戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
ミハルは中国の街並みをゆっくりとした足取りで進んでいた。
一歩一歩進むたびに胸元の鈍い銀色のベルが揺れ、リンリンと軽やかな美しい音が鳴っている。レモン色のロングスカートとケープは風に揺れており、手に持つ杖も相まってどこか――いい意味で――前時代的な、一線をがした雰囲気を漂わせている。
天国と地獄の狭間、煉獄のようなこの地で、彼女はあまりにも場違いな存在だった。
そこでふと、彼女は足を止めた。ご機嫌に音を鳴らしていたベルも止まる。
ミハルの止まった場所は広い大通り。
ここには空っぽのビジネスビルぐらいしかなく、コンビニすらない。かといって露店販売の店があるのかといえば、そういう訳でもない。
ただただ、本当に何もない場所で急に歩みを止めた。
かすかな腐臭を漂わせるビル風がミハルの内側にカールした金髪を撫でた。
ゆったりとした所作で彼女は振り向いた。
何もないはずの右側のビルの陰を目を明けずに見つめる。
「そんなに警戒しなくても、わたしは逃げも隠れもしませんよ。ああ、撤退する時は別ですが」
「気付いていたのか」
「ええ、あんなに大きな足音を立てていれば、すぐに」
「緒川さん仕込みの忍び足なのだがな……」
「そこにいるお二人も、出てきてもらって構いませんよ」
「……」
声と共に右手側のビルの陰から翼が、左手側のビルの陰から響と未来が現れる。
即座に行動に移せるように、全員がギアとローブを纏っていた。
普通の忍び足で接近していた響や未来の方を先に見つけ出すのではなく、緒川……即ち忍者の歩法を習得している翼を先に認識しているあたり、ミハルの言動がハッタリでも何でもないことがわかる。
翼自身、緒川レベルまで習得しているわけではないと自覚しているが、とはいえ下手な忍者よりは実力があるはずだと自負し、緒川もその評価に太鼓判を押していた。
つまり、ミハルの認識能力はそれを識別できるほど高いという事だった。
「出てきてほしいと言ったとはいえ、流石にこの状況で丸腰……という訳にはいきませんね」
ミハルは杖をしゃがんで傍らに置き、微笑みを湛えながら自身のファウストギアの起動聖詠を唱える。
「Clau Fragarach Solas Tron」
胸元にある銀色のベルと腕に巻いた金色のブレスレットが光り輝き、粒子となって彼女の体を包み込む。
来ていた服は分解され、代わりに銀色をメインカラーとし、紫を差し色にしたレオタードタイプのボディースーツに身を包んだ。
そこに水色の細身の肩部アーマーと脚部アーマーが装着され、体を一回転させれば腰回りから紫の腰部アーマーが出現した。両側面と背面の腰部アーマーの延長上に銀のドレスタイプのスカートが伸びる。
そして各アーマーに金色の追加装甲が合体。金のアーマー同士を同色のライン状のフォニックゲイン共振経路――オリハルコンストリーム――が繋ぎ、それとは別に宙に細いワイヤーが揺蕩っている。
刀身が金色の長剣を掴み、浮遊する銀色の短剣を左手の延長上に配置した。
ギアを纏ったミハルを翼は警戒する。
話し合いすることが目的にあるとはいえ、どんな状況にも対応できるよう、警戒するに越したことはない。
「では、戦いますか? わたしとしては先にやることを済ませてからのほうが嬉しいのですが……そういう訳にもいきませんよね」
「待って!」
金の長剣を構えたミハルに対し、響は手を横に大きく広げ、戦う意志はないことを示しつつ前に一歩踏み出した。
「その声は、立花響さん……でしたっけ?」
「うん! 私達はミハルちゃん達と話をしに来たんだ!」
「お話……ですか?」
ミハルは目を閉じたままこてんと首を傾げ、響がうん、と頷く。
「私達の大切な親友が教えてくれたんだ。私達とファイのみんなとでは何か齟齬があるって。だから話し合おうよ。そうすればその齟齬を何とかすることが出来て、お互いが目指す正しいことが出来ると思うんだ!」
「……」
響が言った後、静寂が場を支配する。
これまでの戦いで響の“話し合い”は初手の段階では一度も成功したことがない。だからこそ、成功を信じつつも未来は扇を展開してミハルに向け、翼は未来の懐を守るように刃を構える。
するとミハルは構えていた長剣を道路に突き刺し、まばゆいばかりの笑顔を響に向けた。
「確かにそうですね響さん! 私達は道は違えど正しい世界を創りたい、守りたいと考える同志。分かり合うことが出来るのかもしれません!」
「ホント?!」
分かり合うことが出来る。少なくとも、その可能性がある。その事実に響は満面の笑顔を浮かべる。
ならば、次にするべきは手を取り合う事。握手だ。
響は一歩、ミハルの方に進む。
だが、響は……いや、この場にいる全員が知ることになる。
自分たちが無意識にしていた過ちを。
「はい! では……
「え……?」
彼女の発言に響は思わず硬直する。それは構えを解いていた未来と翼も同様だった。
――両目を……くりぬく?
