戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
頷きと同時にエルナのピアスが揺れ、彼女は自身のギアを起動するための聖詠を唱えた。
近代的な通路に、彼女の透き通った歌声が響く。
「Ocean Tríaina Deep Tron」
彼女のピアスが光り輝き、まるで水流のような青の粒子が体を包み込んだ。
かっちりと身を固めていたスーツは分解され、黒と群青色をベースにした肩と太ももの外側を露出した、ウェットスーツタイプのインナーが彼女の身を包む。
そして腕部と脚部に銀をベースにした青の装甲が装着され、そこから三本の黄色いオリハルコンストリームが胸部のコンバーターに向かって伸びていく。
彼女のギアにはフォニックゲインを伝達するオリハルコンストリームが三本あるため、他のファウストギアよりも出力が高い。ただし、その分扱いが難しく、ファウストギアの三倍、通常のシンフォギア及びファウストローブの六倍ははじゃじゃ馬だ。これをたやすく扱うエルナの技量と精神力の高さがうかがえる。
ヘッドギアが装着され、目を赤い半透明なバイザーが覆い、三又に分かれた槍が王冠のようになり、腰に白い布が巻かれた。
そしてエルナの手元で細長い渦潮が発生し、その中から三又の槍、トライデントが出現し、それを掴むと同時に渦潮が消滅する。
彼女はそれを二度三度振り回し、柄のほうを地面に突き立て、腰に手を当てた。
「これが私のファウストギア、トリアイナだ」
「あの時の……」
「ああ、マリアはすでに見ていたね」
「何かあるの? マリア」
「見た感じ普通のギアとあまり変わらないデスが……」
「そこは見てからのお楽しみにしておいてくれ。……まあ、見えないんだけど」
マリアは翼と共にエルナと戦っていたが、彼女のギア、トリアイナの持つ特殊な能力に翻弄され、一撃すら入れることが出来なかった。
あの空間転移能力は自身の位置や相手の位置、向きなど、操作できるものの幅が広く、対策を打たなければ手も足も出ずに敗北することだってあり得た。
エルナはトライデントを持ち上げた後、粗先を下にして構え、暗闇の向こう側を見つめる。
「暗闇の向こう側、すぐ近くに中枢部への扉がある。流石の私でも扉の向こう側に何人敵がいて、何が存在しているのかは把握しきれていない。だから奇襲を仕掛け、相手に準備の暇を与えることなくたたくのが最善だと考えるが……どうだ?」
「構わねぇよ。ていうか、アタシらはミノタウロスって存在も知らなかったんだ、少なくとも、ことが片付くまではアンタの指示に従うさ」
「感謝する。――彼女が教えてくれれば助かったんだが……居場所を教えてくれただけでも御の字か」
「ん? 何か言ったデスか?」
「いや、何でもない。ただの独り言さ……じゃあ行こうか。まずは誘拐された人たちの救出が最優先。それが済み次第好きにやってくれて構わない。出来れば大暴れしてくれ」
確認されている要救助者は七名。もしかすればもっと数がいるかもしれない。ただ、エルナの話を聞いた限り、無事に救助することが出来るのも何人いるかは分からない。
だけれど、最善を尽くしてこそのシンフォギア装者。
「救助者はどこに避難させるんだ?」
「正直な話、結構前のことだから内部構造は私も朧気でね、この通路に避難させよう。その手段は君たちに任せる」
「あなたはどうするの」
「私は顧客リストが処分される前に奪取してくるよ。では……行くぞッ!」
エルナは扉に向かって突進し、トライデントで切り裂いて道を開けた後、その能力で姿を消した。
その力を初めて見たマリア以外の全員が一瞬呆気にとられるが、この好機を逃せば事態が好転することがないことを知っている装者たちはすぐさま行動を開始する。
確認できるだけで敵は三十人弱。その内パヴァリアの錬金術師と思わしき人間は六人ほど。
彼女達の胸部や四肢に搭載されたクリスタルが輝く。
「「「「RSCA……発動!」」」」
RSCA――Reserve Song Combination Artsとは、発生するフォニックゲインをクリスタルで他の装者と同調することにより、一か所に集中させて一人の力を強化したり、弱ったメンバーに分け与えて穴を埋めることが出来るという、シンフォギアが進化したことにより可能になった戦闘技術だ。
その為、一部のフォニックゲインをためておくことが可能になっており、継戦能力の大幅アップにつながっている。
