武に自信がある者たちの間で実しやかに囁かれている一つの噂が存在した。
怪人・仮面二十面相
それは、武人に勝負を挑んでくる仮面をつけた怪人の話である。
その怪人の存在が噂として流れてきたのは、数年前の事だ。
とある道場に、突如として一人の道場破りが現れた。
道場破り自体は珍しくはあるがそうおかしなことではない。しかしその道場破りがおかしかった。
何故か、その顔に仮面をつけていたのだ。
そして、当時は強者として名を馳せていた道場主はそのふざけた仮面の男を返り討ちにしようとし、完膚無きまでに叩きのめされた。
実際にはよくある他流試合に似たものであったが、力の優劣は歴然であった。その道場主はそのふざけた仮面の男相手に全く歯が立たなかったのだ。
これを機に、その道場は廃れていく事となる。
また、同様に仮面をつけた道場破りに大敗したものの、逆に己の腕を磨き直して道場の質を上げたケースも存在する。
このような事が、全国の道場で複数起きているのだ。
それらを行ったのが全て同じ人物なのか、あるいは模倣犯なのか、それすらわからない状況である。共通点は仮面をつけた男という点だけである。
やがて、その道場破りが一つとして同じ面はつけていないという噂も流れた事によって、この『仮面二十面相』という呼び名が定着する事となる。
◆◆◆◆◆◆
―多馬川・河川敷―
「――――昨日、静岡の方の道場で『怪人・仮面二十面相』が出てきたそうなのよ!」
「怪人……」
「二十面相……?」
ワン子の興奮したような言葉を聞きながら俺達は十夜が買ってきた静岡のお土産のうなぎパイを頬張る。
「とりあえずパイ食って落ち着こうぜ、ワン子」
「わーい! ぐまぐま……」
十夜にうなぎパイを渡され、ワン子は話を中断して喜んでうなぎパイを頬張る。ただ変に話が途切れたせいで話の内容が気になったのか、クリスが疑問の声を上げた。
「それで、その変装が得意そうな名称の怪人は何だ? 日本では有名なのか?」
「武道家の間ではそこそこ有名な噂だぞ。仮面二十面相」
「知ってるのか、モモ先輩!」
「まあな。美少女の嗜みだ」
「怪人情報が美少女の嗜みって……ハハッ」
「デデーン! 十夜、デコピーン!」
「は? 痛ぁ!?」
失言をした十夜に姉さんのデコピンが炸裂する。擬音で表すと『ズバーンッ!』という、もはやデコピンとは思えない程の轟音が場に鳴り響いた。
余りの痛みに思わず頭を抱えて蹲った十夜を放置して姉さんは説明を始めた。
「何やら実力者として有名な道場や武芸者のもとに何やら仮面をつけた謎の人物がいきなりやってきて戦いを挑むらしい」
「もぐもぐ、ごくん……でね、その人が現れるたびに付けてる仮面が変わってるらしくて、その面は二十を超えるって言われてる事から付けられた呼び名が、怪人・仮面二十面相!」
「……まあ、最近はちゃんとアポ取るらしいけどな。仮面はつけてるけど」
「何その微妙な礼儀正しさ!? そこまでちゃんとするなら何で仮面してるのさ!?」
「その辺りも含めて謎なんだろ」
仮面つけて道場破りって……変な奴もいるもんだなぁ……
「ちなみに怪人っていうのはもはや人間の強さじゃないって事でそう評されたらしいんだが、それだけじゃなくて単純に怪しい人っていう意味もあるらしい」
「まあ仮面つけてる時点で不審者だよね」
「まああくまで都市伝説レベルの噂だから、本当に一人の存在として実在するかはわからないんだがな」
そう言って姉さんは話を締めくくったのだが、意外にもここでまゆっちが口を開いた。
「あの、実はその人、昔うちに来たそうですよ」
「何、だと……!?」
「え? まゆっちの所に?」
「正確に言えばまゆっちのパピーにだけどなー」
単なる噂話ではなく実際に会ったという話に、冗談半分で聞いていた俺達の注目はまゆっちに集まる。
「私は実際に見てないのですが、父は中々見所がある若者と評価していました。あとは礼儀さえあれば、と」
「礼儀、というと?」
「仮面で顔を隠して挑んできたので、つい仮面を斬り落としてその場で正座させて説教をしてしまったそうです」
「うわぁ……」
「そこまでされたのに何故高評価を貰えたのか……」
