「――トーヤ!」
「え――――」
背後からいきなり抱き付かれた十夜は、驚きながらも相手が誰かを確認して、そして驚愕した。
「ユ……キ……!?」
「ひっさしぶりなのだー!」
その相手は、かつて自身を救い、そして自身が救えなかった少女であった。
「どう、して……ここに……?」
「ここにトーヤかもしれない人がいるってトーマとジュンが教えてくれたのだー」
正確に言えば、小雪の行方を調べた大和たちが葵冬馬たちに接触をして教えたのだが、小雪も知らないその事を十夜が知るわけはなかった。
もしも彼女にまた会えたら、言おうと思っていた言葉があった。
しかし、十夜はその言葉を紡げなかった。そんな資格が自分にはあるのか不安だった。
そんな十夜の心中を知ってから知らずか、先に口を開いたのは小雪であった。
「……僕ね、トーヤにずっと言いたかった事があるんだ」
「言いたかった事……?」
恨み言を言われるのかと思った。非難されてもおかしくないと思った。
だが、小雪の口から出た言葉はそのようなものではなかった。
「あの時、約束守れなくてごめんね」
「約、束……?」
「あの時、僕にトーヤの仲間を紹介してくれるって言ってたのに、僕行けなかったから……」
「それは……!」
それは謝られるような事ではない。小雪が来れなかったのには理由があって、それは母親との一方的な不仲からくるもので、それに気付けなかったのは自分である。
十夜はそう言おうとした……言おうとしたが言えなかった。
言えば今度こそ責められると思った。思ってしまった。小雪から責められるという恐怖で、十夜は口を噤んでしまった。その事に十夜はさらに自己嫌悪してしまう。
「それとね……」
だが、小雪はそんな事知った事ではないとでもいうかのように、続けて口を開いた。
「――あの時、僕と遊んでくれてありがとう!」
「――――」
その屈託のない笑顔で紡がれた小雪の言葉に、十夜は言葉を失う。
今までずっと後悔していた。あの時何かを出来たのではないかと思い続けていた。しかし何もしなかったが故に失い、何もできなくなった十夜は小雪に示してもらった武道に打ち込むしかできなかった。
十夜は小雪に恨まれていると思っていた。
しかし、違っていた。
小雪は十夜を恨んでなどいなかった。むしろ一緒に遊んだだけの事を、今でも心から感謝していた。
『それは口だけで心の奥底では罵っているのかもしれない』……そのような考えは不思議と浮かんでこなかった。
小雪の笑顔を見て、これが本心からの言葉なのだと不思議と理解できた。
そう理解できた途端に十夜の涙腺は緩み、自然に涙が目から零れていく。
それだけで、たったそれだけの事で、今まで自分を責めて、罪悪感を持ち続け、どこか張りつめていた十夜の心は、再び救われたのだ。
涙を流しながら、思わず声を上げて泣き出してしまいそうな中で、その前にこれだけは言っておきたいと、十夜は喉を振り絞るように言葉を紡いだ。
「……こっちこそ、ありがとう……!」
「……トーヤ? どうしたの?」
「ごめん……ごめんな……! 本当に、ありがとう……!」
「うーん……よ~しよ~~~し!」
泣き崩れる十夜を胸に抱いて、子供をあやすように頭をなでる小雪。その顔はいつも天真爛漫な彼女としては珍しく、慈愛に満ちていた。
「ねえトーヤ……これからも僕と遊んでくれる?」
「うん……うん……!」
――――こうして、かつて互いを救い合った二人は再び出会ったのだった。
◆◆◆◆◆◆
―川神学園・通学路―
今日は風間ファミリーとではなく、ユキたちと登校する事にした俺は、通学路のいつもの場所で三人を待つ間、今朝修行中に感じた気の高ぶりに関して聞くために、ある人に電話をかけていた。
「もしもし釈迦堂さんですか?」
『あー……その声、十夜か?』
「今朝釈迦堂さんの闘気感じましたけど……その声の感じ、負けたんすか?」
『…………』
この沈黙は肯定である。釈迦堂さん的には口に出すのも嫌なくらい認めたくない事だろうが、間違いなく肯定の意になっている。
「……修行不足っすねぇ」
『うっせぇ! 俺だってわかってらぁ! そのせいでこちとら働かないといけなくなったんだしよ!』
「働く? 釈迦堂さんが? なんでまた?」
