鎮守府におじいちゃんが着任しました   作:幻想の投影物

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ああ、最悪の日だった。
あの時のことは忘れねえさ。

俺達の提督が、仲間が……沈んだんだ。

―――とある軽巡洋艦の手記より


着任

 本日は晴天なり。

 そんな空にイラつきを抑える事が出来ようか? いや、出来る筈がない。

 

「伏見様、パプアニューギニアより入電。ラバウル基地が壊滅したようです」

「そうか」

 

 ガタガタと揺られる事数時間、呆れるほどの快晴を望んでいればそんな声が聞こえてくる。長い黒髪に理知的な眼鏡が似合う任務報告役の……名前は何と言っただろうか。いや、そもそもこの役に就いた者は名前を剥奪されるのだったな。

 

「伏見様、単冠湾(ひとかっぷわん)泊地より入電。停泊していた再編成中の南雲機動部隊が戦艦級フラグシップ個体の群れと遭遇、最終防衛ラインを引いて人員と最小限の艦娘のみが脱出に成功したようです」

「交戦中の艦娘はどうなった」

「最初期の不意打ちで加賀が轟沈。赤城、蒼龍が大破。飛龍は小破状態ですが、全艦死力を尽くして全艦載機を離陸させました。時間稼ぎが終わるころには全て沈むかと思われます。これによって、世界に残存する航空母艦娘は事実上20艦を下回りました」

「……まだ地域開拓へ手を伸ばせる艦娘運用基地はどれほど残っている?」

「本部に近い横須賀、タウイタウイ。そしてこれより伏見様が…いえ。伏見()()が向かっておられる“リンガ泊地”のみとなります」

 

 外の景色は変わり映えしない。さざ波を立てる海面は我ら人間の脅威しか棲まない死の水へと変貌を遂げている。「奴ら」が何故、川にまで登って来ないのか。陸に上がらず海域からの砲撃によってありとあらゆる生物を殺戮しようとするのか。学者に任せるべき話題ではあるが、是非とも聞いてみたいものだと思う。敵との対話など幻想に過ぎないが。

 運転手はずっと無言だ。私も、聞かれない限りは何も答えてはいない。まぁ、当然といえば当然なのだろう。私がこの泊地への移動に要した人数は100人以上。護衛の艦娘は6艦で両脇を固めた2隊編成。だと言うのに、生き残ったのは私とこの任務係、そして20人余りしか居なかったのだから。

 

「時に、彼らはどうなった」

「……現地住民への残存資源の譲渡によって寝食の場を確保した模様。本部から安全な航路が開けるまでその地で現地への協力者として過ごすようです」

「そうか」

 

 つまるところ、安全な航路など拓ける筈がなく定住の道を選ぶしかない。

 車の揺れが止まった。

 

「港に着きました。ご武運を、伏見提督」

「任務御苦労」

 

 車を降りて対面する。海軍式敬礼によってその場を後にし、任務係は古めかしい基地の扉に手を掛けた。年端も寄る体には音ですら敵になるらしく、聞こえてきた軋んだ木の音が頭の中を嫌に反響してくる。多少の頭痛を覚えたが表情に出す様な真似はしない。

 軍刀に手を掛け、腰から鞘ごと取って杖代わりに。コツコツとした音を響かせる。静まり返った廊下は忌まわしき敵「深海棲艦」でも潜んでいそうなほどに静寂の不気味さを漂わせていた。何かが居たとしても、それは敵ではなく「艦娘」達になるのだろうが。……いや、別の意味では私は彼女らの敵になると言う見方もあるだろう。

 

「では、私は此処で」

「うむ。これより本部との仲介役としての機能を果たしてくれたまえ」

「しかし、ここまで来て言うのも何ですが」

「よいのだ」

「……差し出がましい真似をしたようで」

 

 「任務係」も敬礼をし、一つの部屋の中へ消えていく。

 さあ、これからは私の仕事だ。デスクワークばかりで現場に出るのは久しいが、所詮は世界と共に寿命にて朽ち果てるのみの運命。何とかなるだろうと気楽な考えが浮かぶ。年老いた手に比例し、額にも同様の皺が寄って行く感覚があった。

 司令室に荷物を置き、艦娘たちが待機する宿舎の合流通りを抜ける。その奥にあった向かい合うように隣接した食堂と風呂場のうち、食堂の暖簾をくぐりぬけた。

 

