戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
ガングニールを身に纏った響の周囲に漂っていた、シンフォギア由来の粒子が完全に消失する。
マリアが驚愕に目を丸くしながら言葉をこぼした。
「ガングニールに、適合……だと?!」
その時、ウェルが叫び声を上げながら逃走する。
「こんなところでぇッ……!」
焦りや自分の欲望が破壊されるという恐怖から階段を踏み外し、一気に転げ落ちてしまう。全身をしたたかに打ち付けたようだが、アドレナリンが出ているのか痛みを気にするようなそぶりを見せずに、
「こんな、ところでぇ……!終わるッ!ものかぁッ!」
ネフィリムの力を得た左手でフロンティアに指示を下す。手の振れた部分に幾何学模様が浮かぶと、下の階へと続く穴がぽっかりと開いた。
「あぁッ……!」
「ウェル博士!」
彼はあけた穴に落ちていく。ギアを纏った響は気を失ったマリアを支えるために動くことが出来ず、遺跡へと乗り込んでいた弦十郎と緒川は間一髪のところで間に合わなかった。
ウェルが入りきると同時に穴は閉じ、元の石の床へと戻る。
弦十郎と緒川は捕獲目標であったウェルを逃がしたものの、すぐに敵陣へ生身で突っ込んでいた響に意識を向けた。
「響さん!そのシンフォギアはッ?!」
「マリアさんのガングニールが、私の歌に答えてくれたんです!」
緒川の疑問に答えたとたん、フロンティアに地響きが起こった。新たに起きた出来事を、二課のオペレーターたちが観測し、結論を出す。
『重力場の異常を計測ッ!』
『フロンティア、上昇しつつ移動を開始ッ!』
「っ」
彼らの報告を聞いて、響は息をのんだ。ウェルへの怒りが収まった。と言うよりは燃え尽きたように見えるマリアが膝をつき、俯きながら、
「今のウェルは……左腕をフロンティアとつなげることで、意のままに制御できる……」
ウェルは廊下を歩きながら、左腕を壁に当てて制御を維持したまま、
「ソロモンの杖がなくとも……僕にはまだフロンティアがある……!邪魔する奴らは……重力波にて、足元から引っぺがしてやるッ……!」
マリアはフロンティアの現状をゆっくりと話し始めた。それは懇願しているようだった。
「フロンティアのコアは、ネフィリムの心臓……!それを停止させれば、ウェルの暴挙も止められる……!お願い……。戦う資格のない私に変わって……お願いッ……!」
「調ちゃんにも頼まれてるんだ」
「っ」
「マリアさんを助けてって。だから、心配しないで!」
分かっている。そう言うように声を躍らせながら言った。すると突然、何かが崩壊する音が階段の下、即ち弦十郎のいる方から聞こえてきた。見ると、彼は拳を床に当て、そしてそれを粉砕して大穴を開けていた。
「師匠ッ!」
「ウェル博士の追跡は、俺たちに任せろ。だから響君は……」
「雷と一緒にネフィリムの心臓を止めます!」
響は握りこぶしを作って答える。
彼は口角を上げ、
「行くぞッ!」
「はいッ!」
そう言って二人は破壊し貫いた大穴に飛び込んでいく。そして響は正面からマリアを見据え、
「待ってて~!ちょおっと言ってくるから!」
マリアの横を駆けだしていった。マリアは彼女の背中を振り返って見つめている。無重力圏も近くなって浮遊する瓦礫を足場にしながら跳躍し、翼たちのところに着地した。そこに雷の姿はなく、クリスが居心地悪そうにそっぽを向いた。
「翼さん!クリスちゃん!」
「立花!」
「もう遅れはとりません!だから……」
「ああ!一緒に戦うぞ!」
「はい!」
そこで響は、そっぽを向いていたクリスの手の中にあるソロモンの杖の存在に気づいた。
クリスの手を両手で握り、
「やったねクリスちゃん!きっと取り戻して帰ってくると信じてた!」
「おまっ、あ、たりめえだぁ!」
照れから顔が赤くなっている。
丁度その時、弦十郎から通信が届いた。
『今雷君がネフィリムと交戦しているッ!さっきの話と、解析結果からそこにフロンティアの炉心、心臓部があることが確定した!装者たちは、本部からの支援指示に従って雷君に合流せよッ!』
通信が切れ、リーダーである翼が号令をかける。
「行くぞッ!この場で稲妻を助けられるのは槍と弓、剣を携えている私達だけだッ!」
雷のもとへと三人が向かう。
それをモニターで見ながら、ジェネレータールームで直接フロンティアのコア、つまりネフィリムの心臓に指示を出す。
「人んちの庭を走り回る野良ネコめ……!フロンティアを喰らって同化したネフィリムの力を、思い知るがいいッ!」
