鎮守府におじいちゃんが着任しました   作:幻想の投影物

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 艦娘たちは本当に頑張ってくれる。
 いつも頑張ってる間宮さんには悪いが、彼女たちには戦場でも元気でいてもらいたい。だから今回の作戦では彼女に付いて来て貰おう。そうすればきっと、みんな笑顔で帰れる筈だから。

 ―――作戦前、リンガ泊地前提督の手記より。


文句

 その日の朝、掲示板前には()だかりができていた。

 ざわざわと決して小さくはない声量が記されている事の重大さを物語っている。ある者は噴気に顔を赤くし、ある者は信じられないと言わんばかりに青ざめている。もっとも、青ざめている艦たちには戦艦や正規空母と言った大型艦達の恨めしい視線が向けられているから、という理由もあるのだが。

 

「何事かね。これでは食堂にすら行けんが」

 

 その光景を遠くで見つめながら、隣に居る者へ尋ねてみた。彼女はこうなる事を予測していたかのように額へ手を当てている。まぁ、自分自身でこうなるよう仕向けたのだから性質が悪いのは私であるのだろう。

 

「えっとぉ……やっぱり提督さんの決定に皆さん不満、かも?」

「不満なのは君とて同じだろう。旗艦以外の面子で君が嫌がる者を選出したのだから」

「……はぁ。提督さん、どうせ絡まれそうだし裏道抜けて行こっか」

 

 そう言って、那珂は駆逐艦・軽巡洋艦の宿舎と通じている方の通路へ私を案内した。

 

 この鎮守府はかつての「第二次世界大戦」の折にて使用していた箇所へ再建された。リンガ島のスマトラ島側、三日月の様な弧を描いた広大な自然の島の中で建設されたこの箇所は、内海の様に入り組んだ仕組みをしている事もあって深海棲艦の襲来はほぼ無いとも言えるだろう。だからこそ、我々海軍はここを再び拠点としたのだ。

 そして、鎮守府自体も相当に広い。再建と称した港・艦娘用宿舎などを増設したおかげで大きな学校ほどの規模にまで拡張されている。よって私はまだ、こうして軽巡洋艦娘・那珂の手助けが無くば遠回りの道であっても碌に歩き回る事すら難しい状況下にある。老いてばかりの頭が新たな事象を覚えきれてはいない。つまりは耄碌したと言っても過言ではなさそうだが否定はできない。

 そうこうしているうちに、彼女の案内の下食堂へ辿り着く事ができていた。

 

「それじゃ、提督さんはゆっくりしてて」

「そうさせて貰おう」

 

 そうして那珂は去って行く。艦娘はこのご時世には非常にありがたいことに、人型をしていても「燃料」の補給さえ有れば食事を必要としない。食事と言う行為そのものは可能であるのだが、艦娘は一種の嗜好品としてしか楽しまない。よって各地の提督はここ十数年は艦娘へ「食事を与えた」という記録は無いらしい。

 まったく、ありがたいものだ。しかし同時に、ここまで都合のいい造りに甘えているからこそ我々人類は天敵となった深海棲艦に勝てないのではないかとも思ってしまう。まぁ、そのような戯言を覆す為に私は行動を始めたのではあるが。

 

「……おちおち食事も取れんとは」

 

 ここは食堂、故に艦娘たちの中でも異彩を放つ「給糧艦・間宮」が人間用の食事でも作っているかと思ったが、その給糧艦ですらも前提督は沈めてしまったらしい。最前線での連日を伴う作戦内容だったと記されていたが、勝利に酔いしれ艦娘のコンディションをいち早く整えたいという我欲のために諸共沈めてしまうのは愚かとしか言いようがない。

 戦力は限られている。この隔絶された遥か故郷とは離れた地で知っていたかは分からないが、少しでも艦が沈む危機になれば潔く引くのが今の常識だ。

 

