「神機くん、悪いね。今日も手伝ってもらって」
「別にいいですよ。力仕事は得意ですし、俺もちゃんと給金頂いてますから。」
建築現場での作業中、区切りの良い所で親方が声をかけてくれる。中学生の俺を日雇いで雇ってくれているだけでも大恩なんだ。これ以上、感謝の言葉を言われても困りますよ。
「いやいや、殆ど仕事のない俺の会社じゃ常に従業員をおいておく余裕がなくてね。そんな中、声かけて直ぐに来てくれる男手があると本当に助かるんだよ。そこらの男よりも力もあるし。真面目だし。」
と、腕を組みながらウンウンうなずく親方。
俺の体は全体的には細身だが、タンクトップから覗く体つきはかなり引き締まっている。実際鍛えているし、俺の目指すヒーロー像に筋力は必要不可欠。だからこそ、力仕事で働きながら給金を貰えるこの現場は俺にとっては願ってもない環境だ。
「しかし、雄英志望か。受かっちまったら寂しくなるなぁ。娘も雄英に行くって言ってるし、従業員と娘が同時に上京しちまったら…」
そう話しながら肩を落とす。雄英試験も目前に迫っており、勉強や個性の特訓も必要だ。が、俺には目先のものが必要だ。受かれば奨学金制度を利用して入学する予定ではあるが、出来ることはやっておく。…噂をすれば、娘さんが来ましたよ
「父ちゃんと神機君おつかれ!冷たい麦茶持ってきたよ!」
そう言って、ショートボブの女子『麗日お茶子』が飲み物を持ってきてくれた。キンキンに冷えた麦茶を飲み干していくと、体全体に染み渡るように冷たさが広がっていくような感覚になる。
「くはぁ…うめぇ。ありがとな」
「全然ええよ!今回も急やったのに来てくれて助かった!」
ニカッと笑う。日雇いの求人を見て、面接に行った時にたまたま事務所で出会ったのがファーストコンタクトだった。そこからは同じ学校であると知ると、急な人手がいる場面で連絡を取るようになり、気づけば仲良くなっていたという状態だ。
「お茶子…本当に雄英に行くのか?父ちゃん寂しいから近場のほうが…」
「もう!またその話?」
親方は可愛い娘を一人で上京させたくないみたいだ。確かに、まだまだ若い女の子を一人で…と言うのにはどこの親も同じような心境になるだろう。まぁ、家庭の話をあまり聞きすぎるのも良くないだろう。
俺は木材置き場の空いているスペースへ移動し、型の確認を行う。俺の個性は強化型のため、ヒーロー改め、師匠から教わった拳法が全てなのだ。日々の鍛錬と型の確認は日課であり、基本である。
「いっつもいっつも真面目やね」
型の確認から、イメージ通りの動作か確認をしている所で麗日が声をかけてきた。木材に腰掛け、頬杖をついている。俺にとってはこれが目指すべきスタイルだからな。
「目指すべきスタイルって言うんは、この前話してくれたヒーローのこと?」
あぁ。泣くことしか出来なかった俺に、ヴィランに立ち向かう術とヒーローの凄さを教えてくれた人だ。他のヒーローの事は正直言うと興味ない。俺のヒーローはあの人だけだからな。俺もあの人みたいになるんだ。
俺の話を聞いて「立派な人やったんやね」と笑う。少し遠慮気味に笑っているのは、ヒーローを目指す理由に『お金を稼いで家族の生活を楽にしてあげたい』という、金銭が動機に入っている後ろめたさがあるからだろう。俺の話をしたときに教えてくれた。
「師匠は立派なヒーローだ。今はどこで何をしているのかもわからないけれど、きっと俺と同じように泣いてる子供達を助けてるに違いないさ。」
そう言って、一通りの基礎を終えた所で麗日を手招きする。わざわざ今回の現場に着いてきたのにも理由があるんだろ?そう言って口元をニヤリと上げると申し訳無さそうに「バレタカー」と頬をかく
「ジャージで来てる時点でバレバレだよ。ヒーローになるなら、体術は覚えておいて損なんてないからな。特に、お前の個性だと接近戦で相手に触れれば、ある意味勝ちなんだからな。俺も相性が悪い」
そう話すと「えへへ~」と笑う。いつもニコニコと笑顔が絶えないのは良い事だ。今からクッタクタの顔になるんだがな。
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「今日はこんくらいにしといてやるよ」
「あ………ありがとうございました…」
礼と同時に前のめりに倒れ込む。俺も汗をタオルで拭う。今日もいい運動になった。汗かいてるんだから倒れ込むと砂まみれになるぞ。
「もう、そんなん気にする余裕あらへん…。今日も一回も触れんかった…」
当たり前だ。こっちは触られたら負けっていう俺ルールで動いてるんだからな。それにしても、同じ雄英志望とわかるやいなや「私にも教えて!」と迫ってくる麗日に気圧されて、了承してしまった事を最初は後悔したが…この根性を見ていると、今では吝かではない気分ではある。
「今更になって聞くんやけど、その拳法なんていうん?」
「俺も教えてもらえなかった。そもそも、師匠は基礎を丁寧に教えた上で『此処から先は自分で型を見つけろ。十人十色がワシの教えだ』って言って、模索するしかなかった」
よっこいしょ…と言いながら、地べたに座り直す麗日。ほっぺにも砂がついているが、ジャージも砂だらけになっている。…あんまり汚されると俺が親方に「随分、熱心に教えてくれたみたいだな」って無言の圧力が来るんだぞ。
「大丈夫大丈夫。父ちゃんにはちゃんと話してるから!でも、最初の頃に比べたら大分惜しい場面も出てきとるし、もうちょっと!って感じ!」
グッと両手を胸の前で握り込む。元々、運動神経がいいんだろう。飲み込みも早く、柔軟な発想力から裏をかくようなフェイントもあった。将来性は十分にあると思う。これなら実技試験が組み手とかでも十分通用するだろう。
「あ~、でも試験まであと1ヶ月ほどやね。神機君は緊張してなさそうで凄いなぁ…」
んなわけねぇだろ。緊張してるよ。ただ、何かしてないと不安で耐えられないんだよ。お前もそうなんだろ?。麗日に目線をやると、ニコニコした笑顔が曇り、不安そうな表情になる。
「確かに不安やけど、なるようにしかならんよ!やれることはやったって、胸を張れるように頑張るだけ!」
そういいながら、さっきまでの不安そうな表情を隠すかのように笑った。
大丈夫だよ。お前なら受かる。まぁ、俺も落ちる気はないけどな。お互い、ラストスパート頑張ろうぜ。
「うん!お互いにファイト!やね!!」
そう話していると「そろそろ帰るぞー」と親方が呼ぶ声が聞こえた。麗日の姿を見てジロリと視線を向けられたが「今日もあかんかった~」と笑顔で話す娘を見て今回も許してはもらえたそうだ…。
雄英試験…流石に怪我しては元も子もないから、試験日までは勉強のおさらいと鍛錬だな。師匠に会えるなら会って助言を頂きたい所だが、かれこれ姿を見なくなって5年になる。…いや、会えなくても俺の理想は常に原点と共にある。まずは雄英試験合格。その為にやれることを積み重ねるだけだ。