「仮面を斬られた後の態度が父としては高評価だったようです」
「それ仮面斬った剣聖に対して恐怖で萎縮してたからじゃないか?」
まあ顔に付けてる仮面を刀で斬り落とされたら誰だって震えあがるよな。
「でも剣聖十一段の所にも行ったくらいだし、うちにも来ないかなー」
「さ、さすがに川神院に殴り込みにはこないでしょ」
「なあ。もし来たら俺も呼んでくれよ! モモ先輩!」
「キャップがここまで反応するとは意外だな」
「だってどんな仮面つけてんのか気になるだろ。カッコよかったら一個くらいもらえねーかな?」
「気になるのそこなのか。というか仮面なら十夜に貰えばいいだろ」
「何でコレクションを分けないといけないんだ……まあパピヨンマスクくらいなら構わないけど」
「何でそのチョイスなのかなぁ……?」
そんな話をしながら歩いていると、多馬大橋に差し掛かった辺りで、自転車が路面を走る音と共に綺麗な鼻歌が聞こえてきた。
「――リン、リン、リリーン♪…………あ、おはよう、モモちゃん! 十夜君!」
「おはよう清楚ちゃーん…………ん?」
「え、あ、は、はい。お、おはようござます」
自転車に乗って優雅にやってきた葉桜先輩が俺達と一緒にいた姉さんと十夜に挨拶をしてきた。…………あれ? 姉さんはともかく、なんで十夜にまで……?
「おい……清楚ちゃんといつの間に知り合ったんだよお前!」
「お、一昨日……」
「一昨日って、お前あれじゃないか! 清楚ちゃんが編入してきたその日じゃないか! 手が早い……というかお姉ちゃん、そんな子に育てた覚えはないぞ!」
「速攻で清楚先輩に会いに行った姉貴には言われたくねぇ!」
「しょーもない……」
「……とりあえず葉桜先輩を俺達にも紹介してくんない?」
京曰く「しょーもない」事でケンカしそうになっていた二人を止めて、先輩を紹介してもらった。案の定というかガクトがすぐさま告白したが、丁寧にお断りされていた。
「そういえば先輩は自転車通学なんですね」
「うん、風を感じて気持ちいいんだ。九鬼財閥製の電動自転車でね。坂もスイスイ進むから、名前はスイスイ号って言うんだ」
「――皆さん、よろしくお願いします」
「ふぁ!? 喋った!?」
「自転車が喋るのか」
「生存競争は苛烈なのです」
「自転車業界もシビアなんだなー」
「いやいやだからって向かってる先がおかしいでしょ!?」
「でも喋る自転車って面白いなぁ……なあ、俺も乗ってみていいか? 一緒に風になろうぜ!」
「お断りします。私に乗れるのは主のみ。美少女の方なら歓迎しますが」
「忠誠心があると思ったら下心満載だった……」
「いいじゃん! 俺と風になろうぜ!」
スイスイ号の発言が冗談染みていたからか、好奇心の強いキャップが無理やりスイスイ号のサドルに座ろうとした。
「――汚ぇケツを乗っけるんじゃねぇぞ、ガキが」
その瞬間、ドスの効いた声でスイスイ号がキャップに脅しをかけた。
「うわぁああ!? 大和、コイツ怖いぞ!?」
「すいません。私を守るために威嚇機能が付いているみたいなんです」
「い、威嚇……? い、今は清楚先輩の危険じゃ……なかった、のに……?」
「いやいや、今のは威嚇ではなくあくまで場を和ませる小粋なジョークですよ」
「むしろ凍り付かせてましたケド!?」
「さて、そろそろ行きましょう、清楚。余裕を持った登校を」
「あ、そうだね。それでは皆さん、また学校で」
そう言って葉桜先輩は颯爽と去っていた。
「葉桜先輩、身のこなしが異様に良かったけど……」
「そこが謎って感じでまたいいよなー」
「うんうん、可愛いから問題ないな」
「清楚先輩、本当にいい人だなぁ……」
「大和は清楚先輩どう思う?」
「確かに少し男心に来るものはあるけど、まあ俺にはクリスがいるから」
「何!? 何故そこで自分が出てくる!?」
「からかわれてんだよクリ吉ー」
「え? 俺には京がいるからって?」
「どうやったらそう聞こえるのさ!?」
「ヒドイ難聴を見た……」
危うく京ルートに突入しかけた所で後ろからやってきた義経と弁慶が声をかけてきた。
「おはよう。話に聞いていた通り、皆仲がいいんだなぁ。義経は羨ましい」
