鎮守府におじいちゃんが着任しました   作:幻想の投影物

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不変であることは確かだった。
だが私は注目すべきところを間違えていたのだ。
願わくば、我が道の後を草花が覆い隠してくれることを望む。


―――お団子ヘアの軽巡洋艦が発見した机の手帳より。


転換

 姫の確認から、4日という時間が経過した。

 そして、未だ新提督:伏見丈夫(ふしみますらお)のことを怪しい企みを持つくたばる寸前の狸だと考えている艦娘は、金剛たちを筆頭とした含めたリンガ泊地の36隻全艦。一定の理解を示したような者もいるかもしれないが、だからといって心の底まで全てを預けているわけではない。それは親しい態度を見せているようにも見える那珂ですらも例外ではない。

 だが、彼女たちは同時に意識を持った兵器でもある。このような不和が作戦行動や戦闘行動の中でどのような結果を生むかは知っている。だからこそ、そのような上官への不当な感情を抑えつけ、表面上は取り繕うに越したことはないとして、伏見の指揮下に拠る戦闘指示にしたがっているのは兵器としての存在理由からか。

 人のように似せた部分は一定以上の拒否を持ち、道具としては受け入れる面を併せ持つ。それはまさに場の空気に合わせる事ができる人間のようであるが、そうしたあまりにも極化した行動は人間の理解を超えていると言える。

 

 ため息がひとつ。

 

 人間として異常と見える行動も、艦娘としては正しいのだろうか? 予め型に嵌められた性格や意志をコントロールしようなどと試みる我が身にとっては、正しさなど要らんだろうが。罪の意識を感じているつもりだろうか、余計なことばかりが頭をよぎる。

 純白の軍服に見を包んでしまえば、この身は鎮守府の提督だ。艦娘を指揮し、ここ数十年終わりすら見えなかった深海棲艦たちへ猛烈なアプローチを掛ける役職。時に司令部ごと爆撃され、時に艦娘とともに出撃し、時に勝利をもぎ取り酔いしれる。

 艦娘という仕組み全てが解明されていない不可思議な兵器を運用するため、軍部、時には一般人の中から「艦娘を扱える」と判断された人物が抜擢・推薦されて提督という名を冠する。そして各方面へと飛ばされた彼らは独自のコミュニティを形成し、だがその大本のどこかは本部へと繋がって、伝わったその情報は上部から多くを濾過(いんぺい)され下のものへと伝えられていく。だがそれも昔のこと。今となっては多少の融通は人間である以上効くらしいという論の元、一隻・また一隻と使い潰されていった。

 ふと、見ていた夢は覚めた―――

 

「おはようございます、伏見提督」

「おはよう、任務係」

 

 目覚めとしては最悪の部類に入るか。椅子に座ったまま寝てしまったようだ。関節が凝り固まって仕方がない。眠気を叩き落として朝方のルーチンワークに入り、軍服へ袖を通す。立てかけていた軍刀(つえ)を手にとれば、ようやく執務室へと行くための準備が整った。力を入れる度に悲鳴を上げる体を無視しながら、横目で任務係へ視線を移す。

 ようやく、と言ったところか。こやつが自室に来るとなれば何かしら事態が動いたことを知らせているようなものだ。

 

深海棲艦(やつら)はどうなった。まだ三週間ほどの時間があるのではなかったのかね」

「どうやら“姫”のいる海域とは別のはぐれ艦隊のようですね。南のバンカ島から進軍している模様です。相手がどのような考えかはわかりませんが、反対側からの軍勢は今のところ姿を見せておりません」

「ふむ」

 

 我々の交戦模様を奴らが見ていたとするならば、発想としては北がダメなら南から、と言ったところだろうか。いや、単に奴らが南から人間の気配を感じたとも考えられる。

 艦娘と同じく、悪しき思考のままに触れることが出来ない深海棲艦の思考回路等は未だに解析されていない。鹵獲しようにも死体であるにもかかわらず、生者が近くに寄れば爆発または侵食するため近づくことも出来ないというのが正しいか。理解する前にあちらが理解させないという徹底された使い捨て。如何に不気味な存在が敵であるかを思い知らされるものだ。

 

「して、敵の編成は?」

「確認できたのは、22隻です。戦艦級は5隻を確認、空母らしき敵は見当たりません。残る17隻は全て軽巡洋艦以下とのこと。なお、現状確認できていませんが、潜水艦がいることも予想されます。提督、どうなさいますか?」

