戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
ミアの自室の扉を何者かがノックする。
もっとも、ファイのメンバーは彼女を除けば三人しかおらず、そのうち二人は任務に出ているため一人だけだ。
ノックに気付いたミアは腹筋のためにぶら下がっていた鉄骨から足を外し、まるで猫のように身を翻して着地した。
炎のような、赤みがかったオレンジの髪についた汗をそばに置いてあったタオルでふき取り、首にかける。
味の薄いスポドリを飲みながら返事をして招き入れれば、大きな丸眼鏡とぶかぶかの白衣が特徴的な女性、クラリスが現れた。
彼女はファイのトップで、ミア達の戦うための武器であるファウストギアを開発した研究者だ。また、ミアの親代わりでもあった。
そんな彼女に対し、ミアはどこかぶっきらぼうに問いかける。
「何か用か?」
「いやぁちょっと、ミアちゃんに頼みごとがあってね」
「それはいいが、いくら親代わりだからってミアちゃんは止めろ」
「えぇ~可愛いのに……まあそれはさておき」
「さておくなよ」
ジト目でクラリスを睨みつけるミアだったが、彼女はそれを全く気にせずに話を続ける。分かっていたことだが、クラリスは少しばかり自分本位なところがあった。
それを理解しているミアは、肩でまあいいや、というジェスチャーをして、続きを促した。
「ミアにはね、お使いを頼みたいんだよ」
「お使い?」
ミアは首を傾げた。言葉使いは荒っぽいが、こういう細かい仕草が雷によく似ている。
「君、これからミュニアースを襲撃するだろう? そのついでにあるものを取って来て欲しいんだ。……いや、今後のことを思えば、攫ってきてくれ、と言った方がいいかな」
「攫って来いって……誰をだ?」
「私を、だよ」
「はぁ?」
思わず顔をゆがめてしまう。
そもそもただの異端技術研究機関であるミュニアースを襲撃する理由が彼女にはよくわかっていないのだ。精々が敵対する可能性のある組織を先手を打って潰すくらいのことしかわかっていない。
しかしながら、ミアの反応に対して何の返答もないことから、クラリスは冗談を言っているわけではないようだった。
「大丈夫、行けば分かるよ」
「行けばってオイ……はぁ、分かったよ」
そう言ってミアは首にかけたタオルを適当に放り投げ、飾りっ気のないベッドの上に投げ出されたノースリーブの革ジャンに素早く袖を通し、クラリスを残して部屋から出ていった。
そんな彼女の背中を、クラリスの金の瞳が怪しく見つめていた。
○○○
それはほんの数分前のことだった。
研究機関のため、大した戦闘能力を持たないミュニアースだったが、貴重な異端技術を扱っている以上、その守りは強固だ。
特に察知能力が秀でており、リペアードを応用したレーダーは周囲百キロ圏内に存在する小鳥すら見逃さない精度を誇っている。そして錬金術を応用した識別システムによって、ミュニアースに害を与えそうな存在を判別するという二重の目を持っているのだが、その目が鳥のように小さく、しかし戦闘機並みの熱量を持つ飛翔体を捉えたのだ。
その情報が所長であるエルフナインのもとに届く。
「それはミサイルではありませんか?!」
『いえ、ミサイルが照射している電波も、無人機が受信している電波も感知できていません』
「それは確かですか?」
『間違いありません。ここのレーダーが感知できないのであれば、世界のどこも捉えられませんよ』
「そうですね……。ではバリアを……」
『安心してください。もう既に張っていますよ』
錬金術を応用したバリアがすでに展開されていることをデータで確認する。このバリアは生半可な――戦術反応兵器程度の――攻撃では傷一つつかない。それと同時に防衛システム担当の所員が有能なことに、エルフナインは内心拍手した。
これまでミュニアースが狙われたことは一度もなく、たるんでいても仕方のない部署なのだが、今という有事の際でも慌てず的確に仕事をこなしている。
これは彼らのボーナスをよくするべきかなと考えていた、その時だった。
防衛部署からの緊急通信が入る。
「何があった?!」
『キャロル所長! バリアが突破されましたッ!』その声色からは多分の焦りが見える。
「突破されただと?! どういうことだッ!」
『バリアが焼き払われ……いえ、両断されたんですッ!』
「両断……だと?」
バリアが両断された。それが示すことは一つ。
――ファイか!
