言っているうちに弦十郎が響の拳を掴んだ。その時、それを好機と見た雷が雷速で接近し、彼の背後から回し蹴りを繰り出す。
が、読んでいたのかそれも受け止められ、掴まれて振り回された後放り投げられる。
「ほいよっと」
「え?……きゃああぁぁッ!」
「うわぁあぁぁぁッ!」
「ぐはっ」
二人そろって放り投げられた後、落下地点にいたマリアと衝突した。彼女の短いうめきが聞こえる。
さっきまで重要なことを言っていた翼が剣を構える。どうも戦う者としての本能が抑えられないらしい。
「だがその前に、私の中の跳ね馬が踊り昂るッ……!」
翼の一閃を紙一重で避け、それ以降も他愛もなく回避していく。そして大きく振りかぶった振り下ろしを指に本での白羽取りで受け止めた。
「お見事ッ……!」
「ふん……」
受け止めた刀を引っ張り寄せて翼を自らの懐に引っ張り込み、鉄山靠をぶつける。あまりの威力に翼の体が宙を舞う。
クリスが間髪入れずに腰部アーマーから小型ミサイルを発射したが、弦十郎の信管を起動させずに掴むという馬鹿げた技ですべて投げ返されてしまった。
「嘘だろぉッ?!……うぐあぁっ!」
爆発の衝撃で後ろに飛ばされ、背後にあったビルの外壁に叩きつけられた。そのまま崩れ落ちる。
弦十郎が一喝する。
「数をばら撒いても、重ねなければ積みあがらないッ!心と意を合わせろッ!爆進ッ!」
そう言って弦十郎は地面を踏み抜き、衝撃波を調と切歌に飛ばした。その威力で地面がめくりあがり、衝撃波が走ったことで破砕された瓦礫が飛ぶ。
調と切歌は戦わずしてダウンした。
「忘れるなッ!愚者の石は、あくまで賢者の石を無効化する手段にすぎんッ!さぁ、準備運動は終わりだぁッ!」
「え、じゃあ今のは……?」
「本番は、ここからだッ!」
どこからか取り出したカセットを再生し、音楽を流す。特訓が始まった。
やっぱやばいな弦十郎さん