 

 平均的な敵の量。いや、かつての本土への強襲と比べてみればまだまだ少ないほうだろう。50隻を越える敵艦が訪れていないのならば、まだまだ奴らもまとまって潰すに値しないと考えているのか。

 なんにせよ、目の前の敵より今後の計画だ。問題はどうやって()()()奴らの本拠地へ赴くかということだが。あいにく私は長期に亘る決戦は得意ではない。奇襲・奇策による短期決戦、早期決着が私の領分である。今は奴らの進行を歯牙にも掛けぬ防衛が可能だが、所持弾薬を使い切る戦い方はその場においては強くとも継続できるわけではない。

 艦娘における「資材」が有限である以上、戦い方を改めなければならぬであろう。いくら現状の「資材」が豊富といえど、尽きる時は尽きるもの。一ヶ月後までに少しでも全力を出しきるための手持ちを蓄えなければならん。

 

 故に、仕方あるまい。今回ばかりは大型艦の運用は見送ろう。もっとも、ここまで生き残ってきた艦娘ならば早々不意を打たれない限り、指揮下にあるうちは損傷するとも限らんが。

 

「今回運用するのは重巡洋艦、潜水艦、軽巡洋艦、駆逐艦。そして泊地周辺に観測機等を警戒した対空砲を設置し、余った妖精の人員をそちらに送ってもらいたい。だが、奴らの本拠地への進攻準備、そして警戒は怠るな」

「了解しました。それでは入渠用ドックの一部を開放し、対空網の設置を行います。以降の変更がありましたら直接こちらにご連絡ください」

「うむ、微調整についてはそちらに任せる」

 

 こちらから出向いての侵攻、という手も考えたが、空母も居ない上に戦艦がたったの五隻ならば、敵からの想定外の動きがないと言い切れない中で手元の流動性を無くす必要もない。「資材」もまた然り。ここまで生き残ってきた重巡洋艦連中ならば容易く落とせるだろう。たとえ敵艦全てに黄金のオーラがまとわれていたとしてもだ。

 今回は万全を期した決戦であり、あの日のように最後まで追い詰められているというわけでもない。気がかりとしては先日、精神状態を揺さぶってしまった駆逐艦・電と、未だ突っ走る傾向のある吹雪のこと。もしくは航空勢力が敵に無いため一方的な蹂躙が可能だと空母の連中も文句の一つが飛び出そうだ。

 

 任務係がメモの書かれたボードを抱き込み、部屋から退出する姿を見送る。さほど音を立てずに閉じられた扉は性格を映し出しているようにも思えた。

 

「……バレておるのならばさほど秘匿せずとも良い、か」

 

 私の計画の前段階として存在する、艦娘の「心」のコントロール。もっとも、先日は電の心をかき乱すのみに会話を打ち切ってしまったのは私の捨てきれない情故か。目的のためには現存する艦娘を一隻でも多く後世へと残したままに、私の命を散らして達成する必要があるのだが、こうも中途半端が過ぎる関係ではな。

 とはいえ、艦娘間における意見や私情の衝突が無く、この古狸を探る一心で一致団結しているというのは明らかな強みだ。アクが出るほどに元々の性格が強く、違いすぎるゆえ、いかに命令に絶対な兵器と言えど手綱を握れなかったという提督も過去にはいたはずだ。それに比べれば私の指揮下はなんと平穏なことだろうか。

 

 戦いが激化し、敵が掃討戦に入ったような段階でようやく得られるのが真の平和。結びつかざるをえない脅威が存在しなかった、はるか昔は、あの大戦よりも前の時代に生きた者達はどのような生活を営んでいたのか。己の生み出した怨嗟に食われつつある現代に生きる身としては、そのような平和を後世へと繋ぎたいものだ。

 

 ―――死に急ぎめ、どうせ自ら飛びにいくのなら、その席を代わってもらいたいものですな。

「…死に急ぎか。逆だな、中将殿。私は十分に生きてしまったのだよ」

 

 本土に置いてきた、あの中将は今どうしているだろうか。性格は擦れ切った軍部の中でも、嫌味が目立つ程度。そして与えられた役職に応じて自ら仕事をこなす様は舌を巻くほどだった。人間として欠陥と呼ばれる側面を隠していないアレならば、おそらくは。