バリアを突破すること、そしてそれ以上に両断するなど通常の軍事兵器では不可能だ。そして現在敵対しているそれが可能な存在はファウストギアを所有するファイ以外ありえない。
キャロルは即座に指示を出す。
「データの保護を急げ! 特に開発中のギア三つとアレの守りを最優先だッ! 侵入者がどこに向かっているか……ッ?!」
ミュニアース全体が揺れ、思わずキャロルはバランスを崩してしまう。丁度その時、防衛部署からの情報が届く。
『攻撃を受けたのは錬金術区画!』
キャロルは舌を打ちながら立ち上がり、襲撃を受けた錬金術区画に向かう。
報告を聞いたのだろう、フランカがテレパシーで思考に介入してきた。
(フランカです! いったい何があったんですか?!)
(すでに知っているかもしれないが、ファイからの襲撃を受けた! 今向っているが反対側の区画だ、テレポートでオレを跳ばせるか?)
(任せてください! 雷さんも一緒に……)
(待て!)
フランカは雷も一緒にテレポートでジャンプしようとしたが、キャロルがそれを制止した。予想外の返答だったのか、フランカの思念には戸惑いが見える。
(オレには錬金術、フランカには超能力があるが、雷は戦うための術をもたない。連れていくのは逆に危険を伴うぞ)
(でも……)
(でもじゃない! 早く跳ばせ!)
(は、はいッ!)
少しの間が空いた後、キャロルは襲撃を受けた錬金術区画へと跳んだ。
○○○
フランカと部屋にいた雷は、揺れがもう起きないことを確認するとすぐさま立ち上がり、自室のパソコンから研究所中の監視カメラにアクセスした。
少なくとも監視カメラで見える範囲に怪我人はおらず、研究中の資料の安全が保たれていることを把握する。錬金術の区画の映像が途絶していることから、ここに何者かが侵入したのだ。現在最優先で開発が進められているギア三種と、同時並行で建造されているマシンに被害は全くなかったことに、雷は胸をなでおろした。
しかしカメラ越しでは外見しか分からない。揺れによるショックで内部がどうなっているか分からない以上、現場に見に行くしかなかった。
雷は画面から目を離し、後ろにいるフランカに声をかける。
「フランカ! 私をギアのところに……?」
「……」
「どうしたの?」
彼女の顔を見て、思わず拍子抜けてしまった。
フランカは今にも泣きそうな目で雷のことを見つめていたのだ。
彼女は思った。本当に戦ってはいけないのは、私ではなく雷ではないのかと。神と戦う事を宿命づけられ、その後五年間眠り続けてようやく人としての幸せを謳歌できるようになった彼女を、戦場にとどめるのは間違いなのではないかと。
雷の金の瞳がフランカを見上げる。
身長も、年齢もいつの間にか抜いてしまった彼女。
そんなふうなことを考えていると、雷がふっと微笑んだ。
あの時と変わらない微笑みだ。
「フランカが何を考えているのか、私には分からない。だけど、私はここにいたいんだ。誰がどうとかじゃなくて、私がここにいたいから、私がしたいことをする……ただ、それだけ」
「……分かってるじゃないですかぁ……」
涙が頬を伝う。しかし、それを乱暴に拭い去って正面から雷を見つめた。
「私はキャロルさんと一緒に襲撃にあった錬金術の区画に跳びます。雷さんもお気を付けて」
「うん」
フランカのテレポートで、二人は目的地へと跳んだ。
何やら建造中のご様子