戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
翼の病室にて雷と響の二人は彼女の私物を掃除していた。今まで足の踏み場もなかったような病室は見違えるようにきれいになっており、響が洋服を、雷がそれ以外を担当している。翼は二人に背を向けて、顔を赤くしている。恥ずかしそうに翼が口を開いた。
「もう。・・・そんなのいいから」
もう掃除もほとんど終わっていて、「すごく手遅れな気がする」と雷は思っていると、響が掃除の手を一旦止めて答えた。
「私達、緒川さんからお見舞いを頼まれたんです。だからお片づけさせてください」
翼がさらに顔を赤くして、そっぽを向きながら続ける。
「私は・・・その。こういうところに気が回らなくて」
「意外です。翼さんて、なんでも完璧にこなすイメージがありましたから」
「苦手なこともあるって知れて、親近感がわきました!」
「・・・私は完璧なんかじゃない。戦うことしか知らないのよ・・・」
自虐的に翼がつぶやき、その言葉に雷は首をかしげる。
「・・・戦うなら猶更、いつ死ぬかもわからないんだから身辺整理ぐらいできるようになるべきでは?」
「やめて雷!雷が言うとシャレにならないよ!」
「そう?シャレじゃないんだけど」
「猶更悪いよ!」
「?」
雷の自殺癖を良く知っている響は慌てて言葉を返すが、よく知らない翼は首を傾げている。
因みに雷の持ち物は基本的に整理整頓されており、何ならノートに段ボールのどこにしまえばいいのかまで記されているレベルだ。雷曰く、「いつ死ぬかわかんないんだし、こういうのは必要だよね」とのこと。
空気を変えるように響が手を叩き、宣言する。
「はい!おしまいです!」
「すまないわね・・・。いつもは緒川さんがやってくれるんだけど・・・」
二人の顔が真っ赤に染まり、叫ぶ。
「「ええぇぇ!男の人に、ですかぁ?!」」
翼はその言葉にハッと気づいて俯く。何か思うところがあるのだろう。
「た、確かに、いろいろと問題ありそうなんだけど、それでも、散らかしっぱなしっていうのも、よくないから、つい・・・」
「・・・翼さん、気づいてください。年頃の女の子の部屋をマネージャーとは言え男の人に掃除させるなんて、スキャンダル物ですよ・・・」
ますます翼の顔が赤くなる。二、三度咳払いをすると、赤くした顔のまま話を切り出した。
「い、今はこんな状態だけど、報告書は読ませてもらってるわ」
「え?!」
「私が抜けた穴を、あなた達がよく埋めているということもね」
響が慌てて訂正を求める。
「そ、そんなこと全然ありません!いつも二課の皆に助けられっぱなしです」
そんな響を見てクスリと翼が笑い、すぐに真面目な顔を作る。
「そう、だからこそ聞かせてほしいの。あなたの戦う理由を」
話の矛先が響だと気づいた雷は「ガングニール案件だな」と思いながらズレてきた保冷剤を直し、一歩後ろへ下がる。
「え・・・」
「ノイズとの戦いは遊びではない。それは、今日まで死線を超えてきたあなたならわかるはず」
「よくわかりません・・・。私、人助けが趣味みたいなものだから、それで・・・」
「それで、それだけで・・・?」
翼は響の言ったことを反芻する。さらに話を続ける。
「だって、勉強とか、スポーツは誰かと競い合って結果を出すしかないけど、人助けってだれかと競い合わなくていいじゃないですか。私には特技とか、人に誇れるものがないから。せめて、自分のできることでみんなの役にたてればいいかなーって・・・えへへ、へへへ、へぇ・・・」
段々と笑い声から力が抜けていく。そして真面目なトーンで話し始める。
「きっかけは、きっかけはやっぱり、あの事件かもしれません・・・。私を救うために、奏さんが命を燃やした二年前のライブ。奏さんだけじゃありません、あの日、たくさんの人がそこで亡くなりました。でも、私は生き残って、今日も笑ってご飯を食べたりしています。だからせめて、誰かの役に立ちたいんです。明日もまた笑ったり、ご飯食べたりしたいから」
窓を向いていた体を翼のほうに向け、満面の笑みで笑う。
「人助けをしたいんです!」
