戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
雷、調、切歌の装者三人が離脱していくのをS.O.N.G.は確認していた。
「雷ちゃんと調ちゃん、切歌ちゃん離脱。クリスちゃんや保護対象の無事も確認しています」
「装者との合流と回収を急ぎます!」
藤尭が冷静にデバイスを操作していく。拭いきれない敗北感が漂っており、弦十郎の目は保護対象の少女、エルフナインを捉えていた。
(錬金術師キャロルと、同じ顔の少女……)
疑念が深くなっていく。
○○○
時刻はすでに月が沈み、太陽が顔を出していた。朝日が海を青く輝かせる。
三人は沿岸部を疾走していたが、調の足が止まった。それに合わせて雷と切歌が彼女のもとにやってくる。リンカーもなしにシンフォギアを装着しているため負荷も高いはずなのに、二人はおくびにも出していない。そんな二人に雷は耐えきれなくなって俯きながら、
「ごめん……二人とも……。リンカーが無かったら命だって危ういのに無理言っちゃて……。こんなんじゃ……お姉ちゃん失格だよね……」
声を震わせながら言う彼女の物言いに切歌はむっとして、
「リンカーがなくたって、あんな奴に負けるもんかデス!」
「切ちゃん……」
「分かってるデス……!」
調だって切歌の言いたいことはよくわかっている。
自分たちのせいで姉と慕う雷にこんな表情をさせてしまっていることに対する憤り。彼女を笑顔にし、自分たちに自由をくれた組織に貢献したいという気持ち。そんな思いが頭の中でごちゃ混ぜになってこんな言い方になってしまったのだ。
だから、
「私達、どこまで行けばいいのかな……」
「行けるとこまで……デス……」
「でもそれじゃ、あのころと変わらないよ?」
「っ」
雷の息が詰まる。
彼女自身F.I.S.の聖遺物適合者として記録はないものの籍を置いていたが、言ってしまえば部外者でしかない。しかも彼女たちがシンフォギアに関する実験をしていた時期と、自身の記録が抹消された―ケラウノスに適合した―時期は重なっていない。
そのため雷は調や切歌、他のレセプターチルドレンの苦しみを本当の意味で理解できていない。彼女たちがどんな思いで、どんな痛みを背負ってここまで来たのかを知らないのだ。
再び走り始める。
「マムやマリアのやりたいことじゃない。あたし達が、あたし達のやるべきことを見つけられなかったから、あんなふうになってしまったデス」
「目的もなく、行けるところまで行ったところに、望んだゴールがあるなんて保障なんてない……。がむしゃらなだけではダメなんだ……」
切歌が立ち止まり、それに合わせて雷たちも立ち止まる。
「もしかして姉ちゃんがあたし達を向かわせたのって……」
「二人が道に迷ってるなら、私が道を指し示せればと思ってたんだけど……。結局、私もまだ幼かったよ……。結果的に良かったけど、一歩間違えれば死なせてたかもしれなかった……」
近くにあった壁に自らの腕を無意識で叩きつけた。腕が壁にめり込む。ギアを纏っているためにダメージこそなかったが、もしも生身であったなら腕の骨は容易に砕けていただろう。突然のことにびっくりしながらも調達は雷のもとにより、
「姉さんのおかげで私達も先が見えた……。だから自分を責めないで……」
「ッ……ごめん。わかった……」
深呼吸して自分を落ち着かせる。
そんな時、雷のぶつけた拳の音が効いたのかクリスがうめき声を上げた。
「あ……」
「よかった」
「大丈夫デスか?!」
彼女は怒りのままに、
「大丈夫なものかよッ!」
三人は顔を見合わせる。
(守らなきゃいけない後輩に守られて、大丈夫なわけないだろッ……!)
怒りと情けなさがクリスを襲った。
○○○
天羽々斬を破壊されたため翼は一糸まとわぬ姿になってしまっていたが、マリアの衣装の一部を使って応急的に隠している状態になっていた。
ボロボロになったペンダントを見つめながら、S.O.N.G.に通信を入れていた。
「完全敗北、いえ、状況はもっと悪いかもしれません。ギアの解除に伴って、身に着けていた衣服が元に戻っていないのは、コンバーターの損壊による機能不全であるとみて間違いないでしょう……」
「まさか、翼のシンフォギアは……」
「絶刀・天羽々斬が手折られたということだ……」
たしかに天羽々斬は折られてしまった。しかし、翼の中の剣は折れてはいない。だが、それでも全くよくないのが現状だ。
「クリスちゃんのイチイバルと、翼さんの天羽々斬が破損……」
「了子さんがいない中、一体どうすればいいんだ……」
記録やデータとしては残っているが、治すための腕が存在しないのであれば意味がない。重い空気が漂い始める。
弦十郎が、
「響君の回収はどうなっている」
『もう平気です。ごめんなさい……。私がキャロルちゃんときちんと話が出来ていれば……』
「話を……だと……?」
すぐに響から返答が返ってきた。話すという思いもよらなかった言葉に面を喰らってしまう。
ロンドンでは規定を遥かに超えた行動をしたマリアを捕縛するために複数の黒服を乗せた車がマリア達を囲った。更に彼らは拳銃を向け、