 心の中で愚痴をこぼすことしかできない自分に嫌気がさしながら、フライパンの中で踊る西洋の料理に目を向ける。家事一般、その他単純な調理はまだ若かりし頃に海軍から叩き込まれている。絶える事無き継続を力とし、このリンガ泊地への就任まで数日のブランクはあったがこの腕は本日まで衰えてはいないようだ。

 さぁ、いざ。食事に感謝を込めて食べようとした瞬間、騒がしい足音が食堂の入口から聞こえてきた。

 

「HEY! ミスター・伏見。ちょっと物申したい事があるネ!」

「…戦艦金剛、その姉妹艦比叡か。何用だ」

 

 食事の手を止め、フォークを下ろす。この年でも喉を詰まらせない限りは食べ続けようと誓った好物のスパゲッティをお預けにされるとは……ふっ、艦娘どもは本部の部下とは大違いのようだ。

 

「私を第一艦隊に入れないって勝つつもりあるんデスか? それどころか、第二艦隊も含めて駆逐と雷巡、軽巡、重巡しか名前が挙がってませんネ!」

「……我々の鎮守府を含め、もはや人類は壊滅状態。それを知らぬわけでは無かろう?」

「だからこそ! 私が一番に深海棲艦を―――」

「先日の演説にて、そのような激情に呑まれるようでは運用は当分先だとも含みを持たせたつもりだったが伝わらなかったのかね?」

「ミスター、何も知らないアナタが軽々しく!」

「喝ッッッ!」

 

 比叡は付添い、と言ったところだろう。

 だが、後方の入口に控える者たちにも言っておかなくてはならん。

 

「現在、一部を除いて正規空母と戦艦は前提督の仇を討つために勇み足を踏んでいる。……それは正しい感情だと言おう。本部の者たちにも勝るやる気であるとも認めよう。だが、貴艦らは我ら人間が運用すべき兵器である! 兵器である貴艦らは我ら人間の手によって運用されなくてはならぬッ!!

 感情は艤装へ影響を与え、いらぬ轟沈への可能性を生む! 現状、一艦たりとも諸君を沈めさせる事が認められぬ以上は再び周辺海域の順当な制海権を握ることこそ第一の目標! 故に金剛ッ、貴艦の意見を通すわけにはいかんのだ!」

「……認めないネ。私の提督はもっと…!」

「そうとも。貴艦は私がここにいる事を認めていない事実も重々承知している。そして後方に居る諸君らの意見も同様に却下である。その目を見れば何を言いたいかくらいは分かっているが、現状を変える事はせん。新たな任あるまで待機せよ」

「ミスターッ!」

「何度同じ事を言わせるつもりかね。戦艦比叡…後始末を命ずる」

「は、はいっ! お姉さま、今回は諦めてください……」

 

 椅子に座り直し、我儘戦艦を引っ張って行く戦艦比叡の姿を横目に食事を再開する。

 うむ、材料が合成の物が少ないためか久方ぶりに上手いスパゲッティを食べた気分だ。青空の広がる今日はまた厄介事が起こると思ったが、存外に良い日になりそうだな。

 

 

 

 

 数刻ほど経過した昼の掲示板前は、任務係が張り出した当初の人だかりは無くなっていた。しかし、遅めに目を覚ましたのであろう一人の人物が内容を見てうげ、としたおおよそ少女に似つかわしくない声を零す。

 がっくりと肩を下げた彼女を、人類は「重雷装巡洋艦・北上(きたかみ)」と呼んだ。

 

「那珂と川内はともかく、駆逐艦? うっざ」

 

 気だるげな声と共に、半目の視線が紙を睨む。

 北上が見ている第一艦隊の編成には、旗艦・那珂を始めとして川内・北上・初春・吹雪・雷。以上6艦の名が記されており、彼女らは前提督のもと遠征か待機ばかりに時間を浪費していた人物である事を北上は思い出す。

 ぼーっと見つめている彼女としても思う所があったのか、眉間に皺を寄せる彼女へ近づく影があった。

 

