戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
響が先ほどまでいたところ、つまり、未来がいたところが爆炎に包まれた。
「未来……」
失踪して居場所が分からくなっている雷に加えて彼女の日常の象徴である未来までもいなくなってしまった。
今までの記憶がよみがえり、膝から崩れ落ちてしまう。
「なんで、こんなことに……」
ギアが金色の粒子へと形を変え、消滅する。ギアが形を維持することが出来ないほどに心が沈み込んだ響は肩を震わせ、涙を流した。ノイズはそんな彼女のことを気にするわけもなく襲い掛かる。
煙から飛び出し、槍のようになった数体の航空型ノイズが地面に突き刺さった。だが、響を狙った一体が赤いエネルギーの矢に貫かれて塵と化し、別のノイズは蒼き一閃によって両断される。
「立花ッ!」
「そいつは任せたッ!」
翼とともに現れたクリスが跳躍して二人の前に降り立ち、腰部装甲から小型ミサイルを展開して発射する。
『MEGA DETH PARTY』
攻撃を仕掛けてきたノイズの群れを爆発が襲うが数体を取りこぼし、突破を許してしまう。
(少しずつ何かが狂って、壊れていきやがる。あたしの居場所を蝕んでいきやがるッ!)
クリスはノイズの攻撃を横に走ることで回避し、アームドギアのボウガンをガトリング砲に変形させた。
『BILLION MAIDEN』
ガトリング砲の砲身が回転し、圧倒的な数の弾をばら撒いていく。イチイバルによる長距離射程攻撃ははるか上空にいるノイズの群れをたやすく撃ち抜き、撃破していった。
(やってくれるのは何処のどいつだッ!お前かぁッ?!)
上に視線が集中していると判断したのか低空を飛行するノイズに突進し、跳躍して上を取るとガトリングが火を噴き、ハチの巣にする。
(お前らかッ?!)
着地と同時に横薙ぎに降り注ごうとするノイズの群れに両腕の砲口を向けて撃破していく。続いて腰部からミサイルを展開し、まるで人間砲台がごとき火力で焼き払う。
(ノイズッ!あたしがソロモンの杖を起動させてしまったばっかりにッ!……なんだ。悪いのは全部あたしのせいじゃないか……。あたしが……ッもう逃げなぁぁいッ!」
叫びと共に大型ミサイルを二機構築して点火し、発射する。
『MEGA DETH FUGA』
空中に存在する二体の大型航空ノイズにミサイルは向かって行き、爆発。その威力によって大型ノイズの周囲にいた小型ノイズも巻き込んで誘爆していった。
全力を出したクリスは膝をつき、滝のような汗をかいて肩で息をする。その表情には後悔がにじみ出ていた。
すべてのノイズを撃滅し、この事態の収拾のために二課と警察が合同で動き出した。
レシーバーで指示を出していた弦十郎のもとに緒川が歩いてきた。二、三ほどの言葉を交わす。
「米国政府が?」
「間違いありません。F.I.S.と接触し、交渉を試みたようです」
「その結果がこの惨状とは、交渉は決裂したと考えるのが妥当だが……」
緒川がボロボロになったスカイタワーを見上げ、弦十郎のほうに顔を戻して言う。
「ただ、どちらが何を企てようと人目につくようなことは極力避けるはず」
「F.I.S.と米国が結びつくのを良しとしない第三の思惑が、横紙を破ったか……」
弦十郎が目を伏せる。そして何かを思い出したかのように緒川が口を開いた。
「そうでした。このような事態が起きてしまったので言いそびれてしまいましたが、一つ朗報があります」
「朗報だと?このタイミングでか?……まさか!」
少し悩んだ後、はっとした顔で緒川の顔を見る。その通りですと言うようにニヤリと笑う。
「彼女の足どりがつかめました」
雷に続いて未来までいなくなってしまった響は二課の車の中で自分で自分の手を握っていた。未来の顔が蘇り、自然と手を握る力が強くなる。
(絶対に離しちゃいけなかったんだ……。二人とつないだこの手だけは……)
「あったかいものどうぞ。少しは落ち着くから」
友里が空いた窓からドリンクを差し出してきた。
それを受け取り、両手でもつ。悲しさから体が震え、それが伝わって中のドリンクに波紋を生んだ。目じりに涙がたまる。
「響ちゃん?」
「でも、私にとって一番あったかいものは、もう……」
車内に響の嗚咽が響いた。
その日の夕方、近くの河川で二課の所有する通信機が緒川の手によって回収された。
○○○
ファミリーレストラン『イルズベイル』にクリスと翼の姿があった。クリスは口元の汚れを気にせずパスタを口に入れ、何も食べようとしない翼に「奢るから何か食えよ」と催促する。