その答えに翼は納得したように目をつぶる。
「あなたらしいポジティブな理由ね。だけど、その思いは前向きな自殺衝動かもしれない」
「自殺衝動?!」
咄嗟に響は雷のほうを向くが、目線で顔を戻せと指示される。しかし、その顔は元に戻らない。
「誰かのために自分を犠牲にすることで、古傷の痛みから救われたいという自己断罪の表れなのかも。・・・何故轟のほうを向いているの?」
慌てて雷が言い訳をする。
「いえ!何でもありません!別に・・・なにも・・・」
その歯切れの悪い言葉を皮切りに、翼が今まで気になっていたことを口にする。
「・・・ところで、初めて会ったころから気になっていたのだけど。轟さんの包帯って、何か怪我でもしてるの?見ようによっては私よりひどいと思うんだけど・・・」
「あはは・・・。看護婦さんにも心配されました」
翼が雷の体中に巻き付けられた包帯を指さす。額に当てられた保冷剤を固定するものの他に、雷臨時の火傷を治す薬を落ちないようにするためのものと、その他打撲などのシップ固定などのものだ。
「聖遺物の研究をしていた両親と弟が私を一人残して心中しちゃって、叔父と叔母に引き取られたんです。でもそこで、「心中した家の子なんて悍ましい」とか、「うちも同じようにするんだろう、この疫病神め!」って言われて虐待され続けました・・・。結局、あの人たちは警察に捕まって今も服役しています。だから、あの人たちの家庭をつぶした私は疫病神なんです!叔父や叔母の言った通り、これは私が疫病神にならないようにするための罰なんです・・・」
雷が響の力を借りながら説明すると、翼も弦十郎と似たような苦々しい表情をしていた。そんな顔をしてくれたことに雷は安心を覚える。そのおかげか、精神は安定したままだ。
「そう・・・そういうことだったの・・・。なんであんな戦い方をしていたのか合点がいったわ」
「戦い方、ですか?」
「そんなのあったっけ?」
実は弦十郎は特訓において何故回避や防御を重点的にやっていたのかを雷にあえて伝えていないため、雷はそこが出来ていないからだと強引に解釈している。最も、出来ていないどころか考えてすらいないのだが。因みに伝えてない理由は、意識しすぎると逆に前に出れなくなると思ったからである。
「気にしないで、こっちの話だから。それにしてもあなた達、違って見えるのに似てるのね」
「「?」」
二人同時に首を傾げた。
○○○
三人は屋上に出てきて話を続ける。デュランダルの事、アームドギアの事、響が雷と二人で考えていたことを翼に打ち明ける。太陽を背にし、翼が口を開く。
「力の使い方を知るということは、即ち戦士になるということ」
「戦士・・・」
三人の間を風が通り抜ける。
「それだけ、人としての生き方からは遠ざかるということなのよ。すでに使っている轟さんはともかく、立花さんに、その覚悟はあるのかしら」
「私はもう戦士カウントなんですね・・・」
「そうよ」
どうも雷はすでにアームドギアたる稲妻を使いこなしているので戦士としてカウントされているらしい。少し悩んで響が答える。
「守りたいものがあるんです。それは、何でもないただの日常。そんな日常を大切にしたいと強く思っているんです。だけど、思うばっかりで空回りして・・・」
「戦いの中、あなたが思っていることは?!」
その言葉に響は表情を引き締める。
「ノイズに襲われている人がいるなら、一秒でも早く救い出したいです!最速で!最短で!真っ直ぐに!一直線に駆け付けたい!そして・・・もしも相手がノイズではなく誰かなら・・・、どうしても戦わなくちゃいけないのかっていう胸の疑問を、私の思いを、届けたいと考えています!」
翼がが笑みを浮かべる。
「今あなたの胸にあるものを、出来るだけ強くはっきりと思い描きなさい!それがあなたの戦う力、立花響のアームドギアに他ならないわ」
翼の言葉に響は拳を握りしめ、雷は自分の悩み事が解決したかのように笑った。そんな光景を、一番の親友に見られていたことなど二人は知らない。
雷と響は戦う目的や行動原理こそ違いますが、結果に求める心理状態はほとんど一緒だったりします。