鎮守府におじいちゃんが着任しました   作:幻想の投影物

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いつからこうなったのか、もう忘れちゃったな。
電の笑顔には、みんなが笑ってくれていました。
司令官さんが沈んだ後も、落ち込んだ雷のために笑っていました。
でも、どうして雷は電のほっぺを叩いたのですか?
電はとっても悲しいのです。

新しい司令官さんにも、ちゃんと笑顔を向けられるよう練習をするのです。

―――とある駆逐艦の絵日記より。
  クレヨンで描かれた絵は真ん中を黒く塗りつぶされた丸だけであった。



電撃

 私たちが鎮守府で「任務係」っていう女の人に事務仕事を手伝わされてる時だったかしら。そうね、ちょうど私が第二艦隊に配属出来ると知って舞いあがっていた頃だと思う。

 あまりにも唐突に起こったせいで、勘違いしちゃった。この私がよ? ただの地震と間違えるなんてダメよね。それもまあ、すぐに聞こえてきた砲撃特有の炸裂音が違うって証明してくれたのだけど。窓を開けていたから分かる硝煙の匂いと、爆発物特有の熱波。そこから見えた、鎮守府に打ちこまれた魚雷が破壊した桟橋の残骸が敵の襲撃を物語っていたわ。

 

≪緊急事態が発生しました。鎮守府に向けて深海棲艦が接近中。反応は二十五。第二艦隊は旗艦を天龍とし、すぐさま迎撃へ向かって下さい。伊19と伊168の2隻は潜水用ドックへ、指示あるまで待機を。第二艦隊はこれより提督が帰還するまで私が指揮を執らせていただきますのでご了承ください。繰り返します≫

「おい、なにぼうっとしてんだ足柄! 早く行くぞ!」

「分かってるわよ!!」

 

 前には無かった、多少は正確な敵の情報。艦種も不明だけど、この海域に入って来たのが25体なら、私たち第二艦隊で十分対処は可能。そう思って意気込んでいたわ。この魂が艦娘と成る前、英国から「飢えた狼」なんて、敵艦(エサ)を貰えずやせ細った皮肉みたいな大層な名前を貰っていた私が、この敵の出現に舞いあがらない筈もないものね。

 でもそれは、すぐに間違っていたんだって身を以って知ることになった。少なくとも「提督」の才能を持った人間も近くにいない艦娘が、単身代行の指揮の下で上手く動ける筈もなかったの。

 その結果が、防戦一方になり果てるのも仕方が無いなんて、言い訳よね。

 

 

 

 見えてきたのは炎上する鎮守府周辺の倉庫。いくつかの大きな船影に視界の確保を邪魔されているが、見えているだけでも空の倉庫ばかりが燃え上がっているので大した被害にはならないだろうという判断ができる。しかし着目すべき点はそんな場所では無い。

 双眼鏡から見えた敵の艦隊は半円状に海側から鎮守府を囲い、一斉に砲撃を仕掛けているようであった。任務係が有事の代理指揮を執っているのか、私の選出した第二艦隊の面々がソレに応戦し一応は艦娘としての働きを見せてはいるが、逃げ場もほとんどないあの地形では思うように立ちまわれていない。加えて、陸に居る時点で不利であると言う事は覆せていないらしい。

 

≪あちゃー、本部の奴ら全然動けてないねえ≫

≪伏見さん。早く助けにいかないと電たちがっ!≫

 

 双眼鏡を見る限り、艦娘たちは艤装形態でしか応戦できず、戦艦形態になる空間もないがために敵の棲艦形態である敵砲撃を見過ごさなければならない羽目に陥っている。艤装形態である限り、艦娘自体は棲艦形態の攻撃全てが擦りぬけているが、問題は鎮守府そのものが無くなってしまう可能性だ。こうなれば、味方の補助のため此方から敵の隊列を崩すことしかできないのであるが……下手を打てば此方の攻撃が鎮守府を危機に陥れることになってしまうであろう。

 

 だからと言って、何もしないと言う訳ではない。

 失敗やリスクを恐れて何もしないのであれば、それは深海棲艦と戦う事そのものを放棄している事と同義であるのだから。マイクに口を近づけ、早速我らが兵器へと命令を下す。

 

「旗艦那珂、本部との回線を開け」

≪あ、うんっ!≫

「……聞こえるか任務係、こちら艦橋、伏見。二一○四、帰還した」

≪繋がりました。こちら任務係。艦橋へ敵情報を送ります≫

 

 発達した電子技術。艦娘・那珂の艦橋にある機器には本来の「軽巡・那珂」には取り付けられていない筈のモニターが邪魔にならない程度に増設されている。そこに表示されたのは鎮守府の状況と、応戦する艦娘の名簿。そして敵艦の艦種と数だった。

 

 敵の情報は端的に言って、戦艦7隻・軽空母3隻・重巡洋艦4隻・駆逐艦8隻・潜水艦3隻といった編成らしい。一体どこから入り込んだのだと頭を痛めたくもなる内容だが、襲撃された事実が悩んだ所で消え去るわけでもない。

