戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
ビル風が吹きすさぶ夜の街。その街の中にある建物の屋上に一人、サンジェルマンがいた。
彼女は二本の百合の花を屋上から落とし、落下によって花弁が風に攫われて見えなくなるのを見届ける。
「七万三千八百……七万三千八百一……」
これは今まで自身の願いのために糧としてきた人々の魂の数だ。そしてその中に、仲間であり友であったカリオストロとプレラーティの数が加えられた。今、真に仲間であり友と呼べるのは、自らの師匠であるヨハン一人となった。
目を瞑り、黙祷をささげる。
「母を亡くしたあの日から、置いて行かれるのは慣れている……。それでもすぐにまた会える……。私の命も、その為にあるのだから……」
(置いていくのが、これほど辛いこととはな……)
サンジェルマンは置いていくのには慣れていたが、置いて行ってしまう事には慣れていなかった。その相手が年上で自分の師であるとは言え、初めてであることに変わりはない。
だが、そんな感傷を能天気な拍手がかき消した。この状況でそんなことが出来るのは一人いや、一体しかおらず、彼女がいるということは彼もいるということだ。
サンジェルマンの背後に、アダムとティキがいた。
二人の背後には、帽子を目深にかぶって表情を見せないが、サーベルを腰に携え、せめて騎士としての役割を果たさんとしているヨハンが立っている。
「ありゃま~!しぬのがこわくないのかなぁ?」
「理想に殉じる覚悟など済ませてある。それに……、誰かを犠牲にするよりずっと……」
「我が弟子……」
ヨハンは普段サンジェルマンの仲間であり友であり続けたが、この時だけは師匠という立場に戻っていた。
何故ならサンジェルマンの言った言葉は、ヨハンが彼女の修業時代に教えた心構えの一つだったからだ。
『友を盾にするよりも己が盾となれ。真の友なら共に立ち、共に戦う己の最強の矛であり、盾となってくれるだろう』。
ほかにもいくつかあるが、最もサンジェルマンの根底に根強く残った考え方がこれだった。
ティキがその思いをあざ笑う。
「ヒヒヒヒヒ!なにそれ?!それがほんしん?!」
「だから君は数えてきたのか……、自分が背負うべき罪の数を……。おためごかしだな……」
「人でなしには分かるまい……!」
何を言われようとサンジェルマンの思いは変わらない。
○○○
雷たちはリディアンにいた。日はすっかり傾き、外はオレンジ色に染まっている。
本来ならこんな時間まで残る必要は全くないのだが、響の残った夏休みの課題を片付けるために残ることになったのだ。
「終わったー!」
雷と未来。二人の手を借りて課題を全て終わらせた響が机にへばりつく。
「終わるとは思ってなかった~……」
「お疲れ様」
「今度は手伝わないよ」
響の隣に座っていた未来が立ち上がってノートを抱え、向かいの席に座っている雷が響の机で頬杖しながらニヤッと笑う。
「ありがとう、響」
突然、ノートを胸に抱えた未来が響に礼をした。
「ありがとうは課題を手伝ってもらったこっちだよ~。なんでぇ?」
「課題も任務も、頑張るって約束、守ってくれた」
「私はきっと、ラクチンな方に流されてるだけ……。賢くどちらかを選択するなんてできないから、結局我が儘なんだよね」
「うん。ひびきらしいかも」
未来が首を傾けて言った。
「ホント、好きだねぇ……」
雷がお手上げだとアメリカンなジェスチャーをすると、未来に「雷もだよ」と言われてしまった。雷が頬杖を崩し、机の上で腕を組んでそこに顔をうずめる。
「響が間違わないのは、雷がしっかりと道を指し示してるから。でしょ?」
「そう!そうだよ!」
「そうなんデス!」
響が雷に詰め寄ったタイミングで、黒板の方から切歌の大声が聞こえてきた。
彼女がバン!と黒板を勢い良くたたく。そこには『9.13』と数字が書かれていた。
「近いのデス!」
「そう!あと二日!」
「あと二日で、響さんの誕生びっ!はぁらら?」
息巻く切歌の頭に黒板消しが投げられた。あれは結構痛い。そしてそんなことをするのは当然クリスしかいない。
投げつけられた黒板消しで書いた数字を消し、響の席の周りに集まった。
「ど、どうしたのみんな?」
「クリスさんから聞いたのデス!」
「響の誕生日を?よく覚えてたね」
雷の揶揄いにクリスが顔を赤くする。響が嬉しそうに笑った。
「覚えててくれたんだぁ!」
「偶々だ!偶々!」
「それにしても、そわそわしてた」
「そうそう!分かりやすさが爆発してたデェス!」
クリスの顔が茹蛸のようになり、遂に爆発した。
「はしゃぐな二人ともぉ!そろそろ本部に行かないといけない時間だぞ!」
装者たちは、S.O.N.G.本部ブリッジに集合した。
弦十郎が全員揃っていることを確認する。
「では報告ブリーフィングを始める。……映像を頼む」
「はい」
友里がキーボードをタイプし、メインモニターに映像を映した。それは、調神社で見せてもらった古い地図で、赤の点と線が描かれた、あれだ。