「重雷装巡洋艦、北上か」

「おっ、新しい提督じゃん。伏見丈夫だっけ、改めてよろしくねぇ」

「……最早何も言うべきではない、か?」

「どしたの」

「いいや、気にする事はない」

 

 北上へ声を掛けたのは話題の人物、伏見丈夫その人であった。

 こうして対面している彼女自身、あまり提督そのものに対しては強い興味関心も無かったのだが、こればかりは訪ねておかないとならないかもしれない、と言った使命感から口を開く。北上の言葉は、伏見を驚くに値させるものであったが。

 

「そう言えばこの構成さー、気になるんだよね」

「不服か?」

「ちっこい奴ら苦手なんだよね。ってのはともかくさ、もしかしてポイント稼ぎから始めてんの? 初春と吹雪はともかく雷は前提督をお気に入りにしてた(・・・)方だからさ、混ぜていって少しずつ懐柔してこうって魂胆でもあるわけかなって」

 

 初めてその目を、伏見へ向ける。

 探るような、面白がるような好奇の視線にさらされる伏見は平然と言葉を返した。

 

「いや、単純に錬度が足りていない艦娘を近隣海域にて実戦慣れさせようとしたまで。と言っても、貴艦のような輩は納得しないのだろうな」

「あったりい。場合によってはあらぬ噂でも青葉に流してやろうと思ってたよー。私としてもお通夜ムードはいい加減勘弁願いたいトコだから。……まあ、あんたみたいな堅ブツが卑しい考えするワケないよね。んじゃ、作戦開始にまた会いましょ」

 

 眠そうな顔を隠そうともせず、北上はすたすたと廊下の奥を歩いて行く。あのやる気のなさは、重雷装巡洋艦としての運用当初には既に空母全盛期時代へと移行していたため、かつての「北上」が実戦で使用されたのは「特攻兵器・天元」の為にしか扱われなかったことへの表れなのだろうか? そんな伏見の疑問は、すぐさま公務へと切り替えられた。

 

 なにもかもが、今のところ「上手くいっている」。

 他人から見られれば何を馬鹿な、と思うかもしれないがこの位の温度差が丁度いい。伏見はそうする事でしか選べない道を選んだ事を再び後悔しそうになったが、後悔などあの海に二人が呑まれた時から置いて来た。

 ……さて、午後までの時間はあと5時間か。まだまだ長い午前中は那珂を秘書とした情報整理に費やす為に奮闘せねばなるまい。既に私の身長よりも高く積まれた書類も、この「襲撃のない鎮守府」として有名なリンガ泊地ならばゆっくりと消費できるだろう。

 我が身の寿命を考慮してもまだまだ……問題など何一つとして無い。公務と私事、その両方を悟られぬよう、好かれないように過ごして行くのは中々に大変そうだ。

 

 掲示板の地図を確認して、伏見は真っ直ぐと執務室への道を歩く。堂々と鎮守府の廊下を歩く彼の姿は艦娘たちからしてみれば図々しいことこの上ないが、彼自身も配属されてきた以上は彼女達の不祥事や敵意を受け止める他に道はない。

 それからすぐ、己の拠点となった執務室に戻った伏見が目にしたのは既に公務へ付く那珂の姿。仕事と割り切っているのか、はたまた別の要因が彼女を働かせているのかは定かではないが、戦闘以外では軍規に縛られない軍の汚点とも成りうる可能性を秘めた艦娘にしては随分と殊勝な態度である。

 だからと言って伏見は贔屓目もなく、那珂がせっせと運ぶ書類が積まれていく机を前に座りこんだ。

 

「時間厳守とは、噂に聞く艦娘の自由奔放さも最期までアテにはならんようだ」

「那珂ちゃんはー、艦隊のアイドルだからねー。アイドルはスケジュールに忠実、自分の体調管理、己を高める上昇志向を保たないと駄目なんだよー!」

「……理由や動機はどうあれ君の様な中立がいる事で私も職務が全うできる。その点に関しては感謝しよう」

 