 未来に思いを馳せながらも、自らはその未来を見ることが叶わない。あと20年早ければ、私はこの自ら定めた使命に抗っていたのやもしれん。だが……いや。

 

「……いかんな」

 

 どうにも思考が飛びやすい。あちら、こちらと考えなければならないことに余分な過去を懐かしむ気持ちが混じってくる。本来あるべき姿ではなく、このような呆け事にばかりかまけそうになるから、上層部は腐っている・機能していないなどと言った世迷い言が民衆から絶えんのだ。

 上層部は腐っていたのではなく、万策尽きていたのだなどと、口が裂けても言うわけにはいかぬだろう。ようやく見つけた最後の一手は、この私自らが乗り込むなどといった愚策。これすらも真実の本の一端に過ぎず、また一端ということは真実足り得ない虚言である可能性も高い。だが、それでも私は此処に来た。此処に来て、成すべきことがある。

 

 不意に、こんこんこんこん、とノックが等間隔で四回鳴らされた。

 今更このように礼儀正しく、この執務室に入ってくる艦娘など一隻として居らぬ。当然、こんな分かりやすい真似をするのは私の指示通りに動いてくれたあやつのみだ。すぐさま妖精に防音の指示を出せば、手元のメモに準備完了との走り書きが浮き上がった。

 

「入るで、今回も成果ゼロや」

「分かってはいたが、思い通りとはいかんな……」

「当たり前や。そんなんどこだって一緒やろ」

 

 ふてくされるようにする軽空母・龍驤のやるせない表情を見ながらも、今回の調査も無駄であることには落胆を抱かずに入られない。敵に機密を漏らさない配慮はわかる。だが、なぜ前提督は掴んだはずの情報を本部に送らなかったのか、実に理解に苦しむ。

 ほい、と龍驤から手渡された報告書を受け取る。ほんの二枚に収められた情報の断片は、なんの異常も描かれてはいなかった。命ずるこの私ですら知りえぬ物を探させているのだ。仕方がない、と言えばそうなのだろう。

 

「にしても、爺ちゃんもけったいな奴っちゃなあ。北上はんにバレてるとわかれば、すぐに極秘もクソも無くして捜索命令を出すんや。元々隠す意味も薄いんやったら、コソコソ動かんでも良かったんちゃう?」

「……前提督の遺産、ともなれば“提督”という存在に執着を持つ貴艦ら艦娘が、嫌う私の手に渡らないようにと下手な行動に出る危惧もあった。だが、思った以上に反発も見受けられぬではないか。ならば、今の時点で隠す意味は無いと判断したにすぎん」

「あぁ~……まぁ前の提督はんの掴んだものなら、見たい・見たい思うんは分からんでもないなぁ」

 

 軽空母龍驤は、そう言いながら報告書を机に置いて差し出してきた。口頭で成果なしと言われようと、読まないわけにもいかん。調査した一帯の事細かな情報へ一度目を向けるが、やはり私が当たりをつけているような事態は特に書かれていなかった。

 

「任務ご苦労、軽空母・龍驤。今は休むがよい」

「はいはーい。まぁ、みんなもいくらか諦めとるんやろな。ウチは早々に切った分あんま響いてないけど、電ちゃんや金剛はん。ありゃ相当残るわ」

「で、あろうな」

「ほんならまた後で」

 

 退室した龍驤を見送り、髭を蓄えながら報告書を今一度読みなおす。

 全くもって異常なし。この執務室に隠されていた幾つかの紙片を組み合わせてそれらしい場所を割り出しては見たものの、龍驤の散策も成果はなし。ダミーだったと考えるのが妥当なのだろうか。

 だが、あのような前時代の提督がそんな小難しい事を考えるだろうか? なるほど、確かに現代では通用しない「道徳的」な提督であったのだろう。感情を第一に考え、艦娘を人のように扱い、メンタルを大事にする。ああ、傍から見ればなんと美しい感性の持ち主であろうか。

 ……それが一般人上がりだとしても、成果を出していても、確かに軍という団体に所属していたのならどれほど無駄な行為かであるかは明白だ。大勢を見ず、一時の欠片ばかりを拾い集める者。そんな者が深い考えなど出来るはずがない。

 

「……? まさか」

 

 ともなれば、私のように頭の硬い者が思い当たらない……いや、簡単すぎてその発想に至らないような真似を平気でやってのけるのだとしたら。

 そこまで考え、私はこれまでの龍驤の報告書をまとめた引き出しを開き、机の上に一斉に広げた。カサリと僅かな風を立てて机の上に散らばった一枚一枚には、確かに共通点になると思わしき「船の残骸」が記されている。

