戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
月が輝く夜、なかなか寝付けなかった調は神社の敷地内にある池を覗き込んでいた。別段何かあるわけではないが、流れ出てくる水の波紋を見ているだけでなんとなく心が救われる気がする。
そんな彼女の横から宮司が声をかけた。
「おやおや。何か、悩み事ですかな?」
「一人で何とかできます」
ところが調は彼女の長所であり短所である「一人で問題を解決する」ことにこだわり、囚われていた。だが、職業柄か、それとも年の功か、宮司は朗らかに続ける。
「それでも、口に出すと楽になりますぞ。誰も一人では生きられませんからな」
「そんなの分かってるッ!でも……私は……」
分かっていることを口に出された調が叫ぶ。
寝間着の前で重ねた手に力が入る。
「何を隠そうここは神社。困った時の何とやらには、ことかかないと思いませんか?」
宮司の言葉には説得力があった。
調は乗り気ではなかったが彼の後を付いて行く。すると調神社の本殿に到着した。そして宮司は本殿の前で二度のお辞儀、二回の柏手、そしてもう一度お辞儀した。ずっとF.I.S.の施設で育った上に、昨今の若者はそのようなことをしているのを見たことが無かった調は困惑している。
不思議そうに見ている調のほうを宮司が向いた。
「若い方には、馴染みない作法ですかな?」
「うん……。なんか、めんどくさい……」
「これはこれは」
「しきたりや決まり事、誰かや何かに合わせなきゃいけないって、良く分からない……」
と、言いつつも調も宮司と同じように二礼二拍手一礼をする。
宮司と同じ行動をしたうえで、調が悩みを打ち明ける。
「会わせたくっても上手くいかない。狭い世界での関係性しか、私にはわからない……。引け目が築いた心の壁が、大切な人達を遠ざけている……。いつかきっと……親友までも……」
調の脳裏に切歌の安らかな寝顔が想起された。
悩みを打ち明けたところで宮司に冷たい人間だ。もしくはそれに類することを言われると思っていた。だが、帰ってきた言葉は全く予想外の物だった。
「あなたはいい人だ」
「いい人?!だったらどうして私の中に壁があるの?!」
返ってきた「いい人」と自分の姿が調の中で合致せず、思わず問い返してしまう。
「壁を崩して打ち解けることは、大切なことかもしれません。ですが壁とは、拒絶のためだけにあるのではない。私はそう思いますよ?」
宮司の言っていることは、調には難しかった。
○○○
ホテルのジャグジーに浸かっているアダムとティキのもとに、何かを隠しているのではないかと踏んだプレラーティが突撃していた。
そしてその目星はビンゴであり、自分たち錬金術師を生贄にしてアダム達だけが力を手に入れる算段だったようだ。
プレラーティがアダムを問い詰める。
「その話、詳しく聞きたいワケダ」
「繰り返してきたはずだよ君たちだって……」
アダムが面倒極まりないという口調でジャグジーから立ち上がった。ティキがいやらしくプレラーティを見つめる。
「言わせないよ?知らないなんて。計画遂行の感情に入っていたのさ、最初から。君の命も、ヨハンの命も、サンジェルマンの命も……」
「そんなの聞いてないワケダぁッ!」
叫びと共にカエルのぬいぐるみを横に引っ張り、水の錬金陣を同時に展開してそこから氷塊を打ち出す。だが、放たれた三つの氷塊はアダムの指パッチンによって切断され、威力をそのままにプレラーティに襲い掛かった。
何とか屈んで避けたプレラーティだったが、実力差は歴然だ。
「ほかに何を隠しているッ!何を目的としているワケダッ!」
「人形の見た夢にこそ、神の力は……」
(人形……?)
人形と聞いて唯一該当するティキのほうを向いたプレラーティだったが、その隙に再び指パッチンから放たれる風のカッターを打ち込まれる。
「ッ」
何とか避けたものの視線をそらしていたために反応が遅れ、ぬいぐるみの半分が斬り飛ばされてしまった。プレラーティは手すりに体をぶつけて強引に停止し、ぬいぐるみの口に手を突っ込んだ。そしてそのまま外に向かって走り出す。
斬られたぬいぐるみの半分を投げ捨て、その口からラピスの嵌められたけん玉を取り出した。そして輝きと共にファウストローブを纏い、けん玉にまたがって巨大化させることでバイクとセグウェイを合体させたような乗り物に変え、夜の道路を疾走する。
アダムが服を一切着ることなく逃走するプレラーティを見下ろす。
「にげた!きっとサンジェルマンにチクるつもりだよぅ。どうしよう!」
焦るティキと異なり、腕を組んでいるアダムは冷静だ。
「駆り立てるのは任せるとしよう、シンフォギアに」
逃走するプレラーティはサンジェルマンにテレパス能力による接続を試みるが、妨害されていて思うようにいかない。
目の前の障害を排除しながら、プレラーティはどんどん速度を上げていく。
当然、彼女の出現はS.O.N.G.に捕捉されていた。高機動型である調と翼が猛追する。
(シュルシャガナでなら、追いつける!)