 幸いにも真正面からの襲撃のみで、他の港には深海棲艦の反応は無いようだ。となれば、まず優先すべき事は積み荷を乗せ、なおかつこの状況下で戦力にならない低火力の艦を先に鎮守府へ届け、戦艦を運用するための燃料を確保する事だ。そしてその燃料は、雷一艦のみであっても1ヶ月は保てるだろう。

 

「初春、吹雪を乗せた雷を護衛し別の港から鎮守府へ燃料を届けろ。多少遠回りになるが貴艦ら艦娘の運動能力ならば問題は無い筈だ。川内は戦艦形態となって此方の戦列に加われ。那珂、北上と共に外側から棲艦形態の敵へ仕掛けて注意と足並みを分散させる。鎮守府側の第二艦隊が形態移行するための場所を確保せねばならん」

≪まて、提督殿。妾もせめて攻撃に加わらなければ戦力が足りぬのではないか?≫

「自分の状況を確認したまえ。回り込んだとして追手が無いとも限らん。加え、貴艦には爆雷投射機を積んでいる。移動と共に潜水艦の動きを牽制していかなければならん」

 

 そればかりか、初春への追手があった場合、残りの魚雷をばら撒く事で水上の敵にも牽制も出来る。他にも、敵魚雷や追手に対して、開発が打ち止めになった「戦闘機」のフレアにも似た効果を発揮できるだろう。あまり駆逐艦の火力や装甲が乱戦に耐えられない以上、早々にこの場からは撤退させておかなければならん。

 

≪…ふむ、意気込んだ妾が浅はかであったか。心得た≫

「理解したようでなによりである。北上は戦艦を狙え。あちらに注意が向いている以上、またとない不意打ちの機会だ。なお、照準・発射についてはそちらに一任する。沈めきれなかったとして、数を撃て」

≪ふふん、この北上さまが下手打つとでも思ってんのー? ガッチガチな命令に縛られるよりはマシだけどね。ああ、でも重雷装巡洋艦はただの魚雷散布機じゃないことも覚えておいてよ? 主砲だってアイツら殺す為の武器なんだから≫

「重々承知しているが、現在貴艦の役割は非常に大きなものとなる。それから川内、敵空母の艦載機が北上に直撃してしまえば魚雷の発射も出来なくなる。貴艦には今作戦において重要な北上の護衛を命ずる」

≪えぇっ私ハエ叩きじゃないんだけど!? 主砲撃たせてもらえないの!?≫

「なにも要となるのは北上だけでは無い。貴艦の働き次第では優遇措置も考慮しよう」

≪……ならいっか。その言葉忘れないでよっ!≫

「二隻は弾薬を全て使い切るまで攻撃の後、敵射程範囲外より外周を回って鎮守府へ。この場は第二艦隊に任せつつ、不測の事態を考慮し即補給に移れ。特に、この場においては夜戦慣れした川内の慧眼が重要だ」

 

 そう言えば、己の能力を認められたが故か川内の機嫌は良好なものになった。扱いやすくて実に助かる。とは言いつつも、艦娘の中でも戦闘を重視する者は眼前に餌を釣り下げておけばすぐさま喰らいついてくるのは有名な話だ。そして、統計的にも戦果を上げてくると言うのだから、実損もない。

 つくづく優秀な兵器たちであると感心できるが、期せずしてそれらを数のみで圧倒する事が可能な深海棲艦の恐ろしさをも今一度噛みしめることになった。

 

「那珂、機を見計らい敵艦隊の中に突入せよ。“出撃帰り”にこの様な仕事を頼んだ以上、己の業を越える働きを期待する」

≪持ちあげられちゃってもアイドルの那珂ちゃんには当たり前でしか無いんだからね? ん~…でも、カッコいい路線にも踏み出せるなら那珂ちゃん頑張っちゃいます!≫

「その意気やよし。では、作戦開始。各自行動せよ」

 

 了解の意を示し、それぞれの思惑がある中で六艦は動き始めた。

 ただでさえ防御の低い艦がバラバラになる作戦。理性も知性もない深海棲艦を相手にするには「誘導」という言葉一つあるだけでも有り余る作戦だ。だが、奴らは突如として安全海域である筈のリンガ泊地鎮守府を直接襲撃してきた異常行動を行った者共。功を奏すかどうかは、天のみぞ知る、と言ったところか。

 

 再び双眼鏡を覗きこむ。

 流石と言ったところか、これほどまでの戦力を残しているリンガの艦隊は熟練度が高いらしい。まだ天龍率いる第二艦隊に大きな損傷は見られないが、戦い始めてそう少なくもない時間が経過しているのだろう。

 そう、我々は深海棲艦の持つ「物量」というものに敗北を喫してきた。ちょうど目の前の光景のように、圧倒的な物量が一定水準の砲撃を延々と吐き出し続けるがために苦戦と敗戦を強いられてきたのだ。

 だが、現在の敵艦数は二十五程度。ここの熟練度が高い彼女らにとって、その程度の数しか居ないのだ。攻撃できない現状を一度でもひっくり返してしまえば、後は彼女達の独壇場となるだろう。ただ、着目すべきは敵の戦艦群。あれほどまでに戦艦が群れているのは、少なくともここ数十年に残っている記録の中では見当たらない。やはり、このリンガ泊地周辺に私の追い求める物があるのだろうと、確信を持つ事ができた。

