戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
鬱ゲーは人を鬱にするだけのシナリオが練られているのがいい。
フランス、ひいてはヨーロッパ中を混乱に陥れていた人身売買組織、『ミノタウロス』の一斉摘発から一週間が経過していた。
関係者は全員死刑となり、調達が提出した顧客リストは表向きの政治的混乱が見られない以上、闇に葬られてしまったと考えるのが妥当だった。
現在は――クラッキングすれば可能だろうが――それ以上の情報は入手することが出来ず、上手く隠蔽している政府側が一枚上手だった……という訳だろう。
その事実にマリア達はショックを受けていたようだが、逆に言ってしまえばすでにルートは断たれてしまっているので、これ以上の腐敗は起きづらいともいえた。
――そうでも考えないとやってられんよなぁ。
雷はコーヒーを啜りながら脳内で呟いた。
今のご時世ならファイの革命を煽るでまかせだといい逃れることが可能だ。
一般に人間にはこれだけでいい。発展途上国なら一気に爆発していただろうが、先進国である以上、何よりもその国民は自らの安定がひっくり返ることを恐れる。被害者の家族はそうは望まないだろうが、ヨーロッパの全人口の数パーセント程度、どう考えてもひっくり返るには至らない。
「マリアから聞いたけど、この攻撃、捕縛よりもこっちがメインに見えるんだよな」
雷がパソコンに映された画像データを見ながら呟く。
そこにはアジトの中にあった書類や機械類の上に三又の槍が突き刺さっており、水浸しな上に原形をとどめないほどに破壊しつくされていた。
突き刺さっている槍は捕縛の時に落としたもの。水浸しなのは、エルナのギアがトリアイナであることから、その力で水流を生み出して破壊したのだと考えられた。
そして少し前に届けられた録音機の中の音声を再生する。
「ノーブルレッドの時といい、マリア……手癖が悪すぎない?」
思わず苦笑してしまう。
エルナの正体不明の能力を鑑みて、盗聴器ではなく録音機を採用したのはいいのだが、マリアはいつの間にこれを取り付け、さらに回収したというのか。
言っては何だが、スリ師として十分やっていけるだろう。……もちろん、雷としては顔見知りが犯罪者になるのはごめんだというのが本音だが。
「空間転移が能力っぽいけど……ん? 音が消えた……それにこれは……ソナー音? 約十秒ほどで音が戻って……クラリスって誰だ? もしかして……」
再生を一度止め、手元にあるピースで結論を組み上げていく。
しかし、不確定要素があまりにも多く、組みあがった結論は結論とはいえないものだった。
――八方塞がりだな、このままでは。
そんな雷の思考の中にドアを叩くノックの音が聞こえてきた。
「はーい」そう返事したものの、一向にドアの前の人物は入ってくる気配がない。自動ドアだからすぐに開くはずだがと、変に思って首をかしげていると、その答えをその人物が教えてくれた。
「あのー、鍵、開けてくれませんか?」
「あ、ごめんごめん」
扉の前に立っていたフランカに言われ、大慌てでロックを解除する。
集中するために鍵をかけていたことをすっかり失念していた。
フランカはキッチンで作ったのであろうベイクドチーズケーキと、温かい紅茶の入ったティーセットをお盆に乗せ、少しばかり頬を膨らませて入ってきた。
適当に返事されたことが少々ご立腹のようだった。
「もう、閉じこもって集中するのはいいですけど、来客があった時は直ぐに鍵を開けてください!」
「スミマセン……」
「全く、雷さんもいい大人なんですから、そこのところ、しっかりしてくださいね?」
「はい……」
「反省したならこれ、食べてもいいです。いい集中にはいい糖分。カフェテリアのキッチンで作ったレモンのチーズケーキです。雷さんって紅茶大丈夫でしたよね?」
「全然平気。むしろケーキ系には紅茶が合うから大当たり」
「それならよかったです!」
