真剣で川神弟に恋しなさい!S   作:名枕(ナマクラ)

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第七話 「なら試してみたらいいんじゃない?」

 ――川神院――

 

 

 武の総本山と呼ばれる川神院の朝は早い。屈強な修行僧たちが日々己の武を更なる高みへと昇華させるべく早朝より鍛錬に勤しむためだ。

 

 それは今日とて変わらず、しかしその日の鍛錬には新たな顔ぶれが加わっていた。

 

 

「――本日より川神院で鍛錬に参加させていただく事になりました松永燕です。よろしくお願いしまーす!」

 

 

 その人物は、先日川神学園転入初日に武神と名高い川神百代と組手を行い、まともにやり合った松永燕その人であった。

 

 

「本当に来た……」

 

 

 朝の鍛錬の開始前、川神院の門下生たちの前での自己紹介を終えてこちら――正確には隣にいる百代にだが――に向かってくる燕を見ながら、十夜の口から思わず言葉が漏れていた。

 

 その呟きを聞き取ったのか横にいた百代が怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「おい十夜、お前何で燕が来るの知ってた感じなんだ? 驚くと思ってわざわざ黙ってたのに」

 

「いや、本人に聞いたし」

 

「何……だと……!? お前いつの間に燕とも仲良くなったんだよー!」

 

「いやいや、仲良し具合なら大和の方が上だから。俺、どっちかと言えば大和のついでだったから」

 

「ヒドイよ十夜クン! あんなに一緒だったのに……しくしく」

 

「ほら、燕はこう言ってるぞ!」

 

「陰謀だ!」

 

 

 明らかなウソ泣きをしながら姉ともども弄ってくる燕を見て、十夜は思う。やっぱりこの人いじめっ子だ、と。

 

 

「ハーイ! おしゃべりはそれくらいにしてまず柔軟から始めるヨー! それ終わったラいつも通り基礎練だからネー!」

 

 

 ルー師範代の号令の元、それぞれが身体を解している中、丹念に柔軟を行う十夜のもとに百代が声をかけてきた。

 

 

「おい十夜、基礎練終わったらちょっと組手するぞ」

 

「は? 何で?」

 

 

 せっかく燕が来ているのだからそちらとやればいいだろうと思いながらも、十夜は柔軟を止めずに話を促す。

 

 

「燕はお前がどれだけの実力を持ってるのか知らないだろうから見せてやろうと思ってな」

 

「で、本音は?」

 

「義経ちゃんの対戦相手選別前の肩慣らしだな」

 

「…………まあいいか。軽くだぜ」

 

「わかってるさ。せっかくだし燕とも思う存分やりたいしな」

 

 

 そんな姉の自分勝手な言い分に仕方なく応じる事にした十夜であった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――川神学園 3-F――

 

 

「いやー、やっぱり川神院の鍛錬ってきっついねー。へとへとだよー」

 

「それに難なく付いてこれた燕も相当なものだと思うけどな。というかまだ余力は十分にあるだろ」

 

 

 教室に付いて早々、自身の机の上に大げさに倒れ込む燕。それを見ながらも百代は川神院式鍛錬を初めて熟してなお余力を十二分に残している燕の底の見えなさに喜びを隠せずにいた。

 

 

「で、どうだった?」

 

「うーん、そうだね。いい経験になったとか、そういう感想は色々とあるけど、二人の組手は何と言うか……まるで鏡写しみたいだったね」

 

「何の話で候?」

 

 

 そこに二人の会話の内容に興味を持った弓道部部長でもあるクラスメイトの矢場弓子が自分の席に鞄を置きながら加わってきた。

 

 

「今朝の組手の話だよ。モモちゃんと十夜クンの」

 

「今日から燕が川神院の鍛錬に参加し始めたんだ」

 

「成程。……十夜というと、確か百代の弟で候?」

 

「うん、その弟クン。ちょっと不自然なくらいに動きが似てたよね。練度から見ると十夜クンがモモちゃんを真似てるのかな?」

 

「ああ、アイツはお姉ちゃん大好きだからなー。色々と私のマネをしたがるんだよ」

 

「なるほどねぇ……」

 

