戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
モニターだけが光源の暗い研究室にて、車椅子の老いた女性が表示されたキーボードを滑るように叩いていく。彼女こそマリアに指示を出していた人物、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。彼女たちから『マム』と呼ばれている。
『スパーブソングッ!』
『コンビネーションアーツッ!』
『セットッ!ハーモニクスッ!』
モニターには彼女たち武装組織フィーネが引き起こしたアリーナ襲撃事件、その際に二課の装者たちが行った戦術『S2CA』の録画映像が映されていた。
(他者の絶唱と響き合うことでその威力を増幅するばかりか、生体と聖遺物のはざまに生じる負荷をも低減せしめる……。櫻井理論によると、手にしたアームドギアの延長に絶唱の特性があると言うが……。誰かと手をつなぐことに特化したこの性質こそ、まさしく立花響の絶唱……)
ナスターシャが映像を停止した。
(降下する月な欠片を砕くために絶唱を口にしても尚、装者たちが無事に帰還できた最大の理由。絶唱の三重奏ならばこそ計測される、爆発的なフォニックゲイン……)
映像が切り替わり、無数の文字列が画面を走ったのち、卵とも顔とも取れる物体が表示される。
そしてコードが撃ち込まれた後、檻の中で暴れる異形のバケモノの映像へと変わった。
(それをもってしてネフィリムを、天より堕ちた巨人を目覚めさせた。覚醒の鼓動……)
バケモノの名は完全聖遺物『ネフィリム』。
天より堕ちた巨人、その全ての融合体であるその存在は、聖遺物にして生命のように行動する。自律性を持つ異色の聖遺物であった。
突然、ナスターシャは再びライブ映像、それも『S2CA』発動前の物を画面に映し出し、とある人物を映しながら親し気に目を細める。
「大きくなったみたいですね。彼らも元気にやっているでしょうか……」
そう小さくつぶやき、モニターの電源を落とした。
○○○
フィーネとの決戦で基地機能を喪失した二課は、新たな本部建設までの間、次世代型潜水艦内へと拠点を移していた。
その艦内をギアを解除し、メディカルチェックを終えた装者たちが歩いていく。
雷もそのころにはすっかり精神も安定し、足のけがは翼の助けを借りている状態だ。
「すいません翼さん……。こんな事させちゃって……・」
翼は事も何気に言う。
「案ずるな轟。お前とフィーネの間にある関係は私も理解しているつもりだ。あのような行動に出たとしても仕方がないだろう。だが……」
「おっさんのお説教は受けないとな!」
「あははは……」
にやにやとしながら雷のほうを見るクリス。
そう、弦十郎から自分の身を蔑ろにするなと厳命され、そうしないように特訓を重ねてきた雷は、少しでもそれを破ると彼から雷を落とされるのだ。因みにこれは未来からの頼みでもある。
雷が顔を青くしているうちに指令室の前に到着していた。
「装者一同、無事帰還しました」
ドアがスライドし、四人は入室する。
目の前には明らかに不機嫌そうな弦十郎が立っていた。
「俺が何故、怒っているのかわかるな?雷くん……」
「はぃ……」
返事が尻すぼみになる。
その答えを聞いて弦十郎はため息をつきながら答えた。
「分かっているのならいい。だが、君の体が君だけのものでないことをしっかりと覚えておくように」
「分かりました……」
罰として反省文を書くように言われ、用紙を受け取る。
隣に立っていた緒川が雷のけがの状態を説明する。
「雷さんのけがの状態は痛みや見た目に反してそこまでひどいものではありませんでした。普通の治療で二、三日。うちの治療カプセルを使えば半日で治るでしょう。よかったですね、雷さん」
緒川がにっこりと笑う。
「よかったぁ~!」
「ちょ?!響!痛いって!」
「わわ!ゴメン雷、でもよかった~」
響が雷に抱き着く。それも左側から結構勢いよく抱き着いたため、けがをした右足で踏ん張る羽目になってしまった。
「じゃあ師匠!私、メディカルルームから松葉杖取ってきます!」
