最強化TS   作:石ころ

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最強化TS

 

 “旋風”のセツ、と呼ばれる刀使いがかつて存在した。

 その剛力から繰り出される一閃は、鉄をも容易に断ち斬り、人も魔物もすべての命を奪い去る。そんな恐ろしい剣豪は、冒険者の間では有名だった。まさに生きた伝説。冒険者のみならず、多くの人々がその強さに憧れ、畏れ、崇めた。

 

 ――ただ、一年ほど前までは。

 

 ある時、邪悪な魔術師が彼に呪いをかけた。セツが刀を振るった時には、すでに術は発動してしまったらしい。呪者の首を刎ね、返り血を浴びた剣聖の肉体は――まるで別人のように変化していた。

 

 屈強だった筋肉は、いずこかへと消え。

 修羅を思わせる顔立ちは、優美で細い輪郭となり。

 背は縮み、歳は若返り――豪雄たる姿は失われていた。

 

 そこにいるのは、うら若い少女だったという。

 呪いによって、ひ弱な女子に貶められたセツは――なおも武芸を追い求めたが。

 体格が貧しく、膂力に劣る女の肉体では、かつてのような武力を発揮することができず。

 セツは失意と絶望にまみれ、人前から姿を消した――

 

 

 

 

 そういう“うわさ”だったはずだ。

 

「……ばかな」

 

 男はありえぬモノを目の当たりにして、呆然と呟いてしまった。

 表は冒険者として振る舞いながら、裏では悪行に手を染める。男はそんな人物であり、今も仲間とともに犯罪的な行為に及んでいる最中だった。

 廃れた教会の隅には、攫ってきた若い少女が縄で縛られ拘束されている。

 男たちは新米冒険者である彼女を騙し、人目のないここへ連れ込み、そして強姦を楽しもうと思っていたのだ。

 だが――そこに闖入してきた男がいた。

 

 いや――

 “かつて”は男だった者だ。

 

 その長い黒髪は艶やかで、ぞっとするほどの美しさを放ち。

 細く軽い体躯は、えも言えぬ幽玄さに満ちている。

 街で見かければ、思わず目移りしてしまいそうな年頃の娘は――

 

 その可愛らしさにそぐわぬ、無骨な打ち刀を腰に差していた。

 以前はどの冒険者よりも強く、無類の名声を手にしていた剣豪である。セツが女となった時の顔は、しかと記憶に残っていた。その得物もたしかに彼――いや、彼女の刀である。つまり、眼前の少女がセツであることは疑いようがなかった。

 

 小さく、弱くなったはずの“元”最強――

 それは現役冒険者である男たち三人にとってみれば、さして脅威にならないはずであった。

 

「なぜ……」

 

 ――だというのに。

 現実はどうだろうか。いま、仲間の一人は彼女のそばで倒れ伏していた。――その胴体を、横一文字に断ち切られて。

 女となったセツなど、敵ではないと思ったのだろう。仲間の一人は剣を持って、先んじて彼女へ襲いかかったのだ。

 

 結果はどうだ。

 セツの手が霞んだように見えた瞬間――すでに仲間の命は絶たれていた。

 恐ろしき神速で振るわれた刃が、彼を一太刀で斬殺したのだ。そう気づいたのは、セツが抜いた刀を気だるげにぶら下げているのを目にしてからだった。

 ――斬撃がまったく視認できなかった。

 女と化す前のセツが刀を振るう姿を、男は何度か見たことがあった。だが、それでも攻撃が認識できないほどではなかったはず。それなのに――今のセツは弱き肉体にもかかわらず、かつて以上の剣捌きを手にしていた。

 

「――どうした」

 

 セツは男のほうに目を向けると、淡々とした瞳を向けた。その黒い暗闇は、けっして女子供が浮かべるような色ではない。姿は美しい少女でも、そこにいるのは間違いなく“旋風”のセツであった。

 

「女が、怖いのか?」

「……ありえない。お前は……女になったはずなのに……どうして……」

 

 認めがたい現実に、男は恐怖を抱きながら口走った。その言葉を聞いたセツは、唇をわずかに歪める。見惚れるような艶のある笑みだった。

 

