戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
装者たちによるネフィリム攻略が開始された。
響が脚部のアンカージャッキを利用して宙を跳ね、刃を携えた翼が肉薄し、クリスが弾幕を張る。雷はと言うと先ほどまでの戦闘による疲労から一時的に前衛を離れ、体力の回復を主目的としたクリスの防御を担当していた。
「あぁぁッ!」
翼は刀を大剣に変形させて腕の切断を試みるが刃は通らず、響の拳は内部まで破壊力を浸透させることが出来ない。
「ならッ!全部のせだぁぁッ!」
アームドギアをガトリングに変形させ、腰部装甲からマイクロミサイルを発射する。圧倒的な弾幕が生み出す爆炎がネフィリムを包み込んだ。しかし、これほどの火力を叩きこんでもネフィリムはいまだ健在であり、油断していたクリスめがけて熱塊を口から発射した。
「ッ!」
電光を纏った雷がクリスをお姫様だっこの形で抱え、着弾予想地点から高速で離脱する。熱塊の放つ高温が彼女の長い灰色の髪を焦がした。少しの間だったが、間違いなく動きに余裕を取り戻している。
翼が叫んだ。
「轟!無事かッ?!」
が、その声に反応したのかネフィリムがその剛腕を押しつぶすように上から落とす。間一髪でそれを避ける翼だったが、地面がえぐれるほどの威力に戦慄するとともに、XDが使えない今、ケラウノスがどれだけネフィリムに対する優位性を持っていたのかを確信する。今よりも弱体化していたとはいえ、彼女が復活してから今まで交戦を続けていたのだ。そう思っても仕方がないと言えた。
「翼さんッ!」
ネフィリムの背後にいるにもかかわらず、響めがけて伸長した腕が襲い掛かる。が、それは彼女に届くことなく緑色の鎖のようなもので締め上げられ、次いでレールのようなものが地面に突き刺さった。
そしてブースターの轟音が鳴り響き、
「デースッ!」
加速された刃がギロチンのように伸びた腕を両断した。間髪入れずに今度は鋸特有の回転音が空気を裂き、ネフィリムの腹部を切り裂く。
翼と共にクリスの介抱をしていた雷が、
「しらちゃん!切ちゃん!」
と目を輝かせながら叫んだ。しゃがんでいた彼女は直ぐに立ち上がり、
「シュルシャガナと」
「イガリマ!到着デー……うおぁ?!」
「あ、雷ッ?!」
並び立つ二人に跳びついた。珍しい彼女の行動に響が目を丸くしている。二人の頬に雷が自分の頬を擦りつけながら、
「しらちゃん、切ちゃん!待ってたよ……!」
「姉さん……。大丈夫?ケガしてない?」
「え?!姉さん?!しらちゃんって……え?!」
「大丈夫だよ!しらちゃんこそケガしてない?」
困惑している切歌をわざと放置して調は少し目線を外し、
「……大丈夫、だよ?」
「良かった~。切ちゃんは?」
「あたし……デスか?!」
抱き着かれた状態のまま自分の鼻を挿す。調は知っているが、彼女からしたら同年代のさっきまで敵だった少女がいきなり抱き着いて来て大切な親友と姉妹のような関係となっているのだ。困惑するのも当然と言える。
調は切歌のほうを向き、悪戯が成功した時の少し意地の悪い笑みを浮かべて、
「どっきり大成功……。彼女があず姉さんだよ。切ちゃん」
「え……、えぇぇっ?!つまりあたし達は、約束をしたあず姉ちゃんと刃を交えていたって事デスか?!」
「うん。そうなる」
驚き叫ぶ切歌の問いに調は淡々と答える。そして切歌はアワアワと顔を青くして、
「ご、ごめんなさいデス!あ、あの時は姉ちゃんだと分からなくて……」
「怒ってないよ」
「え……?」
一層ぎゅっと抱きしめながら雷は優しく、
「敵だったんだから相手の嫌がることをするのは当たり前。あの時はアレが最適解だったんだから仕方がないよ。それに、私も切ちゃんに色々やっちゃったしさ……。お相子ってことで」
「ね、姉ちゃん……」
最後のほうをおどけたように言った。切歌が雷の肩に顔をうずめ、そして少ししてから顔を離してネフィリムのほうに顔を向ける。
「二人とも、動ける?」
「問題なし……」
「……とはいえ、こいつを相手にするのは、結構骨が折れそうデスよ……!」
再開したうれしさからかすでに雷の体力も回復し、ユニットから稲妻を迸らせる。彼女たちの背後から勇ましい女性の声が響いた。
「だけど歌があるッ!」
声に反応して全員が顔を向ける。そこには宙を漂う岩に仁王立ちするマリアの姿があった。彼女の顔にはもう迷いは見られない。
「マリア……!」
「マリア!」
調と切歌に続き、雷もうれしそうな笑みを浮かべて跳躍する。響や翼、クリスも彼女たちに続いた。一つの岩に装者が集結する。
「マリアさん!」
「もう迷わない……!だって……マムが命懸けで、月の落下を阻止してくれている」
「ナスターシャさん……」
マリアに続いて宙を見上げた。
そんな時、薄暗いジェネレータールームでネフィリムを遠隔操作しているウェルが狂喜乱舞しながら、
「出来損ない共が集まったところで、こちらの優位は揺るがないッ!焼き尽くせッ!ネフィリームッ!」