「待ちたまえ響君」
雷の松葉杖を手に入れるために指令室を出ようとした響を弦十郎が止める。
「雷君には特別にうちの治療カプセルを使わせてあげよう。幸いなことに明日は休日だからな。未来君には申し訳ないが雷君は帰れないと言っておいてくれないか?」
「はい、師匠!」
響と弦十郎が熱血師弟関係をしている間に緒川が雷をカプセルに案内する。
「雷さんは僕についてきてください」
「分かりました。じゃあ響、また明日ね」
「うん!また明日!」
「翼さんもお疲れさまでした。クリスもまた学校で」
「ああ」
「おう」
全員に別れを告げ、雷のために歩く速度を遅くした緒川の後をついていく。
目立った会話こそなかったが、静かでも安心できる空気があったおかげで気まずさはない。そう思っているうちに目的地に到着した。
「僕はカプセルの準備をしておくので、雷さんはこれに着替えてください」
そう言われて渡されたのは病院などで着るような甚平型の患者服だった。緒川がカプセルの準備をしているうちに別室で着替え、楽な姿勢で待機する。
ノックが聞こえてきたので返事を返す。
「準備が出来たのでこちらへどうぞ。ゆっくりで構いませんよ」
「はい」
痛くならないようにゆっくりとドーム型のカバーがついたベッドに寝転がる。緒川がスイッチを押し、カバーが下りて雷を包み込んだ。
カバー越しに緒川の声が聞こえてくる。
「もしも何かあった時には脇にあるボタンを押してください。指令か僕が駆け付けますので。それではお休みなさい」
「何から何までありがとうございます。おやすみなさい」
「気にしないでください。雷さんも二課の仲間なんですから」
緒川はにっこりと笑って電気を消し、メディカルルームを後にした。
暗くなり、一人になった雷は静かに瞼を閉じる。カプセルの効能に寝入りを良くする効果があるのだろう。
雷の意識は奥深くまで落ちていった。
○○○
その日雷は夢を見た。まだ幸せだったころの夢を。
あの日が来るまで毎年三回ある春休み、夏休み、冬休みは日本で研究している両親が幼い雷をアメリカの研究施設に連れて行ってくれていたのだ。
そこで四人の同年代の女の子に出会う。
母親に紹介され、雷はすぐに彼女たちと仲良くなった。二年目は一生懸命に勉強し、英語を覚えた。母親無しでも話が出来るように。
「ねぇ■■!今度の休みはあなた達がこっちに来なよ!いいとこいっぱい教えてあげるよ?」
グループのリーダーらしき少女に雷は問いかける。が、その少女は少し悲しそうな顔で首を振った。
「ゴメンね雷……。私達、病気だから出れないんだって……」
■■の答えを聞いて、雷が子供らしい無邪気さでにっこりと笑う。
「そっか!じゃあ、治ったら来てね!案内するから!約束だよ?」
「うん!約束!」
■■は悲しそうだった顔を笑みに変え、頷いた。彼女の妹の■■が勢い良く手を上げる。
「私も行っていい?!」
「いいに決まってるよ~。■■に■■も、来ていいからね?」
「ほんとデスか?!」
「やった……」
雷のことを「あず姉ちゃん」「あず姉さん」と呼び、いつもワンセットでいる快活な■■と引っ込み思案で物静かな■■の二人も招待する。雷にとって大切な妹分だ。
「じゃあ、今日は何しよっか!おしゃべりもいいけど、それはベッドに入ってからにしましょ」
■■が話題を切り出し、全員がさんせーっと声を上げる。
「うーん……。オセロ大会はこの間やったし……」
少女たちが考える中、雷一人だけが不敵に笑う。
「どうしたのあず姉さん。お腹痛いの?」
「そんなことないよ■■。実はですね……今回は日本のおもちゃを持ってきているのです!」
一拍置いて少女たちは歓声を上げる。一度でいいから雷の故郷の遊びをしてみたかったのだ。
もう彼女たちの顔も名前も思い出せない。それに会えたとしても向こうも覚えていないだろう。お互いに成長しているのだから。
ただ覚えているのは■■から母親を通して教えてもらった歌である「Apple」だけだ。
そんな悲しくて、でも楽しいかった思い出の夢だった。
実は伏線を張ってあったり。