 だから今は、君たちは誰も沈まないでおくれ。私の悲願のためにも、保っておかなくてはならない距離は離し過ぎても失敗に終わってしまうであろうから。

 

「……こちら那珂艦橋。任務係、燃料が到着次第、戦艦二隻の運用手配をしておけ」

≪本部より艦橋へ。了解しました≫

「手配してほしいのは―――」

 

 

 

 

 深海棲艦。

 改めて、彼の初出撃によってほとんどの艦種を見せつけてくれた人類の天敵は、その中に憎悪と狂気を含めるばかりである。その有様こそが知能を持たない飢えた怪物と彼女らの行動原理を決定し、生きとし生けるものへの攻撃を繰り返させる原動力となる。

 故にこそ、ただ只管に眼前の艦娘たちへの砲撃と、その奥に控える生体反応が詰まった建物…鎮守府への攻撃をやめなかった戦艦級は気付く事など出来なかった。いいや、もし電探を搭載していたとしても、「彼女ら」が動いた時点で運命は定められていたのだろう。

 ただ、冷たい死へ向かう運命が。再び、海の底へ沈められる運命が。

 

 一体の赤いオーラを纏う戦艦ル級が感じたのは、ふわっと浮き上がった感触。重厚な棲艦形態の体は一瞬の浮遊感を体感して、次の瞬間には船底へ言い様のない痛みと熱が同時に発生した事を実感しながら、自分自身の体重で船底から真っ二つに引き裂かれた。

 魚雷が作り出す、特有の破壊現象。着弾点の重みを耐えきれなくなった船が見せる、特有の崩壊現象。何よりも支えきれなくなった自分自身に耐える事すらできなくなった一隻の戦艦は、せめてもの抵抗だと言わんばかりに砲塔を向けようとして、残った船体全てに響いた続けざまの爆音によって、その時より久遠へと意識を沈めた。

 そうして沈んだ戦艦の周囲にもまた、同様の現象が起き始める。

 一体の仲間の死。それに気付いて対処しようとして見れば、感知したのは数えきれない魚雷の数。まるで包んだ絨毯を広げるかのような連続雷撃に反応ができたのは極僅かな、金色のオーラを纏った3隻のみ。しかしその内の1隻を含めて、猛威を振るっていた筈の深海棲艦・戦艦ル級、タ級ら4隻は「北上」の攻撃が通じる棲艦形態であったために、己の体が崩壊して行く虚しさを狂おしい怒りの意識の中に感じながら、怪物としての生涯を終えていった。

 

 それら敵戦艦を撃沈させた北上は、想像以上の自分の戦果に艦となった体の意識内にて口笛を吹いた。あからさまな自分自身に対する拍手代わりの報酬である。

 熟練度が高く、なおかつ出撃前にこのリンガ泊地に現存する中でも優秀な魚雷装備を載せられていた北上。かつての史実に基づいた大戦時とは違い、艦娘となってからは数多くの海域で活躍を見せる彼女の実力はこの海においても遜色のない…いや、他をも抜き去る大戦果を上げている。

 昔の人間同士の戦いとは別に、彼女の牙は放たれれば全てを穿ち、その数に応じて信頼を勝ち取れるだけの戦績を残す。されどここリンガ泊地にて生き残った北上は、それらを当たり前だと自負しながら己の研鑽を止める事は無い。なぜなら彼女も失った「あの時」より、初めて持ち始めた、己を磨かねばならない理由があるからだ。

 

 そうして沈みながらもしっかりと鎮守府以外の敵に深海棲艦が気付いたことがきっかけとなったのだろう。点在していた棲艦形態の敵軽空母からいくつかの艦載機が飛ばされ始めた。魚雷を主として扱うように改装された北上にとって、この艦載機による機動部隊こそが史実においての退場となった原因であり、天敵でもある。

 だからこそ、これを見越していた提督の采配を受け入れた川内が北上の活躍を妨げようとする艦載機(ハエ共)を対空砲で撃ち落とす。攻撃もせず、ただ来るとあらかじめ分かっているのならば、艦娘としてその役目を果たすのは赤子の手を捻るよりも容易かった。なにより、先ほど吹雪を救った時の撃ち落とす感覚(慣れ)が川内に確かな感触として残っている。

 

 北上は川内に頭上を任せ、艦載機に構うことなく自分の仕事を果たし続けた。片弦20門。計40もの魚雷発射管から余すことなく魚雷を撃ち切り、再装填。フラグシップ級のオーラを立ち上らせる敵戦艦をも傷つけていく。

 しかし北上は、ここで自分の役目が終わった事を自ずと理解した。

 

≪ねぇ川内、魚雷ぜーんぶ打ち終わったのって凄い久しぶりなんだけど≫

≪私に言われても知らないって。ほら、この艦載機落とすの手伝ってよね≫

≪それもそっか。こっちも沈みたくは無いもんね≫

 

 あまりにも軽い言葉を出す彼女は、しかし川内と共に重い鉛玉が砲塔から吐き出され始めた。軽巡洋艦型二隻による、意志を持った対空砲の発射だ。

 未だ飛行方法が解明されていない、怪物の様な見た目をした敵艦載機は次々と撃ち落とされていき、爆撃を仕掛けようとする不届き者は己が持つ爆薬の誘爆によって仲間を散らしながらこの二艦を優位に置いてくれていた。そうして掃射され続ける弾丸の雨がやんだ頃には、空気を震わせる空の邪魔者は全て消え去った。