 今時、船や鋼鉄の残骸など珍しくもない。どこかで破壊されたタンカーや、深海棲艦発生当時の客船など、海に出ていた凡そ全ての船舶は乗務員・乗客ごと粉々に破壊され、回収しようにも時間も手間もコストに釣り合わないそれが至る所に散らばっている。浅瀬には流れついて地面に突き刺さり、赤茶色の姿となった鋼鉄の欠片が天を向いていることもある。

 

「これは、そうか……任務係。応答せよ」

 

 すぐさまマイクのスイッチを入れる。少しのノイズが走った後に、通信はすぐさま任務係につながった。

 

≪……こちら任務係。どうしました、伏見提督≫

「今そちらに向かう。その間にこのリンガ泊地周辺海域の海図を作成してもらいたい。範囲と尺度は――――」

 

 やるべきことは見つかった。あとは、つなぎあわせたあと残るピースをどのようなペースで集めるか。1ヶ月後の第二波侵攻などという、くだらない雑事はもはやどうでもいい。私が指揮しなくとも、奴らリンガの艦娘が討ち滅ぼしてしまうのは明白だ。その被害の差は、最終決戦で戦艦一隻が中破するかしないかの差だろう。

 鞘と鍔を硬く縛られた軍刀を杖代わりに立ち上がる。気持ち早めの足取りで、任務係の待つ場所へ向かった。

 

 

 

「……何か掴んだみたいだね~、あの人」

 

 伏見の居る執務室から数十メートルは離れた艦娘各々の部屋が立ち並ぶ棟がある。そこには当然、交流用の憩いの場とでも言うべきスペースも存在していた。

 そんな遠く離れている場所から執務室の扉が開き、伏見が杖音を響かせ歩く音を拾うことができるのが艦娘だ。人間よりも遥かに優れた強靭な、破損しようとも轟沈判定という一定以上のダメージを受けないかぎり死なない体。それに加えて生物の域を簡単に凌駕する驚異的な器官・機能を持ち、未知のバイオテクノロジーで外皮を形成し、人間には稀な美貌ばかりを獲得した人の形をした艦船の兵器。人と同じ素材が使われていながら、生命の息吹より生まれいづる事のない機械の体――艦娘。

 特に、軽巡洋艦と括られる者達4人。天龍型軽巡洋艦の二隻、そして球磨と阿武隈。接点も歴史にもほぼ関係のない彼女らは、しかしこの鎮守府においては破壊されなかった艦娘という共通点を持つ。この場にて机を囲んでいる理由としては、それで十分だろう。

 便宜上、彼女らと形容しよう。彼女らが一つの机を間に挟むその理由は、なんてことはない。彼の動向を監視…いや、盗み聞きしていただけである。

 

「ようやくか。まったく遅えぜ、あのクソジジイ」

 

 先の発言への返答。龍田と言われる艦娘に返したのは、姉妹艦である天龍。肩肘をついて頬を潰し、眼帯の方向へと首を傾ける。いかにも不機嫌です、と言わんばかりの表情を崩さずに毒を吐くのは、その言葉そのままの感情が故に。

 姉妹艦故にその根底となる思考プログラムは同じ。いち早く天龍の心情を察した龍田は、しかし天龍とはかけ離れた態度でクスリと笑ってみせた。

 

「あらぁ~? でも提督のことを知りたがってたのは天龍ちゃんじゃない。前の彼がまた居た頃はそれなりにご執心だったのは、忘れてないわよ~」

「ばっ、おま! ……仕方ねえだろ。そういう反応を返しちまうようなルーチンなんだから」

 

 艦娘の事を制御しやすい、と伏見が言う理由の一つだ。艦娘は人間からの、特に提督として認識したものの言葉に好意的なものを、もしくは否定的な言葉を「予め定められた範囲」で返す。もちろん、その際に当人はこれが決定されたルーチンに従った行動であると自覚していながら、その「感情」に逆らえることは非常に少ない。所詮はプログラムが創りだした思考機能だということだ。

 

「クマー、でも球磨たちのことはあざといだとかで否定されて大変だったクマ!」

「いまいちわからない性格してましたよねあの提督! 私の前髪何度も触ってくるしもう大変ったら!」

 