ネフィリムと交戦していた雷が薙ぎ払うような一撃を跳躍して回避する。すると突然、ごうごうとネフィリムが音を立てて巨大化していった。
「フロンティアを取り込んで?!……ッあ?!」
不意打ちで巨大化されたために避け切ることが出来ず、まともに一撃を喰らってしまう。ギリギリで斥力フィールドを張ったため、大きなダメージを負うことはなかったが、衝撃を殺しきることが出来ずに吹き飛ばされてしまった。
「雷ッ?!」
「轟ッ!」
「ッ?!」
丁度三人の目の前で雷の体が地面をバウンドする。倒れた彼女に慌てて駆け寄るが、すぐに立ち上がり、展開したユニットから電光を迸らせながら前傾姿勢をとる。
しかし、そこで響たちの姿をみとめたのか、歯を食いしばったような必死の形相をやわらげ、
「よかった……。何とか……持った……」
嬉しそうに、心底安心したように笑った。彼女の表情と連動しているのか、同時にユニットが格納された。が、すぐに吹っ飛ばされてきた方を真剣な表情で見据え、
「来ますッ!」
その叫びと同時に、ミサイルのようなものが雷たちに襲い掛かった。四人が跳躍して回避する。そしてその爆炎の中から巨大化したネフィリムがのっそりと現れた。
翼が叫ぶ。
「あの時の、自立型完全聖遺物なのかッ?!」
間髪入れずにネフィリムが口を開き、熱塊を吐き出す。反応に遅れたクリスがまともに喰らいかけるが、電光を纏った雷が横から彼女をかっさらうことで回避に成功した。
「大丈夫?」
「すまねぇ……!にしては張り切りすぎだッ!」
「同感!さっきまでとはけた外れの出力だよッ!」
ネフィリムの体内でジェネレータの輝きが増していく。
ウェルが歓喜するように、
「喰らい尽くせ……!僕の邪魔をする何もかもを……!暴食の二つ名で呼ばれた力をぉ!示すんだぁ!ネフィリィームッ!」
彼の絶叫が薄暗いジェネレータールームに響いた。
○○○
放心状態のマリアが、ブリッジの階段をゆっくりと下りていく。
「私では、何もできやしない……。セレナの歌を……セレナの死を……雷の約束を……無駄な物にしてしまう……」
無力さから、あふれ出た涙が彼女の頬を伝った。その涙に応えるように、
「マリア姉さん……」
「っ。セレナ……?」
「マリア姉さんがやりたいことは何……?」
輝きの中に現れたマリアの妹、セレナが問う。マリアは少し戸惑いながら、
「歌で、世界を救いたい……。月の落下がもたらす災厄から、みんなを助けたい」
と、答えた。すべてはこれを解決しなければ始まらない。
セレナはマリアに近づき、彼女の手を取った。
「生まれたままの感情も、隠さないで……?」
「セレナ……」
彼女は目を閉じ、歌った。その歌は彼女たちの歌。約束の歌。自分たちを繋げる始まりの歌だ。
「りんごは浮かんだお空に……」
マリアはセレナに続くように目を閉じ、
「りんごは落っこちた地べたに……」
「星が」「生まれ」「「て歌が生まれて」」
世界中の人々、人類の存続を願う人々から輝き。フォニックゲインが生まれ始め、フロンティアへと集まってくる。
「ルルアメルは」「笑った」「「常しえと」」
世界中の願いがつながっていき、一つの合唱となる。
「星が」「キスし」「「て歌が眠って」」
そしてその歌のエネルギーは、宇宙空間を漂っているナスターシャのいる制御室へと流れ込んだ。彼女は車椅子を変形させ、瓦礫の中から脱出した。
「世界中のフォニックゲインが、フロンティアを経由して、ここに収束している……。これだけのフォニックゲインを照射すれば、月の遺跡を再起動させ、公転軌道の修正も可能……!」
となればすぐに行動に移させばならない。宇宙から地上へ通信を繋げる。
『マリア!マリア!』
「マムッ?!」
大急ぎで制御盤の球体に駆け寄る。
『あなたの歌に、世界が共鳴しています!これだけフォニックゲインが高まれば、月の遺跡を稼働させるには十分です!月は私が責任を持って止めますッ!』
「ッ?!マムッ!」
ナスターシャの真意をくみ取ったマリアが叫ぶ。彼女の目に涙が浮かんできた。ナスターシャは、そんなマリアを諭すように優しく、
『もう何もあなたを縛るものはありません。行きなさい、マリア……。言って私に、あなたの歌を聞かせなさい……』
「マム……」
マリアは覚悟を決め、
「ОK、マム!」
その身を翻し、
「世界最高のステージの幕を開けましょうッ!」
世界に向け、そしてナスターシャに向けて、宣言した。
次回、激闘必死!
既にネフィリムの中にフロンティアのジェネレーターがあるという設定なのですが、違和感ないですかね?今更ながら不安になってきました。