 

 

≪提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります≫

 

 その放送に、基地が震撼した。

 

≪新提督を紹介するため、艦娘の皆さまは食堂へお集まり下さい≫

「……これって、後釜が来たってことかよ」

「いいんじゃないかしら~? どんな人か興味あるし」

「認めねえ…!」

 

 とある個室。二つの影が、揺れ動く。

 全体的な黒い印象に加え、紫色のアクセントが加わった配色の存在。気だるさを隠そうともせずに、その目に光を失ったまま二つの艦は動き始めた。

 

 

 

 ある種、壮観だな。他愛もない考えが浮かんでくる。

 食堂に集まった人型は大小含めて36名。20年ほど前の全盛期を誇っていた各基地と比べれば、総数は半分にも満たない少なさである。しかし、その時と何よりも違うのは目の前の者達に覇気がほとんど感じられないと言うことだ。

 艦娘。この世の人あらざる存在であり、突如として出現した人類の天敵深海棲艦と唯一交戦可能な海上運用兵器。陸上においても人間を遥かに超えるスペックを誇る彼女らは、開発当初目覚ましい活躍によって世界の覇権を人類に取り戻してくれるかに思われた。

 彼女らの特性もその期待を膨らませる要因と成っている。生まれた当初から深海棲艦に対抗しうる実力を持ちながら、戦いを経るごとに成長し、沈むことなく帰ってくる事で対策をも自発的に練る事が可能な自立成長人型兵器。スペックにおいてはカタログ通りの結果しか出さない深海棲艦を遥かに上回っている。時折現れるエリート級・フラグシップ級と呼称される特異個体が現れたとして、それをも凌駕可能な可能性を秘めた人類の希望。

 少し前まではそう、思われていた。

 

「…小娘どもが、どいつもこいつも死んだ目をしおって」

 

 確かに、一つ一つを見た場合は深海棲艦に勝るだろう。だが我らが天敵は、天敵と呼ぶに相応しい所業を以って我らに脅威を見せつけた。此方側は、いつ途切れるとも知れぬ資源を分配運用していた。だというのに深海棲艦共は無限に等しい物量、波状侵攻によって一個体の優劣という差を吹き飛ばした。通常6()編成に対し、あちらは30()以上での集中砲火。運良くその場での轟沈を免れる艦娘は居たが、それすらも帰還航行中に力尽きた。

 そうして絶望を再び人類に送りつけた深海棲艦は、たった数十年という時間で我々を絶滅の淵に追い込んでいる。進化するのが人間の特徴と提唱した者がいたが、結局艦娘の改良手段すら見つからず、逆に当時と比べてブラックボックスだらけとなった艦娘を扱うのが現状である以上人間は進化どころか退化している。僅か数十年で、最新鋭の兵器はオーパーツと化してしまった。

 人類は今、ひたすらに完全敗北の道を歩んでいる。

 

 この感情は目の前の艦娘どもにも言えることなのだろう。誰もかれもが意気消沈し、誰も此方に目を合わせようとはしていない。前提督がいたコイツらにとって、新しい提督など眼中にすらないと言う事か。艦娘は軍人ではなく、軍によって運用される兵器であるため上官への無礼というお題目で取り締まることはできない。だが、何をすべきなのか思い起こしてやらねばなるまい。それができなければ私が此処に来た「意味」が無い。

 

「注目! 私がこのリンガ泊地に新任した提督、伏見(ふしみ)丈夫(ますらお)である。このたびは前提督の二階級特進後、適任者がいないと言う事でこの辺境の前線に送られた。もはや世界はこの泊地を含め、対抗できうる基地は3箇所しか残されてはいない。我らの敵、深海棲艦を最期の時まで打倒するため、貴艦らの活躍を期待する!」

「…………」

 

 空気を震わせる様に、叱りつけるような声色で艦娘どもへ発破を掛けるが、その目は全て反抗的なものだった。ふん、どうせこのような枯れた老人一人の戯言、聞くに足らぬと言ったところだろう。

 ならば誰か一人が嫌でも耳を傾けるよう長々と演説でも披露するとしよう。

 

「なお、この基地の配給については私が就くと同時に一新する予定だ。もはや資源が限られてしまったこの世の中、貴艦ら艦娘を運用するのにも一日の消費量は限られるのが現状。故に、これより出撃に出る際の配給は―――」