『そういう賭けだったんだよ』
……戦いで労働云々の賭けをするってどういう事なのか……
「……てか釈迦堂さん誰に負けたんです?」
『あー……名前何つったっけ……ほら、九鬼にいる偉そうな金髪のジジイだよ』
「……その人の名前、ヒュームだったり?」
『そう、それだ!』
「その爺さん九鬼の最高戦力じゃないですか……修行サボってるくせによく勝てると思いましたね」
『昔見た時より弱くなってると思ったんだよ』
「相手の強さを見誤るとは……本格的に鈍ってやがる……!」
『うるせぇよ! ……ま、就労の約束なんざ、いざとなりゃブッチすればいいだけよ』
「とことんマダオだなぁ……」
釈迦堂さんの社会不適合っぷりを再確認していると、視界にユキたちが歩いてくる姿が入ってきた。向こうもこちらに気付いたのか、こちらに手を振りながら近づいてくるので、釈迦堂さんとの会話もそろそろ終える事にした。
「じゃ、そろそろ俺も学校行かんといけないんで釈迦堂さんも労働に勤しんでください」
『働かね――――』
その釈迦堂さんの言葉を最後まで聞く前に俺は通話を切った。半ば一方的に電話を切る形になってしまったが、まあ何かあったら再度電話をかけてくるだろうし、問題ないだろう。
「トーヤー! うぇーい! おはよー!」
「おはよー、ウェーイ!」
元気よく駆け寄ってきたユキといつものように謎の掛け声とともにハイタッチをかわす。
「おはようございます十夜君。今日も素敵ですね。よろしければ放課後出かけませんか? ホテルなどに」
「おはよーっす冬馬先輩。今日の放課後は用事あるんでお断りします」
「おや、つまり予定がなければ誘いを受けていたと?」
「それは違います。なくてもお断りっす」
「残念です」
「あ、ハゲ先輩おはよーっす」
冬馬先輩にも挨拶をして、最後にハゲ先輩にも挨拶をしたのだが、何やら真剣な表情でこちらを見てきている。その視線からは何やら揺るぎない決意と覚悟が篭っているように感じた。
重々しい雰囲気を纏ったハゲ先輩は、意を決したかのようにその重い口を開いた。
「十夜……悪いがここでお前を討たせてもらう」
「……は? どうしたんすかハゲ先輩?」
「悪いものでも食べたのー?」
「まあまあ二人とも、まずは準の言い分を聞いてみましょう」
いきなりおかしなことを言いだしたハゲ先輩に俺とユキは思わず頭の心配をしたが、冬馬先輩の提案に乗ってハゲ先輩の主張を聞いてみることにした。
「俺は昨日の朝、全校朝礼で紋様のその姿を見て、その圧倒的なカリスマに衝撃を受けた」
「カリ、スマ……?」
「確かにカリスマ溢れてましたが、準の場合は容姿重視だと思います」
「ロリコンは不治の病なのだー」
というか話の内容がいきなり昨日になって戸惑っているのだが、まあ多分説明しとかないといけない部分なのだろう。とりあえず突っ込まずにハゲ先輩の話の続きに耳を傾ける。
「思わず跪きたくなるほどのカリスマを感じた俺は、すぐに上級生である俺が行っても戸惑ってしまわれると思って、紋様の都合も考えて昼休みまで待った。そして待ちに待った休み時間、俺はすぐさま紋様の元へと馳せ参じようとした」
「チャイムがなると同時に飛び出していきましたからね」
「残像で準の頭が数珠繋ぎに見えたのだー」
「どんだけの速度!?」
「だが俺が辿り付いた時にはもう紋様は教室におられなかった」
「え? そんだけ早くいったのに?」
「何度かヒュームさんに振り出しに戻されていましたので」
「なんかねー、シュバッ!ってハゲを持って出てきたと思ったら、しゅばっと消えたんだー」
「瞬間移動ってこんな感じなんだなって思ったけど、やられた側としては説明もなく気付いたら場所が変わっててビビるなんてもんじゃねーぞ、あれ」
あの爺さん的にもハゲ先輩は紋ちゃんにとって危険と判断されたのか……まあ画面端に叩き付けられなかっただけ十分によかったんだろうけど。あと瞬間移動は多分素早く動いただけなんだろう。ハンパないなあの爺さん。
「しかし俺は諦めなかった。いなくなられた紋様を探して一年の廊下を探し回った」
「……通報すべき?」
「制裁するー?」
「どちらもやめてあげましょう」
「そして紋様を見つけた俺はすぐさま話しかけようとして、見てしまった……十夜、お前が紋様を紋ちゃんと呼び、紋様に対して勝負をすると勢いよく啖呵を切った所を!」
