戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
本編のカッコよさは何処へやら
フロンティア事変に関する裁判が米国の「世界中を混乱に陥れたのだから、日本国内ではなく国際的にせねばならない」という―自らの腹のうちで起きたことを隠滅したい意志が見え透いた―半ば強引な意見によって、マリア達は国際裁判所へと移動することとなった。
彼女たちの間に重い空気が満ちる。
それはほぼ死刑が確定しているからではない。先ほど新しく独房の中へと放り込まれた『関係者』によって引き起こされていた。
「……」
「……」
「……一つ、いいかしら?」
長い沈黙に耐えきれなくなったマリアが小さく手を上げて口を開く。口元がひくひくと動いている。
「……何?」
新しくやってきた少女がこれまた微妙な表情で先を促す。
「何で雷がここに居るの……?「またね」が、あまりにも早すぎやしないかしら」
調と切歌もこくこくと頷く。因みにマリア達が独房に入れられて直ぐ、五分もたたないうちに雷はやって来ていたのだ。
雷は頬を掻きながら、
「言わないでよ。マリアの国際全裸放送並みに恥ずかしいんだから……」
「それは禁句よ。……で、何でここに居るのよ」
羞恥に顔を赤めながら膝にうずめる。調と切歌が視線を向ける中、雷は唇を突き出しながら、
「私の所属……」
「姉ちゃんのデスか……?」
雷の所属が何か関係しているのか……?彼女以外の三人がそろって首をひねる。そして一番最初に調がはっと何か思い出したようだ。プルプルと小刻みに震えながら壊れたロボットのように雷のほうを向き、
「一応、元F.I.S.……」
「「あ……」」
「そうなのよ……」
両手で顔を覆う。
フィーネにしっぽを掴まれないように両親によって完璧に削除されているのだが、彼らの親友であったナスターシャの個人端末には彼女の経歴が乗っていたのだ。
ヘリキャリアの中に残されたソレを、マリア達は母親代わりの遺品としてヘリに乗る前に目を通していた。そこには厳密に言えば異なるため一応ではあるものの、しっかりとF.I.S.所属の聖遺物適合者として幼い雷の情報が記載されていたのだ。
青い顔をしている三人に向けて雷が、
「長い間向こうにいなかったけど、関係性を持っていたことは知られてるからスパイ容疑を掛けられてるの……」
「え、でも私達戦ったわよね……?」
恐らくステージでの戦いのことを言っているのだろう。
マリアが少々納得がいかないという顔をしながら言うが、雷は冷静に、
「完全にスパイじゃなくて敵対していますよっていう見せかけだと思われてる」
「それ以外にも……」
「廃病院の時には戦ってないし、あったとしてもほんの少しだけ。学祭の時は激高したように見せかけて接触しての情報交換。私の問題で戦えなかったけど米国さんは対抗戦力を低下させながら情報を渡してたって思いこんでる……というかそうしたいらしい」
途中のほうであまりにも強引な解釈に呆れてきたのか目を泳がせていた。米国からすれば不都合な情報を持っているのが日本の聖遺物所有組織にいるというのが気に食わないのだろう。
「うわぁ……」
「こっちがうわぁだよ」
調の米国に対する引き気味の反応に、その被害者である雷が同調する。そんな彼女が自虐的な笑みを浮かべながら、
「さて、そんなこんなで再会したわけですが……」
「こんな再会の仕方、予想だにしてなかったデスよ……」
「やめてよ切ちゃん。私が一番そう思ってるんだから……」
世界を救ったのに何とやら、あの凛々しい少女たちの姿は影も形もない。というか雷の中であの「またね」はトラウマになりつつあった。なんともパッとしないトラウマの増え方である。いや、トラウマの増え方にパッとしたも何もないのだが。
しかしいつまでも沈んでいるわけにはいかない。マリアがパンッと手を叩き、空気を変える。