「状況報告は聞いている。だがマリア・カデンツァヴナ・イヴ、君の行動制限は解除されていない」
だがマリアは冷静に翼のもとへと歩みより、彼女の耳から通信機を取り外した。そしてそれを自分の耳に当て、
「風鳴指令。S.O.N.G.への転属を希望します」
「マリア……」
「ギアを持たない私ですが、この状況に、偶像のままではいられません」
そう言ってマリアは、マムの逝った場所である月を見上げた。
○○○
少し時は立ち、リディアン。
雷たちは家庭科の授業でグループを組み、ビーフストロガノフを作っていた。レシピを完全に覚えていた雷だったが、響たちが目分量と勢いで作り始めてしまったため、「もうどうにでもなれ~」と言わんばかりにすべてを投げ出してしまっていた。そんな時、唐突に創世たちが歌い始めた。その歌のタイトルはずばり、「ビーフストロガノフの歌」だ。
雷は三人にジト目を向け、
「気前良く歌ってますがねお三方。それでできるのはビーフストロガノフじゃなくてビーフストロガノフ的なサムシングですからね」
「ハハハ……」
そんな物言いは未来以外に聞き入れられることなく結局勢いで作ることとなってしまった。
響は包丁で牛肉を切りながら、
「いや~、ビーフストロガノフって名前なのに、よもや牛肉以外でもオッケーとは恐れ入ったね~。ロシア料理の懐は広大だよ~」
「あんまりおしゃべりしてると、食べる時間が無くなっちゃうよ?」
響は未来のほうを向いた。だが、包丁を止めず、
「だいじょうぶだってぇ~ぁ痛てぇっ」
「響!よそ見してちゃ!……あぁ……」
雷が止めるも一足遅く、響は自分の指を包丁で切ってしまった。未来がすぐに絆創膏を巻く。その時に雷が取り乱し、それを創世たちが取り押さえるというトラブルがあったが、比較的直ぐに収まっている。
未来が救急ポーチを持ちながら、
「包丁を扱ってるときにうっかりしてるんだからぁ」
「そうだよね……。お料理の道具で怪我をするなんて、良くないことだよね……」
「響がなんか難しいこと言ってる……。珍し……」
雷が茶化すが、響が何を思って言ったのかを理解していた。響の眉が悲し気に沈む。
(シンフォギアは、みんなを守る人助けの力なんだ……。その力で誰かを傷つけるなんて、したくない……)
(私からすれば、みんながどうとかよりも響に傷ついてほしくないんだけどな……)
誰にも気づかれないように、雷は小さくため息をついた。
響の様子を不安に思った未来は、
「この間の出動で何があったの?調ちゃんと切歌ちゃんも検査入院してるんでしょ?」
「ちょっと……無茶しちゃってね……」
その問いには雷も対象に含まれていた。二人をこんな目に遭わせたのは自分の所為だと内心落ち込む。流石にもう彼女たちに止められているので自傷には走らないが。それに雷の中で切歌が「退屈デース!」と雑誌を放り投げ、調が「病院食は……味が薄い……」と文句を言っている光景が鮮明に映し出されていた。複雑だがあまりにもしていそうな行動と言動だったため、少しだけ苦笑いを浮かべる。
ふと未来のほうを見ると、頬をむくれさせていた。どうしたのか気になって響のほうを向く。すると響は黙ったまま俯いていた。そして両者の顔を交互に見た後、響の肩を慌てて揺すり始めた。
「ちょ?!響!未来がすんごい顔になってるから!」
「へっ?」
「そこまですんごい顔にはなってません!」
未来に言われて雷は一歩あとずさり、響が慌てて取り繕い始める。
「ああ!うん!でも心配しないでぇ!話し合えばばきっとわかってもらえるから!」
そう言って後ろを向いた。未来はまだ頬を膨らませながら、
「いっつもそう!」
そう言って未来は俯き、表情を曇らせる。
(新しい敵がどうとかより、まずはこの二人だよなぁ……)
雷は鍋の中に切った食材を適当にぶち込んだ。レシピはもうとっくの大昔に無視している。
『稲玉落とし』
体ごと斥力で回転させて叩きこむ稲妻を纏った回し蹴り。踵落としでも使える。喰らわせる相手を磁力を使って引き寄せるため、大仰な動きにかかわらず命中率はかなり高い。
『Assault・Force』
新たに追加されたユニットを使う特殊形態。状態的には響がS2CAを発動する際に両腕のユニットを連結させている時に近い。
攻撃に振っていた稲妻を防御力と機動力に集中的に振り、Assault(強襲)の名を冠す通り敵の強力な攻撃や弾幕、敵陣を強引に一点突破する際に起動する。全身に張られた斥力フィールドは時間経過や攻撃によって減衰していくものの強力で、出力最大時にはフィールドは一発で削られるが、ネフィリムの火球すら真正面から受け止めることが可能。
機動力は全身に稲妻を薄く張り、体を流れる生体電流を加速させることで得ている。これによって雷の体そのものの動きが加速しているため、見た目よりも体力の消耗は少ない。
襟に追加されたユニットから放たれる稲妻のマフラーは余剰分の放出と攻撃に使われる。生体電流の操作によって体が深刻なダメージを受けることなく行動できるのはこれのため。
総合的な攻撃能力は落ちているものの、突破能力と至近距離での格闘戦においては通常携帯に勝る。
モデルは仮面ライダー一型の『ロッキングスパーク』