いったいどういう事なのか分からない。そんな思考が頭の中をループし始める。
それほどまでにミハルの発言は突拍子もないものだった。
硬直する三人をよそに、ミハルは説明不足でしたねと付け足した。
「って、いきなりそんなことを言われてもびっくりですよね。ええとですね。話し合いって本来、対等なもの同士で発生する物事じゃないですか。なのでわたし達も対等にすべきだと思うんですよ。一対三という人数差はまあ、わたしの方がギアの性能差的に有利ですので不問としましょう。……そこで検討すべきなのは身体的な都合です。実はですね、わたし、目が見えないんですよ。ですので対等になるために、皆さんには同じように目を見えなくなってもらおうかなと」
「そんな暴論まかり通ってなるものか! ふざけ――」
「ふざけているのはそっちでしょう? 風鳴」
ミハルの言動に翼が激高するが、ミハルの底冷えするような声がそれを抑え込む。
落ち着いているように聞こえるが、その奥底には煮えたぎるばかりの怒気が含まれていた。
「私の目を潰したのはあなた達ですよ? 私の家族も、日本で出来たお友達も、全て風鳴が奪ったんですから」
「何……?」
「まだ分かりませんか? えっとですね、確か……『アハハハ! 恐れよ! 怖じよ! ウチが来たぜぇ?! ここからが始まり、首尾よくやって見せるぜッ!』……でしたっけ」
「その台詞は……!」
そう、かつてパヴァリア残党のノーブルレッドが引き起こしたライブ襲撃、その際に攻撃を行ったミラアルクが初めて発した台詞である。
つまり彼女は、あのライブの数少ない――ほとんど唯一といってもいい――生き残りだった。
「わたし、翼さんの歌が大好きで、家族に無理言って日本へやって来てたんです。なかなか難しいタイミングだったらしいんですけど、お父さんのお友達が自分たちは行けなくなったからって譲ってくれたんです。そこで日本のお友達もたくさんできました。同じ人を憧れるもの同士、心が通じ合ったんです。短い時間でしたが、わたしはたくさんのお友達と一緒にライブを今か今かと待ち望んでいました。しかし……あの事件が起きました」
二度と光を見ることのない目を閉じたまま、翼を睨みつける。
「お友達は目の前で赤い塵になり、逃げまどう人たちに押しつぶされ、主犯の人に胸を貫かれました。お父さんとお母さんはわたしを守るために瓦礫の下敷きになりました。わたしは運よく生き残ったんです。目が見えなくなったのも、逃げている内に負った怪我が原因だとお医者さんから教しえてもらいました。ニュースでは爆発物によるテロだと連日連夜流れていました。わたしも、それが事実だと考えるようになっていた……だけど、本当は違った。そうでしょう? 風鳴」
「ッ……」
「あの事件はあなたの祖父……いえ、父親である風鳴訃堂が主導したものだった。そしてその理由はあなたを自らの手中に収めたいという身勝手なもの。そして私の目も、風鳴の息のかかった医者が目撃者を消すために視神経を傷つけたためです」
風鳴訃堂の存在は逮捕、禁固されたときに世間に知れ渡っており、理由を知ったのは裏の世界に身を置いてからだろう。
手術の内容も恐らくそうだ。
「わたしは風鳴の身勝手な理由でお友達も、家族も、人生も奪われたんです。だからわたしは、二度とわたしと同じ想いをする子供が生まれてこないように、子を亡くした親が失意にのまれないために、戦うんです」
ミハルは毅然とした態度で言い切った。
フラガラッハ・クラウ・ソラス
デュオレリックした状態が基本形態。
ミハルが二種類の適合係数を持っているため、デュオレリックのマイナス要素を気にせず扱うことが出来る。
フラガラッハの武器は銀の短剣、クラウ・ソラスは金の長剣。フラガラッハの待機状態はベル、クラウ・ソラスはブレスレット(この状態でも光を放てる)。
カラーは銀と紫と水色。光り輝く金色がアクセントで入っている。短剣のサイズや形を変更可能で、別に剣の形でなくてもいい。
ボディースーツはレオタードでドレスタイプ。金色のワイヤーのようなものが周囲を漂っており、それが発する音で周囲の状況を、心音や呼吸音で相手の位置を把握する。
武装の遠隔操作能力を持っており、ビットのようにして戦う。その精度はすさまじく高く、飛んでいる弾丸を切り落とすことが可能。また金の長剣や装甲が発する光には傷を癒したり、動物を呼んだり、影を生み出してそこへの攻撃が本体にもいくなど様々な力がある。
バトルスタイルはブレードを遠隔操作し、光の奇跡の力と目が見えないため獣のような荒々しい戦い方をする。
起動聖詠は「Clau Fragarach Solas Tron」光は答を導く剣となる