「とりあえず今はいいことを考えましょう!雷、完全に冤罪なわけだけど何とかなるの?」
「こっちに来る前に弦十郎さん。……ああ、あのガタイのいい髪の毛ツンツンの男の人ね。が、全力を尽くすって言ってたから大丈夫だと思う」
「……よかった。とりあえず姉さんは大丈夫なんだね」
調の言葉に首を傾げ、
「いや、あの人の全力の対象はは私達全員の事だと思うよ?」
「……ほんとデスか?」
「あの人なら信じれるよ、切ちゃん」
調は弦十郎の人となりを知っていたので雷の言葉に同意する。切歌とマリアも疑ってはいたが、雷と調が信じていると言ったので追求することはせず、自分たちも信じてみることにした。
「まあ、国際裁判所への移送は三日後デスし、今日は寝るまでどうするデスか?」
「いいかな……?」
「どうしたの?」
雷がおずおずと手を上げる。彼女の言いたいことは全員がすぐに理解していた。
「セレナの事……聞かせてほしい……」
「そう言うと思ったわ」
マリアはその場にいなかった雷にもわかりやすいように伝える。彼女とも仲が良く、喧嘩した時には一緒に仲介役になったほか、意外とアグレッシブな彼女に振り回されたり、逆に振り回したりしていた。彼女の顛末を聞いて雷は涙を流すことなく天井を向き、
「そっか……みんなを守ったんだ……。セレナらしいや」
そうこぼして小さく笑った。
○○○
雷たちは一緒に過ごした思い出話や来れなくなってからの事、フィーネとの戦いなど様々なことを話た。そうしていると、時計の針は天辺で重なっていた。流石にいい時間になったと判断したマリアは、
「さ、そろそろ寝ましょう」
「え~早いデスよ~」
「ぼやかないの」
ぶつくさと文句を言う切歌を調がたしなめる。そんな彼女たちを見てふと懐かしくなった雷は、
「ねえ、昔みたいに床で寝ようよ」
といった。独房とは言えベッドは用意されているのだが、F.I.S.時代の時のようにみんなで固まって床で寝ようと提案する。
全員がそれに賛成し、
「場所はどうするデスか?」
「昔のままでいいんじゃないかな?」
「……そうしましょうか」
昔の寝方。雷の両脇を調と切歌がはさみ、切歌の隣にマリアが布団をもって寝転がった。因みにセレナは調の隣だ。F.I.S.はアメリカにあるため普段はベッドなのだが、はじめて雷が来た時に彼女の要望とマリア達の興味からこの寝方になってから、雷が居る時にはこういう寝方になるといつの間にか決まっていたのだ。
暫くの間おしゃべりは止まなかったが、昼間の戦いの疲れから全員がいつも間にか深い眠りへと落ちていった。
朝、雷がいつも通りの寝方で調の腹に頭を押し付けている光景にマリア達が少々驚くという光景と、昔のように寝ぐせを四人で笑い合っているという気分のいい朝を迎えた。
三日後の国際裁判所への移送日に、一人の黒服が独房にやって来た。どうも二課の関係者ではないようだが、政府筋のようだ。彼が言うには、二課と事務次官の尽力によって全員の無罪が確定したのだという。
雷は彼に交渉して一時間だけ携帯の使用許可を出してもらい、全員の寝癖が治ったのを確認してから集合写真を撮る。そしてそろそろ登校時間になったのを見計らって響にメールを送った。
「送信っと……。これで良し」
「今度からは姉さんの後輩としてリディアンに通うんだよね?私達」
「手続きとかまだいろいろあるけど、そうなるね。……不安?」
「少し、不安デス……」
これから起きる未知の体験に切歌の言葉は尻すぼみに弱くなる。だが、雷は不安そうな彼女たちに笑顔を向けて、
「大丈夫だよ。私や響、未来、翼さんやクリスが二人の事を支えてくれるよ」
「学校のことは無理だけど、それ以外の事なら私が何とかするわ」
「マリアもこう言ってるしね!」
二人の表情が明るくなったのをみとめ、雷は太陽の輝く空を見上げた。
アメリカの完全なこじつけで危うく死刑になりかけた雷。