「夜の九時以降は食事を控えている」
「そんなんだからそんななんだよ」
口に物を入れたまま翼を煽った。
翼がテーブルを叩いて立ち上がり、クリスを怒鳴る。
「何が言いたい!様がないなら帰るぞ!」
「怒ってるのか?」
「愉快でいられる道理がない。F.I.S.の事、轟の事、立花の事。そして、仲間を守れない私の不甲斐なさを思えばッ……」
目を閉じて再び席に座り、クリスはそんな翼に構わずパスタを口に含んだ。テーブルはクリスの食べ方が汚いせいで汚れている。
「呼び出したのは、一度一緒に飯を食ってみたかっただけさ。腹を割っていろいろ話し合うのも悪く無いと思ってな」
フォークを皿に置いてつま楊枝を手に取って話し始める。
「あたしら何時からこうなんだ?目的は同じはずなのに点でバラバラになっちまってる。もっと連携を取りあっ……」
「雪音……」
真剣な声色で翼がクリスの話を遮った。
「腹を割って話すなら、いい加減名前ぐらい読んでもらいたいものだ」
「はぁ?!そっ、それはぁ……おめぇ……」
クリスの頬が赤く染まり、答えを言いよどんでいるうちに翼がヘルメットをもって店を出て行ってしまった。
「あ!ちょっ……。はぁ……結局話せずじまいかぁ……。でもそれでよかったのかもな……」
アンニュイんな表情でコーヒーを啜る。底から張り付いていたパスタの麺がポトリと落ちた。
「にっがいなぁ……」
その言葉は今のなにもかもを表しているようだった。
○○○
月明かりに照らされているエアキャリアの一室に集まったF.I.S.のメンバーとウェルに不穏な空気が漂っていた。不穏の出所は原因はマリアがフィーネでないことと、フロンティアの情報を米国政府に渡そうとしたことについてだ。
「マム、マリア、ドクターの言っている事なんて嘘デスよね?」
「本当よ。私がフィーネでないことも、人類救済の計画を一時棚上げにしようとしたこともね」
「そんな……」
マリアは腕を組んで続ける。
「マムはフロンティアに関する情報を米国政府に供与して、協力を仰ごうとしたの」
調と切歌がナスターシャのほうを向いた。
「だって、米国政府とその経営者たちは自分たちだけが助かろうとしてるって……」
「それに!切り捨てられる人たちを少しでも守るため、世界に敵対してきたはずデェス!」
「あのまま講和が結ばれてしまえば、私達の優位性は失われてしまう……。だからあなたは、あの場にノイズを召喚し、会議の場を踏みにじって見せた……」
ナスターシャに名指しされたウェルのメガネが光を反射し、小さく笑った。ソロモンの杖を肩に担ぐ。
「嫌だなぁ、悪辣な米国の連中からあなたを守って見せたというのに!……このソロモンの杖で……!」
杖の先端をナスターシャに向けたことにより、調と切歌が警戒態勢をとる。
すると突然、マリアが二人とウェルの間に割って入り、彼を庇った。その事実に二人は動揺する。
「マリア?!どうしてデスか?!」
「ふははは!そうでなくっちゃぁ!」
ウェルが嬉しそうに笑いだす。
「偽りの気持ちでは世界は守れない。セレナの思いを継ぐことなんて、『あずま』との約束を守ることなんてできやしない。すべては力。力を持って貫かなければ、正義をなすことなんてできやしない!世界を変えていけるのはドクターのやり方だけ!ならば私はドクターに賛同する!」
二人は警戒を解いた。マリアがウェルに付いたという驚きのあまり『あずま』が誰なのかが頭の中でつながらない。
ウェルが不気味に笑う。
「そんなの嫌だよ……。だってそれじゃあ、力で弱い人たちを抑え込むってことだよ……」
切歌が調のほうを向き、また正面に戻した。
月を雲が覆う。
ナスターシャが静かに口を開いた。その手に自分も決心を決めたと言うように力が入る。
「分かりました……。それが偽りのフィーネでなく、マリア・カデンツァヴナ・イヴの選択なのですね?」
マリアはその問いに黙って見つめることで肯定とする。
突然、ナスターシャは口を抑えてせき込んだ。思わずマリアは駆け寄りそうになるが決意が崩れる気がして踏みとどまる。
「大丈夫デスか?!」
「……」
調と切歌がナスターシャのそばに駆け寄る。
ウェルがドアを開け、口を開いた。
「後のことは僕に任せて、ナスターシャゆっくり静養してください。さて、計画の軌道修正に忙しくなりそうだぁ。来客の対応もありますからねぇ~」
計画を自分の思い通りに動かせるという喜びが隠しきれていない。ウェルが部屋を後にした。
何故マリアが雷を約束の少女だと思いだしたのかはまた次回。あとは出来れば抜け殻雷と響の再開ですね。