 二艦の対空砲塔が役目を終えたと言わんばかりに低角度へ回り、所定の方向に戻される。その場から離脱するためにタービンの回転数を少しずつ上げながら、またもや北上による呑気な会話が始まった。

 

≪さて、仕事も終わったし安全なところにでも行っとこうよ≫

≪あーあ、結局主砲に回す“弾薬”無くなっちゃったなぁ……夜戦したかったのに≫

 

 二艦は弾薬が切れたことで、少なくとも重巡洋艦の砲撃射程範囲から逃れられる場所まで戦線離脱を行う。通常の軍艦では有り得ない旋回速度、有り得ない航行速度を保ちながらも、その格納庫いっぱいに蓄えた燃料を届けに陸へと向かう。

 こうして一つ、役目を終えた艦の働きによって、戦局には大きな変化が訪れていたのだった。

 

 

 

 戦艦が五隻轟沈。残った二隻のフラグシップ級は何を思ったか、偽装形態へ成ったことで敵の懐に潜り込めるだけの空間が海にできていた。

 この光景を見ていた第二艦隊は、敵の隊列に生じた隙を突く形で一斉に砲撃を行った。敵は玉砕も恐ろしくも無いためか、こちらを取り囲んだまま動こうともしていない。だからこそ、戦艦形態時に受ける戦艦級の反撃の脅威が無くなったこの時こそが天龍たちにとって狙い目となる。

 

≪旗艦・天龍、及びに第二艦隊は攻勢に移ってください≫

「一度喰らい付いたら離さないわよッ! 左翼は任せなさい!!」

「よっしゃ、戦艦どもの隊列が崩れた!」

「青葉ちゃん、摩耶ちゃんも一気に突っ込んじゃって~!」

「っし! あたしの出番だなッ!!」

「青葉、行きます!」

 

 一気に間合いを詰めて、反対側は足柄に任せながら龍田と一緒にあのウザったい駆逐艦共から仕留めに掛かる。ようやく俺達のターンが回ってきたみたいだなと思う。砲撃と一緒に、近くに居た偽装形態の駆逐艦を斬り捨てながらに思考する。

 あっちで活躍している足柄みたいに、重巡洋艦は火力や装甲は戦艦にこそ及ばないものの、この軽巡洋艦以下から正面の撃ちあいになったとしても生き残ることができる装甲などが自慢だ。それにアイツら摩耶と青葉が形態変化したことによる排水量は合わせて24,159トン。その大質量が齎した波は水しぶきを撒き上げて敵の視界を防ぐばかりか、近くに居る深海棲艦の船体を揺らし、敵同士の接触で傷をつけていってやがる。

 戦局の反転。このままなら、イケる。数で押されていたが、やっぱりアレだけの死線を潜り抜けた俺達なら絶対に勝つ事ができると確信した。

 

 青葉と摩耶。同じ重巡でも足柄と違って、目に見えて戦闘に飢えた様子もない二人はあんまり前線には出なかったが、重巡洋艦のパワーは艦娘なら誰でも理解している。それに、自分が情けなくなっちまうが……棲艦形態だったら絶対に勝てないフラグシップ級戦艦が形態変化してくれたことで、青葉の影に隠れながら駆逐艦三匹を悠々と葬れた。

 案外、この編成だと動きやすいもんだなと楽観する。だが……そうして調子に乗ってきた所で、罰でも下ったとでも言うのだろうか? 後ろから艦載機で戦況を伝えていた最上から大音量の通信が響き渡った。最悪の知らせと一緒に。

 

≪青葉さん! 戦艦級に狙われてる!!≫

「―――はぁ? おい、最上テメェ何言ってん」

 

 馬鹿にしたのが間違いだった。

 冗談なんかじゃ、なかった。

 

 まず、俺達の常識として艦娘と深海棲艦には「戦艦形態と棲艦形態でのみ攻撃は通じる」「艤装形態と偽装形態でのみ攻撃は通じる」って、面倒臭いがジャンケンみたいに変わらないルールってのがある。

 艦娘の攻撃には「浄化の力」が、深海棲艦の攻撃には「穢れの力」があって、俺達みたいな「軍艦の魂」は霊的存在が具現化した特殊な存在は、他の生物と根本的に違う存在の階梯ってのがある。そう言うのも含めて、俺たちが生まれた当初から「知識」として頭の中に埋め込まれている。

 だから、さっきまではスペースもないし棲艦形態の戦艦級の攻撃に晒される危険があったから、みすみす死にに行くだけの形態変化をする奴はいなかった。だから、今この時に反撃を仕掛けようとしたんだ。なのに、

 

「青葉ぁっ!?」

「青葉ちゃん!」

≪ああああぁぁぁあああぁぁぁ!≫

 

 目の前で、黄色いオーラを発するル級から撃ちだされた砲撃が青葉に直撃する。

 船尾に浴びせられた爆発はタービン周りを全焼させ、戦艦形態の青葉を容赦なく海の底へ沈めようとしている。例え沈んでも引き上げられる鎮守府の目の前だからとか、そんなんじゃなくて、ただ青葉の体が修復すらできないほどに破壊されてしまう―――?