 天龍の態度に苦笑し、のほほんとした言葉を放ったのは球磨型軽巡洋艦の一番艦・球磨。当時のことを思い出したのか、何度も悪戯混じりに前髪を触られていた事に不満を露わにしているのが長良型軽巡洋艦の六番艦・阿武隈だ。

 軍部とは思えぬずさんな体制。それにより選抜された前提督については、ほんとにただの一般人らしさが強かったなあ、と溜息を吐く阿武隈に、だよなぁと戦いをあまりさせてもらえなかった天龍が同意を示す。当時が如何程に混乱であったのかを、これだけの会話で彼女らは表せていた。

 今ほど艦娘の思考の根底も判明していなかった頃の話である。あれから一世紀も経っていないにも関わらず、人類は確実に進歩した解析を艦娘に行えるようになった。

 

「あの頃は提督と艦娘の親密度が高ければ高いほど、力の限界を突破する可能性があるなんて言われてたっけ」

「そんなこともあったわね~。一度の戦闘で最適化されたあとも、人間との絆の強さで更なる上を目指せるとか~。最終的な名称がケッコンカッコカリだっけ~?」

「そうそう、でも結局は……」

 

 ゴソゴソと懐を探った阿武隈が取り出したのは、服の内側に縫い付けられた金属製のリング。そう、先ほど言ったケッコンカッコカリの度重なるシステムアップデートを施された最終形態だ。リングの形は変わっていないが、その内なる形は全く異なっている。

 

「こうして持ってるか、体の内側に入渠のついでに組み込むか。それで済んじゃったんだから、便利なものですよね」

「艦娘と結婚だなんて、夢物語を語った提督も結局は生き物。皆いなくなっちまうんだ。それでも単一で機能してるコイツだけが残ってる。結局絆なんてもんは火薬の足しにもならないってことだな」

 

 そのセリフを言い放つ天龍もまた、側頭部に浮いている電探型艤装の内側に組み込まれたリングを弄る。しかしそれも数秒のこと。すぐさま飽きたように、艤装を定位置に戻して椅子にもたれかかった。顔ばかりは、艤装に隠されていたが。

 

「話がそれちゃってるクマ。今は前提督の遺産についてだクマ」

「そ、そうだよね! ……人間みたいなことしちゃったなぁ、昔語りなんて」

「どっちつかずならどっちの行動とってもいいんじゃねーのか? 難しく考えたって砲雷撃戦の邪魔にしかならねえよ」

 

 腰に挿した艤装に触り、天龍はふと伏見から教わった剣の講座を思い出す。気に食わない顔を思い浮かべた事を振り払うように柄を握り、気を紛らわせるのは果たしていいことなのか。解明されておらずとも、人の手による被造物である彼女らはどこか不完全。だからこそ、その話題を置き去りにすることしかできなかった。

 

「それより、問題はジジイが掴みそうな情報のことだ。結局わけも分かんねぇまま、最終決戦だとかほざいて死んでいった前の提督が残したもの。俺達にすら教えなかった何かの情報だが……どうやって聞き出す?」

「そうね~、一番いい方法はさっさと伏見のおじーちゃんに正面から聞いて教えてもらうことだけど~」

「あの秘密おジジが簡単に教えるとは思えないクマ」

「ですよね」

 

 球磨を肯定する阿武隈に、一同がはぁと溜息をシンクロさせる。

 

「いっそ私が脅しちゃおっか?」

「……提督さんは、艦娘の攻撃程度じゃ怯みもしないと思う。少なくともあたしはそう思うけど」

 

 龍田の発言に反論したのは阿武隈。

 その時全員が思ったのは、初めて伏見がこちらに来て演説をした時のことだ。那珂の気の迷いから生まれた投石攻撃。あれを受けてなお痛みも感じないかのように続けていた。脂汗の一つも見せはしない。彼女らが今まで出会ってきた人間の常識が通じない相手だというのは分かりきったことなのだから。

 それは電が思考異常から脱し、ある程度雷と話せるようになったあの時の行動でも説明はつく。撃て、と己に向けて言い放つような度胸。そして想像の外にあるような結末。いくら艦娘の思考がある程度セットされたものであるとしても、ああまで彼の理想に近づいた結果に持って行ったのは老人故の積み重ねたものがあるからか。