そう言ってフランカは長方形のケーキを二人分に切り分け、紅茶を二つのカップに注いだ。お盆をサイコキネシスで空中に固定し、即席のテーブルにしている。かなりしっかりと固定されていた。
雷は彼女をベッドに座らせ、向かい合う形になる。
チーズケーキはフォークの通りがよく、チーズの濃い味の後にレモンのサッパリとした味が来る、とても美味しいものだ。
フランカが言うには初めて作ったらしいが、そうとは思えない仕上がりだった。機材の違いによる焦げ目があるとのことだが、一部の焼き目が少し濃い程度で、あまりそういうのを気にしない雷にはピンとこないところだ。
紅茶も薫り高く、後引く口の中をリセットするのにちょうどいい塩梅だった。
ほっと一息をついていると、フランカがおずおずと聞いた。
「最近……その、根を詰めすぎじゃないですか?」
「……バレてた?」
「テレパスを使わなくても分かりますよ。目の下のくまが濃くなってますし」
「えっ嘘?!」
大慌てで手鏡で顔を確認する。雷もそのあたりは気にしてしまうようだ。やっぱり雷さんも女の人なんだなぁ、とフランカは失礼ながらそう思った。
その寝不足の原因が自分にあることは理解していたが。
「私のギアのことですよね」
「え?」
だからこそと思い切って切り出してみたが、雷はまたも不意打ちを喰らってきょとんとしている。
「私のギア……ううん、私が戦う事にまだ悩んるんですよね?」
「……うん。正直、まだ悩んでる」
雷は膝に肘を乗せ、指を組んで俯いた。
フランカが身を乗り出して聞く。
「どうしてですか?」
「フランカは私達と違って帰るべき場所がある。……もちろん、私達にもあるけど、君はまだ未成年だ。それに、自らの意思で参加したんじゃなくて、呼び出されたからここにいる。キャロルは割り切ってるけど、家族を失った私からすれば、今からでも家族のところに帰って欲しいと思ってるよ」
雷の精神年齢は実質五年前のままだ。大人びていたかもしれないが、それでも女子高生の範疇に収まっている。それに比べれば、キャロルやエルフナインはホムンクルスとしてではあるが、彼女に比べてはるかに長い時を生きている。
雷にしてみれば、フランカはほとんど同い年、いや、今では年上ですらあった。
そんな彼女に、命を落とす危険性がある戦場に立ってほしくないと思うことが、雷にストレスをかけていた。
「雷さん」
「……?」
フランカに真剣な声色で呼びかけられ、思わず顔を上げる。見つめた彼女の目は、覚悟の色で満ち満ちていた。
「五年前のあの日。雷さんと、雷さんの中にいたアダドさんに初めて出会った時から、私は決めていました。たとえ相手がどこの誰で何であろうと、自分の考えで、心で決めると。ですので、ここに来たきっかけは招集があったからですけど、来ると決めたのは私の心です。雷さんは気にしないでください」
「でも……」
「私はあなたに会って、奴隷でもなく怪物でもない、フランカという人間になれたんです。……今、私の胸の中にある未来の聖遺物、星の涙。これが告げてるんです。この戦いは、人類が次のステップに進む戦いだって……なんとなくわかるんです。だから、その、私に恩返しをさせてくれませんか?」
雷は逡巡する。
フランカの想いと願い、そして、彼女が持つ星の涙……それらを受け止め、どうするべきか。
彼女の願い出を拒否することが出来るのが大人なのだろう。このまま家族の元に帰ってもらう、これが最善のはずだ。
しかし、人として、いや、雷として、フランカの想いを無下にすることは出来なかった。
「わかった。あなたのことで悩むのは止める」
「ホントですか?!」
「うん。だけど、私が駄目だと判断したら何が何でも離脱してもらうから。フランカを預かってる以上、あなたの家族のところに無事に帰ってもらわないといけないからね」
「ありがとうございます!」
フランカが感無量といった様子の笑顔で勢いよく頭を下げた、その瞬間だった。
ミュニアースが激震した。
フランカと星の涙は融合していながら融合していないという変わった状態です。自分の意志では使えません。