戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
キャロルの居城、チフォージュ・シャトー。ルシフを除くオートスコアラーの定位置である台座にテレポートジェムの錬金陣が現れ、先ほどまで雷とマリアと交戦していたガリィが帰還した。ジェムは転移する際にごく稀であるが異なる位相に飛ばされてしまう危険があるため、キャロルはそれぞれのジェムに転移先を固定しておくことでこの問題を回避している。
キャロルが独断で帰還したガリィに鋭い目を向ける。
「ガリィ……」
「そんな顔しないでくださいよぉ。ロクに歌えないのと、歌っても大したことない相手だったんですからぁん。もう一人はルシフの担当だってマスターが決めてましたしぃ……。あんな歌をむしり取ったところでやくにたちませんって」
おどけるように言い訳を言う。キャロルは眉一つ動かさず、鋭い瞳を向けたまま、
「自分が作られた目的を忘れていないのならそれでいい……」
自身が初めて邂逅したシンフォギア装者、立花響。あの夜に彼女の言っていたことが頭を過る。
自分の精神を逆なでするような奴の言動。何も知らないくせにずかずかと心に踏み込もうとしてくる不躾さ。表情を変えはしないものの、内心虫唾が走りまくっているのだろう。キャロルは立ち上がり、ガリィに厳命した。
「だが次こそ奴の歌を叩いて砕け、これ以上の遅延は計画が滞る」
「レイラインの解放……分かってますとも……。ガリィにお任せでぃす!」
ガリィの無駄にきゃぴきゃぴした言動が虫唾の走りまくっているキャロルに溜息をつかせた。
今は歌えていないようだが響の爆発力は脅威。そして大体において彼女と共に雷が行動している。そのことは長年の観察で明らかだった。故に当てる戦力を増強する。
「お前に戦闘特化のミカとルシフをつける……。いいな?」
「いいゾ~!」
「マスタァの命令でしたら構いませんYO☆」
ミカが陽気に手を上げて返事し、ルシフは恭しくお辞儀をした。だが本来キャロルの問いに答えるべきなのはガリィである。当全彼女は二人に対し、
「そっちに言ってんじゃねぇよ!」
今までのキャラとは異なる言い様で怒鳴った。こちらが彼女の本性、つまり猫かぶりである。
ガリィは舌打ちをしながら先ほどの戦闘を思い返す。
(せめてあの時、ハズレ装者のギアが解除されなければ……)
○○○
夜。雷と響、未来の三人は二段ベッドの上段に三人そろって川の字になって寝ていた。何か抱えていそうな響を二人が挟み込んでいる。
もうすっかり寝る時間だというのに響はまだ目を覚ましていた。今日のことがつっかえて眠れないのだ。そんな彼女に思わず未来が声をかける。
「眠れないの……?」
「ごめん……、気を遣わせちゃった……」
「今日の事を考えてるんだよね……?」
眠っている雷を起こさないように響が未来のほうを向く。最近雷の眠りが深くなっていた。先の読めないキャロルとの戦いに思考を回し、策を練り、どうやれば、どう動けば後手に回さずに済むかを必死に考えているためだ。
「戦えないんだ……。歌を歌って、この手で誰かを傷つけることが、とても怖くて……。私の弱さがみんなを危険に巻き込んだ。戦える雷に無駄な負担をかけた……」
響は拳を握り、瞼を閉じて自身の不甲斐なさに身を震わせる。そんな彼女の細い、震える拳を未来が包み込んだ。
思わず目を見開いた。
「私は知ってるよ……?響の歌が、誰かを傷つける歌じゃないことを」
「んム……?」
そう言って響の手を自分のほうに引き寄せた。その拍子に体が当たったのだろう、雷がのっそりと寝ぼけ眼のまま起き上がった。そして猫のように二度三度顔をこすった後、隣で寝転がっている響を見下ろした。響と未来の二人は苦笑いを浮かべ、
「起こしちゃった、かな?」
「あはは……ごめんね?」
「……」
まだ半分寝ているらしい。彼女は二人に答えようとはせず、ぽけーっとした顔のまま響の頭を撫でた。
いつもの雰囲気とは異なるため、撫でられている響は不思議な気持ちになってしまう。戦っている時や何かを思案している時のような凛とした雰囲気や、自傷や自殺をしようとしている時のような委縮した壊れてしまいそうな雰囲気ではなく、一緒に遊んだり笑ったりしてる時のような朗らかな雰囲気でもない。
なんともいえぬ彼女の雰囲気に響は困惑半分、安らぎ半分のまま頭を撫でられていると、雷が寝ぼけた顔で、
「大丈夫……大丈夫だから……。響の手は……誰かを傷つける手じゃない……。私を……未来を……みんなを守る手なんだ……よぉ……」