 そこまで頭蓋の中の記録を再生して、球磨は諦めたように首を横に振った。彼女は思うのだ、あまりにも今の会合が無駄であると。

 

「結局、おジジが話してくれるのを待つしかないクマ。球磨たちがいつもそうだったように、また待つんだクマ」

「……だが、もう時間は2年も無いぜ。あいつはこの一年以内に死ぬために行動してやがる。それだけは、分かる」

 

 自らの目的を成し遂げるために此処に来た。そして、北上と交わしていた会話でも言った言葉は当然天龍たちも聞いていた。「自爆に巻き込むような真似はしない」つまり、それは確実に有効打になる特攻を単独で仕掛けに来たと言うこと。

 近い未来、また「提督」が失われる。この感覚は艦娘たちに理解できない感情を抱かせるには十分だったが、それを引き留めようと行動も起こせなかった。なぜなら、伏見という提督がそう望んでいる以上、艦娘はその行動を止めることは出来ないような思考をせざるを得ないのだから。

 プログラムに従うしか無い。哀れで壊れにくい人のような兵器。救いもなく、あてもなく、ただ稼働し続けることしか無くなった日が来た時。彼女らは、そのプログラムを狂わせ自壊(じさつ)を選ぶのだろうか。それとも……?

 

「何にしても、提督さんが情報を掴まないことには始まらないよね」

「それも、そうだな。取らぬ狸の皮算用なんて、非合理的に過ぎねえ」

「それだけ焦ってるのね~、私たち」

 

 視線を交わして、各々は立ち上がっていった。この会話を聞いていた艦娘たちもまた、耳を澄ませる事をやめてそれぞれの「日常」を再開する。

 あまりにも虚無的な艦娘たちの時間は、こうして流れていく……ようにも見えた。そう、見えただけである。人間よりも遥かに優れた機械の性能を有すは艦娘の標準機構。いつものように、彼女らのその耳は、とある一点にばかり向けられている。

 新たなる提督へと、彼女らも抱えたままの謎を解き明かすかの老公のある場所に。

 

 

 

 

 一方、任務係と二人きりになった伏見は、ある部屋を貸し切りにして海図と報告書を見比べ立っていた。

 

「……次は南のポイント。ここにある残骸だ」

「はい、ここには?」

「この文字か」

 

 記された文字を報告書から読み解く。暗号にしてはお粗末な、ただアルファベットや漢字の頭文字を散らしただけのものだった。これに記された船舶や鋼鉄の残骸には、ある程度の文字が書かれているものばかり。

 意図的に配置したのか、それとも偶然この形になっていたから暗号にしたのか。それは私の知るところではないが、執務室で見つかった紙片のヒントを頼りに文字を組み合わせていくと、海図には自ずと短い一文が浮かび上がってくる。

 まだまだ龍驤が調べていない部分があるため、1つほどの単語が連想される程度のひどい虫食い状態ではあるが……それでも足がかりは取れた。

 

「こんなところか」

 

 蓄えた髭を形に添って撫で下ろす。するりと胸元に落ちた手がどかされて、下の文字が顕になる。 ヶ 戦 応。まだまだ抜け落ちた文字ばかりの、この手間がかかるだけの簡単な暗号に、確実に単語と思わる4つの音の並び。1文字が抜けているが、そこから導き出されるのは――――

 

「深海終戦、それとも深き終戦……か? なんだというのだ、この単語は?」

「……造語でしょうか。大本営のデータベースにもそれらしきものは見当たりません」

「なんにせよ、まずはここの文字を確認しなければな。どのような意図があってこのような言葉を作ったのかは分からんが、前任者は一体何を考えておったのだ。或いは無能を装った……いや、早計か」

 

 不満をぶつけるくらいは許してほしいものだ。とにかく、現状できうる限りのことはした。あとは、ゆったりと情報を集めるばかり。焦る必要はない。人間にとっての1日は短いが、私にとっての一日はとても長いのだ。

 キシリと傷んだ関節にしかめっ面を作ってみれば、単に線と点を繋ぐ作業でしか無かったはずであるのにそれなり以上の時間が経っておったようだ。記憶の中の短針との角度は広く、狭い部屋の中での時間は得るものは多かったか。

 

「――お疲れのようですね」

「歳は取りたくないものだな…この身が動けず、未練を残して死ぬことが恐ろしくもある」

 

