戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
翼は剣を大剣へと変形させ、クリスの銃弾を弾く。そして間髪入れずに蒼ノ一閃を放った。それをジャンプで回避したクリスは、空中からの射撃でまだ体勢の整っていない翼を攻撃するが彼女は慌てることなく、冷静に大剣の幅を盾代わりにして防いだ。
大剣を元の剣に戻しながら、
「何故弓を引く!雪音ッ!」
翼の問いにクリスは答えない。
「その沈黙を、私は答えと受け取らねばならないのかッ!」
クリスは目を見開き、突撃を駆ける。翼の横薙ぎを直前で回避し、着地と同時に撃つがすぐに翼が距離を詰め、刃を振り下ろす。その一撃を拳銃のトリガーガードで受け止める。鍔迫り合いの状態だ。そんな状態で翼が、
「何を求めて手を伸ばしているッ!」
翼の力に押されたのか、クリスが引いたのかは定かではない。鍔迫り合いが崩れ、引いたクリスがもう一方の拳銃ですぐさま攻撃を仕掛けるが翼はこれを回避し、体を回転させながら再び振り下ろす。体重の乗った重い一撃を今度は二丁ではじき返し、銃口を向け、
「アタシの十字架をッ!他のだれかに負わすわけにはいかねえだろッ!」
「何……?……ッ?!」
翼の目に、クリスの首に巻かれたチョーカーのようなものがうつる。ちかちかと不穏気に点滅しているそれに気をとられた瞬間、クリスが発砲した。翼はギリギリで弾丸を受け止めるが、完全に力が入り切っておらず、勢いよく後方に吹き飛ばされてしまった。
別のところでは、鋸を展開した調と、鎌を構えている切歌が向き合っていた。
「切ちゃんが切ちゃんでいられるうちにって、どういうこと……?」
「あたしの中に、フィーネの魂が……、覚醒しそうなんです……」
切歌の脳裏に落下してくる鋼材をバリアで受け止めた光景がよみがえる。切歌は構えを解き、
「施設に集められたレセプターチルドレンだもの……。こうなる可能性はあったデス!」
「だとしたら、私はなおの事切ちゃんを止めて見せる」
「っ?!」
調の鋸が回転速度を上げ、唸り声のような音が鳴り響く。
「これ以上塗りつぶされないように、大好きな切ちゃんを守るために!」
切歌は鎌を振り回し、その先端を調べに向けて構え、
「大好きとか言うな!あたしの方が、ずっと調が大好きデス!だからッ!大好きな人たちがいる世界を守るんデス!」
「切ちゃんッ……!」
回転していた鋸の内側が肉抜きされ、プロペラのように変形。調の頭上と足元に移動し、彼女の体を宙に浮かせた。
『緊急φ式・双月カルマ』
「調ッ……!」
切歌も肩のアーマーを変形させ、アームに保持した四つのネイルを展開する。
『封伐・PィNo奇ぉ』
「「大好きだってぇ……!言ってるでしょぉ―ッ!」」
鎌と鋸が空中で火花を散らした。
○○○
潜水艦のハッチにあるジープに弦十郎と緒川の二人が飛び乗った。ウェルを捕獲すべく、装者たちにネフィリムや敵対装者を任せ、行動を開始したのだ。
弦十郎は腕を組みながら、
「世話の焼ける弟子のおかげでこれだ」
「きっかけを作ってくれたと、素直に喜ぶべきでは?」
緒川がハンドルを握りながら、楽しそうに言った。「フッ」と弦十郎が口角を上げる。
指令室から通信が入った。
「ん?」
『指令!』
「なんだ!」
『出撃の前に、これをご覧ください!』
取り出したタブレットに、フロンティアのブリッジにるマリアからの映像が映る。即興だからなのか、少しだけ音声が荒い。
『私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。月の落下がもたらす災厄を最小限に抑えるため、フィーネの名をかたったものだ。三か月前……』
『フロンティアから発信されている映像情報です。世界各地に中継されています』
「この期にF.I.S.は、何を狙って……」
緒川が当然の疑問を口にした。弦十郎は静かにタブレットの映像を睨み続けている。そして、悩むように眉を顰めた。
同時刻、世界中の人々が次々に暴かれていく真相にくぎ付けになっている。
放送を続けるマリアの脳裏に、ナスターシャとの会話が蘇る。
『月を、私の歌で……?』
『月は、地球人類より相互理解をはく奪するため、カストディアンが設置した監視装置……。ルナアタックで一部不全となった月機能を再起動できれば、公転軌道上に修正可能です……ッ?!」
彼女の体に限界が近づいている。ナスターシャは大量の血を吐き出した。
『マムッ?!マムッ!』
マリアには映像では見えていないが、ナスターシャの苦しむ声が聞こえていた。しきりに首を振るが、状況を確認するすべは持ち得ていない。
口を抑え、かすれるような声で、
『あなたの歌で、世界を救いなさい……!』
世界中の人類に対して、マリアは胸を張り、声を張る。
「すべてを偽ってきた私の言葉が、どれほど届くか自信はない。だが、歌が力になるという真実だけは、信じてほしいッ!」
そして目を瞑り、
「Granzizel Bilfen Gungnir Zizzl」
漆黒のガングニールを身に纏い、告げる。
「私一人の力では、落下する月を受け止めきれない……!だから貸してほしい!皆の歌を、届けてほしい!」
この星の人類を救いたいと言う思いを込めて、マリアは歌う。彼女の歌に共鳴するように、ガングニールが赤く輝き始めた。
(セレナが助けてくれた私の命で、誰かの命を救って見せる。それだけが、セレナの死に報いられる!)