 

 

 

「…ねえねえ」

「なに?」

 

 川内型3番館として頑張って来たけど、結局活躍の場もくれないまま死んだ前提督の次は、お固い軍人頭みたいな提督。長々と話し続けてるけど、だーれも聞いてなんかないのにねえ。そろそろ私か駆逐艦の子たちが動かないと、あの人殺されちゃうかも。前の提督が可愛がってた戦艦とか、正規空母の人たちがなーんか暗い空気出し始めちゃってるしさ。

 ここはあんまり実力も無い那珂ちゃんが頑張って、ヘイト稼いでおかないと本当に提督さんが殺されるかもしれないから。

 

「あの人、そろそろ黙らせないとヤバいかなって」

「そう? ……まぁ、確かに金剛あたりがヤバめな空気だけど、どうせ演説に夢中で艦娘たち(こっち)なんて見て無いと思うよ。多分あの人も軽巡洋艦(私たち)を使うのは何処にあるかも分からない資源探しに行かせるだけじゃないの? それだったら、別に助ける必要もないと思うなぁ」

「うーん、でもまぁ。ちゃんと私たちを取り扱う(プロデュースする)ぐらいの器量は欲しい所だよねぇ。軽巡洋艦を卸せなくちゃ、金剛さんたちは無理だと思うし」

「…那珂? あんた何するつもりよ」

「保険かけとくの」

「解体は無いと思うけど、あんたも好んで憎まれ役引き受けるなんて凄いわ」

 

 川内が言っている間に、チョチョイと資材を拝借したうちの天然ゴムを加工。これで那珂ちゃん特性ゴムボールの出来上がり! あ、アイドル路線の私はいやらしい意味なんか持ち合せて無いからねー。

 

「ちょ、馬鹿。流石にそれはやめときなさい。せめて駆逐艦以下に抑えないと」

「それっ!」

「あっちゃー……」

 

 同型の姉妹艦「川内」が止めるも、髪型のお団子が特徴的な「那珂」という艦娘が放ったゴム弾は伏見提督へと向かう。当然、人間を遥かに超える彼女が指ではじいただけでもゴム弾は恐ろしい速度を持っており、故にその結果が訪れるのも当然であった。

 演説中の伏見提督の左腕に直撃し、彼の腕からは骨の異常をきたす音が響き渡る。

 

「あ、やりすぎちゃ――」

「―――だが、我々は決して抗う事を止めてはならぬ」

「へ?」

 

 新しい提督さんは何事も無かったかのように演説を続けている。

 これじゃあ、せっかく注意をひいたのにますます他の子たちから恨みを買っちゃうだけなんじゃないの? もう寿命()も長くないかもしれないのに、どうしてそんなに死に急いで、

 

「忘れるな、諸君らは人間の手によってかつての大戦時代より蘇った兵器だ。兵器としての存在理由を決して忘れるな! 戦う者となる以上、諸君らを製造した者達の想いがその体全てに込められている事を理解できないのならば戦場に出ることすら許さんっ!! いまや国の定義が崩壊した世界、戦う事の出来る君たちが弱者にとって縋る存在である事を覚えておけ! ……私からは以上である」

 

 那珂は信じられなかった。あんな老人が、しかも恐らくは腕の骨は折れるどころか砕けているのだろうに。それでも苦悶の表情も声すら上げずに己の演説を最後まで続けている。あれほどの年を軍人として生きているなら、この空気に漂っていた敵意の意味も感じ取れているはずなのに。

 呆然としている那珂を含め、一部始終を見ていた艦娘の何人かが呆気にとられたようにしていたが、提督の「以上」という言葉に反応して解散しようとする。

 その時であった。

 

「待て。貴様らにはまだ通達すべき事項が残っている」

 

 一喝の声。深海棲艦と戦っている彼女達にとっては脅威にすら思えない、ただの音の大きな振動。その筈であるのに、ぴたりと36艦の解散の流れは止められる。

 

「知っての通り、先ほど指揮をとらんとする私に狼藉を働いた者がいる。更に、その者は私が演説中であるにも関わらず、同型艦との私語に興じていた。……言うまでもないな? 川内型3番艦、那珂。君のことだ」

