戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
無理くりな気がする?案ずるな!ショック療法だ!
雷は調の頬を優しく撫でながら、目線だけを左右に振り、
「切ちゃんはどうしたの?いつも一緒なのに……」
彼女の問いに調の呼吸が詰まる。調は軽くしゃくりあげながら、
「喧嘩、しちゃったの……。切ちゃんと……」
その言葉を聞いた雷は自身の胸に調を優しく引き倒し、抱きしめた。これがこんな状況でなければ調は喜んで受け入れることが出来たが、今はこの優しさが彼女の心を苦しめていた。
同じくらいの背丈の調の頭を撫でながら、
「そっか、喧嘩、しちゃったんだ。でも、きっと大丈夫だよ」
「どうして、そんなことが言えるの?」
調は胸にうずまっていた顔を上げる。因みに、雷の背丈はクリスより少し高い程度なのだが、バランス的には彼女と同じくらい胸が大きい。故に調の顔の半分は胸で隠されている状態だ。
「確証はないよ。でも、きっと大丈夫。自分の全てをぶつければ、向こうも返してくれる。それが出来ると、また仲良くなる。そうやって人間の関係は深く、濃くなっていくんだよ」
「……よく、分からない」
「なら一度、やってみよう?」
調は再び雷の胸に顔をうずめる。そんな彼女の前髪を、雷は優しくかき上げた。
雷はそうだ。というような顔をして、
「マリアとセレナに聞けばよくわかるんじゃないかな?姉妹だし、それなりに喧嘩してると思うよ?そのたびに仲直りして、今に行きついてると思うから」
「……マリアとも、喧嘩、しちゃったの……」
雷は少しだけ目を丸くして、
「ならマリアともぶつからなきゃね。じゃあセレナは?優しいから、今頃オロオロしてると思うけど、大丈夫かな?」
雷はクスリと笑う。
ここで調は気づいた。何故緒川が会って欲しいと言ったのか。今自分と話しているのは『今』のあず姉さんじゃない、『かつて共に過ごした過去』のあず姉さんなのだ。だから自分の事にもすぐ気づいたし、戦っていたことに対して何の反応もしないのだ。
彼女が元に戻れば、私達と約束した『雷』はいなくなるかもしれない。正直なところを言えば、このまま戻って欲しくない。でも、このままだとマリアも切ちゃんも元に戻らない、そんな気もする。
自分の前髪をかき上げる彼女の包帯で包まれた腕を見る。私達に会えなかった空白の期間に何があったのかわからない。姉さんのためを思えば言わない方がいいかもしれない。胸の奥がチクチクする。
さっき言われた姉さんの言葉を思い返す。「喧嘩したなら、全力でぶつかる。その後、仲直り」。大丈夫、姉さんならわかってくれる。
調は覚悟を決め、
「セレナは、死んじゃったの……」
グッと目を瞑り、絞り出すように言った。
調からは見えないが、雷の目は白黒している。彼女は苦笑いを浮かべ、冷や汗を流しながら、
「だ、ダメだよしらちゃん。そんなの、冗談にしても悪質すぎるよ……」
「冗談じゃ、ないの……」
「う、嘘だよ……」
「本当なの……」
調の言葉によって、雷の記憶、思い込んでいる現実との齟齬が生まれはじめる。彼女は両手で顔を覆い、
「嘘だよ、嘘だよ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だッ!セレナが、死んだ……?」
雷の体から脂汗が噴き出し始める。そして彼女の脳内で、死が家族の死。即ち、フィーネへと直結した。雷の瞳孔は小さくなり、
「嫌ぁ……。フィーネが、フィーネが来る……。殺される、殺されちゃうよぉ!私の大切な人、大事な物、思い出、全部壊される。殺される……!」
「姉さんッ!」
涙を流し、暴れまわる雷を何とか調が押さえつける。身長が近しいからこそ何とかなっているが、この拮抗状態はすぐに崩れるような脆いものだ。調の額にも脂汗が浮かび、限界が近づいてきていた。両腕がけいれんしてきたその時、黒スーツの腕が背後から調の代わりに雷を抑えた。
彼は焦った声で、
「すいません遅れました!フロンティアの浮上に気をとられていました。抑えるのは僕が変わります!ですので調さんは説得を!」
汗をぬぐいながらコクリと頷く。
そして雷の顔に覆いかぶさるようにして、優しく語りかける。
「大丈夫だよあず姉さん……。フィーネはもういないの……。ホントはマリアの中にも居なかった……。だから大丈夫、もうフィーネはいないの。だから目を覚まして、お願い……」
調の涙が雷の顔に流れ落ちていく。叫び声が止んだ。
「あず、姉さん……?」