マリアの脳裏にセレナと同じ手を掴めなかった少女。いや、手を離してしまった少女である雷の姿が浮かぶ。
(そうだ、私は彼女を傷つけてしまった。ならせめて、目覚めた彼女に許しを請えるだけのことをするしかない!)
厚かましいかもしれないけれど……。自分を皮肉るように軽く笑った。だが、いっそう自分の歌に思いをのせる。
二課の潜水艦のハッチが開く。
「緒川!」
「分かっています!この映像の発信源をたどります!」
そう言って緒川はアクセルを力強く踏み切り、一気に加速して飛び出した。
○○○
マリアのいるブリッジに向かって響が汗をたらしながら疾走する。
(誰かが頑張っている……!私も負けられない……!進むこと以外、答えなんてあるわけがない!)
すぐ近くで爆発が起きたが、わき目もふらず走り続ける。
クリスの銃撃を全て翼がさばいていく。その光景をウェルがソロモンの杖をいじりながら高みの見物を決め込んでいた。
『さっさと仕留めないと、約束のおもちゃはお預けですよ……?』
(ソロモンの杖……!人だけを殺す力なんて、人が持ってちゃいけないんだ!)
通信機から聞こえてくるウェルの声がクリスの焦りを生む。点滅するチョーカーのようなものを翼は睨み、
(あれが雪音を従わせているのかッ!)
たがいに構え、目を見据える。
「犬の首輪をはめられてまで、何をなそうとしているのかッ?!」
「汚れ仕事は、居場所のない奴がこなすってのが相場だ。違うか?」
翼はフッと小さく笑い、
「首根っこ引きずってでも連れ帰ってやる。お前の居場所、帰る場所に」
「っ」
思わずクリスは顔をそむけた。
「お前がどんなに拒絶しようと、私はお前がやりたいことに手を貸してやる。それが、片翼では飛べぬことを知る私の、先輩と風を吹かせるものの果たすべき使命だ!」
(そうだったよね、奏……)
(そうさ!だから翼のやりたいことは、あたしが、周りのみんなが助けてやる!)
翼の中に、共に行き、自分の目標となった天羽奏の姿がうつる。
クリスが涙を目にためながら叫んだ。
「その仕上がりで偉そうなことをッ!」
『何をしているのですか?その首のギアスが爆ぜるまでもう間もなくですよ?』
「っ」
ウェルの声に従わざるを得ず、背けた顔を正面に向け、翼を真っ向から見据えた。翼も刀を正面に構える。
「風鳴ッ……先輩ッ……」
「ッ?!」
クリスの口から出た「先輩」というワードに翼が反応する。
「次で決めるッ!昨日まで組み立ててきた、あたしのコンビネーションだッ!」
「ならばこちらも真打をくれてやる!」
赤と青のシンフォギアが激突する。
○○○
雷の放った稲妻の槍がネフィリムの体を貫くが、即座に再生され、跡形もなく消えてしまう。肩から放たれたミサイルを斥力を利用したジャンプで空中回避していく。着弾した際に発生した爆風が彼女の長い髪を揺らした。
「流石と言うか、呆れるべきか……」
頬を流れる汗が爆炎によって蒸発する感覚を味わいながら静かに呟いた。こちらの攻撃はすぐに再生され、向こうの攻撃を喰らえば大ダメージとギリギリの綱渡りをさせられている気分になる。流石の彼女も覚悟していたとはいえ、少しだけ後悔していた。
「しらちゃんに残ってもらうべきだったかなぁ……?」
すぐに首を振り、
「いや、響の輸送と切ちゃんを説得するために来てるんだから駄目だな。ケラウノスと相性が良かったのが不幸中の幸いか……」
一度距離をとるためバックジャンプするが、ネフィリムの腕が伸び空中にいる雷に襲い掛かる。
「ぜいッ!」
『超電磁アンカー』
雷の腕から伸びたアンカーがネフィリムの腕を捕らえ、引き寄せることで腕に飛び乗り、
『電光刹那』
雷のごとき速度で腕を焼きながら駆けあがっていく。
彼女の勝利条件は、みんなが戻ってくるまで持ちこたえることだ。
無尽蔵のエネルギーを取り込んだ完全聖遺物を―弱体化してるとはいえ―相手に耐え続けなければならず、こっちの攻撃はノーダメ、向こうの攻撃は大ダメージとなかなかに無茶なことをしなければならない雷さん。
ケラウノスの特性のおかげでここまでやってるけど、多分一番しんどい役回りだと思う。