「……はい」

「誰もかれもが私のことを認識すらしようとしない中、貴艦の行動は私の目によく映っていたぞ。何か弁明はあるかね?」

「ありません」

 

 今はそう答えるしか無かった。

 結局は無意味だったのかな、と那珂は内心落ち込んでいた。前提督との関わりは他の艦娘と違って薄いものだったが、それでも仲間内から批判されようとも遠征で何処にあるかも分からない資材を探すのはもう嫌だった。仲間が人間を殺す様を見るのも嫌だった。

 それでも、行動が行動だ。あれが伏見の命を結果的に救う行動となっとしても、やってしまったからには相応の判断を待たなければならない。これが平均的な重巡洋艦以上の実力の持ち主や飛び抜けた性格の艦娘であれば反論もしただろうが、彼女は大人しく伏見の言葉を待っていた。

 

「よかろう。では、那珂を第一艦隊の旗艦に任命する。第一艦隊の正式な編成は後日張り出しておくため、明日の昼までに掲示板を確認しておくがいい」

「え?」

「嘘でしょ…!?」

「提督! それなら前提督の指揮の下、第一艦隊にいた私の方が!!」

「これは決定事項だ。諸君らは確かに兵器として命令を待つことのできる優秀さがある。しかし、艦娘はいつ襲って来るやもしれん敵の喉を一匹でも多く食い破る事を目的とされている! よって、最も自発性のあった軽巡洋艦・那珂を第一艦隊の旗艦へ任命した。なにもおかしくはあるまい」

「しかし!」

「くどいぞ、いくら戦艦と言えども反論しか出来ぬようであるならば運用は当分先だ。さて、今度こそ解散だ。なお、那珂は明日より秘書官としての仕事を兼ねることとなる。その説明に移るため、一三○○に司令室へ来るように」

 

 無事な右手で軍刀を杖代わりにし、伏見はその場を去っていった。

 何人かが恨めしげな視線を那珂に浴びせかけながら、次々と食堂を後にしていく。最後にこちらをちらりと見ていた雪風を最後に、食堂には那珂と姉妹艦である川内だけが残された。

 

「……夢じゃ、無いよね?」

「みたいだね。あーあ、羨ましい。私も一発ビシッとやっとけばよかったかも? それじゃあ可愛い妹に一つお願い、新しい提督さんに私のこと推薦しておいてもらえるかなー」

「ええー? 一緒に話してたんだから無理かもしれないけどいいの?」

「いいの! 駄目だったら直談判するからさ!」

「はーい。それじゃあまた夜に会おうね」

「どうせ夜なら夜戦が良いのにね!」

 

 ばいばーい、と手を振って川内も自室に戻って行った。

 まだどこか信じられない、と言った風の那珂はふと時計を見る。時間は12時56分。意外と提督は時間を無駄にしないお方のようだった。

 

「もしかして、ヤバい…? 急がなきゃ!!」

 

 あたふたと人並みの速度で廊下を駆ける彼女を、まだ部屋に辿り着いていない戦艦・空母の艦娘たちの一部が睨みつけてくる。そのプレッシャーに一瞬肝を握りつぶされたかのような錯覚に陥ったが、彼女は生唾を飲み込んで何とか空気を誤魔化し、その場を逃げるように走りぬけた。

 何故か長く感じたあの視線の一帯をくぐりぬけ、司令室に辿り着いた頃には、那珂の動力炉は不規則で危なげなシグナルを発しかけている。部屋に入る前に時間を確認、自分のみなりを手で少し整え直した那珂は扉に手を掛け、入室する。

 

「一三○○。軽巡洋艦那珂到着しました!」

「うむ」

 

 敬礼と共に彼女は伏見の姿を発見する。彼は今、上着を脱いで腕の肌を晒しているようだった。那珂が弾いたゴム弾の当たった箇所は息を飲むほどに醜く腫れあがり、皮膚を突き破った骨の欠片が顔を覗かせている。

 那珂は顔が青ざめた。まだ30程の年齢ならともかく、目の前の新提督はどうみても60代以上である。そんな老人がロクな病院にも行けないこの辺境で大けがを負って、折れた腕を元通りに動かせるかと聞けば答えはNOとなるに決まっている。着任当日に、自分は彼を傷つけているのだと当たり前の様な実感がわいてきていた。