 今は那珂だけであるが、いずれ私の指揮下にある艦娘が秘書を務める際には全員に勤務開始時間を記してもらうつもりで設けた名前のリストが執務室の扉に掛かっている。それを見れば、那珂は提示した時間の30分前から入室していたようだ。

 

「だったらご褒美くらい欲しいかなぁ、なんてねっ」

「では褒美だ。このような辺境では咎める者もおらんだろう。これより30分の休憩を入れる」

「えっと、実質勤務時間変わらなくない?」

 

 そうは言いつつソファの一つに那珂は座りこんだ。

 

「世界情勢は芳しくないが故に、いまやどの鎮守府であろうと人材を休ませるわけにはいかん。だがここは指定した時間のみ全う出来ればお咎めは無しにしようと思っている。…どうだ、他と比べれば極楽ではないか」

「へぇー……他って、そんなに」

 

 本部への偽報告書を書きながらに答えていれば、呆気にとられたような彼女の声が聞こえてくる。少なくとも「廃棄」が決定されたこのリンガ泊地ではあるが、前提督が沈む前はまだ本部との通信はとれていた筈だ。だと言うのに、艦娘へ何も話していないのか?

 いや、贔屓にしていた戦艦や空母の娘達にのみ話していた可能性がある。全体の士気に関わる問題であり、なおかつ事実を知って戦えなくなる戦闘要員がいるならば自分たちが捨て札に等しい存在だと態々知らせる事もない。時には嘘をつくからこそ、大戦果を上げる報告例も少なくはないのだから。

 

「提督さん」

「なにかね」

「ここに来た時、もう戦える鎮守府は3箇所しか無いって言ってたけど……いま世界はどうなってるのかな」

「……深海棲艦が蔓延る地域は全滅。人類は陸地に押し込められ、狭い孤島に住んでいた全ての生物は深海棲艦の陸を狙った砲撃によって灰塵と化した。海軍本部の置かれた横須賀、列島ではあるが入り組んだ地形の内海にあるタウイタウイ、このリンガ。これら以外の鎮守府は敵によって今や廃墟となったか、放棄せざるを得ない状況下に追い込まれた」

「人類はさ、勝てるの?」

「このままでは負けるであろうな。いいや、領分を弁え棲み分ければ……陸の中央に身を寄せ合えば、人類は生き残る事は出来るだろう。いつ進化し、襲ってくるとも知れない深海棲艦の脅威に怯えながら…な」

 

 改めて語れば、随分と滑稽だ。知恵があったからこそ、弱肉強食の世界を人類の祖先は生きながらえてきた。単なる暴力へ抗う事ができた。それが今となっては、人類史の真逆を歩んでいると言う事になるのだ。知恵は力の前にひれ伏し、恐怖を克服する技術は理性のない怪物に踏み荒らされる。そして対抗するための技術の結晶である艦娘すらも、人類の制御の手からは遠く離れて行ってしまっている。新たな艦娘の製造法が失われる、という事実によって。

 

「そっかぁ……大変だね」

「そのために諸君らを利用するのだよ。時には保身のために、時には犠牲の為に……そうして我々人間は、この地球に“住む”と言う暴挙を実感し、理解を忘れる。常識というものが根付いた時点で、滅びる定めは決まっていたのかも知れんな」

 

 逆に言えば、このリンガに駐屯する艦娘たちは誰一人として沈ませるつもりはない。もちろん口にはする筈もないのだが。

 恐らく、将来的には私たち人類が尻尾を巻いて逃げることで、この地に残る艦娘たちは新たな選択を迫られることになるだろう。いまごろ、この鎮守府に来るため経由した漁村もアレだけの深海棲艦からの追手を引き連れてしまったからには砲撃によって人間が残っていない筈だ。

 実質、このリンガ島に残った「人間」は私一人となっていることだろう。だが、彼らの犠牲を乗り越えてもこの地でなさなければならない事がある。死する前に地獄を経由し、死した後に地獄の大地へへばりつく覚悟などとうに決めているのだ。

