戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
雷の絶唱を、ウェルはブリッジで捉えた。計測した結果、その威力はフロンティアの機能を完全に損なわせる事が可能なほどだった。彼は苦虫をかみつぶしたような顔をして、
「僕を否定したあの娘ですか……!業腹ですが、背に腹は代えられません。フロンティアの操作が出来なくなるのは残念ですが、破壊されるわけにはいきませんからね……!」
幸いコアは直結している。あの娘を殺してからでも遅くはない。そう思い、彼はネフィリムを解き放った。
○○○
雷を下した調は響に肩を貸しながら、フロンティアのブリッジ、その足元まで走破していた。
「あそこにみんなが?」
「分からない……。だけど、そんな気がする……」
「気がするって……」
曖昧に答える調に響は困惑を隠せない。すると彼女は突然進路を変え、速度を落として鋸を格納した。いきなりの事に響の体が対応しきれず、バランスを崩してしまう。
「どうしたの?!」
問いかけに答えず、調は石でできた家のようなものを見上げている。響も同じように見上げると、そこにはマフラーをフードのようにして、風にはためかせている切歌がいた。
「切歌ちゃん?!」
「Zeios Igalima Raizen Tron」
そして起動聖詠を歌い、調のシュルシャガナと対をなす緑のギア。イガリマを身に纏う。
「切ちゃん!」
「調、どうしてもデスか?!」
手に持っていたマイクのようなものを振り回し、回転させると巨大化、一振りの大鎌へと姿を変える。
「ドクターのやり方では、何も残らない!」
「ドクターのやり方でないと何も残せないデス!間に合わないデス!」
切歌の声に力がこもる。どこか本来の目的とは異なる、もう後がない、切羽詰まっているような感じがした。ぶつかり合う意志と意志、二人の考えは平行線。そんな二人の間で響は、
「二人とも!落ち着いて話し合おうよ!」
「「戦場で何を馬鹿なことをッ!」」
二人の声が重なり、響は気おされて肩がびくっと跳ねる。調は正面を向いたまま、
「あなたは先に行って。あなたならきっと、マリアを止められる。手をつないでくれる」
「調ちゃん……」
「私とギアを繋ぐリンカーにだって、限りがある。だから行って!」
響のほうに顔を向ける。彼女の瞳は、フィーネと同じような金の瞳をしていた。
「胸の歌を信じなさい……」
響の中で、かつてその言葉を残して消えたフィーネの姿が蘇る。響は一瞬呆けたが、すぐに頷いて走り出した。
「させるもんかデス!……ッ?!」
鎌を構え、響を刈り取ろうとするが、即座に打ち込まれた調の小型鋸を防御するために足止めを喰らってしまう。鎌を回転させてすべて弾いた。
自分の妨害をした調べに激高する。
「調!何であいつを!あいつは調の嫌った、偽善者じゃないデスかッ?!」
「でもあいつは、自分を偽って動いてるんじゃない。動きたいときに動くあいつが、眩しくてうらやましくて、少しだけ信じてみたい……。ぶつかり合って、そう思った……」
声が高揚している。期待や希望、それらをのせた声色だった。ツインテール上のバインダーを展開し、高速回転する巨大な鋸が姿を現した。
「さいデスか……。でも、あたしだって引き下がれないんデス!あたしがあたしでいられるうちに、何かを形で残したいんデス!」
「切ちゃんでいられるうちに……?」
「調やマリア、マム、あず姉ちゃんが暮らす世界に、あたしがここに居たっていう証を残したいんデス!」
「それが理由?」
鋸がけたたましく音を奏でる。
「これが理由デス……!」
鎌を一層深く構え、刃が三枚に分かれる。調のギアの脚部から小型の鋸がローラーのように現れた。二人の視線、旋律が交錯する。
「フッ!」
『切・呪りeッTぉ』
一息に跳躍し、分かれた三枚のうちの二枚がブーメランのように回転しながら調へと向かう。
「はぁッ!」
『γ式・卍火車』
それに対して調はバインダーが変形したアームに保持していた巨大な鋸を射出する。空中でぶつかり合い、その間を縫って切歌が落下速度を重ねて距離を詰めた。それを迎撃すべく、二つのアームがさらに二つに割れ、四本となったアームの先端それぞれで巨大鋸が高速回転する。
『裏γ式・滅多卍切』
肩のブースターを使って空中を踊るように起動する切歌に対し、レンジの長さをフルで使って近づかせないようにする調。二人の実力はまさしく拮抗していた。
調の連撃をバク転で回避し、もう一本の鎌を取り出して手数を増やす。
「この胸にッ!」
「ぶつかる理由がッ!」