「くは~っ、今日も川神水が美味いなー」
「こら弁慶! 朝から川神水はダメだ!」
義経は礼儀正しく挨拶をしてきて、弁慶は朝から川神水を飲んでいる。その事を注意する義経を見ていると、主従関係としてこれでいいのかと思えてくる。これはこれで一つの主従の形なんだろうけど。
「クローン組も徒歩で登校なんだな。で、何で与一はあんなに離れているんだ?」
そして弁慶と同じく義経と一応は主従関係であるはずの与一はというと、二人の遥か後方を一人で歩いていた。
「どうやら与一は義経達と一緒に歩きたくないみたいなんだ」
「……というか照れてるみたい」
「可愛い女の子と歩くの拒むとかアホのする事だぜ」
「その意見には同意だが、それだけで優越感浸るのもどうかと思うぞ」
ガクトの意見に姉さんが同意しながらもツッコミを入れる。そんな中で戸惑っている人間が二人程いた。
「え、えっと……?」
「み、皆さんいつの間にお二人と仲良く……!? こ、これが所謂『学年の壁』という物ですか……」
「いや、モモ先輩も仲良くなってる時点で関係ないような…………やめよう。オラの勝手な推測でまゆっちを混乱させるだけだ」
「あっ、そういえば君たちとは自己紹介がまだだったな。義経はうっかりしていた。すまない」
「え? あ、い、いえ、あ、謝るような事では……ないです、はい」
「こ、こちらこそ気を遣わしてしまって申し訳ありません!」
十夜とまゆっちが戸惑っている様子に気付いた義経が声をかけた。真面目な義経とまゆっちは気が合いそうな気がするからいい関係を築けるかもしれない。
「べ、弁慶……何故かものすごく睨まれているのだが、義経は何かしてしまったのだろうか……!?」
「これは、ちょっと下がった方がいいかもしれないね」
あっ……まゆっちの強張った笑顔で義経達が距離を開いていしまった……しかし十夜のこの反応、いつもの人見知りってだけじゃないような……? まさか義経たちを見た事もないってわけはないだろうし……
「義経は源義経という。よろしくお願いする」
「私は武蔵坊弁慶。好物は川神水と川神水に合う肴だね。よろしく」
「い、一年の、か、川神十夜です、はい。よ、よろしくです」
「お、同じく一年の黛由紀恵と申します! 以後よろしくお願いいたします!」
「で、あっちにいるのが中二病という病を抱えた那須与一だ」
「中二病…………あっ」
……おい二人とも、生温かい目でこっちを見るな。俺はもう中二病じゃない。
「これからよろしくお願いする。義経は義経としてだけでなく、先輩として力になるぞ」
「あ、あ、ありがとうございます!」
「あ、俺も何かあったら、ち、力になります、はい」
そう言って義経がまゆっちと十夜の二人と握手をした瞬間の事だった。
「――いっただきぃぃぃぃぃ!!」
バイクに乗った男が義経の鞄をひったくり、そのまま逃げていったのだ。
「ああ!?」
「まさか義経の鞄をひったくるとは……」
「主の持ち物を盗むとは許せないな……そぉい!」
弁慶の投げた石が、火の玉のようにひったくりの後頭部へと向かっていく。誰もが命中すると思われたその一撃は、しかし驚く事にひったくりの拳によって弾かれてしまった。
「運転しながらあれを弾くとは……あのひったくり、強いな」
「なら、これならどうだ……!」
そういうと十夜は右手を拳銃のような形にして、銃身を模すように伸ばした人差し指の先をまるで標準を合わせるようにバイクに向けると、そこから徐々に光がしていく。
「キガーーンッ!」
その叫びと共に指先から一発の気弾が勢いよく放たれた。弾丸のように一直線に進むその一撃は……
「――おおっと!? なんだ今の!? 危ねぇアブねぇ!!」
……ひったくりの運転テクによって避けられていた。
「ええぇぇ……」
「あんだけカッコつけてこの体たらくって……」
「…………速度が思った以上に出なかった。あと技名の語呂も悪い」
「お前やっぱり放出系は苦手なんだなぁ」
「いやいや指からエネルギー弾出せる時点で苦手とかのレベルじゃないから!」
……結局、ひったくり犯は与一の放った矢によってお縄についた。
◆◆◆◆◆◆
―川神学園・屋上―