 今日の分となる偽物の報告書を書き終え、また引き出しにそれを仕舞う。そして那珂の積み上げた前提督についての書類へと手を伸ばせば、これまでの戦績について書かれたものの一部が記されているようだった。

 

「……やはり、この地にあるか」

「……うん、休憩おーわりっと! それじゃあ提督さん、あらかたの資料は分けておいといたから必要になるのがあったら言ってね。どの高さにそれがあるか、ちゃーんと一枚一枚覚えてるんだから!」

「兵器運用され、前線の状況をも伝える役目を持つ艦娘がデータを蓄積するのは当たり前だ。そう誇る事でもあるまい」

「ちょっとは女の子に対する気遣いが欲しいかなぁ」

「必要ない。今は秘書として、後の出撃には兵器としての役割を全うしたまえ」

「出撃、かぁ。そういえば前の提督が死んでからは誰も海に出て無いなぁ」

「今回の編成にある艦娘に関して最新のものを」

「あ、はーい」

 

 軽い口を叩きながらも、軽巡那珂が行動理念とする「アイドル」とやらの几帳面さのおかげで無駄話の傍ら仕事はスムーズに進んで行ってくれる。

 どこまでも人を気遣いのが上手い奴だ、とは思っても口には出すような真似はしない。那珂とて、先ほどの「やはり」という言葉に何らかの察しはついているのだろうから。

 

 伏見がそんな事を思っていると、那珂がふと何かに気付いたように扉へ目を向ける。それから3秒後には伏見も聞こえてきた慌ただしい足音に気がついて―――扉がバンっと勢いよく開かれた。

 

「あ、ああ新しい提督さん! 私が第一艦隊所属って本当に間違いじゃないんですよね!?」

「……特型駆逐艦、吹雪型の1番艦・吹雪だな。確認もせず入室とは感心できんな」

「え、あっ! とっ特型駆逐艦の1番艦、吹雪です! 申し訳ございません!!」

 

 海軍式敬礼は最初期の特型駆逐艦として建造されたからであるのか、実に整った見事なものだ。非の打ちどころなど見当たらないが、それ故に他の面がおざなりになってしまっている。

 まず、走ってきたからかセーラー服の襟が跳ねて曲がっている。首からつり下げた艤装の一つである12.7cm砲も背中の艤装と擦れ合ってガチガチと音を鳴らしていた。那珂がその点を指さして指摘すると、彼女は慌てたように身だしなみを整えたようだが。

 

「そ、それで提督さん……」

「間違いはない。駆逐艦は初春、雪風、望月を除き残りは全て特型の艦娘が現存している。諸君らの中でも基準となった君を第一艦隊とすることで私なりに新たな風を吹かせようと言う魂胆もある。だからと言って、今後しばらくは貴艦を第一艦隊から外すつもりは持ち合わせているわけではないが」

「そうですか! 良かったぁ!」

 

 よほど実戦に飢えていたのか、はたまたこの吹雪なりの理由があったのかはまだ分からないが、それだけ聞いてすぐに礼と共に彼女は止める間もなく退室していった。正しく吹き荒れる吹雪そのもの、という言葉遊びはともかく、自分の納得のみで帰られては心にわだかまりが残されてしまうのだが。

 …いいや、この私への気遣いを彼女らが考える筈もないか。そもそも駆逐艦・吹雪の反応も私個人に対する感謝ではなく己へ向けた喜びを表現するかのようだった。相も変わらず、あのような前提督を慕っている者には私自身を認識すらして貰えないらしい。まったくもって心を痛める現状だ。

 

「……改めて、吹雪型駆逐艦の資料を」

「どーぞ」

 

 気を取りなおして那珂の手渡した資料へ目を通して見る。

 その結果……どうやら、前提督は着任当初に手酷い失敗を繰り返していることが判明した。吹雪に続き、姉妹艦である吹雪型は白雪を除きこの艦隊に所属している。だが白雪は、前提督の着任から3ヵ月後に轟沈しているとの記録がある。

