戦姫絶唱シンフォギアST~Scratched thunder~ 作:兵頭アキラ
授業が終わり、教科書をカバンにしまっていく響を、後ろからすでに帰り支度を済ませた雷と未来が見つめていた。東京に帰って来てから響の様子が変なのだ。
親友としてどうにか手助けしたいが深い事情を知らない雷としては、自身よりも前から関係性を持っていた未来が動かない以上、どうすることもできない。自分の不安定な心を落ち着かせるように、カバンの紐をぎゅっと握りしめる。今この状況で、自分が不安定になるのは最悪だと理解しているのだ。だが、それでも抑えきることが出来ず、雰囲気という形で漏れ出てしまう。
しかし、何時も助けてくれる響の力になれないことが、何よりも悔しかった。ギリっと自分の歯ぎしりの音が聞こえてくる。
それ以上に、父親が苦手だという感情が、雷には理解できないことも確かなのだ。彼女は家族を殺されたために肉親がおらず、自分の奥底に響の悩みを「贅沢な悩みだ」冷めきった目で見る自分がいるのも理解していた。それを知っているからこそ、さらに自己嫌悪に陥っているのだが。
「私、余計なことしたかもしれない……」
「そんなことないよ。未来のおかげで、私も逃げずに向き合おうって決心がついた」
「本当?」
「ホントだって。ありがと、未来」
「うん……分かった……」
未来がそう言ったのを聞いて、響は勢いよく教室を飛び出した。彼女は二人に手を振り、
「じゃあ、ちょ―っと言ってくるから、先に帰ってて―!」
玄関に向かって廊下を走り出した。
彼女がいなくなったのを見計らって、雷が未来に声をかけた。
「ねぇ未来。響のお父さんってどんな人なの?」
「そっか、雷、知らないんだもんね」
未来は出来るだけわかりやすく、響の父親、立花洸がどのような人物かを伝えていく。未来も内心、雷からしてみればどんな形であれ、お父さん、と言うより肉親がいるだけで羨ましいことなんだろうな。と思っていた。実際、よくわからない、理解不能、というような表情を時折話を聞きながら浮かべているのだ。
未来は響の行く末を案じた。
街中の小さなカフェ、窓際のテーブル席の一つに響と、彼女と向かい合う形で洸が座っていた。テーブルには、注文したサンドウィッチが置かれている。彼はそのうちの一つを無造作にとり、自身の口に放り込んだ。今の今まで、彼女たちの間に会話はない。
洸のあまりにもデカい態度に響の顔がムスッとなる。
彼は自身のグラスに刺さったストローを弄りながら、
「まえに、月が落ちる落ちないで騒いだ事件があっただろ。あの時のニュース映像に移って女の子が、お前によく似ててなぁ……。以来お前のことが気になって、もう一度やり直せないかと考えてたんだ」
口ではそういうが、態度からはその気が全く感じられない。
「やり直す……?」
「勝手なのはわかってる……。でもあの環境でやっていくなんて、俺には耐えられなかったんだ。なあ、またみんなで一緒に……、母さんに俺の事伝えてもらえないか?」
「無理だよ……」
響の握りこぶしが震える。
響は自分の受けてきたもの以上の苦痛を、自分を殺してまで耐え抜いた少女を知っていたからこそ、さらに憤りが募る。何より、自分から改善したいと言っておきながら、自分で伝える勇気をもたない父親に心底呆れていた。
「一番一欲しい時にいなくなったのは、お父さんじゃない……」
「やっぱ無理かぁ。何とかなると思ったんだけどなぁ。いい加減時間もたってるし。覚えてるか響、どうしようもないことをどうにかやり過ごす魔法の言葉。小さいころ、お父さんが教えただろ?」
あっけらかんと諦めてしまった父親に、さらに拳が震える。そしてついに耐えきれなくなり、勢いよく席を立った。店を出るために歩き始める。そんな彼女の背中から、洸が声をかけた。
「待ってくれ響!」
「?」
響は振り向いた。淡い期待もあったのだ。もしかすれば、いなくなってから結構経つ、距離感を掴もうとして失敗しただけかもしれない。本当は父親と言う関係に戻りたいんだという、淡い期待。
だが、彼が突き出してきたのはレシートだった。
「持ち合わせが心もとなくてなぁ……」
「ッ!」
これが自分の父親かッ?!そんな激情を無理矢理抑え込み、レシートをひったくって走り出した。店員やほかの客が見ているが気にしない。
洸は悪びれもせず頭をかき、またサンドウィッチを口にした。
響は涙をぬぐいながら、逃げるように走り続けた。
○○○
マリアによって撃破されたガリィの台座からは青い光の柱が伸び、ミカは任務のため別行動。よって、ファラとレイア、ルシフしかチフォージュ・シャトー内にいない。先の戦果を見せるため、研究機構から盗み出したデータの入ったカードを口に含み、錬金術を応用して出力する。