 認めない。認められない。やらせてたまるかよ。

 だけど、それもこれも、こんな襲撃も、全部「アイツ」が来たからじゃあないのか? いや、そんなことより、もう敵のフラグシップ戦艦は次弾装填を終えている頃かもしれない。このままじゃ、青葉が沈んでしまんじゃないのか? 駄目だ。間に合わない。また、俺は何もできないのかよ―――

 

「あ、青葉ぁぁぁあ!!」

 

 今度は、目の前で仲間が沈められる。そう思うと、叫ぶしか無くて、それでも此処から走ったところで間に合う筈もなかった。既に海面に立つル級の砲塔は全て青葉に向いていて、一層強くなった穢れの波動が青葉を殺そうと吐き出される――――その、直前。

 

≪那珂、轢け≫

 

 巨大な船体が、直接二体のフラグシップ戦艦級を踏み潰した。

 聞こえてきたのはいけすかない、しわがれていても重厚さが感じられる老齢の声。俺達の提督が死んだ事を馬鹿にするように、代わりなんて幾らでも居るんだって言ってきたような新任のクソジジイの声。

 だけどそのジジイが乗った那珂が、最高のタイミングで青葉の危機を救った。

 

≪ぐ、うううぅぅぅうう……っ!≫

≪重巡洋艦青葉、すぐさま艤装形態へ移り、そのまま海へ沈め≫

≪ぁ……なに…を…っ?≫

「なっ! 何言ってやがるクソジジイ!!」

 

 こっちの叫びも無視して、あのジジイは淡々と馬鹿みたいな命令を下しやがった。

 

≪伊号型潜水艦二隻は沈みきる前に重巡青葉を回収に向かえ≫

≪ひゃっ!? ハ、ハイ!≫

≪天龍型二隻は那珂の左舷をカバーしつつ、敵を行動不能にせよ。那珂、全砲門を右舷に集中! 最上は艦上攻撃機を飛ばし撃ち漏らしの掃討≫

≪那珂ちゃん了解っ! いっけぇぇぇっ!!≫

 

 あえて沈ませて回収する。確かに沈んでから見捨てられて、完全に機能停止するまでが艦娘にとっての「轟沈」ではあったが、そんなのは盲点でしかねえ。つうか、いくらなんでも誰も思い付く筈もねえだろ。そう思っていところで、摩耶の砲撃音がまた俺の意識を戦場に引き戻した。

 摩耶と青葉が形態変化して、また那珂が全速力で突っ込んだことでまだ海中の海流は大きく乱れたままだ。これならあっちも魚雷は撃たないだろうし、撃ったとしても当たらない。潜水艦の薄い装甲でも「攻撃せず助けるだけ」なら青葉を助けられる確率が跳ねあがる。

 那珂はあのジジイの言葉を疑っていないようで、すぐさま真横に居た棲艦形態の敵を砲撃し始めた。いくらか反撃を喰らっているが、繰り返す衝撃で奴らも動揺してるのかまともに那珂に攻撃が当たってすらねぇ。攻勢に転じようとしても青葉が攻撃されて有耶無耶だったのに、完全に戦況を、攻勢へひっくり返しやがった。

 

「………」

≪呆けている暇は無い。分かっている筈だ、軽巡洋艦天龍! 龍田!≫

「あ、あぁっ!」

「ハッ!」

 

 いつかのような、懐かしい提督の命令による強制力。それが俺達の体を巡って、頭で何かを思うよりも先に、那珂の左舷側に居た敵を斬っていた。偽装形態の重巡リ級と駆逐イ級に、俺達天龍型特有のメカニカルな近接武器を叩きつける。龍田に残骸を蹴り飛ばしながら、あちらからも飛んできた偽装形態の駆逐艦を一緒にぶった切った。

 それから、すぐに砲口を反転。龍田の不意を討とうとしていたリ級の左肩から右の腰まで、胴体から真っ二つに引き裂く。放り投げたリ級の残骸には、念を押して最上の飛行甲板から飛び立った瑞雲が爆撃で偽装形態の敵を微塵も残さず焼き切った。鼻に香ってくる硝煙の匂いは、先ほどまでの悲劇があったにもかかわらず、否応にも俺の気分を高揚させる。

 そうしているうちに、またあのジジイの声と、任務係とか言う奴の声。それから沢山の仲間たちの声が共有通信から響いてきた。

 

≪こちら艦橋、伏見だ。伊号型潜水艦二隻、状況を報告せよ≫

≪イムヤよ、青葉さんは回収したわ。でも敵艦が……≫

≪お爺ちゃんと那珂が轢いたフラグシップが2体とも海面に浮上してるの! ダメージも入ってないみたいだしメッチャヤバいの!!≫

≪本部より艦橋へ。初春・雷が無事に燃料を持って本部に到着しました。吹雪はすぐさま入渠させてあります。ご希望の二艦は弾薬と燃料の補給が完了次第其方へ派遣しますのでしばらくお待ちください≫