彼の咆哮に応えるようにネフィリムが口を開き、熱塊を発射しようとする。今までで最も巨大なそれは、雷たちのいる岩に向かって一直線に放たれた。そしてその一撃は見事に直撃し、爆発が少女たちを祝ごと包み込んだ。勝利を確信したウェルは高笑いをする。が、その高笑いは美しき歌声によってくじかれる。
「Seilien Coffin Airget-Lamh Tron」
巻きあがった土煙を弾き飛ばし、ギアによって衣服を分解され、一糸まとわぬ姿となったマリアと、彼女に守られるように並び立った装者たちが姿を現した。
マリアの胸元で傷つき、損傷したアガートラームのペンダントが揺れる。
(調がいる……。切歌がいる……。マムも、セレナもついている。そして……)
自身を守るように正面に立つ、傷つけたくないという思いから傷つけてしまった小柄な少女を見下ろす。視線に気づいたのか、マリアの思いに気づいたのか定かではない。だが彼女は小さく後ろを向き、優しく微笑んだ。その笑みに、思わず微笑み返す。
(みんながいるから……これぐらいの奇跡)
「安いものッ!」
遺跡の中にいるウェルが現象を解析する。
「装着時のエネルギーをバリアフィールドにぃ?!だが、そんな芸当!いつまでも続くものではなぁあいッ!」
再びネフィリムから放たれた熱塊を前にして、響と雷が動く。
「「セット!ハーモニクス!」」
二人の声が重なり、応えるようにケラウノスとガングニールの装甲が一部展開される。
「「S2CA!」」
「フォニックゲインを!」
「みんなの想いを!」
「「力に変えてーッ!」」
響がガントレットを一つにして拳をぶつけ、雷が稲妻を右足に集中させて回し蹴りを叩きこむ。二人の一撃を受けた熱塊は爆散した。
S2CA・ツインブラスター。それは、響の絶唱特性である『他者と手をつなぎ合う』と、雷の『感情の伝播』を最大限に生かした絶唱の二重奏。
本来であれば響の特性上、手を繋がなければ発動不可能なS2CAだが、雷の想いを繋ぐ力によって手を繋がなくとも心を重ねることで発動が可能となる。
さらに二つの絶唱を束ねるだけでなく、想いの力が強ければ強いほど出力が上昇するため、理論上は無限の威力を誇る。さらに想いの伝播は手をつないだ、心を重ねた全員にかかり、それを束ねることによって威力は上昇する。
それを証明するかのように翼は、
「ひかれあう音色に、理由なんていらない」
「っ」
調がおずおずとその手を取る。
クリスは少し自分に呆れながら、
「アタシも、つける薬が無いな……」
「それはお互い様デスよ」
切歌が同調するようにクリスの手を取った。
最後は二人だ。
「調ちゃん!」
「切ちゃん!」
雷と響はお互いの手を握り、雷は切歌の手を、響は調の手を取る。
「姉さんの信じるあなたのやってること、偽善でないと信じたい。だから近くで私に見せて。あなたの言う人助けを……私達に……」
「うん」
ためらいなく響の頷きに笑顔で調が返す。
歌と想いが重なり響き合い、その力を高めていく。
(つないだ手だけが紡ぐもの、重ねた心だけが紡ぐもの……)
この光景を前にしてもまだ勝ちを確信しているウェルは、
「絶唱七人分……。たかだか七人ぽっちで、すっかりその気かぁぁぁッ?!」
彼はさらなる命令を下し、その命令に従ってネフィリムの全身から雷たちに向かって赤色黎明砲が照射される。
その威力は強力かつ絶大。圧倒的な破壊力にギアが耐えきれず、分解されていく。だが、誰一人として折れるものはいない。この心の強さが、想いの強さが、同じ想いを持つ全世界の人々の心を繋ぐ。
(七人じゃない……!)
(私達が束ね、重ねる歌は……!)
すべての歌が、心が、……一つとなる。
「「七十億のッ!絶唱おぉぉぉッ!」」
束ね重なったフォニックゲインは七人の体を包み込み、シンフォギアの限定解除形態『エクスドライブ』を発現させた。
光の翼と純白のギアを纏い、七人の戦姫は歌と想いと希望。その全てを背に受けて、
「「響きあうみんなの歌声がくれたッ!」」
「「「「「「「シンフォギアだぁぁぁッ!」」」」」」」
七つの光と歌が宙を裂き、ネフィリムを跡形もなく貫く。束ね重ねた旋律の嵐が、天へと昇っていった。
S2CA・ツインブラスター
響と雷が放つ絶唱二重奏。響が翼、もしくはクリスと放つツインブレイクとは異なり、二人の絶唱特性の相乗効果を利用したコンビネーションアーツ。
最大の特徴は手を繋がなくとも放てること。雷の特性によって心を重ねることで通常では不可能な同時多角的なS2CAを放つことが出来る。この場合のバックファイアは雷が引き受けることになる。当然ではあるが手を繋げば出力が上がるのは言うまでもない。
さらに想いが重なり、一致することで共振効果のようなものが発生し、重ねる人数が多ければ多いほど乗算的に出力が上がる。
そして全ての効果を効率よく、最大限に生かしたのが四人で放つS2CA・ペンタストライクである。因みに、雷と共にS2CAを放つことで、膨大なバックファイアが二人に分散するため、装者の継戦能力の引き上げにもつながっている。
響の絶唱を調律、マリアやセレナの絶唱を指揮者とするならば、雷の絶唱はテンポ(心)を合わせることで音(想い)を重ねるメトロノームと形容できる。