「背が低くなった。筋肉を失った。だから、私は弱くなった。……皆がそう思うように、私自身もそう思い込んでいた」

 

 セツは刀の柄を両手で握る。そこに力は入っているように見えない。体全体も、どこか脱力しているように感じられた。

 まるで幽鬼のような佇まい。とうてい同じ人間とは思えず、背筋が凍ってしまった。

 

「だが誤っていた。そう……剣技というものに、肉体の強弱など必要なかった」

 

 ――真理に至ったのだ。

 そう言うかのような声色で、セツは一歩を踏み出す。その瞬間、男は反射的に後ずさった。距離はだいぶ離れているというのに、“死”を意識してしまったのだ。

 ……この位置でも、“間合い”だ。

 ありえぬ思考を否定できなかった。体が縮んだことで、得物が届く射程も短くなったはずなのに。それでも、男はセツから漂う殺気に慄いていた。

 

「…………ッ!」

 

 魔術を得意とする残りの仲間が、恐慌したように杖を構えた。

 表情を変えぬセツは、対魔術用の防具を備えているようには見えない。普通ならば、刀剣と魔術が競い合った結果など明白であった。遠距離から放たれた魔法は、容易に人を死に至らしめるのだ。

 

 仲間の杖の先端に、紅い火球が生まれ――

 振り下ろされたそれは、敵に食らいつかんと飛翔した。

 当たれば一瞬で焼き殺される炎である。もし(かす)っただけでも、無事では済まぬ威力だった。それはベテランの冒険者であったセツ自身も、よく理解しているはずである。

 

 だというのに――

 彼女は涼しげな顔で、迫りくる脅威を眺めていた。

 

 避けぬというのか? ――そう、男が動揺した瞬間だった。

 セツの上体が傾いた。ゆらり、と風に吹かれた葉のような動きである。人が筋肉によって力強く運動する様とは、まるで異なっていた。

 

 人間ではない。

 男がそれを確信したのは、風のように仲間の懐へ忍び込み、鮮やかにその首を切断したセツの姿を目にしてからであった。

 まだ男であった時のセツは、ここまで人外の領域ではなかったはずだ。

 だが、今は――

 もはや人の範疇を超え、鬼神と化した剣豪がそこにいた。

 

「――しかと目に焼き付けるがいい」

 

 セツは感情のない瞳で、男を射貫いた。逃げることすら叶わない。全身が死の恐怖に縛られ、ただそこに立っていることしかできなかった。

 少女の形をした鬼は、美しくおぞましい声で男に告げた。

 

「これが“力”を失って得られた――“技”の威だ」

 

 ――刹那。

 男は煌めきを見た。

 刃が一閃した速度は、もはや“旋風”などとは比べ物にならなかった。

 それは風を超え、音を超え、光に達していた。

 ――“閃光”のセツ。

 

 自分の首が刎ね飛ばされたと自覚した時、男はただ暗闇に支配されていた。

 そこに、二度と光が閃くことはなかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ――ありえないものを目にしてしまった。

 男たちに騙されて貞操の危機に陥っていた少女――アカリは、混乱と驚愕の感情に呑まれながら事の成り行きを見つめていた。

 悪徳冒険者の男たち三名は、いずれも生命を絶たれていた。――同じような年頃の、さして肉付きもよくない体躯の女の子によって。

 その華奢な肉体から、どうやって武力が発揮されているのか。理解はできなかったが、とにかくわかることは一つあった。

 

 ――自分は助けられたのだ。

 そう思い至ったところで、アカリは大きな安堵の息をついた。斬殺された死体が転がっている光景には恐怖を抱くが、それでも……あの女の子は自分を助けてくれたのだ。つまりは、命の恩人だった。

 なんと声をかけるべきだろうか。

 アカリがそう迷っていると――刀使いはこちらのほうを向き、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 ――刀を抜き身のままで。

 手にした刃は、血にまみれていた。

 少女はその得物を――いまだ縛られたまま、身動きできぬアカリへと向けたのだ。

 

「えっ……? ちょ、ちょ、ちょっと、まっ……」

 

 こ、殺される……!