≪本部に到着次第、すぐさま回収させた青葉を入渠させろ。伊号型二隻は敵が態勢を取り戻さないうちに即座に帰還、反転及びに迎撃の必要は無い。各艦、浮上するフラグシップ二艦の動きに注意を払いつつ敵軽空母を優先目標とし掃討を開始。重巡洋艦・足柄は那珂の右舷にいる敵を遠慮なく薙ぎ払え。役割の衝突が無いよう注意しつつ、貴艦らの攻撃方法は一任する≫

「やっはぁぁぁぁ!! 撃っても良いのね? いいのよね!? さぁ、撃てぇー!」

「天龍ちゃん、いまはッ」

「分かってるさ。戦艦の奴らが来るまで時間稼ぎと本命以外の掃討だよなッ!!」

 

 最後の駆逐艦を蹴り飛ばし、空に浮かせたそれを龍田と並んで砲撃する。那珂から見て左舷に残存する敵は偽装形態の潜水艦2隻。反対側には残る1隻の棲艦形態がいる。となると、万が一を考えて俺たちは潜水艦を排除しなくちゃならないってことだった。

 

≪本部より第二艦隊旗艦・天龍へ。龍田と4時の方向へ船首を向け、微速前進。爆雷投射を行ってください≫

「……爆雷用意(よぉーい)ッ!」

「爆雷準備完了よ~」

≪投射≫

 

 背中の艤装に積んだ爆雷投射機から爆撃が放たれる。間の抜けたぽちゃぽちゃという水面が跳ねる音が耳に響いたが、それからしばらくして深くまで潜って行った俺達の攻撃が水面よりも下を振動で震わせた。爆撃直後でこっちから敵反応は分からなかったが、淡々と読み上げる「任務係」とか言う奴の声が潜水艦の脅威が去った事を証明した。

 

≪命中確認。敵潜水艦カ級二隻は撃沈しました。投射を切り上げ、共に速度を上げながら敵反応から離れた地点でターン。これより三○秒後、前線に戦艦が到着するまで裏取りと待機をお願いします≫

「三十秒……」

 

 遂に、燻らされていたアイツらが運用されるのか。

 そう思いながら、少し思考にふける。いまこの時は第二艦隊とか、艦隊の括りも関係ない。俺たちを含めてこの海域には10隻以上の艦娘が溢れている。鎮守府にいるあの任務係(オンナ)からの情報提供があったとしても、途中から来たに過ぎないあのジジイは必要最低限の時間で的確な判断を下してきやがった。

 これまたいらただしい事に、晴れてあのジジイの有能さは知らしめられたってことだ。それを兵器として、俺も心のどこかでソレを認めちまってるのが悔しい。前の提督より、こうして沈まないようにしながらも、確実に活躍の栄誉と自己判断も可能な役目をくれる指揮で戦場を駆けまわれることに喜びを感じちまった。ソレは多分、隣の龍田も同じなんだと思う。

 

「天龍ちゃん。もう、引きずれないのかもしれないわ」

 

 あのアイツが、こんな事を言う時点で。

 

「ああ……そうだなぁ。認めちまったんだ。兵器としての俺が。だったら、それに従うしかねえ。兵器である事を思い出させてもらったおかげで、そんなのは十分に分かってるさ!! そりゃなぁ!!」

「そう、ね……」

 

 伏見丈夫。俺たちの新しい提督。

 俺たちを優位にただ優しく扱うんでもなく、その状況を使って敵を陥れて、ある程度は俺達独自の判断でも活躍できるように戦況を操っている。その実力は、対艦巨砲主義しかできないぽっと出の提督じゃ真似できない、それでいて安全ロープのついた綱渡りをするような安心感のある指揮。

 結局、俺たちが持っていた「提督」への感情は、雛が親鳥を見るようなもんだったのかもしれねえ。だけど、感情を持っている以上、そう思った自分が恥でしか無いとも。その「提督」への追悼の感情が正しいんだとも心が訴える。最悪の板挟みだ。

 だが、兵器としては、製造(存在)理由としては今の方がずっとマシらしいな。あのクソムカつく澄ました顔のジジイに対して、そこだけは認めなくちゃならねえ。認めなかったら、今度は兵器としての俺自身が俺を許せなくなっちまう。

 ただ、それでも伏見とか言うクソジジイは気にいらない。幾ら有能であっても、俺達の提督をただの情報源にしか思っていない様なヤツは、俺が「感情」あるモノとして、心を許しきったら駄目なんだと本能から思う。

 だが戦場では、ちゃんと従ってやる。そこだけは、俺も譲らないでやるよ。

 

 

 

 残った深海棲艦から発せられる、底冷えのする様な殺気が、視線がこの身に集中している。艦娘の様な仮初の命ではなく、ちゃんとした一つの人間としての生命を持った私を、深海棲艦共はいたくお気に入りのようだ。この年にもなって人気者とは辛いばかりだよ。

 だがその中に混ざっているのは、殺意に匹敵しない敵意。ツンケンと尖りながらも、憎みきれない意志があると言う事はつまり、この指揮する艦娘の中の誰かが私に改めて敵意を持ちなおしたという証拠でもあろう。気にいらない上司へありありとした不満を見せる部下とまったく同じだ。むしろ、軍規に逆らおうなどと考えている辺り微笑ましいとすら見える程のひよっこが良く発する敵意だ。

