戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
地中から伸びる赤い光の柱に、額から血を流した弦十郎が驚愕する。彼の背後に立つアダドは舌打ちを打ちながら振り向いた。
「なんなんだ、こいつはッ?!」
「ユグドラシルだ」
「ユグドラシル?」
弦十郎は振り返り、アダドの発した単語をオウム返しに聞いた。彼は光の柱を鋭く見つめながら、煩わしそうにしている。
「説明は後だ。今はここから避難しろ」
「分かった」
弦十郎は頷き、撤退の指示を出そうとしたが、光の柱が登った場所からまるで木の幹のような物体がせりあがた。その天辺にシェム・ハが立っていた。
再度撤退の指示を飛ばし、黒服たちが動き回っている中、それを見下し、残念がるようにシェム・ハは言葉を口にする。
「わが前から引き下がるのか?アダド」
「こいつらを生存させるのが今必要な一手故な」
「らしくない。いくつもの文明を破壊したお前が、道具を大切にするなどと」
シェム・ハはアダドと人間の協力関係を断ち切ろうとしたが、マリア達はアダドが天空の支配者であることを知っているため、必然的にかつて台風や日照りなどを起こしていたことを推察している。しかし、彼女達にとって重要なのはそこではない。
シェム・ハが口にした『道具』の意味だ。
「道具!?僕達の事を?」
「じれったい。道具の用いる不完全な言語では全てを伝えるのもままならない。なぜお前は……」
「どういうことだ?!」
「……最早分かり合えぬということだ。ああ…それこそが忌々しきバラルの呪詛であったな」
途中で思考を遮られたことに苛立ちを覚えたのか、少し言動が荒くなっている。そして夜空に浮かぶ月を憎々しげに見上げた。
そしてシェム・ハは手のひらに光球を作り出し、弦十郎たちに発射した。アダドが射線に割り込み、手のひらで受け止めて握り潰す。
「Seilien Coffin Airget-Lamh Tron」
その隙にマリアがギアを起動し、短剣をシェム・ハに向かって投擲した。シェム・ハはそれを再び光球を放ち、迎撃する。
「ここは私達に任せて!司令達は容疑者とパパさんを!」
「マリア!轟!」
「翼!ここは引くぞ!」
弦十郎は塀に叩きつけられて気絶した訃堂を背負い、翼は自分を庇うために銃で撃たれた八紘を支え、緒川と共に撤退する。
アダドは隣に立つマリアに警告する。
「今は引くことが先決だ。無理だけはするな」
「優しいのね」
「我は強い人間が好きなだけだ」
マリアが走って、アダドは空を飛んでシェム・ハとの距離を詰める。シェム・ハの両手から放たれる光球を弾き、避け、攻撃を加えるが、どれも有効打にはならない。
シェム・ハの肉体は未来の物、つまり、人質を取られているようなものなのだ。アダドも本来なら気にする必要はないのだが、雷の願いをなるだけ聞き届けたい彼もためらいを持っている。
「笑止、そして残念だ。この身を傷付けまいと矛盾思考に刃が訛っているぞ?謀るに能わず。全力で来い!」
「不味い!」
腕輪が銀色に輝き、紋章が展開された。それが何かを知っているアダドは狙われているマリアの目の前に降り立ち、拳に竜巻と稲妻を発生させて発射された銀色の光線を殴り抜いた。
光線と拳がぶつかり合い、光線が砕け散った。破壊された銀色の光線は四方八方に飛び散り、それが直撃した物体は全て銀に書き換えられた。
あまりに常識外な力がぶつかり合う。
「銀の……輝きッ?!」
物質置換ではなく、物質の存在そのものを書き換える力。埒外物理学。そしてその埒外を、真っ向から迎撃することが出来る埒外。ありとあらゆる万象を破壊する絶対破壊の力。
シェム・ハは再び光線を放とうとしたが、紋章がかき消える。
手のひらを見つめ、
「消魂である。今の馴染みではこの程度。それとも……ユグドラシルの起動に力を使いすぎたか?」
シェム・ハが動きを止めた。その隙をついて短剣を蛇腹状に変化させ、腕を巻き取る。彼女は腕に巻き付いた刃を見て目を見開き、驚愕した。
「その左腕……驚愕だ。貴様面白いものを身に纏ってるな。エンキの末に当たる存在か」
どうでもいい対象だ思っていたマリアのことに少しだけシェム・ハが興味を持った。そして拘束された右腕で力任せに引っ張り返す。
「ユグドラシルとかエンキとか……さっきからわけのわからないことを!」
光の波動に吹き飛ばされるが体勢を整えたマリアはもう一手踏み込もうとアマルガムの起動を決意する。
しかし、その瞬間に跳び蹴りと二つの拳、一つの咢が四方を囲む。
「なッ?!」
「舌を噛むぞ」
避けることは出来ず、受け止めるしかないと覚悟したマリアだったが、とてつもない速度で背後現れたアダドに抱きかかえられ、その場を離脱する。
「やはり復活させていたか」