「各自散らばって要救助者の捜索! 倒すのはそのついででいいわ、今は救助が最優先よッ!」
「「「了解ッ!」」」
「何者ッ?!」
「黙ってなさいッ!」
近くにいた男の顎を殴り抜き、一撃で沈黙させる。
クリスは拳銃にバヨネットと閉所での近接戦に特化した武装で突入し切歌は二振りの小さな鎌で環境に対応、調はツインテールバインダーを使わず、ヨーヨーだけで戦闘している。
「要救助者見つけたデース!」
「場所は?!」
「入ってきたところの右手側デス!」
「何人そこにいる!」
「えっと……十三人!」
「十三人……なら何とかなるわね。よし、いったん切歌のところに集合、その後通路に下がるわよ!」
中枢部とはいえそこまで広くなかったようだ。人質は一番年上で高校生程度、下は小学生だろうか、すくなくとも、手段行動において問題ないと判断できた。
錬金術師がアルカ・ノイズを召喚するが、その程度は馴れたもので人質を傷つけることなく撃破、脱出に成功した。
遠距離攻撃持ちのクリスに三人がプールしておいたフォニックゲインを譲渡し、即座に大型ミサイルを四発展開して錬金術師たちに発射した。
○○○
エルナはミノタウロスのメンバーが混乱し、統率が取れていない状況の中を悠々と歩いていく。何故か周囲の動きはまるで深海にいる生物のように遅く動いている。そしてすぐ後ろを見れば、マリア達と同じような場所で戦っているエルナ自身がいた。
これが、トリアイナの能力だ。
本来、どの聖遺物にもある種の特殊機能が搭載されている。しかし、これは絶唱レベルのフォニックゲインがあって初めて発動するものだ。
本来なら発動できないのだが、オリハルコンストリームによって通常の六倍の出力を持つトリアイナは、扱いづらさと引き換えに絶唱なしで能力が使えるようになっている。
その能力は時間の流れが違う特殊領域に潜行し、本来潜行していなければ自身が取っていた行動と周囲の状況を把握しながら移動する……というものだ。
潜行中は基本的に本来の時間軸に干渉できないが、向こうはそれを認識することすらできないという無敵の能力であり、浮上した瞬間に本来の時間軸にあるエルナは消失し、周囲の存在はそれまで取っていた行動の記憶をすべて失ってしまう。
この能力を使って誰にも認識されずに――本来の時間軸のエルナは認識されているが――彼女は目当ての顧客リストの入手に成功した。
「やはりな、ヨーロッパ中の大物政治家、放送局員の名前が書いてある」
彼女はバイザーを上げ、周囲を見渡した。
「昔は強大で手も足も出ないような組織だと思っていたが……今思うと呆気なかったな。助け出し、力をくれたクラリスに感謝しなければ」
リストを小脇に抱え、もう一度特殊領域に潜行する。
突入した扉の方に向かう。そこには人質を解放した装者たちが、大型のミサイルで一網打尽にしようとしているところだった。
「ふむ……クラリスの提案通り後で一切合切全部破壊する予定だったが……手間が省けたな」
目の前でミサイルがゆっくりとこちらに飛んできているのが見える。
通り過ぎるそれを横目で眺めながら、エルナは装者たちの真横で浮上した。
トリアイナ
武装は三又の槍。待機状態はピアス。肩と太腿の外側を晒したダイバースーツタイプ。カラーは黒と白と黄色、群青色。腰の部分に白い布が巻かれており、水中ではそれが足に巻き付いて人魚のようになる。水中戦に特化しているが、耐圧性に優れているため防御力も高い。特殊防御を除いた素の防御力はシンフォギアを含めてもトップである。
最大の能力が位相空間潜航能力。これは違う時間が流れる(空間内部の時の流れが遅く、空間内の1秒が外界では0.00001秒)位相空間に潜行、本来の時間軸であれば行っている自身と相手の行動を観察しつつ移動し、浮上して攻撃を仕掛けることが出来る。
浮上の際に本来の時間軸のエルナは消失し、効果内にいるすべての生命体は本来の時間軸が行っていた行動の記憶を持たず、最終地点にいつの間にか移動している。この間、負荷が高いうえに行動する位相自体が違うため、エルナは本来の空間のものに触れることが出来ない。最初から触れていれば引きずり込むことが出来る(ただし物であれば使えず、人であれば動けない。当然攻撃も出来ない)。要はキングクリムゾン。
バトルスタイルは潜航と浮上を繰り返し、攪乱しながら槍を振るう。
起動聖詠は「Ocean Tríaina deep Tron」深層を流れる時は我なり