「何だよ、その顔は?」

 

 

 胸を張って自慢気に弟の話をする百代を見て、面白いものを見たとでもいうように燕はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 

「別にー? ただモモちゃんも十夜クンの事好きなんだなーって」

 

「弟だからな!」

 

「あらま、素直。てっきり誤魔化すかと思ったよ」

 

「自分の心に嘘は吐かない主義なんだ私は」

 

「ただ我慢を知らないだけで候」

 

「ヒドイなユーミン、私だって我慢くらいできるさ。別に拒まれたからって力尽くで奪ったりはしないぞ」

 

「それは当たり前の話で候……」

 

「じゃあどうするの?」

 

「そういう時は女の子を楽しませる報酬として奢ってもらうにゃん」

 

「当たり前じゃなかったで候……」

 

「なるほどねー……」

 

 

 欲しいものは欲しい。でもだからといって力を揮う事はしない。料金など対価が必要なら当然払うし、持ち合わせがない場合は可能なら奢ってもらう。

 

 少し乱暴な言い方にはなるが、それが百代のやり方なのだと燕は解釈した。

 

 

「うん、つまりモモちゃんは欲求に弱い、と」

 

「おい、美少女に対して何て言い方するんだ。もっと言い方があるだろ」

 

「言い方に関しても問題ないと思うで候。実際、百代はよく借金をしにくるで候」

 

「うっ! い、いや、だって欲しいもの買ってたらすぐになくなるだから仕方ないだろ。ジジイも小遣い寄越さないし……」

 

「そういう事らしいから、燕も気を付けるで候」

 

「おいおい、借金してるって言ってもちゃんと期限には返してるだろー。という事で燕もいざと言う時はよろしくな」

 

「いいよー」

 

「燕、安請け合いはしない方が……」

 

「もちろん利息は十日で一割ね」

 

「やめてくれ。その利息は私に効く」

 

「流石にそれは暴利すぎで候……」

 

「冗談冗談~。それに私、借金にいい思い出ないしね……」

 

「お、おう……」

 

「一体燕に何があったで候……?」

 

 

 その妙に実感の籠った燕の言葉に、弓子はもちろん百代も思わず言葉に詰まってしまう。

 

 

「それにしてもそっかー……なるほどねぇ……」

 

「……どうしたで候?」

 

「んー、ちょっと十夜クンに興味持っちゃったかなー?」

 

「何!?」

 

 

 まるでイジリ甲斐のある新しいオモチャを見つけたような燕の言葉に、百代は過剰とも言えるくらいに反応をしてしまった。隣にいた弓子が思わずビクッと身体を振るわしてしまった程である。

 

 

「ダメだ燕! アイツに迫っても無駄だぞ!」

 

「んー? それってモモちゃんに夢中だから?」

 

「まあそれもあるが、それよりもアイツにはもう好きな奴がいるんだぞ! それも二人も!」

 

「好きな人が二人!? つまりそれって二股なんじゃ……って百代、それ以上はいけないで候!!」

 

「そういえば……私が十夜クンを見つけた時、まさしく青春してた場面だったね」

 

「何!? その時の状況を詳しく!」

 

「も、もうやめてやれで候……」

 

 

 弓子の力ない静止も空しく、武神の弟の恋愛事情がクラス中に広まっていった……が、彼らの良心が働いたのか、それ以上広まる事はなかった……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――川神学園・第二茶道室――

 

 

 姉に自身の恋愛事情を暴露されていた事など露とも知らない十夜は、放課後にも拘らず学園内を歩いていた。

自らのバイトの雇い主である宇佐美に用があるからだ。どこにいるかは聞いていないが宇佐美の気は記憶しているため探知するのは難しい事ではなかった。

 

 そして辿り着いた先が、第二茶道室と書かれた空き教室であった。

 

 

「失礼しまーす。ヒゲ先生いますー?」

 

 

 他にも誰かいるようなので一声かけて扉を開いた。……ノックをするという選択肢がなかったとすぐに自覚したが、そのような自覚は目の前の光景によってすぐさま消えてしまった。

 

 

「あー、今日も川神水が美味い!」

 

