戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
高層ビルが立ち並ぶ中国の街並みを、翼を先頭に響と未来が進んでいた。
最新デザインのビルは彼女たちのその威容をまざまざと見せつけるが、それは見かけだけであり、目に見えるだけでも全体の七割のビルはもぬけの殻になっている。
十数年前の国営企業の倒産をきっかけに始まった起きたバブル崩壊からいまだに立ち直っておらず、その上この国を牛耳る政党はその圧力を強めたことでその事実は国民に流布されていない。都市部から離れた地方から成功を夢見て上京してきた若者を食いつぶす魔窟となっていた。
いわば国全体が巨大なブラック企業の体を為しており、広告には常に成功している――と見せかけた――事だけが知らされて新入社員は他を選ぶことが出来ず、その上入社すれば馬車馬のように働かされ、使い潰されて捨てられるのだ。
上を見上げれば輝かしい人類の発展を、下を見下ろせばこの世の地獄を。
煉獄のような場所と形容すればいいだろうか。もっとも、ここは清めることが出来るような場所ではないのだが。
空気も淀み、どこか薄暗い。ほんのりとだが、どこかから腐臭も漂ってくる。
ビルとビルの間で何かがどさりと倒れる音がした。
「きゃッ……?!」
「未来」
思わず未来は響に抱き着いた。そんな彼女の肩を響は優しく包み込む。
その暗闇の奥底を響はじっと見つめる。
ほとんど見ることはできないが、ボロボロの服を着た男性が段ボールの上で横たわっていた。倒れたのはおそらく彼だろう。
そのさらに奥で、何か光るものが二つあった。
恐らくは……野良犬の類。それも人の味を覚えた。
「待て、立花」
「でも……」
「不用意に優しさを向けるな。向けた瞬間、お前はここにいるすべての人間にそれを与えなくてはならない。そしてそれは不可能だ」
「ッ……」
反射的に体を向けていたらしい。
暗がりに向かって動き出そうとしていた響を、翼が振り向くことなく制止した。
翼は歯噛みし、その顔色には苛立ちが浮かんでいる。
――このありさま、ファイが誕生するのも無理がないではないか!
中国の現状に、内心毒を吐く。
翼たちがここに来た理由は、ファイから送りつけられた一つの声明から始まる。
○○○
「指令! ファイからの声明が全世界に届いています!」
友里が驚き交じりに弦十郎の方を向く。
突発的な攻撃ではなく、次の攻撃場所を指定するという少数の陣営の定石であるゲリラ的な戦い方を真っ向から放棄していた。
弱者が虐げられることのない世界を創る。
私達はその正義のために戦っているのだと声高に叫んでいるようだ。しかし、この叫びはただの声ではなく力のあるもの。口だけの正義を振りかざす者とは違う。
「読んでみろ」
「読み上げます。“次のターゲットは中国。次のターゲットは中国。何故かは理解しているはず。我らファイは弱きを助け、強きを挫く存在”……とのことです」
「中国といえば国家運営のために人を喰いものにしているって話があるくらいですから、ファイが狙うのも無理ないですね」
「うむ……各国の動きはどうだ?」
「中国は迎撃要請を。他数国は静観を決めています。水面下での戦いが浮き彫りになっていますね。……ただ中国の国民は襲撃を心待ちにしているように見えます」
これまでファイが民間人に攻撃をしたという事実は存在しない。これまではそうだったが、次からはどう出るか。
しかし、今までの言動から見るに、少なくとも彼女たちの目に見える場所で直接的な原因で民間人が被害を被ることはあり得ないだろう。
それが出来るからこそ、彼女達は世界に宣戦布告したのだから。
しかしS.O.N.G.は国連の組織。
ファイと戦う事を国連が選んだ以上、S.O.N.G.もまた戦わざるを得ない。
例えそれが、自国の暗部を隠すための戦いであってもだ。
「翼、響君、未来くんを呼んでくれ」
「分かりました」
弦十郎は一瞬だけ思案した。
ファイには分かっているだけで三人――少なくとも戦う事のできる――メンバーがいる。
三人まとめてくる可能性と一人、もしくは二人だけでやってくる可能性。その二つを鑑みて、彼は後者と見当をつけた。弦十郎の長年の勘がそう告げた。
そして次に、何人で向かわせるか。
相手が三人全員で来るならともかく、そうでないならば全員で相対させた場合、どこか別のところに対して攻撃を受けた時に即座に行動することは不可能に近い。
愚策かもしれないが、今回ばかりは戦力の逐次投入が最善手だと考えた。