 恐ろしい、という単語に反応したのだろうか。任務係は意外そうな顔を向けてくる。まったくもって遺憾であるな、この老耄とて人間であることを忘れてはおらんだろうか。ここは一つ問い詰めておきたいところもあるが、こやつもまた私の死策に乗った同士。わざわざ無益な遣り取りをする必要もあるまいよ。

 

「そういえば、伏見提督」

「なにかね?」

「私の事をお話したことはありませんでしたね。どうですか、この後の予定も詰まっては居ませんし、時間つぶしにでも」

「……いいや、悲劇などはもはや常識だ。進む先は命が潰える未来のみであるのだ。少なくとも他人の不幸話を聞いてやるほど人間は出来ておらん。何より君は、それを聞かせて同情でも貰いたいのかね?」

「そうですね、伏見提督の感情の一端ほどでも頂ければ良かったのですが」

「私ほど分かりやすい人間もおらんだろうよ。隠し事はするが、感情の全てはどこかで吐き出さねば潰れるようなジジイだ。それに、君にはすでに見せたはずだが」

「……そうかもしれませんね」

「よく言う。その中に記録されておるのはわかっているとも」

 

 大淀、にも見える任務係。その名を呼んだことは一度もなく、役職によって彼女の存在と立場は成立している。そして、ただそれだけの存在。何があって任務係と呼ばれるかなど、本部に居た身の上であれば幾らでも推測は立てられる。それでもなお聞かせようとは、こやつも正常ではないと申告してきたようなものではないか。

 ああ、痛むな。心臓が痛む。何より頭が痛い。言葉でからかいおって、艦娘たちの耳を遠ざけたか。どこまでが本心か、どこまでが忠誠か。その矛先はどこなのか。私はあえて聞かんでおくとしよう。それが望みなのであろう?

 

「真実の切れ端を引き延ばすのもこれまでだ。千切れる前に整理しておきたまえ」

「了解しました。後片付けは私と妖精で行いますね」

「うむ、私は少し外に出ておくとしよう。港のボラードあたりにいるのでな、要件があればそこまできたまえ」

 

 立ち上がれば、コキコキと骨が鳴った。少しばかり服に圧迫された肺が痛みを訴え、咳が逃げ場を求めて口を通る。……酷くなっているようにも思えるが、当然のことか。環境は良い、妖精が毎夜私の体へ延命かは知らんが療養していることも知っている。だが、私の選んだ行動全て、老体に無理のある外的要因が付きまとっておるのだから。

 

「お体の方は大事になさったほうがよろしいかと」

「子が思春期を抜けられぬ内にも朽ちる体だ。一日二日と命が伸びたところで意味もあるまい。時間はないが、日はある。ああ、心配の余地も無く全て上手くいくとも……全て」

 

 言い聞かせるように言ってしまえば、それは己の原動力に変わる。任務係の視線は未だに読めぬが、多少は私への心配も含まれているだろう。一言、礼を言って扉に手を掛けた。ひんやりと手袋越しに伝わる感触に、脳裏をよぎったのは未来の姿か。

 

 今日は少しばかり風が強い。潮の香りを多分に含む風は、湿り気と生暖かさが強く、それでいて私の体を冷やしていく。久しく会えていなかったが、雨も近いということか。納得と感情を心の中に留めて、日の光も閉ざされつつある空を見る。雲は薄いが、明日起きた頃には降るだろうか。

 

「おや? 提督殿ではないか」

「どこに行こうと鎮守府は鎮守府。変わらぬか」

「何をたわけたことを言っておるのじゃ。ボケるには早かろう」

 

 唐突に現れたのは駆逐艦・初春。古風な話し方と、その時代に合わせたような高貴を表す紫を基調とした全体像。ひとえに幼子を髣髴とさせる駆逐艦が多い中で異彩を放つ艦娘。

 

「さて、さて。雨も近いからのう。せめて宿舎には戻らぬのかえ? それとも濡れネズミに鳴る趣味があるのならば話は別じゃがな」

「これではどちらが老骨かもわからぬな。どれ、貴艦の提言に乗るとしよう」

「珍しいこともあったものじゃ、ほれ」

 

 何のこともなく差し出された手。座り込む私に対して、立つのは初春。なんとも言えぬが、それにすら乗ってやってもいいと思う気分だった。

 

「手を借りよう」

「借りよ借りよ。近いうちに貴様は返せぬ恩を作りそうじゃからな。それの助けとあらば我が力、どれほど貸そうと惜しむつもりはないわ」

「これは参った」

 