「「あるのならぁッー!」」
○○○
翼の斬撃を二丁拳銃を構えるクリスが銃身で弾き、もう一丁で攻撃を加える。弦十郎の見せた映画の影響だ。しかし、ただで攻撃を喰らう翼でない。確実に的確に銃弾を弾き、逆に一刀をふるう。
「ハッ!」
しかし、それをバク宙で回避し、今度はクリスが二丁同時に撃つ。そしてこの攻撃を翼が回避するという。まるで一つの生物のような連動した動きを見せていた。
鋭い振り下ろしを銃ていで防ぎ、弾くと同時に空中反転してからになったマガジンを排出。そして腰部から代わりのマガジンが直接装填され、即座に戦闘を再開する。
「ハァァッ!」
脚部のブースターを点火し、クリスを中心に高速回転することで狙いを外しながら翼は距離を詰める。クリスも迎撃のために発砲するが、狙いがそれているために命中していない。
跳躍して間合いを詰め、刃を振り下ろすがギリギリでクリスに回避される。着地してすぐの足元を翼が狙うが、すぐに再び跳んで空中で発砲したクリスの反撃にあい、水たまりに着水する。しかし表情一つ変えることなく刀を握る手に力を込めた。
そんな二人を、ウェルが下卑た笑い声を上げながらソロモンの杖を片手に眺めていた。ネフィリムのほうは勝利は決まっていると断じて気にしていない。
○○○
絶唱を中断した雷はネフィリムと対面し、
「倒せるか?……いや、死ななければ上々か」
とフッと笑みをこぼした。比較的小柄な雷から見てネフィリムは何倍もある。以前見かけた時よりもはるかに大きくなっていた。
「さてと……やるかッ!」
ギアからアップテンポのトランス音が流れはじめ、歌う。左腕を伸ばし、右腕を腰だめに構えるという独特の構えから踏み込み、一気にネフィリムの懐へと入り込む。
「せいッ!」
『弾雷牙檄』
左腕のユニットから構築された雷の塊が加速された右腕によってアッパーカットの要領で打ち上げられ、ネフィリムの顎に直撃。そして爆散し、その衝撃で一歩後ろに後退させた。
その隙を逃すような彼女ではない。跳躍して頭を超し、腰のひねりを加え、稲妻を纏った蹴りを打ち下ろす。
『雷刃抜拳・滅神』
「グオッ?!」
低い唸り声を響かせながら、頭部がガクンと下に落ちる。
「なるほど、異形であれど動きは人体と変わらないか……」
蹴りの反動で更に空を跳び、右の拳を左で握る。右腕のユニットから放たれた雷を拳を介して左腕に流し込み、正拳突きのように突き出した。
『八卦乃雷電龍』
突き出した拳から稲妻でできた八尾の龍が召喚され、餌に群がるかのようにそれぞれ襲い掛かる。本来であればネフシュタンによって捕食されしまうのだが、ケラウノスのアームドギアは稲妻という自然界にも存在しているもののため、聖遺物として認識することが難しく吸収できないのだ。巨人を滅ぼしたというケラウノスの伝承の通り、雷のシンフォギアはネフィリム特攻を持っていると言えた。
「オォォッ!」
ネフィリムは腹に響く唸り声を上げながら腕を振るう。雷は後ろに跳ぶことで回避するが、龍の半分がそれにかき消されてしまった。
完全にエネルギーを吸い切れていないというのもあるが、戦いは一方的に見えた。
「チッ!回復が速すぎるッ!」
雷は舌打ちをする。そう、彼女の与えるダメージよりもネフィリムの回復速度のほうが速い。よって、イタチごっこが発生しているのだ。
○○○
フロンティアのブリッジ、そこにあるモニターに表示される三組の戦いのうち、二つを見てマリアが膝をつく。
「どうして、雷がここに……!仲の良かった調と切歌までが……!私の選択はッ……こんなものを見たいがためではなかったのにッ……!」
自らの非力さに涙が出る。そんな時、
『マリア』
「ッ!マム!」
ナスターシャの自分を呼ぶ声を聞いて顔を上げる。
『今、あなた一人ですね?フロンティアの情報を解析して、月の落下を止められるかもしれない手立てを見つけました」
『え……?!』
「最後に残された希望……。それには、あなたの歌が必要です!』
「私の……歌……」
息を切らしながら、響はマリアのもとへと走り続ける。調べに託されたのだ、諦めるわけにはいかない。ネフィリムを切り離され、ウェルがいない今、彼女の走りを阻むものはいない。
(胸の歌が、ある限りぃーッ!」
響は叫ぶ。心の底から。
終わりを止める戦いの始まりまで、あと少し。
八卦乃雷電龍
雷の現状最大火力である『雷竜降顎撃』の龍を八尾に分けて小型化し、召喚する。それぞれが自立行動をしていて、事前に雷がマーキングしていた対象へ攻撃を行う。但し、防御力は全くと言っていいほどなく、拳銃の一撃でもかき消されてしまう。