これならばもし総力を賭けてくるならばミサイルによる輸送で対応できる。現場の装者たちも問題なく対応できるはずだ。
もしそうでなかったとしても、出動していない数人は万全の体勢で次に備えることが出来る。
ならばメンバーをどうするか。
これは直ぐに決まった。
お互いを知った上での初遭遇、まずは対話を試みるべきだとしてもしもの時のために神殺しの力を持つ響、どの様な聖遺物でも無力化することのできる未来、彼女達とかかわりが深く、引き締めることのできる翼を現場に向かわせることを決定する。
クリスはまだ冷静さを取り戻せていない。弦十郎が見るに、表向きは大人しいが対面すれば爆発するだろう。
マリアは翼に比べれば甘いところが見られるため、響を引き留める役割には向かない。
切歌と調は最も高いユニゾン係数を自ら分断するわけにはいかず、力量的には問題ないが、能力面から見ても第一陣での対応力に一枚劣るため第一陣での投入は見送られた。
「失礼します!」
翼を先頭に、響、未来が指令室にやってきた。
相手が相手であるために、表情が硬い。
「そう肩に力を入れるな……と、言いたいところだが、そうもいかない。恐らくすでに知っているだろうが、ファイの次のターゲットは中国。君たちには首都北京に向かってもらう」
「北京……ですか。中国は問題の多い国です。彼女たちの理念にも反していない。少なくとも、宣言した志は本物の様ですね」
「ああ、今回の状況は初遭遇にも等しい。だからこそ説得・交渉を第一に考えることのできる君たちを組織した。翼、響君たちの引き締めを頼むぞ」
「分かりました。立花は思うようにやってくれ。何かあれば、私が引き締める」
「はい!」
「小日向は相手がどのような聖遺物を使っているかが分からない以上、何か不審な動きがあればすぐに行動しろ」
「分かりました! 懐の守りはお願いします」
「ああ、任せておけ」
本部潜水艦は北京へと舵を切った。
○○○
ミハルはクッション。曰く、人を駄目にするクッションから滑り落ちるように立ち上がった。
育ちが良かったのか、ゆっくりと脚を折りたたみ、はしたなさが全く見えなない。彼女の柔和な顔つきも相まって、柔らかな清楚さが感じられた。
「では、そろそろ向かうとしますね」
「行ってらっしゃい」
「ええ、行ってきます」
「ちぇ、俺が行きたかったんだけどなぁ」
エルナはいつものようにクールに応答してくれるが、ミアはそうではなかった。戦いの時はクレバーなところを見せるが、そうでないときは何方かといえば子供だ。
今回も少しばかりの駄々をこねた。
「ミアさん。あなたのでは守るべき人も被害を受けてしまうでしょう? わたしなら傷ついた人を癒しながら戦えます。向き不向きですよ」
「それはそうだけどさぁ……」
「まあ、全部焼き尽くしたい気持ちは痛いほどわかりますが」
それまでの温かさを持った声色から一変、凍てつくような冷淡なものになる。冷たい怒りが、彼女の内心で煮えたぎっていた。
「だったら難民キャンプにでも顔を出して来ればいいじゃないか。一緒に遊んでやればきっと子供たちも喜ぶさ」
「……いや、俺もすぐにやることがある。残念だけどな」
別に忘れていたわけでも、やる気がないわけでもない。
ただ、次の攻撃目標よりも優先したくなるほど、かの国は彼女たちの敵だった。
「私もやるべきところがあるからね。クラリスにお使いを頼まれたんだ。提案しておいて残念だが、私も行けない」
エルナは長い足を振り上げ、反動で椅子から立ち上がった。
普通に立ち上がればいいはずだが、彼女の所作があまりにも様になっていて、違和感が全くない。
寝転がっていたミアも、腕を使って跳ね起きた。その衝撃でミハルのベルがリンと鳴った。
ミハルが目をつむったまま、たおやかに二人のほうに顔を向ける。
「では、各々頑張りましょう」
おー! とこぶしを突き上げるミハルを、エルナは微笑ましく見つめ、ミアは獰猛な笑みを浮かべた。
シンフォギアST
最終決戦後、バーニングエクスドライブSTになったことで進化した新たなギア。胸部や四肢に虹色のクリスタルが組み込まれており、これによってS2CAを響不在でも使用できるようになったほか、フォニックゲインを移動させることが可能になった。このため一か所に集中させて一人の力を強化したり、弱ったメンバーに分け与えて穴を埋めることが出来る。
ファウストローブである未来の神獣鏡にはクリスタルが存在しないが、彼女は響が手を繋ぐことで代用している。
アマルガムは引き続き使用可能。