戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
どうやって描写すればいいか悩みに悩んだ結果がこれ。
米国のCIA本部が襲撃され、響達が救援に入った丁度その時、それと同様の出来事が世界で二つ同時に発生していた。
モスクワの市街を一台の車が走っていた。
その車に乗っているのは翼とマリア。
彼女達はライブを終え、自分たちが寝泊まりしているホテルに向かっているところだった。
雪の降るモスクワのレトロな街並みをマリアが運転する車が穏やかに駆け抜ける。その様は走りながらついでに観光しようというドライブもかねてのことだ。
ただ、観光に熱中しすぎて少々時間が遅くなってしまったのは彼女たちの名誉にかけて黙っておくとしよう。緒川がいればこんなことはなかっただろうが、今は二人だけだ。
彼はマネージャーモードで次のアルバムの交渉に向かっていた。
美しく白く飾り付けられた街並みを眺めながら、翼は少し不機嫌気味のマリアに声をかけた。
「そう拗ねるな、マリア。轟だって忙しいのは分かっているだろう?」
「忙しいのが分かっているから拗ねてるのよ」
「そう頬を膨らませるな。美人な顔が台無しだぞ」
「下手な慰めは結構」
ハァとため息をついたマリアが可笑しかったのか、翼が笑い声をあげた。
窓枠に片肘をつき、頬杖をついた。
その表情はどこかふてくされているようだ。
「これでまた私のプランが遠のいたわ……」
「プランって、あのことか? マリア、轟、月読、暁の四人で一緒に暮らすとかいう」
「そうよ」
翼がフッと笑みを浮かべた。
「……それがしたくて色々したくらいなのにな」
「……そのことは忘れて。いや、私達は忘れちゃだめだけど」
「だが大丈夫だろう。そう遠くないうちに、その願いはかなうはずだ」
翼はマリアの方に優しい目を向けた。
連邦政府庁舎の傍を通りかかる。
改修はされているがデザインは維持されており、まるで高級ホテルのような見た目が目を引いた。
翼たちの他に車はいない。恐らく彼女たちのライブの余韻に浸って帰るのが遅れているか、もしくは逆にさっさと帰ったかのどちらかだろう。
「他に誰もいないなんて、これはこれでゆっくりできていいわね」
マリアが穏やかに呟く。
すると突然、目の前に連邦政府庁舎のそばを流れるモスクワ川が目の前にあった。
「マリアッ!」
「ッ!」
あまりに現実離れした状況にマリアは一瞬のみ込まれかけるも、ハンドルを握っていない分冷静だった翼の声に思考を取り戻した。
咄嗟にブレーキをかける。
そこまでスピードを出していなかったため簡単に止めることが出来たものの、もしもブレーキが間に合わなかったら川に転落し、凍えて震えていたことだろう。
何があった……?
そんなことを考えている内に、S.O.N.G.の通信機に通信がつながる。
『聖遺物使用者の襲撃を受けた。至急救援を求む』
その一報を受け、二人は素早くシートベルトを外す。
――そして、既にシンフォギアを身に纏った状態で庁舎前にある階段を駆け上がっていた。
「なッ?!」
「どういう事?!」
再び発生したあまりにも不可解な事象に翼たちの動きは硬直した。
起動聖詠を歌うことなくシンフォギアを身に纏い、いつの間にか連邦政府庁舎の敷地内に入っている。そしてそのことに、今の今まで気づくことが出来なかった。
何か妙なことが起きている。
こうなれば慎重に行動することが定石だが、今は緊急事態。何があったとしても、シンフォギアを纏っている以上、生身よりは頑丈だ。
「急ぐぞ!」
「ええ! 事象の究明はあとにしましょう!」
玄関は開いていない。
しかし、鍵が開くことは期待できないため、天羽々斬で両断して中に飛び込んだ。
庁舎の中は凄惨極まりない状態だった。
生存者はいるものの、背中から血を流し、絶命した者もいた。
「無事ですか?!」