「あれ? 何か変に事実が歪められてね?」
「トーヤは堂々と啖呵は切れないもんねー」
「ですね。まあその辺りも魅力的ではあるのですが……」
うぐ……二人の発言で地味にダメージが二重でくる……! というかそんな目で見ないでください冬馬先輩。
「故に! 俺は紋様に仇なすお前を討つと決めたのだ!!」
「それでハゲ先輩は俺を倒して紋ちゃんへ傅くための土産にしようと?」
「いや、紋様には既に傅いてきた」
「は? じゃあなんで?」
「俺はただ、紋様に気を掛けられてるお前が許せないだけだッ!!」
「理由がまさかの嫉妬!?」
「準はとことんロリコンですね」
「死んでも治らないのだー」
……いつも通りの朝だった。
◆◆◆◆◆◆
―川神学園1-C―
教室にて新しく担任になったゲイル……先生によって朝のHRが行われていたのだが、グラウンドの方から何やら気の高ぶりを感じたと思えば、さらに戦闘音まで聞こえてきた。
クラスの連中につられて窓の外を見ると、そこには姉貴と戦う見慣れぬ女子生徒の姿があった。……というかあの人、昨日俺と清楚先輩の会話を覗き見してた人だ。
「彼女の名前は松永燕。今日から川神学園の三年に転入してきた西の武士娘デース!」
「松永、燕……」
「イエス! お恥ずかしい話ですが、ワタシは彼女との決闘に敗れてしまいました」
あの全米格闘王者のゲイル……先生が負けたという事はあの先輩は相当な実力を持っているわけだ。まあ姉貴とやり合えるのを見るだけでも十分にわかっていたが。
「……なあ、まゆっちはあの先輩どう思う?」
「……強い、ですね。それに、速い」
「複数の武器をあれだけ扱える器用さもスゲーとオラ思うけど、それ以上にあの身のこなし、ハンパねーぜ」
「まあ武器の練度自体は専門じゃないだけあってそこそこレベルみたいだけど」
姉貴の攻撃は器用というだけで捌ける程甘いものではない。相手の動きを素早く読み取る目と姉貴の攻撃に合わせられるだけの身のこなしがなければ、あれほど姉貴の攻撃を捌く事は出来ない。
「ですが、決定打がないようにも思えます」
「ちょっと言い方悪いかもだけどよー、アレ器用貧乏ってヤツじゃね?」
「そうだよなー。武器も色々扱えるってだけで決定打になり得る一撃はないし」
「私としては、あれを器用貧乏って言葉で片付けられる二人もスゴイと思うんだけど……」
……ただ、それにしても武器をとっかえひっかえしすぎな気がする。パターンを変えた所で練度としてはそう変わらないわけなのだから姉貴に有効になるというわけでもないし、むしろ持ち替えの瞬間に隙が生まれかねない。姉貴は敢えてその隙を突かないが、そこを突かれたら一気に劣勢に陥るだろう。
それに、何というか……あの先輩、姉貴に勝つ気がないように見える。
渾身の一撃が打てるだろう場面でも、当たる当たらないはともかくとして、打とうともしない。慎重な性格で博打は打ちたくないというだけかもしれないが、それにしても何か引っかかる。
多種多様な武器を使ってるけど、その武器を変えるスパンは短い。近接武器、長物、果ては飛び道具と、使用する系統もバラバラ。
それ自体はスゴイのだが、やはり何かが引っかかる。何て言えばいいのか…………上手く言葉に出来ない……
そんなこんなでチャイムがなるまで二人の戦闘、というか組手は続き、松永先輩には全校生徒からの拍手が送られた。
『私が武神って言われる川神百代さんとここまでやり合えたのは、これのおかげなんです! じゃーん! 松永納豆!』
そう言って腰のホルダーから取り出したのは松永納豆の文字が書かれたカップ納豆であった。
「……何か納豆の宣伝し始めたんだけど」
「何と押しの強い方なのでしょうか……」
「はっ! まゆっち、オラ閃いたぜ。まゆっちに足りなかったのはあのキャラだ!」
「つまり私も納豆売りになれば……!?」
「二番煎じ乙」
「というかまゆっちはもうキャラ十分に濃いじゃない。私としてはむしろキャラを少し薄めた方が友達出来ると思うな」
「はぅあ!?」
「友達の的確な指摘にちょっと悲しい……けど嬉しくもある複雑な心境のまゆっちだった……」