アダドはマリアを抱きかかえながら攻撃が放たれた方に目を向ける。するとそこに、シェム・ハを囲うようにノーブルレッドが現れた。彼女の額にシェム・ハの紋章が浮かび上がる。
そんな時、本部から弦十郎たちの撤退が完了したことを通達された。
「遅いぞ。我らも撤退する」
そう言ってアダドは空へ飛びあがり、戦線を離脱した。
「追わないでありますか?」
「理解に苦しむ。世界樹・ユグドラシルシステムが屹立した今、何処に向かおうと人類に逃げ場などありはしないというのに……」
世界樹に相応しい巨大幹が、風鳴の屋敷を粉砕してそびえたった。
○○○
アダドはマリアを連れて帰還してすぐ、人格を雷に返し、デノヴァギアを解除した。汗を流すべく一度シャワーを浴びようと通路を歩いていると、コートを着た響とばったり出くわす。
二人は向かい合う形となった。
「「ごめん!」」
二度三度目をぱちくりし、状況を理解した二人は思わず後ろに飛び退いてそろって頭を下げる。そして同じくそろって顔を上げ、おかしくなって笑い出した。
響はシャワーから雷が上がってくるのを少し待ち、上がってきたタイミングで牛乳を手渡す。渡すときの動きは少しぎこちなかったが。
響が話を切り出す。
「私、二人のことで頭が混乱しててさ。拒絶なんかしちゃって……ほんとにごめん」
「いいよ、そんなこと。私だって長年一緒にいた親友が人間じゃなかったとか、どれだけ仲が良くても距離を取りたくなるよ」
雷はストローから口を離し、笑ってみせた。それにつられて響も笑う。
「それに、謝るのなら私の方だよ。さっきの作戦で未来を助け出せなかったんだから」
「じゃあ今度は二人で未来を助け出そう!一人で駄目なら二人で!」
響が雷の手を両手で握った。そして二人は心で願う。このぬくもりが、未来にも届きますようにと。
○○○
風鳴宗家での一件からしばらくして、訃堂は牢屋に叩きこまれ、翼の拘束も解除された。しかし、いい報告だけではなかった。翼を庇って訃堂の凶弾に倒れた八紘は、治療の甲斐なく命を落としたのだ。
「全ての調査、聞き取りは完了した。現時刻を持って行動制限は解除となる」
「調査と、聞き取りだけ……?アマルガムの不許可使用についての処断は……」
翼は訃堂との戦闘でアマルガムを使用していた。そのことを響と同様に咎められるべきと考えているのだが、その心配はない。
「翼さんが発動させる直前使用許可が下りています。八紘氏がかねてより進めて来られていたのです」
「お父様が?!」
「兄貴の葬儀に間に合わせられなかったこと……本当にすまなかった」
「敵に付け入られた不徳です。何より手錠をかけられたままでは、合わせる顔がないと申し出たのは私です……」
「そうか……」
指令としてではなく一人の大人として、そして翼の親族として弦十郎は彼女に頭を下げる。しかし、翼は弦十郎に非はなく、全て自分の責任として背負っている。とは言え、彼女の表情に迷いはなく、本当の強さというものを知ったようだ。
「翼さん!」
そこに響達装者全員とエルフナインが駆け込んできた。思わず翼は振り返る。
「立花……私は……」
「全部聞きました!未来のこと、翼さんのお父さんのことも……。正直今はまだ頭の中ぐちゃぐちゃで混乱しています……だけど一つだけはっきりしてるのは、翼さんが帰ってきてくれて本当によかった。嬉しかった」
「立花……」
「わからないことはこれから考えていきたいです。だから明日や明後日、その先のこれからをまた一緒に」
響は翼に手を差し出す。その行動に翼がうろたえた。
「あなたと私……また一緒に……?」
「翼先輩!」
「翼さん!」
「翼」
「アタシら全員このバカと手を繋いできたんだ。センパイだけなしだなんて許さねーからな!」
「翼さんを悪く言う人なんて、誰もいませんよ!」
事情があったとはいえ、敵対してきた自分を快く受け入れてくれる仲間がいることに翼は感極まって涙を流す。
「一緒に戦ってください……」
翼はおずおずと手を伸ばし、しかし、怖気づいて伸ばしかけた手を引っ込めてしまう。そんな彼女の手を雷が横合いから掴み、響が歩み寄って掴んだ。
「私だって受け入れられたんです。翼さんも、一緒に」
二人が笑顔で翼を見つめる。彼女は照れから頬を赤くした。
「わ~……おかえりなさい!翼さん!」
これで装者は全員揃うことになった。
アダドの力は万象の完全破壊能力。万物を問答無用で破壊し、再生や再構築させずに破壊されたままにする。この力で文明を破壊し、歴史や記憶に刻み込んだ。
文明という言葉の源を破壊できることでシェム・ハの能力に真っ向から迎撃出来、同じく言葉を力の源とする哲学兵装も上から粉砕できる。
自分でコントロールすることが可能なため、彼の力は「ケラウノス」という哲学を受け入れた。