彼女の手のひらに出されたソレは、小型化されたフォトスフィアよりもさらに小さいものだった。ファラは手を広げ、玉座の間の天井に大きく展開する。
「つくばで地味に入手したらしいな?」
「強奪もアリでしたが、防衛のためにデータを壊されては元も子もありません」
「フォトスフィア……綺麗だNA☆!」
大玉の上を転がりながら、ルシフがキラキラと紫色の瞳を輝かせながら見上げる。子供らしさを見せる彼女を見て、ファラは微笑ましげに頬を緩めた。
だが彼女は直ぐにスフィアのほうを向き、球体に描かれた線を見ながら言った。
「一本一本が地球にめぐらされた血管のようなもの。かつてナスターシャ教授は、このラインに沿わせてフォニックゲインをフロンティアへと収束させました……」
「これが、レイラインマップ……!」
「世界解剖に必要なメスは、ここ、チフォージュ・シャトーに揃いつつありますわ」
「これがバラバラに出来ると思うと、胸が高鳴るNE☆!」
「そうでなくては暴れたりないと、妹も言っている……」
○○○
調と切歌の二人は下校中に自販機でドリンクを買っていた。ガシャンと言う落下音が聞こえてくる。調がりんごジュースを取り上げると、次いで切歌が正面に立った。
「今朝の計測数値なら、イグナイトモジュールを使えるかもしれないデース!」
彼女の話を聞きながら調はプルトップを開け、口に含んだ。切歌はいい調子だといっているが、調の表情は暗い。起動自体は出来るかもしれないが、問題はその先だ。
「あとは、ダインスレイフの衝動に抗える強さがあれば……。ねえ切ちゃん」
「ん~……これデェス!」
何とも言えない動きをした後、切歌は指を四本、一気に自販機のスイッチに突き立てた。因みに大体この場合、基本的に一番左の物から反応するようになっている。故に一番左にあったコーヒーがガシャンと音を立てて落下した。
「あー!苦いコーヒーを選んじゃったデスよぉ……!」
珍妙な踊りを踊ている切歌を後ろから真顔で調が見つめた。そして一度彼女を無視し、胸元のペンダントを手繰り寄せて取り出した。
「誰かの足を引っ張らないようにするには、どうしたらいいんだろう……」
紐で吊り下げられている赤いペンダントが揺れる。
切歌は悲しげな顔をしながらコーヒーのプルトップを開け、
「きっと自分の選択を後悔しないよう、強い意志を持つことデスよ!」
そう言っているが、顔が引きつっている。どれだけコーヒーが嫌なのだろうか。調は黙って彼女の手からコーヒーを抜き取り、自分のリンゴジュースと入れ替えた。
調がにっこりと笑い、
「私、ブラックでも平気だもの」
「ご、ごっつあんデス……」
切歌が受け取ったジュースを飲もうとした瞬間、本部から通信が入った。特に本部に行く予定もないことから、緊急の物であるということを即座に理解する。そして、緊急であるということは、起こっているものの可能性は一つしかない。
『アルカ・ノイズの反応を検知した。場所は、地下六十八メートル、共同溝内であると思われる!』
「キョードーコー……?」
「何デスか?それは……」
聞きなれぬ単語を耳にし、二人は弦十郎に聞き返した。知らなくても仕方のないことだ。弦十郎は分かりやすく簡潔に、二人に伝える。
「電線をはじめとする、エネルギー経路を埋設した、地下溝だ!すぐ近くにエントランスが見えるだろう』
「お?」
「あれが……」
通信機から送られてくる指示通りに道を進んでいくと、小さな小屋のようなものが見えた。弦十郎の言う通り、それが共同溝のエントランスだった。
通信機から、弦十郎に加えてマリア、翼、クリスの声も聞こえてくる。
『本部は現場に向けて航行中』
『先んじて立花、轟を向かわせている』
『緊急事態だが、飛び込むのは馬鹿二人と合流してからだぞ!』
雷はたまたま近くの本屋にいたため、そこから本を置いて、駆け出している。因みに読んでいたのは『家族のよりを戻すための理想法』である。恐らく三分も待たずに到着するだろう。
響は洸とのことを引きずっており、小さな声で「平気へっちゃら」と繰り返しながら、涙も拭かずに現場に向かっていた。
彼女からすれば、親はいなくて、虐げられるのが当たり前の世界にいたので、響の悩みに親友として寄り添いたい面と、何故そんなことで悩むのかが全く理解できない面があるんですよね。
―本屋にて―
雷は本棚を渡り歩きながら、タイトルに『父親とは?』『家族と言うコミュニティ』と言った家族関連の本を手当たり次第に取っては読み、取っては読みを繰り返している。一冊読むごとに頭の中でクエスチョンが無数に浮かび上がってきた。いないことが当たり前のため、家族について悩むことがどう頑張っても理解できない。
そんな時、本部から通信がつながった。それを手に、本を丁寧にしまいながら店から飛び出す。場所を聞き、通信機をしまうと小さく呟いた。
「やっぱり……分からないなぁ……」