戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~   作:兵頭アキラ

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何とか時間が空いたので投稿します。次は今週の土曜日です。

少し久しぶりに書いたので文が稚拙になってないかが不安。

最近本を買うたびに雨が降って自転車だから湿気や雨水でやられるという呪いを背負っている私。


盲執、執着、依存

 病室で事情聴取(といってもかつての傷害事件の被害者常習犯だった雷の精神状態を警察も理解していたため、形だけのものだったのだが)を受けた雷は唯一の保護者である彼女の祖父母、轟錬治と千代に連れられて病院を後にした。

 折れた右腕には治療用のギブスが装着されており、まだ肋骨の痛みが残っているものの日常生活に困るほどの事ではない。

 二人に連れられて車に乗り込んだ。後部座席で俯いて座っている雷に助手席の千代が話しかけてきた。その声色は心の底から心配している。

 

「急にどうしたの雷ちゃん。高校に上がってからは落ち着いたと思ったのだけれど……、もしかして響ちゃんたちとケンカしちゃったの?」

「……」

 

 俯いたままフルフルと首を横に振る。千代が困ったように頬に手を当てた。

 

「そう……ケンカじゃないのね?だったらどうし「ばあさんや」どうしたの?おじいさん」

 

 千代の言葉を車を運転している錬治が遮った。仏頂面のまま彼は落ち着いた調子で口を開く。

 

「雷。今お前が抱えてる問題が自分でどうにかならないのならば待て。そういう時はもがけばもがくほどドツボにはまるものだ。自分の力を過信してはならんぞ?今はお前のそのささくれだった心を丸めることだけを考えておればよい」

「……」

 

 雷が顔をゆっくりと上げた。

 錬治の言葉は昔からいつも頭ではなく心に響く。しわだらけの強面な顔でニヤリと笑った。

 

「なぁに、心配するな。お前が犯罪にさえ手を染めなければお天道様はその機会を与えてくれるはずだ」

 

 そしていつもの仏頂面に戻り、ハンドルを切る。それ以降会話はなかったが、空気が少し良くなっていた。

 彼らの家に到着し、利き腕が利かないために少しバランスを崩しながらも車から降り、ゆっくりとした足取りで玄関に向かう。既に二人は鍵を開けて中に入っていた。

 

「……」

「雷!何か言うことはないのか!」

「っ?!」

 

 黙って家に入ろうとする雷を錬治が怒鳴った。急な大声に肩がびくりと跳ねる。

 

「おじいさん!」

「ばあさんは黙っていろ。雷、お前の心が今は荒れているのはよく理解している。……だがな、誰も一人では生きていけんのだぞ」

 

 錬治は腕を組み、雷を扉の外に立たせたまま彼女をしかりつける。彼は今時珍しい『かみなりおやじ』と呼ばれるタイプの人間で、近所の子供たちからはよく怒る怖い老人であり、その父兄の少数は彼のことを嫌っているものの、大多数は人生の先生として尊敬の目を向けられているのだ。

 怯えながらもこの説教が優しさからきていることを良く知っている雷は一歩、踏み込んだ。

 

「お、お邪魔します……」

 

 錬治がため息をついた。

 

「はぁ……。ここはお前のうちでもあるんだぞ?そんな他人行儀でどうする」

「た、ただ、いま……」

「うむ、よろしい。おかえり、雷」

「おかえりなさい。雷」

 

 今度はよかったようだ。錬治はさっきまでとは打って変わって優しく雷を出迎えた。

 

○○○

 

 次の日の昼頃、白いワンピースに深緑のカーディガンを羽織った雷は近くにある河川敷に訪れていた。

 彼女がここに引き取られてから心が不安定になるたびにここを訪れ、そこで遊ぶ幸福な人たちと不幸な自分を比べていることがよくあったのだ。なぜなら祖父母の家は凶器になり得そうなものは鍵で取り出せないようになっていたり、外で何かしようものなら錬治を慕う大人たちによって止められてしまうためだ。そのおかげで地元にいる方が自傷や自殺に走ることが出来ず、けがを負う可能性が低かったりする。

 ほおを撫でるそよ風が少し肌寒い。雷はカーディガンを羽織ってきてよかった、と思った。

 

(私って幸せになってもいのかな……)

 

 それは祖父母と会うたびに考えさせられる思いだった。

 どれだけ離れようとしても優しく、時に厳しく包み込み、いまはもう昔となった『家族』とはどういうものなのかを再認識させられる。彼らは雷が何をしても彼ら自身から離れることはなく、どんな時でも優しく受け止めてくれるのだ。

 

(響や未来とでもいっしょにいられるのかな……)