「先生早くしてくれよ」

 

「待て待て。ここから逆転の手を思い付くから……」

 

 

 扉を開けた先では、将棋盤を囲んで将棋を指す軍師系幼馴染と雇い主兼教師、そしてそれを見ながら川神水を飲む飲兵衛系美女が独特のだらけオーラを醸し出していた。

 

 要は、一体どういう集まりなのか、理解しがたい空間がそには広がっていた。

 

 

「あの、何やってんすか……?」

 

「んー? 部活動だよー」

 

 

 思わず疑問を口にした十夜に対し、横目で確認しながら軽く答える飲兵衛系美女こと弁慶。そんな事より川神水!とばかりに盃を煽る。

 

 

「まあ非公式だけどな……ここだ!」

 

「はい、これで王手」

 

「速攻かよ……ちょっと待てよ。ここから逆転の手を……」

 

 

 不意をついたように打った逆転の一手をすぐさま返され再び窮地に陥った巨人が再び長考に入ろうとする。その様子を見て十夜は三人の囲む将棋盤の四辺の内誰もいない場所に腰を下ろして盤上を観察して、戦況を分析してみた。

 

 

「あー、うーん…………いや、これは詰んでるでしょ」

 

「あ、やっぱり? ……また負けたよチクショウ……なあ、お前将棋でコイツに勝てる?」

 

「俺に何求めてんすか。頭脳勝負で大和に勝てるわけないでしょ」

 

「でも十夜相手だと所々でヒヤッとすることは結構あるけどね。いざと言う時の集中力がハンパない」

 

「それで勝てないんだからどうしようもないだよなー……で、何の部活?」

 

 

 将棋を打っていたのを見る限り将棋部なのかとも思うが、しかし非公式の将棋部など聞いた事がなかった。……まあ十夜に噂話をする友達などそうはいないのだが。

 

 

「んー? そうだね……興味あるなら君も入る?」

 

「待て待て。無条件で入れるわけにはいかんだろ。資格がないとこの聖域に入れるわけにはいかないな」

 

 

 おっさん、野郎、美女による聖域…………自身の好みとは違うが、美女の存在がかろうじて十夜にこの空間が聖域であるという定義を受け入れさせた。

 

 

「なら試してみたらいいんじゃない?」

 

「いや、十夜は多分無理だと思うぞ」

 

「えー、試してみる価値はあると私は思うけどなー。そこはかとなく私たち側の匂いを感じるよ」

 

「え……あ、あの……な、何の話してんすか?」

 

 

 自分を置き去りに話が進んでいくのを見て、何故か不安が募っていく。何か厄介事にでも巻き込まれるのではないかと、そんな確率は低いとわかってはいても嫌な考えは消えないものであった。

 

 

「じゃあちょっとした質問だ。皆で雪山に旅行に行きました。さて、自由時間何をする?」

 

「え?」

 

「深く考えなくていいから思った事言ってみな」

 

 

 変に警戒を強めていたのもあり、重要性を感じられない質問の内容に拍子抜けしてしまった。そのおかげか比較的、力が抜けた状態で質問に対して考えた事をそのまま口に出していく。

 

 

「うーん……完全フリーなら修行しますけど……寒さ耐性つけるのと体力作りのために裸足で山登りとかいいかもしれないなぁ」

 

「駄目ですわ~、これは入部の資格ないね。匂いでわかった」

 

 

 本心からの解答、それに対するリアクションは完全な否定であった。

 

 

「何と言う掌返し……というか、それだけで済ませていい発言なの? 明らかに常識を逸脱した答えだけど」

 

「つーかおじさん、軽く引いたわ……いや軽くじゃねぇな」

 

「今はそこ論点じゃないからね……ま、正直頭おかしいとは思うけど」

 

「いや変って……別に全裸とかでする気はさらさらないし、そこまでおかしくないだろ」

 

「誰も全裸なんて言ってないだろ! というか薄着でするつもりだったのかよ!?」

 

「引くわー……全力で引くわー」

 

「おい、お前弁慶に引かれてるぞ」

 

「ぶっちゃけ好みじゃないから問題ないな」

 

 