マリアがスーツを血で濡らした女性職員に駆け寄る。すぐそばにはすでに息絶えた男性職員がいた。彼女たちの位置からしてすれ違ったタイミングで襲撃されたのだろう。
翼が周囲を経過している。
「何があったんですか?」
「か、彼が正面から歩いてきたからえ、会釈して通り過ぎようとしたら……いつのまにか彼を通り過ぎてて……そ、それで何か気配がして……う、後ろを向いたら血を流して倒れていたの……」
あまりに超常的なことを身近に感じてしまっていたせいで少し混乱しているようだ。しかし、彼女が陥った現象と自分たちも感じた現象が同一の出来事である可能性が高くなった。
「そこには誰かいましたか?」
「う、ウェットスーツみたいな鎧を着た……三又の槍を持った女性が……」
マリア女性から更なる情報を聞き出そうとした次の瞬間、彼女は庁舎二階の廊下を駆けていた。
「また?!」
そばには女性職員はもちろん、翼もいない。
すぐさま翼に通信を入れる。すると翼も同じことを考えていたようだ。
『マリア! 無事か?!』
「ええ、何とか。……もう訳が分からないわ。翼は今どこ?」
『恐らくだが……三階だ』
翼も同様にこの現象に巻き込まれたらしい。が、如何やら無事なようだ。ひとまず翼が無事であることに安堵する。
「私は二階。相手の聖遺物というのはどこかに飛ばす力でもあるのかしら」
『いや……ただの勘だが、それだけではない気がする。だから気を付け――』
翼が言い切る前にまた状況が切り替わる。
いつの間にか通信を終了しており、まだ息がある負傷した職員を抱き起こしていた。マリアは混乱するが、目の前の状況に対処する。
しかし出血がひどく、恐らくもう長くはない。
――もう助からない。
その事実を受け止めた瞬間、また場所が変わった。
今度は目の前に死体の山が積みあがっていた。廊下一帯は血で赤く染め上げられ、地獄のようになっている。
予測不可能な不可思議な現象と唐突に見せつけられる光景にこころが摩耗していく。
するとマリアの立つ場所とは正反対の位置に翼が現れた。
「マリア!」
「翼!」
翼にも焦りが見えている。マリアと同じように精神的な負担がかかっていたのだろう。
ようやく会えた。
時間にして五分もたっていないにもかかわらず、彼女達には何十時間もの別れに感じられた事だろう。それほどのまでに、今起きている出来事は異常だった。
無事に再開した喜びと安どはさておき、今の状況を飲み込む。
死体が山のように積まれているこの血に染まった廊下だが、とある部屋の前には特に死体がある。
「その部屋に襲撃犯がいるようだな……」
翼は呟いた。
扉には国防大臣室と記されていた。
扉を蹴破り、刀と短剣を構えて内部に飛び込む。
そこには、机の上に立ち、国防大臣の胸を三又の槍で貫いた女性がいた。後姿で顔は見えないが、ウェットスーツのようなシンフォギアに類似する鎧を身に纏った、群青色の髪をポニーテルでまとめているマリアと同年代ぐらいの女性であるということがわかった。
大臣を助けることが出来なかったことに翼は舌を撃ち、切っ先を突き付ける。
「何者だッ!」
「……」
女性は答えない。そして、小さくため息をついた。
すると、次の瞬間には翼たちの目の前から消失していた。
「ッ」
「何時の間にッ?!」
「ふッ!」
背後から鋭く深い殺気を感じ、咄嗟に前に跳躍する。するとさっきまで立っていた場所に槍が振り下ろされていた。三又の槍が床を砕く。その破壊力はまるで津波のようだ。
しかも槍を振り下ろした場所以外は傷一つない。それは彼女が威力を一点に集中することが出来る、高い実力を持っていることの証左だった。
能力頼りの相手ではないことを、翼とマリアは直ぐに理解した。
彼女の体がかすかに濡れているのか、無傷だった周りの絨毯には水を吸ったような跡が残っていた。
右手で槍を一度振るい、柄を床に突き立てる。
ずれた眼鏡を調整し、鋭い切れ目で翼とマリアの二人を見つめた。瞳は赤く、彼女の身に纏う紺碧の鎧とは正反対だった。
二人目です。