 

 だが、それ故に響や未来のところに帰るのが怖かった。自分から壊してしまったつながり、彼女たちには血のような確固としたつながりはなく、ただ心や絆というあいまいなものによって繋がっているだけだ。血のつながりがあれば例えどのような状況に陥っても迎え入れてくれるが、それ以外のつながりに確証はなく、何時でも切ることが出来る。それが雷は怖かった。

 

(もう……無理だよね……。あんなことしちゃったんだもの、もうみんなには会えないよ……)

 

 目の奥が熱くなり、涙があふれ出てくる。決壊したかのように雷は叫んだ。

 

「別れたくない!ずっと、ずっと一緒にいたいよ!でもこわしちゃう、未来は響の大切な陽だまり、私にとってもそうだった!だけどもうあそこにはいられない、こんな奴なんかが居ていいところじゃなかったんだ!」

 

 左手で乱暴に涙をぬぐう。そして小さく呟いた。

 

「……こんな別れ方、したくなかったなぁ……」

 

 涙をぬぐいながらとぼとぼと帰路についた。

 

「……ただいま」

「おかえりなさい。今日のご飯はあなたの大好きな湯豆腐ですよ」

 

 千代が台所から優しく出迎える。

 

「ごめんおばあちゃん。あまりお腹空いてないんだ……」

「あらそう。……水炊きに変えようかしら……」

 

 泣きつかれた雷は和室に怪我が痛まないように倒れ込み、そのまま気絶したかのように眠った。

 

○○○

 

 雷は夢を見た。

 それは母親の胸の中で眠る自分の夢だった。

 

(いいにおい……)

 

 もっとそばに寄りたいと顔をさらに押し付ける。母親がおかしそうに優しく笑った。

 

「あらあら、まったく甘えんぼさんなんだから」

(甘えん坊でいい……。ずっとここにいたい……。ここなら幸せになれる……)

 

 雷の髪を弟の出海がそっとすいた。最後に見た幼い姿のまま、悪戯っぽい笑みを浮かべて櫛をもっている。

 

「こーら。やっと雷が寝たんだから。起こさないの」

「はーい!」

 

 子供らしく元気に返事をするが、口元に指を立てた母親を見て静かになる。ぱしゃりとどこからかシャッター音が鳴った。

 

「いやー、雷はやっぱりかわいいなぁ……。僕達の自慢の娘だな」

「お父さん!雷が可愛いのは分かりますけど急に写真を撮らないでください!びっくりしちゃったじゃないですか」

 

 父親が頭をかいた。

 

「あはは……ごめんごめん」

(お父さんたら……。お母さんに迷惑かけちゃだめじゃない……)

 

 しかし、幸せを感じているのもつかの間、段々と景色が白んでくる。

 

(覚めないで!起きたくなんかない!ずっとここにいたい!)

 

 雷は夢の中で必死に抵抗するが効果があるはずもなく、ついに目が覚めてしまった。

 

「ッ?!」

 

 あたりが暗くなっているのを見て慌てて時間を確認する。既に時計の針は零時を回っており、祖父母も眠っている時間帯だ。そして、何かが自分にかかっているのを見つけ、それを手に取った。ふわっと懐かしいにおいがした。

 それはこの家に引き取られたときに持ってきていたケラウノスと同じく幼少期に使っていた思い出のこもった毛布であり、体を冷やすと悪いと思った千代が引っ張り出してかけてくれたのだ。夢で感じたものと同じにおいをもっと感じたいと毛布に顔をうずめる。

 そうしていると幸せになっているように感じたから。

 その日から雷は一歩も外に出ず、頭から毛布をかぶって生活するようになった。

 数日が経ち、テレビでスカイタワーがノイズに襲われたというニュースが流れ、それを雷が毛布をかぶったまま集点の合わない目で眺めていた時、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 

「はーい!今行きまーす!」

 

 千代がいくつか会話を交わした後、雷のもとにやって来た。

 

「雷。お客さんみたいよ」

 

 返事は返ってこない。毛布をかぶったあの日からずっとこのままなのだ。錬治はこの状態を心の成長過程において必要なことととらえているために何も言わない。千代は抜け殻のような雷を引き起こし、鍵を開けて戸を開いた。その瞬間、ジャージ姿の四人組のうちの一人が雷に跳びついてきた。

 

「雷!迎えに来たよ!」

「……」

「あず……ま……?」

 

 返事が返ってこないことに響は戸惑う。

 雷の心は過去の妄想にとらわれ、依存し、『今』を見てはいなかった。




においがモチーフなのはクレしんの名作、オトナ帝国の逆襲のせい。

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