 本当は問題ない事はない。美人のお姉さんに引かれて、健全な青少年として傷つかないわけではない。だがそれをただ認めるのも癪だったのでこちらからもささやかな反撃というか意趣返しも込めての発言だった。もちろん弁慶が十夜の好みから外れているのは事実なので嘘を言っているわけではない。

 

 

「カッチーン……ちょっと少年、こっちにおいでよ。お姉さんが女の魅力ってのを教えてあげるからさぁ……」

 

「え……い、いや遠慮します……」

 

「そう言わずにさぁ……ほらほら」

 

「い、いやだ……俺は知ってるぞ……女の魅力って言いながら、力技で上下関係を教え込もうとするって! 前に姉貴もそうしてきた!」

 

「何してんのさ姉さん……」

 

「そう拒絶されると、追いかけたくなるなぁ……」

 

「そ、そう言われて逃げないとでも……?」

 

「逆に聞こう。逃げられるとでも?」

 

「お、弁慶がやる気だぞ」

 

「珍しいな。明日の天気は槍か?」

 

 

 

 そんな馬鹿な攻防が繰り広げられている教室の外から一つの足音が鳴り響いてきていた。

 

 静かな廊下に響き、しかし決してうるさいわけではなく、どこか心地の良いテンポで刻まれていた。

 

 

 そのテンポの良い足音の主は、クローン組において最年長である葉桜清楚であった。

 

 

 清楚はその足音を意図しないままに刻みながら教室に近づいていき、そして教室の扉の前で止まった。

 

 先程の十夜と違い、いきなり扉を開け放つなどという事はせずにまずは扉を数回ノックするが、中からの返事はない。

 

 ただ中から人が話す声のような音が聞こえたため、無人ではないと思い、再びノックをした後、静かに扉が開いた。

 

 

 

「――失礼します。こちらに弁慶ちゃんが――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぐわあぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 扉を開けて中を確認した瞬間、中から響いてきた悲鳴……というより断末魔のような叫び声に、思わず小さく「ひっ……!?」と悲鳴を上げてしまったのは仕方のない事だろう。

 

 

「どう?ギブ?ギブ?」

 

「ま、まだまだぁ……!!」

 

「なあ直江、賭けしようぜ。どれくらいアイツが弁慶の卍固めを耐えられるか」

 

「教師が生徒と賭け事っていいのかよ?」

 

「金品賭けるわけじゃないしいいんだよ。俺はあと10秒と見た」

 

「なら……あと1分は余裕でしょ」

 

「嘘だろ……10秒でも多めに言ったのに、そんなにアイツ耐えられんの?」

 

「まあ十夜なら5分耐えても不思議じゃないし……ってあれ、清楚先輩じゃないですか。どうしたんですか?」

 

 

 目の前に広がっていた光景は、先程のような叫び声を上げながら耐える十夜に、その叫び声の原因とも言える卍固めをかける弁慶、それを見物している教師に何事もないかのようにこちらに話し書けてくる大和。

 

 

 一瞬思考が止まり、言葉が出てこなかったが、何とか多少落ち着きを取り戻した清楚は焦るように叫んだ。

 

 

 

「私の要件の前に止めてあげてよ!!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「――――コブラツイストの方がよかった…………」

 

「何言ってんだお前?」

 

「天国と地獄。卍固めだとギリギリ背中に当たんないんだよ」

 

「あ……察したわ」

 

「??? どういうこと?」

 

「まー、男は単純って事だね」

 

 

 弁慶の卍固めから解放された十夜が身体を解す。それを見ながら感心したように弁慶が口を開いた。

 

 

「にしてもよくあれだけ耐えられたもんだよね。慣れてる与一でも痛みで倒れ伏してる所だろうに」

 

「慣れてるくらいやられてんのか与一……」

 

「まあ頑丈さには自信があるんで」

 

「ほう、頑丈さで弁慶に張り合うとはなぁ……」

 

「へ? 弁慶先輩って耐久に自信あるんすか?」

 

「自信あるかって……まあ仮にも弁慶だし、そこはねぇ」

 

「……ん? どういう事?」

 

「いや、どうもこうも弁慶の頑丈さでいえば『弁慶の立ち往生』とかでも有名だろ?」

 