 

「あの、提督さん……」

「自分がしでかした事には、責任を持てるかね」

「え? あ、そのお……はい」

「では、せめて応急処置位はしてくれたまえ」

「は、はい!」

 

 こんなの那珂ちゃんのキャラじゃないよ~。などと内心嘆くも、那珂は自分の中にインプットされている骨折した者への処置方法に従って伏見の腕を治療して行った。しかし、明らかに痛みが生じているであろう行為の途中であっても、目の前の老人は眉ひとつ動かさない。

 どこか人間離れした不気味さを感じると同時、前の提督と同じくこの伏見という老人は同じ人間であると何故か自信を以って答えられる。既に彼自身で用意してあった添え木などを巻き、包帯でつり下げる様な一般的な骨折のイメージに近い形と成って応急措置は終了した。

 

「艦娘は必要な情報と判断された知識を製造当初にインプットされている。この機能の支障はないようだな。……ふむ、私の腕はこれでいい。君にはこれより、秘書艦としての仕事をするにあたって必要な事を説明する。それと、指揮の際は如何なる艦種の艦娘であろうと君に従わせるが故、出撃の際は遺憾なく指揮能力を発揮してくれたまえ」

「え、えっと」

「貴艦の私語で十分だ、とも言わんが。片肘を張らなくとも良い。君も兵器であるからには常に冷静な判断が可能な状態に保っておくべきだ。いいな、君もまた兵器であることを忘れるな」

 

 うむ、少々固すぎたのかもしれん。那珂もこれでは秘書艦としてやっていくには連携に支障をきたす可能性があるな。兵器であれど、感情がある以上は己で統制可能なよう情緒を軍人と同じく鍛える必要がある。結局、人間同士の争いが船同士の戦いになっても軍人のやる事は変わらないらしい。

 それだけに、前提督は艦娘たちをこの様に野放しに育てるとは何を考えていたのか、まったくもって理解しがたい。家族ごっこでもしているつもりだったのだろうか。彼女らは兵器としての本質を決して取り除く事はできないと言うのに。

 

「まずは改めて自己紹介させて貰おう。私は伏見丈夫だ」

「ええっと、軽巡洋艦・那珂ちゃ……那珂、です」

「なんとも不器用な物だな。了解した、君は素のままに喋って構わない」

「え、いいの?」

 

 掌を返すのが早い奴だ。艦娘というのは、もしや全員こうであるのだろうか。

 だが艦娘の提督と言う立場に立った事が初めてである以上、仕方が無いとも言えるかも知れんが、ずっとこの調子だと信用を作るまでは人間は一人残らず殺されている可能性が高いな。まるで甘やかしたかのようなこの基地の艦娘には、飴と鞭の使い訳から始めた方がいい様だ。

 

「ぷっはー! よかった、このまま息苦しくて死んじゃうかと思ったぁ」

「……もっと現場の視察を重ねておけばよかったか」

 

 書面上では理解しきれない「個性」は随分と厄介な存在だったようだ。

 

「え、なにか言った?」

「いいや。だが私語を許したからと言って、仕事を放棄できるわけではない。まずはそこの棚に積まれた書類整理から始める。こちらから本部へ送る書類は既に机に並べてあるので、君にはしばらくは前任提督の資料と、ここに所属している艦娘の資料を集めてもらいたい。その度質問をするため、手伝ってもらうが構わないかね? この左腕の件も含め、情けないことに私は君の手を借りる他に手段が無いのだよ」

「はーい! それなら那珂ちゃんにまっかせて! 艦隊のアイドルを一人占めなんて提督さんもファンの皆から嫉妬されちゃうかもよ~?」

「では、早速前任者の出撃記録から探してきてくれたまえ」

「那珂ちゃん無視された!?」

 

 やはり想像以上に、艦娘というのは騒がしい。女三人寄れば姦しいといえ、一人でこれでは老体ではついていけないかもしれないな。だが、諦めるわけにはいかんのだ。そのためには君たちが沈もうとも、私は艦娘を運用し続けなければならない。

 それこそ私が海軍本部で見つけた罪。その贖罪のため。この命を最後まで浪費しようと、必ず為さねばならない覚悟を以ってこの戦場に赴いた。表向きは「廃棄」されたこの基地にて、君達と言う存在は既に各方面から認知の外であると言えばどうなるのだろうな。更には任務係にも、ここまで私を連れて来てくれた殉職者達にも無益な運命を共有させてしまったことは確かだ。だが私は、だからこそこの基地から決して身を引こうとは思わん。