調が呼吸を荒くしながら雷の名前を呼んだ。彼女は涙を目いっぱいに貯め、頬を上気させ、肩で息をしながらか細い声で、
「ほん、とう……?」
雷の全身の筋肉が急速に弛緩していく。調は涙を流しながらうなずき、
「本当、だよ。もう、フィーネはいないの」
「……」
雷は十分ほど、放心していた。そして光の宿っていなかった瞳に、段々と強い理性の光が宿っていく。
そんな彼女に調はもうしわけなさそうに、
「ごめんなさい、姉さん……。知らず知らずのうちに、大切な姉さんのことを傷つけてた……」
「気にすることないよ、しらちゃん」
さっきとは異なる、『今』を見る優しい目で調の頭を撫でる。
「気づかなかったのはお互い様だし、敵である以上は嫌がることを全力でするのは常套手段。私だって、不意打ちでマリア殴っちゃったし、切ちゃんの事しらちゃんの攻撃を防ぐ盾にしたし」
「で、でも……!」
「私がいいって言ってるんだから、しらちゃんはこれ以上気にしちゃだーめ。わかった?」
調はあっけにとられたまま、黙ってうなずいた。
「マリアも、切ちゃんも、許してくれるの?」
「そんな心配しないでよ。全力でぶつかって、仲直り。そしたらもちろん許しますとも」
ニヒヒ、と昔のように笑った。
「それよりも私は、私より響に謝ってほしいかな」
「響?」
「そ、私の親友。ほら、ガングニールの装者」
そう言うと、調は力強く頷いて、
「わかった。全力でぶつかってみる」
「うん!私が言うのもなんだけど、しらちゃん一応捕虜扱いでしょ?どう思われても仕方ないから、一旦独房?でいいのかな?で、一人の時間を作って、どうやってぶつかるか、考えてみて」
「うん!……でも、会えるかな?私捕虜だし……」
雷は顎に手を当て、
「緒川さん、状況の説明、お願いできますか?」
「構いませんよ」
緒川の話を一言一句聞き逃すことなく聞き取り、
「ありがとうございました」
そして調のほうを向いて、
「大丈夫だよ、あの英雄かぶれならネフィリムとフロンティアを使ったマッチポンプをするはず。この二つで未曽有の大災害を引き起こし、自分が無辜の民を救うことで英雄となる……。そんなシナリオを描いているはずなんだ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
緒川が小さく手を上げて問うた。
「アレは自分が英雄になることに固執しています。ネフィリムとフロンティアがどんな力を持つかはまだわかりませんが、少なくともその大きさからしてとんでもないことが出来るのは確かですから。後は勘です」
「勘、ですか……」
少し苦笑いを浮かべるが、それを差し引いてもかなり信憑性のある話だ。指令に伝えよう。そう思い、緒川はさっきの内容を頭のノートに書き留める。
「話を戻しますね」
「遮ってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫です。さて、こんなことを防ぐなら装者は多い方がいい。しらちゃん、後は分かるよね?」
「分かった……」
不安そうにしている調の頭を撫でる。
「大丈夫、響なら分かってくれるから」
調は少し黙るがゆっくりと頷いた。
「全力でぶつかってみる」
「がんばれ!」
雷がにっこりと笑うのにつられて調も笑う。
調がエージェントの一人に電子手錠をつけられ、独房へと歩いていくのを見送った後、雷は顔を引き締め、
「緒川さん」
「どうしました?」
「次の作戦、私も出ます」
緒川はフッと笑い、
「分かりました。ですが、病み上がりなんですから、無理はしないでくださいね?それよりも……」
「分かってます。響と未来にはずいぶん心配かけちゃったから、さっそく会ってきます!」
そう言って立ち上がり、ワンピースとカーディガンの裾をはためかせながらスタスタと走っていった。
雷が、再び轟き始める。
響にはできなくて、調には雷を目覚めさせることが出来たのは、しっかりとした理由があります。
幸福な記憶ってフィーネによって家族を殺される以前の記憶なんですよね。この流れの関係上、以降に出会った響を雷の主観では認めたくないんです。それ以前に出会っていた調(というかF.I.S.組ならだれでもよかった)は認識できるのです。後はセレナの死から家族の死、フィーネへと渡って現在の伝言ゲームのようになっています。一度幸福な記憶を経由しているおかげでF.I.S.組の事も思い出しましたしね。
……え?涙で何故元に戻ったのかって?フィクションなんだからいいじゃねえか!OTONAや錬金術師がいる世界なんだからそれぐらい許してオクレ。