 そう思い、思わず目をつむったアカリは――風の音を耳にした。

 武器が振るわれたのだ。が、痛みはやってこなかった。おそるおそる、まぶたを開けると……刀の血を拭い、ゆっくりと鞘に納める彼女の姿がそこにあった。

 

 長く艶やかな黒髪に、整った顔立ちの美少女が、つまらなそうにこちらを見下ろしている。

 アカリが呆然と視線を向けていると――

 

「どうした、立てぬのか」

 

 少女は透き通った声で、淡々と尋ねてきた。

 立つも何も、縄で縛られているのだから――そう思った直後、アカリはようやく気づくことができた。手足を束縛していたものが、すべて断ち切られていることに。

 さっきの一瞬間で、縄だけを斬ったのだ。それを理解したアカリは、次元の違いすぎる技術に戦慄した。まだ冒険者として駆け出しの彼女ではあるが、それでもこの眼前の若き女剣士が、誰よりも強いことを直感的に察してしまった。

 

「あ、あの……ありがとう、ござ――」

 

 礼を言いながら、立ち上がろうとしたが。

 アカリはうまく体を動かせず、くずおれてしまった。腰が抜けてしまっている。恥ずかしさで赤面していると――細く綺麗な手が差し伸べられた。

 

「……ありがとうございます」

 

 その繊手を握ると、あまり強くない力で引っ張られた。見た目どおり、か弱い少女の腕っぷしである。いったいこの肉体から、どうやってあれほどの剣技を繰り出しているのか。不思議に思いつつも、アカリはなんとか助けられつつ立ち上がった。

 

「名は」

「あ……えっと、アカリ、って言います。新米ですけど……冒険者をやっています」

「私はセツだ」

 

 どこかで聞いたことのある名前だった。男たちも彼女を知っているような素振りだったことを考えると、もしかしたら有名人なのかもしれない。

 短い自己紹介を終えると――セツは廃教会の出口へと体を向け、すたすたと歩きだした。

 が、すぐに立ち止まり、こちらを振り返る。

 

「何をぼさっとしている。付いてこい」

「あ……はい」

 

 あわてて追いかけたアカリだが、ふと後ろに目を遣った。三人の惨殺死体がそこには転がっている。このまま放置してもよいのだろうか。

 それを察したのか、セツはつまらなそうな口調で言った。

 

「どうせ人目はなかろう。面倒だから警吏に報告する必要もあるまい」

「だ……大丈夫なんですか……」

「それより」

 

 二人は教会の外に出た。蒼穹には太陽が煌めき、大地を明るく照らしていた。光に彩られたセツの横顔は――どこか神秘的で、魅力的な美しさに満ちていた。

 

「一年――冒険者としての契約を更新していなかったせいで、私は登録が抹消されているはずだ」

「は……はぁ」

「そして新規で登録するには、現役者からの紹介がもっとも簡単だ」

「……つまり?」

 

 聞き返した瞬間、セツは唇をわずかに緩めた。それは歪んだ笑みではなく、優しげで女性的なほほ笑みだった。

 そこにいるのは――恐ろしき鬼神ではなく、美しき少女だった。

 

 

 

「――しばらく私と付き合ってもらうぞ、アカリ」

 

 

 

 彼女と時間を過ごすのも、きっと悪くないだろう――

 抑えきれぬ興味と親近感を抱きながら、アカリはそんなことを思うのだった。

 





あとがき:

 TSFには「弱体化TS」と呼ばれるジャンルがあります。女になってしまったことで、もとより弱くなってしまうパターンですね。小説よりもエロ漫画などのほうが、メジャーなジャンルかもしれません(だいたいメス堕ちとセット)

 でも、逆に強化されるパターンがあってもいいじゃないですか。

 たとえば。男の時は力に頼っていたが、女になったことで技巧の真価に気づき、さらなる高みに到達する。
 あるいは。女のほうが魔法適性の高い世界にもかかわらず、死ぬほど努力して魔術師になった男が、女の肉体になったことで最強の魔法使いとなる。

 そういった「男の時にはなかったもの」を見つける、あるいは手に入れることによって、最強の存在となる。「TS」と「最強系」の両方をうまくミックスした「最強化TS」というのは、なかなか美味しいジャンルではないかと思います。



 そういうわけで、皆さんも書いてください(他人任せ)


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