戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
これからレポートを書くことが多くなるから、書けない日が続くかもしれない。非力な私を許してくれ……。
精神的に追い詰められ、冷静な判断が出来なくなっていた翼は響達の元から離れ、趣味であるバイクの整備をしていた。いつもいつも何かしらで爆発しているバイクだが、防人の愛馬だ。いつだって整備は怠らない。常に最高のコンディションを維持している。
そしてこれは翼の精神の安定にもつながっていた。真っ黒になったバイクのオイルを抜く。
(わかっている……悪いのはこの私だ。皆に当たるのも、弱き者を守れないのも……)
そんな思い悩む翼の元に、通信機のコールがかかった。
モニターに映った相手は祖父、風鳴訃堂だった。翼は真剣な表情で呼び出しに応じる。
「翼です」
『聞いたぞ?失態であったな』
「言葉もありません……。ですが、次こそは必ず防人の務めを果たしてみせます!」
範囲は狭かったとはいえ街を勢い余って破壊し、それによって後輩に意識を刈り取られたのだ。失態と言われても無理はないと翼は思った。しかし、次は上手くやって見せると、彼女は先の失態をばねにして再び立ち上がろうとしている。
あれ以上街を壊していればそう簡単には立ち直れなかっただろう。
『刻印、掌握!』
「?!」
突然訃堂が意味の分からないことを言い出した。だが、その言葉の後、翼は頭の中に訃堂の言葉がスッと遮られることなく入っていくのを感じた。
『翼。はたしてそこはお前の戦場か?そこにいて何を守る?何を守り切れる!』
「ッ」
『道に迷うことあらば、何時でも尋ねよ。お前は風鳴を継ぐ者であり、天羽々斬は国難を退ける剣であること、ゆめ忘れるな!』
そう言って訃堂は通信を切った。
翼には「そこはお前の戦場か?」という言葉が引っかかって仕方がない。耳に当てていた通信機に目を落とす。
「ここではない……私の戦場……」
視界が歪む。いつの間にか涙が目にたまっていた。翼はオイルが染みた軍手で乱暴に涙をぬぐう。頬に黒いすすがついた。
「奏……」
かつて共に戦場を駆けた戦友にして親友の名を口にする。
しかし、そんな弱音はブリッジからの呼び出しがかき消した。
『緊急の対策会議を行います。装者たちは、至急発令所に集合をお願いします」
繋ぎから隊服に着替え、走ってブリッジに駆け込む。ドアの目の前で止まり、まだ頭の中に色々と引っ掛かっているものの一旦深呼吸してから入室する。
「遅くなりました!」
「翼、何をしていたんだ?」
「すみません……」
他はもう全員揃っている。ひときわ遅れてきていた翼に、弦十郎が聞いた。翼の答えは芳しくなかったが、彼は深く追求しない。代わりにマリアが鋭い視線を向ける。翼に何か違和感を感じているようだが、今は置いておくと決めたのか、彼女は小さくため息をついた。
対策会議を始めるために弦十郎は腕を組み、現状分かったことを伝えていく。
「これより未来君と、エルフナイン君の失踪について、最新の調査報告を基に緊急対策会議を行う」
「鑑識の結果、現場に残された血痕は未来さん並びにエルフナインさんのものではないと判明しました」
「それじゃあ、未来とエルフナインちゃんは……!」
「うむ。遺体発見の報告がない以上、殺害ではなく、敵による略取であると俺たちは考えている」
「まだ何とか出来るかもしれない!」
緒川からの報告によって沈んでいた装者たちの空気が軽くなる。雷と響は向かい合い、目じりに涙をためて喜び、抱き合った。そして喜びをあらわにした後は、今度は表情を引き締め、未来を救出するために最善を尽くす意を示した。
喜んでいるのは二人だけではない。マリアも喜びの涙を指でふき取っていた。
「まだ一概に喜べない……。それでも希望を繋ぐことはできたわね……」
「だけどよ……ブチ撒けられたあの血だまりは、一体誰の物だったんだ?」
ならあの血だまりは誰のものだったのか、クリスが誰もが気になっていることを聞いた。
「引き続き調査中です」
緒川の答えはシンプルだった。確かに、あの血だまりはたまたま居合わせてしまった一般人かもしれないし、自分たちが追っている査察官、もしくはそれ以外の者かもしれない。あまりに数が多いのだから、まだ答えが見つかっていないのは装者たちの中ですんなりと腑に落ちた。
「これより今後の方針を二人の奪還作戦に切り替え……」
「あ、あの……一ついいですか?略取って錬金術を扱うエルフナインはわかります。ですがどうして未来さんまでが……」
調の質問は弦十郎たちが殺害ではなく略取であると考えた理由への質問だった。
ここまで来て隠す必要はないと、弦十郎は一度雷に気づかれないように目をやってから口を開いた。
「今回の一件、何故未来くんが巻き込まれつつも害されず、攫われてしまったのか……。その仮説を聞いてもらうには、いい頃合いかもしれないな……」
○○○
所々に散らばったドールの残骸が目立つ場所でエルフナインは目を覚ました。そしてすぐに、彼女がここは何処かを理解する。
「まさか……ここは!」
自分の生まれた場所であるチフォージュ・シャトーの中であるとすぐさま気付いたエルフナインは、奥からやって来たミラアルクとエルザに目を向けた。
ミラアルクは容器にスカートの端を掴み、
「おかえりなさいませ~ご主人サマァ?」
「あなた達!……ッ」