 リンガ泊地。見捨てられた土地であるからこそ、私の宿願を果たすことができる。本部での私の後任は上手くやってくれているだろうか? 不安ばかりが募り、そして老いた身にはたったアレだけのやり取りで激しく体力を削り取られてしまっている。上手くいくかもわからん賭けでしかないが、この身を賭してやるしかない。

 

「だからこそ……命尽きようとも」

「新しい提督さーん、前の人の出撃記録あったけどどうするのー?」

「…机の左端に置いておけ。必要な際は君に運んでもらうが、転ぶ・忘れるといった下手なミスは許さんぞ」

「き、厳しいお言葉……でも那珂ちゃんはセンター貰ったんだから頑張るの!」

「艦娘の資料は机の右側に分けておけ。私が書きあげた報告書には手をつけなくていい」

「はーい!!」

「一六○○に一時休憩。ただし、貴艦は部屋で待機だ」

「はーい!!!」

「……その資料は右だ」

「ふ、ふえええええ!!」

 

 凄味の籠った鋭い眼光で睨みつけられ、那珂は涙目になりつつも資料運びに勤しんだ。前提督が居なくなってから静寂を住まわせていた司令室には、再び以前の様な活気があふれ始めているようにも思えたが、その活気は以前の様な温かみは無い。どこか無機質な空気を感じさせる、偽物の薄っぺらい怒号と薄っぺらい悲鳴ばかりであった。

 人知れず、しかし当然のごとく。以前の提督を慕っていた艦娘は人間を遥かに凌駕した聴覚を用いて部屋の壁越しに騒がしい司令室の惨状を耳に入れる。そうして彼女達の目に浮かんだ感情は様々ではあるものの、誰一人として温かみのある色を宿したものはいない。冷たい、水の底のような刺々しい殺気をにじませる者すらいた。

 ある艦娘は認められなかった、前提督が仲間と共に沈んだことが。ある艦娘は認められなかった、あのような血も涙もない老人が自分たちを兵器と決めつけている事が。ある艦娘は認められなかった、以前は役に立たなかった軽巡洋艦如きを伏見の愚かさに。

 伏見はその負に満ちた感情全てを予見していた。同時に、演説時に艦娘たちの浮かべた視線を思い出していた。自分を通して別の人間を見る艦娘、自分自身を見つめながら居ない者として扱った艦娘。誰もがこの地に来た自分を歓迎していないのだと。

 

「だからこそ、都合がいいのだよ……」

「何か言ったのー!?」

「いいや」

 

 兵器である艦娘の耳は200メートル以上離れた人間の呟きを壁越しでも見逃さない性能だ。聞こえているだろうに、と再び呟いた伏見は薄く笑って偽の報告書を書きあげて行く。故に、彼は偽物の明るさを見せつけてくれている那珂に対してこれでいいのだと思い続ける。

 このままであれば、自分が失われても誰も悲しむ者はいないのだから、と。

 

 罪に捕らわれた老人はどこまでも深く、深淵の謎を追い詰めてしまった。自分達の敵の真実を知り、故にこそ先人たちが成し遂げた悲願を達成しようと10年の月日を費やした。古希もとうに過ぎ、ようやく目標へのとっかかりを得た。伏見にとって、リンガ泊地はいまこの時より巨大な墓場となる。彼の死への夢は確かに、確実な第一歩を踏み出していたと言えるであろう。

 その墓場の先に彼の望むものが手に入るかどうか、そればかりは決して分からない。彼が紡ぐのは己の寿命を賭した敗北の物語。この始まりにおいて彼らの味方と成り得る筈の艦娘たちは皆、決して伏見丈夫という男を認めてはいなかった。

 

 




後書きではゲームで言うところの縛り内容を番号振って一話ごとに記して行きます。

 難易度:高
・建造及び生産は十数年前に知識ごと失われており、艦娘が新造されることは無い。


1/16加筆
 那珂が提督を骨折させた行動に動機の描写が無かったため一部修正加筆。
 それでも足りないようならさらに修正もあり。
 描写能力が無くて申し訳ありません。

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