戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~   作:兵頭アキラ

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大学、就職、小説、作曲の勉強、ゲーム……やることがいっぱい。


ミノタウロスの迷宮

 下水道に偽装された、まるで迷宮のような地下通路をエルナを先頭に進んで行く。

 地面や外壁は煉瓦でつくられており、所々苔生している。煉瓦の状態から見たところ、数百年前から使われていたようだ。少なくともここ十年以内に出来たものではないだろう。

 また一部は彫刻のようになっており、まるで縄のような模様が見える。

 そして何よりも不思議なのは、エルナはここを進むことに一瞬たりとも迷いを見せていないという事だ。

 普通の人間ならば、この地下通路に入ったところで出口に出ることも、入り口に戻ることも不可能だろう。事実、時々視界の端の方に人間の白骨死体が転がっている。

 もし例え慣れていたとしても、地図のようなものがない限り絶対に遭難し、同じ末路をたどってしまうはずだ。

 にもかかわらず、エルナはずんずんと先に進んで行く。何の明りも持たずに――だ。

 不安になった切歌が彼女に聞いた。

 

「本当にこの道であってるんデスか?! さっきから同じようにしか見えませんが!」

「ん……ああ、間違いなく合っているとも」

「でも、同じところをぐるぐる回っているようにしか……」

「まぁ、君たちには同じようにしか見えないだろうねぇ」

「……どういう事?」

 

 何故か常に彫刻の上を歩いていたエルナがくるりと後ろを向き、ニヤリと軽く口角を上げた。

 軽くつま先でタップするようにして、地面に掘られた彫刻を叩く。

 そして踏んでいる縄のような模様を指さして言った。

 

「この彫刻を踏んでみなよ」

「彫刻?」

「そう、まるで縄のようなのをね」

 

 エルナに言われた通り、装者たちは縄の彫刻の上に立った。

 そして数秒後、見えていたものが一変する。

 

「それで何か変わるのかよ……は?」

「嘘でしょ……」

「これがさっきまで歩いていたところデスか?!」

「なるほどね……ミノタウロス、こういう事……」

 

 さっきまで見ていた薄汚れ、苔生した煉瓦の通路とは異なり、まるで無菌室のような真っ白な通路が真っ直ぐ、一本道に伸びていた。地面にある彫刻は赤いラインに変化し、真っ直ぐに伸びている。そして所々、矢印のような形の三角形がラインの上にあった。

 迷宮のような分かれ道や十字路の一切が消失し、ただただ真っ直ぐな道が伸びている。

 どこか近代的で、しかしあまりにも場違いな空間が、一直線に広がっている。

 

「伝説の通りだ。面白いだろう? ……どちらが先かは知らないがね。因みに偶然踏んだとしてもこうはならない。計ったことはないが、数秒間この上に立たなければ見ることはできない」

「なら、ここから出られなかった人は……」

「気付くことが出来なかったんだろうね。まあ、常識的に考えれば奇跡でもない限り迷わず進むのは不可能だよ」

 

 一瞬悲しげに笑った後、またくるりと反転し、軽快な足どりで一本道を進んで行く。

 そのリズムのまま鼻歌を歌いだした。それはまるで海のような、深みのある音色だった。

 そんなエルナに違和感を抱いたクリスが早歩きで彼女の前に立ち、真っ直ぐに見つめた。

 思わずエルナも鼻歌をやめ、立ち止まる。

 

「なあ」

「何だい?」

「何でお前はこの通路のことを知っていたんだ」

「――事前に調べた……では、ご不満かな?」

「ああ、ご不満だね。さっきお前が一瞬だけ見せた顔、あれはそんな軽い言葉で片づけていい表情なわけねぇ。……アタシもしたことのある顔だ。だからわかる」

 

 静寂が場を支配する。

 元々静かな場所なだけあって、余計、際立っていた。流れる空気の音でさえも、今はうるさく感じる。

 

「――言わなきゃ駄目かい?」

「知ることがわかり合う第一歩……あのバカと、バカ二号ならそう言うはずだ」

 