 それから吹雪自身の動向について書かれた、報告書としては不釣り合いな主観の入り混じる前提督が記す内容には以下の事が書かれていた。

 

 

 7月中旬 初雪を沈めてしまった次の日、まだ吹雪は自室に籠って出てこない。姉妹艦に対話を頼んでみたが、うずくまって動こうともしないらしい。早く元気になって戻ってこい。必ず信じているからな

 

 8月上旬 ようやく吹雪が笑顔を見せてくれた。ぎこちない動きや、海に出るたびに見せる震えはまだ怯えているのかと思ったが、本人から聞けば初雪の仇打ちだと張り切っているらしい。もう誰も沈ませたくない。危なくなったらすぐに撤退を切りだそう。

 

 10月下旬 初雪が沈んでから初めて不利な状況下に陥ったため、撤退を命じたにもかかわらず、吹雪は他の子から離れて戦い続けようとした。ずっと思いつめていたのに気付けなかったのは自分の失態だ。しばらく彼女は出撃する艦隊から外すことにする。

 

 12月上旬 吹雪が無理をしないと約束してくれた。あの作戦から帰還したらまず彼女を第一艦隊に戻して、近海の不安を取り除くため出撃させることにしよう。

 

 

 そして前提督は、この翌年2月に決行した「作戦」とやらによって死んでいる。

 吹雪を選んだのは早計だったかという考えとは別に、今ばかりは主観のあるこの記録に感謝したい。早めに駆逐艦・吹雪が琴線とする内容を知る事ができたのだ。これも利用次第ではあの駆逐艦の発破を掛け、いざという時に此方の命令を決行させる手札にもなる。

 

「あとは貴艦らの判断次第、か」

 

 これから吹雪を率いる艦隊の旗艦となる那珂へその資料を渡した。

 

「……わぁ、いつだったか騒がしいと思ったらこんなことになってたんだ。那珂ちゃん的には初耳かも」

「貴艦に吹雪の手綱は握れるかね?」

「んー……頑張ればいけるかも」

「ハッキリさせたまえ」

「出来るよ。那珂ちゃんもぉ、同じ艦娘だもん」

 

 こうも断言できるとは、まぁ此方の真意を理解してくれているならば更に恩の字だ。だが野望まで知られるわけにはいかない。これもまた難しい匙加減だと、ほとほと自分に対して呆れかえる他はない。

 また別の資料に目を通して行くが、随伴する駆逐艦である初春や雷にはこれと言った問題点は見当たらない。ただ、暁型3番艦・雷に関しては前提督と積極的にコミュニケーションをとってあるような内容が書類に書かれているため、吹雪とはまた違った形による衝突は避けられないだろう。

 もっとも、暁型で厄介さを極めるのは4番艦・電の方であろう。秘書としての仕事をつかせていたような記録はないものの、こと日常的な面において電との接触は多く、前提督の日記においても電の話題が占める割合は多い。場合によっては艦娘・電としての種族的特有の感性を持っているという点から、自己崩壊を起こしていたとしてもまったく不思議ではない。だと言うのにまだこの艦隊に現存していると言う事は、つまり……

 

「では任せよう」

「任されましたっ。ようやくそれっぽい事が出来るんだから、那珂ちゃん頑張っちゃう」

 

 いや、今目を向けるべきはこの電を運用可能な状態に戻す手札と成りうる雷に対する考えをまとめるべきだ。予定している明日の初出撃において、私が成すべき事は山のように残っている。

 

「そういえば提督さん、資料積む時は年代別に分けといた方がいい? さっきから那珂ちゃんがバラバラに持って来てから探すとき以外は自分で頑張ってるけど、ほら、左手が……ね? いまの提督さんは不自由だから」