 嗚呼、そうか。あの出撃の時より関わらぬと思えばそういうことであったか。予想外という他に感情はない。しかし可能性としては十分にありえる話だった。何せ、偶然にも最善の方向になったとはいえ初春の目の前で私の手腕は発揮されていたのだ。大破した吹雪に注目する者が多い中で、関わりの浅い私を見続けるものも居てもおかしくはない。

 手を貸してもらい、幾分か楽に立ち上がりながらに思う。何が全て上手くいく、だ。この時点で崩れてしまっておるではないか? 自嘲のあまりにクッと笑みが零れた。それも致し方あるまいよ。

 

「提督殿は好意を向けられる事を禁忌としておるようじゃのう。上手く引き出せたわ」

「してやられた、か。望みは……いや、野暮な事を聞いたか」

「安心せよ。妖精の防音を貼っておる。それに、気づいた艦娘もそれなりにはおるのだろう? 今更ではないか」

「………」

「まぁ、わらわも老婆心ながら忠告をしようと思ったまでじゃ」

 

 忠告? おそらく今の私は額にシワを寄せているのだろう。

 面白がるように初春はつなげる。

 

「比叡殿には注意を払った方がよい。あれは時に手のつかぬ暴走を引き起こす」

「そうか、留めておくとしよう」

 

 比叡。戦艦比叡。金剛を姉と慕い、私の目が映した光景の中ではストッパーのようにも見えていた彼女という存在。だが、この駆逐艦・初春はこの瞬間を以って忠言を入れた。それはつまり、比較的最近になって何やら不穏な空気を纏い始めたということか。

 ならば返すことはたった一つ。もちろん、感謝などではない。兵器であり、作られた人格であり、そして戦う物であるこやつら艦娘が気に入りそうな返答。それは――

 

「暇をつぶすには丁度いい。万事計画通りでは詰まらぬよ」

「―――ふ、あはははははっ!!」

 

 案の定、大笑いしてみせる。初春という艦娘の感情の手綱を取ることは出来なんだが、この小娘の琴線は上手くくすぐってやれたらしい。髭が上唇に当たる感触とともに気づくが、私も笑っているようだった。

 

「だが一筋縄にはいかぬぞ? 提督殿は……なんじゃ? 己を痛みつけるのが趣味であったのか?」

「駆逐艦初春よ、詰まらん人間とは言われるが、私は最も楽しい人生を送っていると自負しておるよ。私の生を賭けた一世一代の大事だ。振りかかる障害も多いほうが偉大だとは思わぬか?」

「違いない! まこと天晴な返答に感服したわ。どれ、龍驤殿や那珂殿、北上殿ばかりが目立つのも面白くない。この初春も存分に使ってもらいたいのう?」

「ふむ」

 

 一瞬目を閉じるが、使えと主張する道具を放り投げるは私の性格に合わん。万事、全てうまくいくか……そうだな。ことの起こりから終わりまで、過程のすべてが想定通りに行くはずもない。何度目かもわからぬが、痛感したとも。

 

「よかろう。では、必要とあらば呼び出す。期待を裏切ってくれるな、駆逐艦初春よ」

「委細承知した。悪を被りて舞う提督殿を見るも一興じゃが、やはり当事者が一番よな」

 

 艦娘に丁度いい距離を置く。それは確かに果たされるだろうな、過去の私よ。だがやはり、こやつらも兵器とはいえ意志を持つ。人とかけ離れたと自覚しながらに、何よりも人に近い謎を抱えたまま動く矛盾の塊。

 距離は置けるだろう。だがそれに該当するのは一部を除いて、という言葉を付け加えねばなるまい。そうだな、全て失った後を考えても仕方のない事であった。ならば私なりに無様に踊り狂えばよいのだ。

 明かされぬ謎も多いが、その時の全てに前進を続けようではないか。

 




情報公開



現存艦娘に確認
・指輪状の外付け回路は艦娘の出力を1.5倍に引き延ばすことが可能。
 当初、ケッコンカッコカリと呼ばれた仕組みの成れの果て。
 リングは循環を表し、自己完結を意味する。
 艦娘は兵器であるがゆえに、子孫を残すことは不可能。
 よって愛という子孫繁栄の象徴は艦娘の機能拡張に適用されない。

 ごく一[検閲済み]の自壊を[検閲済み]出力に関しては[検閲済み]とする

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