 だが、力を持った艦娘どもが発するソレは面白いように「質」が違う。独特の気配は戦いに秀でていない人間にすら伝わり、まるで艦娘たちが持つ強烈な特徴そのものを目に見えない感情ですら形に当て嵌められているようにも思えるのだ。

 その中でもやはり、戦艦級ともなると高速戦艦・大戦艦は揃って鋭く引き絞った様に照準を合わせてくるものだ。戦場では心地よい、そんなありありとした戦う実感を思い起こす者共。

 

≪金剛型戦艦一番艦。金剛、到着したヨーッ!≫

≪長門型戦艦二番艦の陸奥よ。私は何をしたらいいのかしら≫

 

 鎮守府から走ってきた二隻の戦艦。このリンガ泊地に現存する全ての艦娘の中で最も高火力を誇る五隻の中でも抜きんでて実戦経験率が高い二隻。双眼鏡で陸奥の第三砲塔の異常が無いか確認しつつ、私はただ無感情に指示を下すことにした。

 

「那珂の両側面より敵フラグシップ級が浮上した。なお、形態に関係なくあちらの砲撃が此方に通じるらしく、戦艦形態は不利と思われる。戦艦陸奥は後方に控えさせた足柄と、戦艦金剛は天龍、龍田と追撃の形で仕留めよ。潜水艦を相手にできん以上、重巡摩耶は弾薬が心許無い。即座に戦線離脱せよ」

≪はいはい。命令なら仕方ねーな≫

≪ハッ、Flagship如き早々に沈めて見返してやりマース!!≫

≪足柄、立ち周りのフォローは任せるわね≫

≪仕方ないわねっ! 主役は譲るわよ陸奥!!≫

 

 二手に分かれて戦艦級と交戦を繰り広げた二隻から視線を外し、残る潜水カ級の動きに注目する。元より、ここは海岸近く。荒れに荒れた海流もすぐさま収まり始めた以上は対潜能力を持たない艦をすぐさま下がらせなければ青葉の二の舞である。

 

≪提督さん、戦艦級二隻に加えて潜水カ級が残ってるけどどうするのっ?≫

「敵位置は掴んでいるが、あちらは偽装形態だ。那珂は万が一にも戦火に巻き込まれないよう前進し、深度を上げた棚台のある陸へ船体を寄せたまえ。下からの攻撃では敵も貴艦を狙えなくなるであろう。艤装形態の最上は艦載機を飛ばし撃ち漏らした敵潜水艦を早々に仕留めよ。現在那珂を挟んで反対側に居る天龍、龍田の注意をそらすわけにもいかん」

≪わ、分かったよ。行って、皆!≫

 

 マイクから離れる。私は、自然とその言葉を呟いていた。

 

「さて……勝った、か」

 

 これでもかと確信を胸に、これから一方的な戦いが行われるのであろう戦場を、那珂の艦橋から見渡した。

 

 今回こちらへ寄越した金剛、及びに陸奥。この二隻は前提督の指揮の下では故・長門及びに故・榛名に並ぶ最高の火力を持つ戦艦だ。第一部隊への配属は高速戦艦運用の際と拠点防衛で使い分けられ、そして前提督が六艦編成で例の「作戦」とやらに行く際は外された現存する五隻の戦艦のうちの二隻でもある。

 だがやはり、その年季と経験の差が他艦とは圧倒的な差が目の前の戦闘から分かる。戦果を記した資料には、人類の生存ではなく己の階級のために縛りつく馬鹿どもが書いたソレとは違い、愚かしいほどに真っ直ぐな前提督の人柄を映したように決して虚偽など含まれてはいなかったらしい。

 

 海面を駆け、一直線の単純な航行を見せたかと思えば、およそ戦艦の敵の砲塔そのものへ副砲による精密な砲撃。敵を沈めるに至らない筈の砲撃は、部位破壊には十分な火力を成し遂げた。加えて、さらに驚異的であるのが、敵が砲撃をする直前だったという点。そして、後方に控えた援護艦も語らずして連携を取っていたこと。

 金剛と陸奥。記録によれば、艦型は違えど同じ海を駆けた数は数百に匹敵する。そして此処に居る艦は最低でも十度以上、アレらと部隊を共にしてきた経験があった事を思い出す。ソレから見せられたのは流れるような「作業工程」であった。

 

 足柄の砲塔が十門全て火を噴いた。狙いはダメージではなく、あくまで補助に徹して行動不能に陥らせる事。先ほど行った那珂の突撃は不意打ちであり、一時的に行動不能へ陥らせたに過ぎなかったのだが、戦艦にとって止まった的を狙うのは即ち一撃決殺を意味する。

 軽巡洋艦・天龍たちの力任せに振り抜いた剣と薙刀が敵戦艦の両腕を艤装ごと切り落とし、敵の切断面から火花が飛び散った。この暗い海の中で「マーキング」を終えた軽巡二艦は離脱し、すぐさま先ほど仕留めたのであろう敵潜水艦二隻の残骸に身を隠して砲撃を逃れる。足柄は重巡の馬力で敵の残骸を持ち上げながら盾にし、その場を後退していたので戦艦が戦える場所はこれにて完成する。