「調神社所蔵の古文書と伝承、錬金術師との交戦から、敵の次なる作戦は、大地に描かれた、鏡写しのオリオン座、神出づる門より神の力を創造することとして、間違いないだろう」
「現在、神社本庁と連携し、拠点警備を強化するとともに、周辺地域の疎開を急がせています」
緒川が黒いメモを取り出し、確認しながら発言した。
「これに対し、我々は雷君の立案した作戦で抵抗する。雷君」
「はい」
装者たちの中から雷が前に進み、手にしたタブレットを操作してメインモニターと画面映像を同期させた。
鏡写しのオリオン座の周辺に、蒼い円が描かれた。
「作戦コード、ティマイオス。要は神の力の召喚阻止作戦です。作戦規模ではなく、どちらかといえば戦略規模なのですが、半分はこちらに関係しているので説明します。簡単に言えば流れ込む星の命をせき止めるという物ですが、成功すれば召喚を阻止することが出来ます。こちらは風鳴八紘さんに協力を要請しています」
「なら、失敗すれば……」
マリアに雷が頷いた。
「失敗した場合……というのは、相手が裏技を使ってきた場合の事です」
「裏技……」
「裏技とは、マクロコスモスの利用。つまり、この地球の命をミクロコスモスとし、空に浮かぶ星々の命をマクロコスモスにして、そこからエネルギーを集める。という物です」
「そんなことできるのかよ?」
クリスが疑念を口にする。
「常温核融合を生身で行うような錬金術師ならやりかねないかなって。まあ、こっちとしてもはやらないでくれると嬉しいけど。……話を戻します」
切り替えるためにおほんと咳払いした。
「それはつまり、何光年も離れた星の命を抽出すること。そんなことをすれば、アダムの魔力消費も少なくない筈。黄金錬成の妨げになれば、という希望的観測はしてみます」
アダムの黄金錬成の威力を知る装者たちの顔が明るくなった。あくまでも推定だが、それでも彼の魔力が激減するのはうれしいことだ。神の力への対抗に集中できる。
「でも神を殺すのはどうするのデスか?」
「うん、じり貧は免れないと思う……」
「大丈夫。その為のゴルゴダ作戦だから!」
「ゴルゴダ……」
「作戦……?」
ゴルゴダ。神の処刑場となった丘の名を冠する作戦。その名からもみんなの期待を一身に受けた雷だったが、手のひらをひらひらと動かした。
「でもまだ早いかな。後ろがあると下がっちゃうでしょ?油断が生まれるでしょ?もしかしたら私の気休めかもしれないよ?」
「目の前のことを先にしてから……というわけか」
翼が面白いと言うようにニヤリと笑った。
何千、何万もの検証を繰り返した結果、すでに神殺しの力は手中にあることに気づいたのだ。雷が響を見つめた。
○○○
もう夜も遅いため、雷たちは本部の食堂で夕食を取ることとなった。
響が雷のトレーに乗せられた料理の量を見て楽しげに言う。
「前から思ってたんだけど、雷って食べる量多くなったよね」
響の言う通り、確かに量が多くなっている。大体魔法少女事変でルシフを倒したときあたりから段々と量が増え始め、今では年頃の女子の好む寮よりも少し多いくらいになっていた。
それはつまり、雷の内臓の力が元に戻っていることを意味しているため、喜ばしい事だった。
「そっか……。今まで気付かなかったけど、私、いっぱい食べれるようになったんだ……」
本人はいまいち気付いてなかったらしく、雷が一番驚き、嬉しそうに笑った。
一方、年長組は神殺しが何なのかを考えていた。
「雷は気づいているのかしら……。神殺しがどこにあって、何なのか」
「あの口ぶりからして、そうだろうな」
「ま、アタシらに出来るのは待つことだけだ。ギアの反動汚染が除去されるまではな」
だが、すぐに考えるのはやめた。
これは思考停止したわけではなく、自分のできることを精一杯すると決めたからだ。それを証明するように、マリアと翼、クリスの表情は晴れやかだ。
するとクリスの目の前に、切歌が身を乗り出してきた。
「デース!」
「うぐぉ?!」
思わずのけぞる。
切歌が傾けていた体を元に戻し、提案する。
「皆さんに提案デース!二日後の十三日、響さんのお誕生日会を開きませんか?!」
「なぁー!今言う?!今言うのぉ?!」
「もしかして、迷惑だった?」
「そういうのサプライズでするものだよ、二人とも」
雷がフォローを入れるが、そういう事ではない。彼女はどこか抜けていた。
「そういうわけじゃなくて!今はこんな状況で、戦えるのも、私と雷、切歌ちゃんだけだからさ」
「響が真面目なこと言ってる……」
「せっかくのお誕生日デスよ?!」
「そうだけど……」
「ちゃんとした誕生日だから、お祝いしないとデスね!」
「困らせるな。お気楽が過ぎるぞ」
切歌は自分の本当の誕生日を知らない分、誰かの誕生日というのに敏感だった。身を乗り出して主張する切歌だったが、クリスに遮られた。
「お気楽……」
切歌は愚者の石を探してる際のカリオストロとの戦いで彼女にも「お気楽系女子」といわれていたことを気にしていた。
「あたしのお気楽で、困らせちゃったデスか……?」
「うぇ?!そんなことないよ!ありがとう!」
響の励ましは、切歌にとって取り繕っているように聞こえた。
実はゴルゴダ作戦、結構パワーな作戦です。