「――強くなるにはどうするのが早いと思います?」
「いきなりどうしたのお前? 頭大丈夫か?」
「ロリコン先輩に心配されたくないっす」
「ヒデェ言い草だな、おい」
「でも事実なのだー」
昼休み、俺は珍しくユキたち三人と屋上で弁当を食べていたのだが、ちょっと他の人の意見を聞いてみたいと思って先の質問をしたのだが、ハゲ先輩に頭の心配をされてしまった。
「いや、ちょっと前に紋ちゃんに啖呵切ったけど今のままじゃ目途も立ってないからどうしようかと」
「確かどちらが先にモモ先輩に勝つかという話でしたか?」
「そう、それです」
そう、この前紋ちゃんに『九鬼の刺客よりも先に姉貴に勝つ』と啖呵を切ってしまった件である。姉貴が誰かに負けるとは思えないが、それでも何もしないというわけにもいかない。でも日々の鍛練だけで姉貴にすぐに勝てるようになるとは思えない。まだ年単位での時間が必要だと思う。
なので何かヒントにでもなればいいと思って、こうして意見を聞いてみたのだが……
「諦めたらいいんじゃねーの? モモ先輩に勝てる人間がいるとは思えねーし」
ハゲ先輩の返答が思った以上にやる気がない。まあハゲ先輩としては紋ちゃんを応援してる立場だから仕方ないのかもしれないが……
「つまり紋白にも無理ってこと~?」
「馬鹿野郎! 紋様がイケると言ったらイケるんだよ!!」
「うわーん! ハゲが怒鳴ってきたよー!」
「よしよし、準は怖くないですよ」
「……てい」
「痛ぁっ!? 地味に痛ぇ!?」
ハゲ先輩が大人げない。紋ちゃんの話題になるとすごく大人げない。とりあえずユキを怖がらせた罰として指先程度の大きさの気弾をハゲ先輩の額にぶつけておいた。威力としてはデコピン程度なのでそこまで痛くはないはずだ。
「素人考えになってしまいますが、やはり必殺技ではないでしょうか?」
「必殺技……?」
「十夜君が日々の鍛錬を十二分に熟している事は私も知っています。なのでその面をどうこうしろとは私からは何とも言えません。しかし必殺技があれば局面を一気に覆す事も可能になるのではないでしょうか? 単純に打てる手が増えるというのも魅力的でしょうし」
「必殺技か……術式解放! とか叫ぶのか」
「何の術式っすか。でも必殺技か……」
確かに必殺技を考案するというのはアリである。基本を極めたらそれが奥義になるというものも多いが、手っ取り早く強さを求めたらそういう技を持っておくのも悪い事じゃない。
と、そう考えていたのだが、何故かユキがこちらを見ていたのに気付いた。
「どうかした?」
「……つまりトーヤは前科一犯になるのー?」
「……何故にそうなる?」
「だって必ず殺す技って書いて必殺技だからー」
「殺さないって。捕まったら十分な鍛錬ができなくなるし、ユキたちとも遊べなくなるしな」
「……うん、知ってるー!」
「あ、でもハゲ先輩が捕まる可能性があるから四人で遊べなくなる可能性はあるのか……」
「おい、何でそこで俺が出てくるんだよ」
「え……?」
「準、わからないのー?」
「……準は仕方ないですね」
「何で三人ともどうしようもないって目でこっちを見てるんだよ!?」
ハゲ先輩がどうしようもないロリコンだから見ているのだが、それは言わないでおいてあげた。
「まあ必殺技と言いましたが、奥の手を作っておく事は一つの手だと思いますよ。十夜君の性格的に搦め手は合わなそうですし」
「奥の手、必殺技かぁ……参考になりました。ありがとうございます」
「お役に立てたのなら何よりです」
今度何か必殺技的な奥の手を考えてみる事にしよう。
「ところで普通に摘まんでたけどこのパイって何の奴?」
「バイトのついでに静岡まで行ってきたんでそのお土産っす」
「あれ? お前ってバイトやってたの?」
「前言いませんでしたっけ? 大和の紹介でヒゲ先生のトコでバイト始めたって」
「ああ、そういえば言っていましたね」
「でもなんで静岡ー?」
「簡単に言えば荷物を運んでほしいって依頼だったんだよ。で、ひとっ走り行ってきたわけ」
「ふーん……僕はマシュマロの方が好きだなー」
「だろうなー」
その後も他愛のない話をしながら、昼休みは過ぎていったのだった。