「ああ……死に様エピソード聞いたせいで嫌な気分になった……これは大和に川神水とツマミを貰わないと……」

 

 

 大げさによろける仕草を見せた弁慶に、清楚が心配そうな表情を見せたものの他の面々は演技であると断定していた。ただ十夜は未だに首を傾げていた。

 

 

「え? 何でそこで立ち往生? 確かに弁慶先輩は弁慶と同じ名前………………ああ、クローン!」

 

「え? 思い浮かぶの遅くね?」

 

「十夜君、私たちが偉人のクローンだって事忘れてたの?」

 

「え、いやだって先輩たちがクローンだとして、それで何か変わるわけじゃないでしょ? クローンだからって同じように脛が弱点とは限らないわけだし」

 

「いや、脛は弁慶とか関係なく普通に痛いよ」

 

「弁慶だけじゃなく誰でも弁慶の泣き所は弱点だろうよ」

 

 

 弁慶と巨人に立て続けにツッコミを入れられて、「……まあ、確かに」と少し歯切れ悪く頷く十夜。それを見ながら「コイツ、脛叩かれても平気なんじゃ……?」などと考えが過ぎった大和は悪くはないだろう。

 

 

「ちなみに今の弁慶先輩の泣き所は?」

 

「どう考えても川神水断ちだろ」

 

「あー、そうだね。というかそれは私死ぬね」

 

「ええ!? そこまでなの!?」

 

「というわけで私はこうして川神水を呑むのでした、っと」

 

 

 そう言って大和の膝を枕するように倒れ込みながら、弁慶はその状態で器用に川神水を零さずに飲む。

 

 その状態からまるで餌をねだる雛鳥のように口を空けているのをみて、大和がツマミとしておいてあったチクワを食べさせると満足そうに咀嚼する。

 

 

「弁慶ちゃんものすごく安心してる……」

 

「てか大和モテすぎだろ。もはやチートじゃね?」

 

「ちーと?」

 

「ああ、チートっていうのはゲームの用語です。プログラム弄ったりして本来の仕様じゃ有り得ないような事をする違法行為っすね」

 

「プログラムの……でも直江君自身は別にそういう事はしてないような……?」

 

「ああ、それは、えっと、元々の意味から転じて有り得ないように見える事も指すようになったんですよ。そういう意味では姉貴とかチートの筆頭です」

 

 

 目指す側としては大変なんだけど……と思わず口から出そうになった言葉を抑え込み、十夜は胸にしまっておく。

 

 

「へぇ……私そういうの全然知らなくて……」

 

「何か意外っすね。何でも知ってるイメージだったんで」

 

「何でもは知らないよ。私が知ってるのは知ってる事だけ」

 

 

 そう言いながら清楚が浮かべた人を惹き付けるような微笑みに、思わず見惚れてしまった十夜を責める事は誰にもできないだろう。

 

 

「でもそういうのも知っておいた方がいいのかなぁ?」

 

「というと?」

 

「今まで本とかばかり読んでたけど、流行とかそういう知識には疎いから、このままでいいのかなーって……」

 

 

 このように考えてしまうのは、清楚の中に漠然とした不安があるからなのだろう。今は勉強に取り組むように言われているが、それでも他にやるべき事はないのだろうか、と焦りが生まれてくる。

 

 特にこういった皆が知っているだろう常識や流行について少々疎い所があると自覚しているので、その面での差を実際に見せつけられるとその不安は募るばかりである。

 

 そんな清楚の心情を知る由もない十夜は、そんな清楚の様子をみて何を思ったのか、気付いた時にはこう口にしていた。

 

 

 

 

「――――ならやってみます?」

 

 

 

 

「……え?」

 

「えと、俺も流行とかには疎い方なんでアレですけど、とりあえず携帯ゲーム機ありますんで、ゲームとか娯楽とか、そっち方面は今実際にやってみましょうよ」

 

 もちろん清楚先輩がよかったらですけど、と締めくくった十夜の言葉に、清楚は少し躊躇しながらも気付けば「お願いします」と承諾していた。清楚自身そういった事に興味を持っていたようである。

