戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~   作:兵頭アキラ

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今回は短め。で、前回の少し前の時間ですね。


汚したくないから

 マリアが約束の少女、雷のことを思い出したのには未来の存在があった。

 スカイタワーの爆発に巻き込まれる直前にマリアによって回収され、その時の衝撃などの様々な要因から気を失っていたものの命に別状はなく、エアキャリアに運び込まれていたのだ。抵抗されたとしても問題なく抑え込めるが念のために牢を起動し、閉じ込めた直ぐ後に未来が目を覚ました。

 マリアの姿をみとめると、怒りの感情をこめて叫んだ。

 

「雷を返して!」

「雷?……あぁ、ケラウノスの装者の事か。生憎だが、私は君から彼女を取り上げてはいない」

 

 対外的には自らをフィーネだと名乗っているため、マリアは冷徹にフィーネを演じる。その答えに未来は悔しさと悲しさに表情を歪め、歯を食いしばった。ぎりっと歯の擦れる音がする。

 涙が頬を伝った。

 

「忘れたなんて言わせない!響と……あなたが人生を奪った雷の約束を破って!心を壊しておいて約束を忘れたなんて!」

「私には何を言っているのかわからないわ……。そうそう、その檻に触れると火傷じゃすまないわよ?」

 

 エネルギーでできた檻に顔が触れそうになるまで近づいて吠えた。マリアは内心心を痛めながらあくまでも冷徹にフィーネを演じる。もっとも、何故未来が荒れているのか皆目見当もつかないのが事実なのだが。

 未来はマリアの答えに座り込み、項垂れた。さっきまでとうって変わって弱々しくなっている。

 

「……あなたにとって……雷はその程度の子だったんですか……?」

「……」

 

 マリアはその問いに答えず、静寂が訪れる。

 その静寂を破ったのは、自動ドアの開く音と共に現れたナスターシャだった。調と切歌は連れてきていない。ゆっくりと口を開く。

 

「そんなはずはありません。ですが……フィーネとの約束が分からないというのは本当です」

「マム?!」

 

 マリアはフィーネではない。暗にそういうナスターシャにマリアは詰め寄るが、それを手のひらで制した。未来に言った理由としては、たかだか少女一人が「マリアはフィーネではない!」と声を上げたとしても誰も聞きはしない。というのもあるが、隠す意味もないというのがほとんどだった。

 

「雷とフィーネに何のつながりがあるのか、出来る限りでいいので聞かせてくれないでしょうか?私達には必要なことです。辛くなったら途中でやめていただいても構いませんから」

 

 混乱する頭を何とか制御した未来は、ややためらいがちに話し始めた。

 家族の事、体の事、フィーネとの因縁、そして今。自分が分かるところはすべて話した。改めて自分の親友が歩んできた人生を認識し、心が痛む。それはナスターシャも同じだ。

 

「そうですか……ありがとうございました。雷にフィーネとの因縁がここまでのものとは思いもよりませんでした……。彼らと連絡がつかなかったのはそういう理由で……」

 

 ナスターシャは今までの行動が雷を無意識に追い詰めていたとは知らず、後悔の思いで一杯だった。だが、それとは別に思考は冷静そのもの。コレは研究者という人種ゆえだろう。

 マリアはナスターシャがなぜそこまで雷という少女を案ずるのか理解できない。

 

「マム、どういうこと?ケラウノスの装者と私達が何の関係があるというの?」

「あなたが自責の念によってつぶれるかもしれませんよ?」

「それほどの事なの?」

「それほどの事です」

 

 マリアは唾をのみ、沈黙をもって肯定とする。ナスターシャの口から放たれた言葉は衝撃的なものだった。

 

「マリアに調、切歌の思い出である約束、その約束を交わした少女こそ轟雷。私達と敵対したケラウノスの装者です」

「え……」

 

 ナスターシャが何を言っているのかが理解できない。

 思考を介さずに言葉が口から出てきた。

 

「マムは……最初から知っていたの?」

「もちろんです。我々が二課と初めて戦った時から知っていました」

「なっ?!」

 

 今知ったのであれば分かった、だが、初めて戦闘した時から知っていたとなると話が違う。「何故知っていたのなら教えてくれなかったのか?」という言葉が口から出ようとした瞬間、ナスターシャが口を開いた。

 

「私が雷の存在をあなた達に伝えてしまえばためらいが生まれ、まともに戦うことは出来なくなると分かっていたからです。そうなれば真実は米国によって黙殺されてしまう。私はそれを危惧したのです」

 

 流石にフィーネと名乗ったこと自体が間違いだったとは思いもよりませんでしたが。と彼女は付け加えた。

 深刻そうな話をしている二人の間に未来が割って入る。

 

「雷のことを大切に思っているのなら、今すぐこんなことやめてください!もう雷を苦しませないで!」

 

 ナスターシャは目をつむって言う。

 

「私達はもうフィーネと名乗るつもりはありません。その為に先ほどまでスカイタワーにいたのですから」

「どういうことですか?」

 

 未来が首を傾げた。

 

「米国と講和を結び、ともに問題を解決するのが目的でした。結果は惨憺たるものになってしまいましたが」

 

 未来はさっきまでいたスカイタワーの惨状を思い出す。その時、マリアは肩震わせ、自らの拳を握りしめるのを見ながら呟いた。

 

「もう後戻りはできない。私は前に進む!たとえそれが雷を傷つける結果になったとしてもだ!私は私達だけの約束よりも、人類を守るという大義をとる!」

「マリア……」

「そんな?!」

(それに……私の手は血で汚れている……。こんな手で雷に触れることなんてできない……)

 

 マリアは心の中にある思いを「うろたえるな」という言葉の仮面で隠す。この時、決意が揺らがないようにナスターシャではなく、ウェルに付くことを決めた。

 F.I.S.の主導権がナスターシャからウェルに移り変わる少し前の話である。




きりしらが居ないのはナスターシャが連れてきていないためで、ウェルが居ないのは『今は』特に興味がないからです。

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