あまり様になっていないメイド風のお辞儀をした後、何かを言おうとしたエルフナインの頬を両手で挟み、口をふさいで目を見つめる。
「ははは!日本に来たのなら一度言ってみたかったんだぜ~」
「ほほはシフォーシュシャフォー……」
「よっと」
頬が引っ張られ、口の端が伸びているのでうまく発音できない。両頬を掴んでいるミラアルクは、そのままエルフナインを放り投げた。
それをエルザが咎める。
「いけないであります!客人は丁重に扱わないと……」
「次からはそうさせてもらうぜ」
「フランカに嫌われても知らないであります」
「そ、それは困るぜ……」
末っ子であるフランカに嫌われるのは家族を大事にするミラアルクには辛いところであった。いや、嫌われるだけならまだいい。もし超能力を使わせてしまったら、彼女のただでさえ常に濁っていっているパナケイア流体の濁りを加速させてしまう。それだけは避けねばならない。
投げ飛ばされたエルフナインは、どうすればこの状況を打破できるのかと思考を回す。
(考えなきゃ……。今何が起きてるかを……ここに連れて来られるまでに何が起きたかを……)
あの時、ミラアルクが突如として隣にいた査察官の首を斬り裂いて殺害。突然目の前で人が惨殺されたことで未来とエルフナインは気を失い、ここに連れ込まれたのだ。
そこで近くに未来がいないことを思い出した。
「そうだ……未来さん!未来さんはどこにいるんですか?!」
「用済みと判断された彼とは異なり、彼女はまだ生きている。生かしてるであります」
エルザが錬金術を使って気絶したままの未来を映し出した。何やらベッドのようなところに寝かされており、その周りをフランカがドンドコドンドコと謎の舞を踊りながらぐるぐると回っている。曰く、友達の舞というらしいが、彼女自身良く分かっていない。
「まさか……バラルの呪詛から解き放たれた未来さんを使って……!」
「そのまさかだぜ。そしてやってもらうことはお前にもあるんだぜ?」
「今はあなたが使ってるキャロルの体を使って、起動して欲しいものがあります」
エルフナインにはすぐにピンときた。キャロルの体が起動に必要なものなどこの世に一つしかない。
「キャロル……まさか!チフォージュ・シャトーを?!それは無理です!たとえ起動できたとして機能の大部分に加えてヤントラ・サルヴァスパもネフィリムの左腕も失われた今、自在に制御することなど絶対に!」
そう、チフォージュ・シャトーは複数の聖遺物が組み合わさって生まれたパッチワーク。それ故にヤントラ・サルヴァスパか、ウェルのネフィリムの左腕でなければ動かすことが出来ない。そも、解剖の光を内部放射したことで機能の大部分が消失している。
キャロルほどシャトーを熟知していないエルフナインでは、満足に起動することすらできないだろう。
「落ち着けって。そうじゃないんだぜ」
「あなたに起動してもらいたいのはこちらであります」
どうやら違ったようだ。エルザが指を鳴らし、それを合図にライトアップされていく。
ライトに照らされて現れたのは、棺のようなものが接続されたジェネレーターのようなものだった。思わず学者的な興味からエルフナインが近づいていく。
「まるで何かのジェネレーター?こ、これは?!」
棺の中には、未完成、もしくは失敗作とみなされたオートスコアラーの残骸が入れられていた。見る限りその棺が数えきれないほど接続されている。
エルフナインは思わず絶句した。
「あなた達は、一体何をたくらんで……」
○○○
真っ暗な闇の中を、未来の意識が沈んでいく。
(どこまで……落ちていくのだろう……。なんとかしないと……二人に心配かけちゃう……そうだ!私は響と仲直りしなきゃいけないんだ……)
沈んでいく暗闇の底で、金色の腕輪をはめた光輝く両腕が迎え入れるように未来に手を伸ばした。
(あなたは……)
未来の意識が、暗闇の底の輝きに墜ちていく。
○○○
マリアがサンドバックに拳を打ち込んでいく。翼が頼りにならない今、彼女の分もマリアが背負わなければならない。段々と鋭さが増していく。
(非戦闘員の仲間を巻き込んだ今回の一件、衝撃は大きかったはず……。まさか、あの時神獣鏡の光を受けた二人が、原罪を解かれた人間……神の依代に成り得る存在だなんて……。それを誰もが受け止め、強い心で乗り越えようと努めている……)
マリアの拳がサンドバックに突き刺さったまま止まった。彼女の脳裏に翼の暗い表情が蘇る。
「駄目だな私は……。苛立つ翼に差し伸べる手すら持っていない……」
思わず首から下げたアガートラームのペンダントを持ち上げた。
「仲たがいぐらい、セレナとだってしたことがあるのに……」
F.I.S.にいたころ、喧嘩したセレナと仲直りする時は、何時だって歌があった。マリアと他の誰かを繋げる歌、Apple。雷と敵対していた時も、暴走していた時も、あの歌が繋げてくれていた。
「仲直りするのに言葉なんていらなかったわね……」
思わずAppleのフレーズを口ずさむ。その時、何か引っかかるものを覚えた。
「このフレーズ、最近どこかで聞いたような……?それに雷、あの子は神獣鏡の光を受けていない筈……。なのに何故、あの時神の力の依り代たり得たの……?」
マリアの中に、あまり信じたくない想像が生まれた。それはいくら忘れようとしても、留まるところを知らないようにあふれ出てきていた。
フランカちゃんは 友達の舞 を踊った!