「確かに、どこぞの軽巡洋艦のおかげで私の腕は現在再起不能だが問題はない。必要な物を貴艦に頼んだ方が早く、正確であるからな」

「そう? じゃあまぁた那珂ちゃん内容覚えなきゃなんないのぉ……」

「艦娘の性能と人間の出来の違いを今更嘆くか。私に投げる言葉こそ、その全てが本心でもあるまい」

 

 現に、私の事を提督と呼びながらも敬称をつけているのがその証拠だ。あらかた艦娘はその艦によって独特の性格が建造当初より根付いており、その全てがある程度の範囲から逸脱したという報告は本部に居る時でも聞いた事が無い。

 だからこそ、那珂が私の事を「さん」という敬称で呼んでいる以上、彼女は真にこちらを信用し、言葉を交わしていると言う訳でもない。一昔前の「信頼し合う関係」にある提督からしてみれば深刻かも知れんが、私の場合は互いにそれを理解し、必要以上に近づこうとしないのだからある意味理想的な立ち位置であるとも言える。

 ……もっとも、那珂のアクションが無ければ初めの演説にて私と言う存在を艦娘たちに認知させることはできなかったであろう。感謝すべきであるのに、心の底からその感謝を伝えるべきではない私の立ち位置と、一定以上の立ち寄りを拒む那珂の心情。ままならんものだ、と思うしかない。上辺ばかりの明るさを周囲へ見せつけながら。

 

「軽巡洋艦・那珂」

「はいはーい」

「北上はともかく、川内と貴艦には明日の出撃を率先して引っ張ってもらう必要がある。部屋に戻った際に話しておいて欲しいのだが、川内と共に駆逐艦の引率に関しては君たちに任せたい。できると言った手前、出撃後には良い報告を待っているぞ」

「まかせて! ああ、でも提督さんが何したいのかはいずれ話した方がいいと思うな」

「考えておこう。それから、本日の間に見ておく資料を述べるのでそれらを纏めてから本日の職務を切り上げても構わん。戦いが本分となる兵器に事務仕事を任せてばかりでは明日に差し支えるやもしれん」

「やたっ!」

 

 その後、那珂に取りそろえて貰った十数枚の資料を手に、執務室には紙をめくる音だけが残った。カサカサと曲がる荒い藁半紙は軽いが、時間による劣化が激しく、黄ばんでいる事もあっていくつかの文字が霞んでいる。

 だが読み取れた内容は非常に大きい。手にしている駆逐艦・電に関する資料は提督から見た視点では猫可愛がりに甘えるだけの、ただの女の子としてみなされていたらしい。それが奴ら兵器にとってどんな残酷な事かも理解できていなかった、という点だけは深く理解できた。

 溜息と共に、近くにある内線を繋ぐ。

 

「任務係か、至急頼みたい事がある」

≪どうなされました≫

「駆逐艦・雷と電、そして吹雪に関して別の鎮守府から送られた客観的意見(・・・・・)に基づいた資料を探せるかね?」

≪了解しました。伏見さ……提督。それから、これは私の意見ですが、内陸の方にその左手を何とか動かせる様にはできる医者がいるようです。連絡を取りますか?≫

「確かに、治しておくに越したことは無い。其方とも取りつけておいてくれたまえ。時間はどれだけかかっても構わん」

≪迎えは此方に乗った時と同じ者を寄こさせます。では≫

「うむ」

 

 内線を切る。

 だがやはり、明日に控えた出撃の問題が直前になって浮かび上がってきた事が恨めしいものだ。出撃まで伸ばすと言う手段もあったかもしれないが、後続の提督として着任した以上艦娘たちを扱わなければならない身としては早々に艦娘たちの運用方法を習得し、艦娘たちを私の指揮下に入れなければならない。それが前提督の事を引きずっている艦であってもだ。

 

 




今回の縛り公開内容

 難易度:中
・敵の深海棲艦は全てエリート艦以上しか存在しないが、夜において赤と金のオーラは敵の居場所をいち早く発見するマーカーになる。

p.s.世界そのものが難易度ハードコアからヘルモード

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