 いや、バカ一号は分かってないだろうし、二号はもうちょっと現実的だな――と、頭の中で訂正した。

 如何やらクリスも、これまでの付き合いでかなり絆されてきていたようだ。

 

「イメージがぶれるから言いたくなかったんだがなぁ……。はぁ、まあいい。私は昔、ここにいたんだ」

「ここって……ミノタウロスに、組織の一員として?」

「いいや、違うよマリア。私は、奴隷としてここにいたんだ」

「奴隷……」

 

 装者たちは絶句する。

 今のご時世、奴隷というのは過去のもので、労働者はいても奴隷はいないというのが社会常識だった。

 そのことをエルナは当然知っていたので、少しばかり付け加える。

 

「もちろん、ただの奴隷じゃない。嗜好品……おもちゃ、玩具としての奴隷だよ」

「そんな……」

「ここに引きづり込まれた人間は男女問わず、そう言った扱いを受ける。私もそのうちの一人さ。ついでに言えばこの地下通路はフランスだけじゃない、欧州全土にまるで蜘蛛の巣のように広がっている。ドイツの伝承『ハーメルンの笛吹き男』、あるだろう? あれは実話でね、連れられた子供たちは全員ここに引きづり込まれたのさ」

「笛吹き男の話は千二百八十四年。そんな昔からここはあったのね」

「ああ。もっとも、もっと昔からあったのかもしれないがね。……私は古郷イタリアから、十五年前にここに連れてこられたんだ」

 

 エルナは軽く目を瞑り、当時のことを思い返す。

 当時と違って力をつけ、トラウマを克服した。だからもう、昔のように怖くはない。

 

「私の他にもつれてこられた子は多くいた。小さな子供ら大人まで……中には真新しい指輪を薬指にしていたご婦人もいたかな。まずは買い手が自分好みの人間を誘拐させ、そこからオーダーに合わせた教育が始まるんだ。性的なものも当然あるし、生きたまま皮を剝がれる、手足を切られる……なんてものもあったね。この世に存在する薬物を全て投与されるなんてのもあったかな? 因みに私は音だけが聞こえる真っ暗な部屋に拘束され、扉の向こうから聞こえてくる悲鳴や嬌声、断末魔を延々と聞かされるというものだった。……後で知ったことだが、私の購入者は私の精神を崩壊させるオーダーを出していたそうだ」

 

 淡々と内容が語られるが、装者たちからすればそう簡単に受け止められるものではない。

 自分たちも、普通とはかなり異なる人生を歩んできてはいるが、それを人から聞かされるのはまた別だった。

 スポーツをするのは好きだが、スポーツを見るのは苦手な人がいるだろう。その感覚に近しい。

 そして自分たちも似たような出来事を体験しているからこそ、常人よりも鮮明に理解してしまった。

 

「もっとも、私は精神が崩壊するギリギリで助けられたんだが、他には誰もいなかった。連れていかれたか、死んでしまったかのどちらかだろうね。……これが、私がミノタウロスを潰す理由さ」

「――ええ、その理由はよくわかったわ。あなたが世界に宣戦布告した理由もね」

「ほう?」

「この組織が財界の人間や、メディアの人間のために存在しているからでしょう。例え誘拐されたことを報道しても、その後の報道はないし、それが捜査されることもない。そんな人たちが許せないから……これがあなたの戦う理由」

「少し足りないな。知ることが出来る、知っている立場にありながら、何とかしようと行動を起こさなかった者も許されない。もちろん、ミアやミハルの考えも含めてだけどね」

 

 エルナが白骨死体に見せた悲しげな表情は、この組織の実態を暴こうとした正しき人達が力及ばずに倒れた成れの果てだったからだ。

 エルナは腰に手を当て、話を切り替える。

 

「さて、私の過去話はここまでだ。実はそろそろ組織の中枢部が近くてね、それに備えてギアを使いたいんだが……いいかな?」

「――お前の信念はよくわかった。だから組織壊滅は協力してやる。その後は、お前をとっ捕まえてやる」

「感謝する」

 

 クリスの言葉にエルナは深く頷き、自身のギアを起動した。

 




 エルナにとって知らないは罪なんですね。もちろん、端から知ることが出来ない人達は別ですが。
 
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