こうして、松永燕先輩は転校初日から校内でも屈指の有名人となったのだった。
◆◆◆◆◆◆
―川神院・鍛錬場―
夜も更けて、修行僧たちも日課の鍛錬を終えた鍛錬場にて二人の老人が立っていた。
一人は川神院総代である川神鉄心。もう一人は九鬼家従者部隊序列零番のヒューム・ヘルシング。両名ともに現代においても武のトップとも言える人物である。
「……で、どうじゃった? 川神院の鍛錬を見学した感想は?」
「見事だ。この俺では弟子を取るとしても一人が限界だが、これだけの人数をこれだけのモノにするのは流石の一言に尽きる」
「ほっほっほ、もっと褒めてもいいんじゃよ」
かなりの自信家であるヒュームにここまで賞賛され、少し調子に乗る鉄心。……だがヒュームの言葉はまだ終わっていなかった。
「――だが、危険な連中の教育には落胆せざるを得んな」
「……耳が痛いのう」
そのヒュームの苦言に鉄心自身も心当たりがあるのか、声に覇気がなくなってしまう。完全に痛い所を突かれたとでも言うような表情である。
「百代は瞬間回復を身に付けた弊害で攻防ともに荒削り。釈迦堂は恐るべき才能を完全に腐らせた。これは完全にお前の落ち度だぞ」
「それについては否定できんわい」
「……まあ十夜が現時点であの段階まで到達しているのは褒めてやってもいい」
「じゃ、じゃろ?」
「だがあれはお前の手柄ではなく、他の要因による自己研鑽の賜物だろう」
「おぉう、見抜かれとる……」
「それに昨日など完全に腑抜けていたぞ。奴に関しても評価を改める必要性を感じたな」
「そ、それはたまたまじゃよ、うむ」
十夜の評価を下げようとしていたヒュームに対して、連動してこれ以上自身の評価が下がるのは避けたい鉄心は必死に十夜のフォローにかかる。
その結果かどうかはともかく、ヒュームの中における十夜の評価を下げるのは保留となった。
「……で、その当の本人はどこにいる? 鍛錬中もいなかったようだが」
「バイトのついでに静岡の方に行ってくるそうじゃ。夜には帰ってくるそうじゃが、引き篭もってばかりじゃった孫がこうも活動的になるとは嬉しいもんじゃ」
「活動的なのはいいが、その前にあのコミュ障を何とかしろ。あれではどれだけ実力があったとしても使い物にならん」
「あれは本人の性格じゃし、無理に変えられるもんでもなかろう? 時間をかけて改善していくべきじゃろう」
「時間をかけた結果が今の体たらくだろうが。奴の場合、荒治療の方が効くんじゃないか?」
「……というか先の言い分じゃと、お前さん十夜を九鬼に入れる気満々じゃろ?」
「能力はあるからな。まあ従者部隊に入れるとしても勉学・礼節などはみっちりやらねばならんだろうが」
「じゃがのう……――――」
二人の老人がそんな口論をしている中、その鍛錬場の様子を覗き見る一つの人影が存在していた。
「…………何か入りにくい……」
その話題の中心である川神十夜本人であった。
静岡から戻った彼が自室に戻る途中で一応二人に挨拶しようと鍛錬場を覗き見てみれば自分の事が話題になっている状況で、今となってはさらに声をかけ辛くなっていた。
「というか……」
「十夜は川神院の師範代になるんじゃよー。昔からそう言っとったしのー」
「いや、可能性を狭めるのはどうかと思うぞ。そういう意味ならば選ぶべきは従者部隊だろうなぁ」
「…………爺ちゃんたち、俺がいるのに気付いて、こっちに聞こえるように言ってるような……チラチラこっち見てる気がするし……」
十夜は何やら鍛錬場から変なプレッシャーを感じていた。この状況が続けば、力尽くであの場に連れ出されて問い質されそうな気がした。さらに連れ出されるまでの時間は長くはなく、むしろ短いとも感じていた。
そうなった場合、自身はどう答えるべきか、十夜は少し悩んだが、答えはすぐに出た。
「……さっさと部屋に戻ろうそうしよう」
問われるだろう問いの答えを考えるのをやめた十夜は、二人の会話を気にするのをやめるという選択をして、そのまま自分の部屋にダッシュで戻っていった。
……ちなみにだが、部屋に戻るまで十夜の耳には声の大きさが変わる事なく二人の言い合いが聞こえ続けたという……
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