「高機動を誇るのは、お前ひとりではないぞ!」
調の後を翼がバイクにまたがって追いかけ、追いついていた。
プレラーティが走る本線と合流する。
「何をたくらみ、何処に向かうッ?!」
「お呼びでないワケダぁッ!」
炎の錬金術が放たれたが、翼が減速、調が加速することで二手に分かれて回避する。
プレラーティは追撃を振り切るためにローラーを下り線との仕切りにぶつけて破壊し、路線を変えた。
「お構いなしと来たか……!ユニゾンだ月読!イグナイトとのダブルブーストマニューバでまくり上げるぞッ!」
息巻く翼と異なり、調の表情が沈む。
「ユニゾンは……できません……」
「月読……」
「切ちゃんは……やれてる。誰と組んでも……。だけど私は、切ちゃんとでなきゃッ……!人との接し方を知らない私は、一人で強くなるしかないんですッ!一人でッ!」
「心に壁を持っているのだな?月読は」
「壁……」
調はさっき宮司に言われたことを思い出した。少し長く翼の方が生きているからだろうか?自分の悩みにすぐ思い至るのは。
「っ」
目の前に再びプレラーティが仕切りを破砕して戻ってきた。
「私もかつて、亡き友を想い、これ以上失うものかと誓った心が壁となり、目をふさいだことがある」
「天羽、奏さんとの……」
かつてツヴァイウイングだったころの翼の相棒。彼女を失った時に翼も調と同じようになったのだという。そんな彼女だからこそ、今の調の事を理解してやれる。
「月読の壁も、ただ相手を隔てる壁ではない。相手を想ってこその距離感だ」
「想ってこその距離感……」
脳裏に切歌の笑顔が蘇る。
「それはきっと、月読の優しさなのだろうな……」
「優しさ……」
悩みが吹っ切れたのか、調の表情がきりっと鋭くなる。
後ろ向きに放たれたプレラーティの氷塊をスライド移動で避ける。翼と調が並走した。
「優しいのは私じゃなく、周りのみんなです!だからこうして気遣ってくれてる」
ようやくわかったかと言うように翼が凛々しい笑みを浮かべた。
「私はみんなの優しさに答えたいッ!」
「ごちゃつくなッ!いいかげん付け回すのをやめるワケダッ!」
追跡を煩わしく思ったプレラーティは全力で炎の錬金術を発動し、トンネルに備え付けられたジェットファンを撃ち抜いた。台風並みの速度で空気が流れるファンに炎が撃ち込まれ、空気を飲み込んだ炎が爆発的に燃え上がる。
トンネル内が火の海になり、プレラーティがそこから加速して抜け出した。
「ぐうの音も……!」
勝利を確信した瞬間、『ダインスレイフ』の音声と共にイグナイトを起動した翼と調が強化されたギアの防御力でもってして突破してきた。
「わ、ケダ……?!」
翼が標識を見上げた。
「このままいくと、住宅地にッ?!……いざ、尋常にッ!」
翼が加速し、プレラーティと並走、バイクからブレードを伸ばして走行を妨害する。
「邪魔だてをッ!」
氷の錬金術で追い払おうとするが、逆サイドから接近していた調の鋸にバランスを崩され、不発に終わる。
「動きに合わせてきたワケダッ!」
「神の力ッ!そんなものは作らせないッ!」
「それもこちらは同じなワケダッ!」
翼はプレラーティの言葉に疑問を持ったが、今は不要だと一時的に排斥する。
すると彼女は柄の先端部分に立ち、水の錬金術で大水流を作り出した。高速道路いっぱいを水流が襲う。翼たちはこの大水流を越えねば彼女を追うことは出来ない。
「歌女どもには、激流がお似合いなワケダぁッ!」
「行く道を閉ざすかッ?!」
「そんなのは、切り開けばいいッ!」
バインダーから自身を覆うように鋸を展開したまま、小型の鋸を発射して水流の向こう側にある仕切りを破壊した。破壊された瓦礫は空中で鋸に打たれることで軌道を変え、ジャンプ台のように重なる。
翼たちは加速してジャンプ台を利用した大ジャンプで大水流を超えた。
「なんとぉッ!」
プレラーティは柄を掴んで玉の部分に乗り、剣を引っこ抜いてハンマーのように自身に向かって振ってくる翼たちをいなした。
翼と調はプレラーティの前方に着地し、一度ブレーキを掛けて相対する。
「駆け抜けるぞぉッ!」
翼の号令でプレラーティに向けて加速した。
二人のギアが変形・合体し、ドラッグマシーンのような形状に変化する。
『風月ノ疾双』
「サンジェルマンに、告げなくてはいけないワケダッ!アダムは危険だと、サンジェルマンに伝えなければならないワケダッ!」」
叫びと共に剣を玉に突き刺す。そして大型化させ、同じくドラッグマシーンのような形状となったけん玉と、翼と調が激突する。