 

 十夜は手持ちの携帯ゲーム機を渡して、少し緊張した様子で手にしたゲーム機を見つめる清楚に隣から操作方法を教えていく。

 

 格闘ゲームなので時間をかける必要はなく、CPUもそこまで強いわけではない。かといって初心者にとっては決して弱いとは言えないものなので単調な作業になるわけでもなく、清楚も夢中になっていった。

 

 

「どうです?」

 

「うん、面白いね!」

 

「楽しんでもらえたようで何よりっす」

 

 

 えい!えい!と声を出しながらゲームを楽しむ清楚を見ながら、「やべぇ、何この人スゲェ可愛い……」などと煩悩に塗れた事を考えていた十夜。顔をにやけるのを抑えるので必死であった。

 

 なので急に清楚が上げた「あれ?」という声に、まさかにやけた顔を見られたのかと必要以上にビックリしてしまった。

 

 

「ど、どうしました?」

 

「あ、あの、急にボタンが反応しなくなって……」

 

「え?」

 

 

 清楚からゲーム機を受け取り、調べてみる。ボタンを触れてみると、いつもと感触が違うように感じた。不思議に思い、よく見ると、出っ張っているはずのボタン部分がいつもよりも低いように見えた。というより低かった。

 

 

「ボタンが壊れてる……」

 

「え、ええ!? もしかして壊しちゃった!? ご、ごめんなさい!」

 

「あ、ああ別に大丈夫っす。これ結構使い込んでたから多分寿命だったんだと思います。清楚先輩が悪いわけじゃないですって」

 

「でも……」

 

「大丈夫ですって」

 

「ご、ごめんね」

 

 

 実際には手痛い出費だが、しかしここで清楚に責任を押し付けるのは男としてどうだろうという見栄のために笑って宥める。ただ、申し訳ないと思う清楚とどう声をかけてばいいのかわからない十夜によって、沈黙が流れてしまい、気まずくなった十夜は何とか話題を変えようと頭を働かせる。

 

 

「え、えっと……あ、そ、そういえば清楚先輩はどうしてここに? 何部かはわかんないですけど、ここはだらけの聖域ですよ?」

 

「あ、それは今日の義経ちゃんの決闘がそろそろ終わるみたいだからせっかくだし一緒に帰ろうって弁慶ちゃんを呼びに……ってああ!?」

 

 

 そこで何かを思い出したように声を上げた清楚は、大和の膝を枕に眠ろうとしている弁慶の元へと駆け寄り、弁慶の身体を軽く揺すって覚醒を促していく。

 

 

「弁慶ちゃん起きて! 義経ちゃんが待ってるから!」

 

「うう~ん、主が? ……気持ちよく眠れそうだったんだけど、仕方ないかー」

 

 

 主が待っているという言葉に惰眠を貪ろうとしていた自身の煩悩を振り払い、眠そうにしながらもすぐさま起き上がる。その様子を見て、忠誠心は逸話通りに並み以上にあるんだなぁと思う大和と、義経先輩の事はだらけるよりも優先するんだなぁと思う十夜。

 

 

「ごめんね! 私が急に押しかけてきたのに……」

 

「あ、いえ。俺も楽しかったんで構わないっすよ」

 

「いやお前も押しかけた側だろ」

 

「何でホスト側になってんだよ」

 

「こ、細かい事はいいでしょうに……」

 

「ふふふ、それじゃ、またね!」

 

「大和ー、また膝枕貸してねー」

 

 

 そう言い残してバタバタしながら二人は去っていった。残ったのは野郎三人だけである。十夜の中で保たれていたこの場所の聖域の概念は崩れ去ったのだが些細な問題である。

 

 

「……しかしここに来た要件忘れるなんて清楚先輩も意外と抜けてる所あるんだな……」

 

「そういうちょっとうっかりな所もいいなぁ……」

 

「少しわかる所はあるけど、お前ちょっと盲目すぎない?」

 

「で、そういうお前はどういう用件でここにきたわけ?」

 

「…………あ」

 

 




十夜「……あれ? 歓迎会当日の話は?」

小雪「んー? 死んだよー」
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