 そして相対したのは二隻二対の戦艦同士。片や満身創痍、片や万全の状態で砲塔を向けあい、恐るべき威力を発揮する弾丸を炸裂させんと向き合うが、その位置は完全に敵を追い詰めた形。もはやフラグシップ級の脅威など、微塵も感じさせない必勝の布陣であった。

 

≪終わりよ≫

≪Fire!≫

 

 無慈悲に撃ちこまれる主砲は、敵の体に吸い込まれるように着弾、爆裂。

 そう、記録ではこの頼もしき二艦が沈めた敵フラグシップは総計二百以上にも上る。青葉を沈めかけたあの砲撃の威力も十分に彼女らは知っており、故に油断もなければ慈悲もない。ただただ、フラグシップ級戦艦という敵の一挙一動の隙を完全に突き、何一つとして行動させずに敵を殺す。敵の死を証明するかのように、フラグシップ級戦艦がいた海面は黒い煙が立ち昇るばかり。その残骸ですらも、戦艦艦娘の火力の前では残らない。

 はて、恐るべきは場を用意した戦艦の活躍と言うべきだろうか。伏見はそのような事を思いつつも那珂の艦橋から通信を開き、作戦完了を告げることにした。

 

「作戦、終了だ。各艦は警戒を怠らずに帰港せよ」

≪北上でっす。こっちももう戻ってもいい? 燃料が重いんだよね≫

≪…天龍、第二艦隊帰港するぜ≫

≪金剛帰還しマース! さてミスター、そろそろ考えてくれるネ?≫

「貴艦の主張は理解したぞ金剛。第三・第四艦隊の編成を近日発表し、近いうちに貴艦との面談の場も考慮しよう」

 

 想像以上の戦果を上げたからには相応の褒美が必要になる。正規の軍人ではなく、しかし意志を持って戦いに臨んでくれた兵器への対応として、決して無碍にしてはならぬ道理であり、当然のことだ。だが反対に、想像通りの戦果でしか無かったのならばそれを当然としなければならん。

 リンガ泊地所属の艦娘は36艦。個人で運用する身として、あまりにもアレら艦娘は多い。しかし艦娘の全てを把握しておかなければ私の悲願も達成されることは無い。金剛、はともかくとして注意を配らねばならんのは天龍、そして陸奥だと言う事を理解した。吹雪に関しては既に対処法がある。気にする事もないだろう。

 

 タラップを降り、陸地から鎮守府へ歩き始めると艤装形態へ移行した那珂が後ろから付いてきた。彼女が居なくなったことで波が穴を埋めるように押し寄せ、海岸に大きな水飛沫が上がる。…これからは形態移行の際、大型艦の近くに居る事は控えねばならぬ、か。

 

「……いいや、問題はまだまだ残っている、か」

「今日は本当にお疲れさまでしたー! 地方巡業の後に大ステージに立てるなんて那珂ちゃん思わなかったなあ。しかも戦艦相手に英断を下した提督さんはカッコよかったよ!」

「心にもない事を言うな。慰労なら本来の役目を与えられなかった川内にでも振っておくと良い。貴艦はこれから朝まで不意になった書類整理の手伝いだ」

「えっ、メイクは? お風呂は?」

「まず兵器として必要のない行為は自由時間に済ませておくべきであろうに。今回は持ち帰った燃料の統計に加え、吹雪・青葉の大破によって修繕に掛かる時間と状態の確認次第では予定を組み直す必要もある」

 

 そうだ。予定は組み直さなければならない。

 決して思い通りの方向そのままでは無い。多少のずれがあれば、計画を達成に合わせて微調整する必要がある。ソレを怠った者の悉くが、小さな亀裂から崩壊させてしまう光景など腐るほど見て来た。軍の上層部にはそのような内情が溢れているのだからな。

 

「だが、まずは」

 

 この腕の治療からだ。

 リンガ島の奥地に居ると言う、「医者」を訪ねなければなるまい。

 

 

 

 

 ぐるぐると、顔を書いて今日の分は終わりなのです。

 司令官さんの顔は……えっと、どんなでしたっけ? もうずっと見てないから、思い出せなくなっちゃったなぁ。本当なら、電たち艦娘は物を忘れるなんて事は無いのに。駆逐艦の中でも、やっぱり欠陥なのかも。

 

「………………」

 

 新しい司令官さん。すっごく厳しそうなおじいちゃんで皆が心配です。演説の時は声がびりびりしてたから黙るしか無くて、すっごく怖くて目だって合わせられません。こんな臆病な電を、どうするのかも心配です。

 心配です。みんなみんな、電はとっても心配なのです。

 

「…………」

 

 そう言えば電の声って、どんなのでしたっけ?

 




縛り内容公開(今回はオリジナル設定の中のもの)

 難易度:高
・深海棲艦の一部に限り、形態に関係なく艦娘に損傷を負わせることができる。


この世界の常識
    攻 撃
棲艦形態 →○戦艦形態  偽装形態 →○艤装形態
戦艦形態 →○棲艦形態  艤装形態 →○偽装形態
棲艦形態 →×艤装形態  偽装形態 →×戦艦形態
戦艦形態 →×偽装形態  艤装形態 →×棲艦形態

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