「わぁ?!」
話している途中で体が前後に揺れはじめ、話し終えるギリギリのタイミングでベッド……というより響に倒れ込んだ。彼女たちの心配をよそに、雷はスヤスヤと寝息を立てている。自分たちの悩みや心配をよそに眠ってしまった彼女に二人はそろって苦笑いを浮かべ、雷を定位置に戻すと、二人も目を閉じた。
○○○
今にも雨が降りそうな曇天の中、マリアと切歌、調、そして雷がナスターシャの墓参りに訪れていた。三人と比べて雷が彼女と一緒にいた時間は少ないが、それでも研究施設でもう一人の母親として接してくれた恩がある。後から聞いた話だったが、フロンティア事変の時も内心では気にかけていてくれたらしい。
マリアが静かに花束を墓前に添えた。
「ごめんねマム。遅くなっちゃった」
「マムの大好きな日本の味デス!」
「私達は反対したんだけど……」
「私は一緒にいた時間が短いし、常識人の切ちゃんがどうしてもって」
切歌がお供え物にキクコーマンのしょうゆを置いた。
調と雷は反対したのだが、調は常識人を自称する切歌に押し切られ、雷は接していた時間が短く、幼少期のころの記憶しかないため、疑りながらも彼女に任せてしまっていた。
「マムと一緒に帰ってきたフロンティアの一部や、月遺跡に関するデータは、各国が調査している最中だって」
「みんなで一緒に研究して、みんなのために役立てようとしてるデス!」
「ゆっくりだけど、ちょっとづつ世界は変わろうとしてるみたい」
「ナスターシャさん……マムのおかげで、少しだけど、先に進むことが出来る様になったんだ」
家族の形見であるケラウノスを握る。血は繋がっていないけれど、自分の家族の一人だと心に刻みつける。
三人の言葉を聞いてマリアは目を閉じ、
(変わろうと、進もうとしているのは世界だけじゃない。なのに、私だけは……、ネフィリムと対決したアガートラームも、再び纏ったガングニールも、窮地を切り抜けるのはいつも、自分のものではない力……)
その思いの一端を口からこぼす。
「私も変わりたい。本当の意味で強くなりたい」
思わず三人がマリアの顔を見上げた。思いの吐露は連鎖的に広がっていく。
「それはマリアだけじゃないよ……」
「あたし達だっておんなじデス……」
「雨だ……」
自身の抱える心の弱さ。方向性は違うものの変わりたいと思っている雷がつぶやいた。もしかしたら天がいろいろとたまったものを洗い流そうとしてくれているのかもしれない。そう思うと、不思議と微笑みが漏れる。
そんな彼女を見てマリアも微笑み、
「昔のように、叱ってくれないのね……。……大丈夫よマム。答えは自分で探すわ」
「どうなるかわからないけど、道に迷いながら考えるよ」
「ここはマムが遺してくれた世界デス」
「答えは全部あるはずだもの」
雨がだんだんと強くなっていく。
○○○
寄港したS.O.N.G.基地内、そのブリッジにてエルフナインによる敵情報の開示が行われていた。彼女が知る範囲内でのことだが、それでも有用なことに変わりはない。これまでのオートスコアラーとの交戦データがモニターに表示される。
「先日響さんを強襲したガリィと、クリスさんと対決したレイア。これに、翼さんとロンドンでまみえたファラと、未だ姿を見せないミカ、ルシフの五体が、キャロルの率いるオートスコアラーになります」
「人形遊びに付き合わされてこの体たらくかよ……!」
「その機械人形は、お姫様を取り巻く護衛の騎士、と言ったところでしょうか」
「スペックをはじめとする詳細な情報は、僕に記録されていません。ですが……」
「シンフォギアをも凌駕する戦闘力から見て、間違いないだろう」
エルフナインが区切った言葉を翼が繋いだ。彼女の背後で弦十郎が、
「超常脅威への対抗こそ、俺たちの使命。この現状を打開するため、エルフナイン君より計画の立案があった」
オートスコアラー、引いては錬金術に対抗すべく、エルフナインは計画を立てていた。キャロルの監視を受けてはいるが、今は手のひらの上で踊っておく時期だ。計画開始時期も決定している。カウンターをかけるためにも、今は受けなければならない。それを弦十郎、エルフナイン、雷は理解している。
モニターに計画名が表示される。
「Project IGNITEだ」
キャロル攻略のための計画、その第一段階がスタートした。
雷ちゃん、寝ぼけて重要なヒントを残すの巻。なお、その後の事で二人とも真に受けてはいない模様。
響が強いのか雷が軽いのか……。