「サンジェルマンッ……!サンジェルマァァァンッ!」
衝撃波が走り、プレラーティを飲み込んだ。
大爆発の中から、分離した調と翼が飛び出し、高速道路の上を転がる。そしてゆっくりと身を起こした。
「勝てたの……?」
「ああ、二人で掴んだ勝利だッ!」
二人は向かい合い、微笑んだ。
○○○
プレラーティの目的だったサンジェルマンは大祭壇の準備のため目的の社の一つに来ていた。彼女の傍らにはヨハンもおり、主に準備している間の護衛を担当している。
すると、いきなり固定電話のベル音が聞こえてきた。
「?」
「アダム……」
サンジェルマンが受話器を取り、耳に当てる。
『プレラーティはカエルのようにひきころされたよ?おにあいだよ!』
「え?!」
「ッ」
電話に出たのはアダムではなくティキだった。アダムしか目に映らない子娘の弾むような声がやたらと二人の耳に残る。
『いけにえにもならないなんてむだじにだよね?ざまぁないよね!』
『報告に間違いはない。残念ながら……』
「一人で……飛び出したの……?」
震える声で問うた問いかけは、答えられなかった。
『急ぎ帰投したまえ、シンフォギアに、儀式を気取られる前に……』
「カリオストロに続き、プレラーティまでもが……。くッ……!」
仲間を失った悔しさにサンジェルマンが歯噛みする。そんな彼女の少し離れたところで、ヨハンは帽子をかぶりなおした。
「カリオストロ、プレラーティ……、後は任せた……。そして、後は任せろ……」
アダムの気まぐれで弟子であるサンジェルマンがを生贄になるさまを彼女の師匠のヨハンに見せつけるため、彼女は生贄の任から外されていた。何故そうする理由があるのかは定かではない。本当に、彼の神の力を手に入れる前のお遊びで、余興なのだ。その為、彼女はサンジェルマンの護衛なのである。
だが、アダムの思惑とは別に、彼女達も表面化で動いていた。彼の気まぐれが、後々牙をむくとも知らずに。
○○○
朝を迎え、調神社から帰るときの事。運転席に座るマリアと、ライダースーツを着た翼、ヘルメットを小脇に抱えた雷が弦十郎とタブレットによる通信を行っていた。
「では、あの錬金術師の向かう先には……」
『鏡写しのオリオン座を形成する神社、レイポイントの一角が存在している』
「これで雷の仮説の一つが事実だと証明できたわけね……」
「翼のパパさんに概要書類は届けてくれましたか?」
昨日の深夜に雷が書いた神の力召喚阻止作戦の事だ。その名も、
『ティマイオス作戦……確かに届けている。後は承認を待つのみだ』
「もう一つの補助作戦のほうはどうですか?」
補助作戦とは、ゴルゴダ作戦の名付けられたもう一つの作戦の事だ。もしも神の召喚を許してしまった際に発動される緊急プラン。こちらの方は確証がないため有耶無耶だが、状況証拠からほぼ確実といっていい。
「ゴルゴダ作戦のほうは確証はないが、アダムの行動から見て雷君の推察通りと見ていいだろう。もちろん、イチかバチかなんてない方がいいし、油断は禁物だがな』
因みに両方とも弦十郎、その他S.O.N.G.職員がつけた名前である。雷の命名はもっと堅っ苦しい。
一方、ここの冗談好きの宮司は、また神社ジョークを飛ばしていた。
「良かったら、調神社にまたいらっしゃい。この老いぼれが生きている間に」
「神社ジョーク……笑えない……」
フルスロットルな宮司の神社ジョークにすらべが眉を顰めた。そしてそんな顔をしている調の手のひらに、彼は兎が描かれたお守りを乗せた。
調が紐をつまんで持ち上げ、微笑む。
「「「「ありがとうございました!」」」」
響、クリス、調、切歌がお礼をして神社を去ろうとする。
すると切歌が足を止め、神社の名前を見上げた。
「う~ん……。やっぱり不思議デース……。こんなの月なんて絶対読めないデスよ……」
「切ちゃーん!置いてっちゃうよー?」
「わ、分かってるデスよ!」
調に呼ばれ、切歌が駆け出す。
神社の名前は調神社。『調』と書いて『月』と読む神社だ。
ティマイオス作戦
雷の立案した神の力の召喚を阻止する作戦。成功すればよし。もし失敗したとしてもアダムの力を大幅に削ぐことが出来るシロモノ。ミクロコスモスを防ぎ、マクロコスモスをわざと開ける錬金術に則した阻止作戦である。
ゴルゴダ作戦
ティマイオス作戦が失敗した場合に発動される神の力打倒作戦。確定ではないがほとんど確実といっていい雷の推察によって組み上げられた作戦。
本部では今でも検証が続けられており、検証回数を重ねるごとに確実性が上昇している。