「こんな男と異世界行きだなんていやああああああっ!」
長い青髪を振り乱して悲痛な叫び声をあげる女神アクアはサトウカズマの「所有物」として今まさに異世界へと召喚されようとしていた。その様を見てカズマは大きな声を上げて笑う、ちょっと顔が可愛いからと言って、俺を小馬鹿にし、調子に乗った罰であると。
「いやいやっ! いやああっ!」
「諦めろ諦めろ! お前は俺と異世界に行くんだよ! はっはっは!」
「いやよ! 絶対いやっ! こんな彼女も友人もいない引きニートと異世界だなんていやああああっ!!!」
「引きニートはやめろ。引きこもりとニートを足すな。てかもういい加減諦めろ……お、おい! そんな暴れるな! 変なところに転移したらどうすんだ!」
カズマが必死に制止の声をあげるも、アクアは宙に浮いていると言うのに器用に地団駄を踏む動作を繰り返したり、腕を遮二無二にふって何とか転移を回避しようとしている。その必死さは先ほどまで高笑いをしていたカズマですら「これはもしかして?」と額にジワリと汗が浮かぶ程のものだ。
「絶対! 絶対! 絶対いやああああああああっ!!!」
これまでよりも一等大きな声をアクアは上げ、まるで洗濯機にでも入ったかのように全身を激しく動かす。
「あ、アクア様!」
「う、うるせえ!」
慌てる後任の天使と耳を押さえて顔をしかめるカズマ。しかし、それ程の抵抗の様子を見せても転移は中止も不具合も起きる様子を見せずに続く。これには流石のアクアも諦めたのか、ついに「あへあへ」と泣き声なのか何なの判然としない声を出し、だらんと物干し竿にかけられたかのように項垂れた。無情ではあるが、それを見たカズマと天使は胸をなでおろした。
「んんっ!」
天使は気を取り直すように咳払いをすると、
「さあ、勇者よ!」
本来アクアが言うはずであった定型文を口にし始めた。そして、カズマも余裕を取り戻したのか、「女神パワーとやらで俺を楽させろ」と、ゲスな顔でアクアに声を浴びせる。泣きっ面に蜂とはまさにこの事である。
高笑いと朗々と響く説明。
しかし、カズマと天使はアクアに気をとられるあまり気づくことが出来なかった、魔法陣の上部に歪みが生じていることに。
◇
「…………ふうぁ」
起床の欠伸と同時に伸びをして肩のコリをほぐす。いつもと違う天井だ……
あれ、ここは? 俺は周囲の状況を確認する。微かな律動、豪奢な室内、敷き詰められたクッションに二人の同乗者。
あー、そうだった。
理解と同時に俺の表情筋が渋い顔をつくる。この眼鏡をかけた黙々と本を読む短い青髪の少女、シャルロット・エレーヌ・オルレアンの護衛のために「トリステイン魔法学院」へと向かっている最中であった。
渋面の理由は護衛をすることではない。
シャルロットはまぁ好みとは違うが美少女であるし、何より俺が世話になっている「ガリア王国」の王族、それも主人……遺憾ながらも主人と使い魔と言う関係である国王ジョゼフの王弟、オルレイン公シャルルの娘であるからだ。
問題は護衛につくことになった経緯である。
その元凶となった女神アクア──いや、元女神と言ったほうが正しいか──は大口を開けて、だらしなく腹を出して眠っている。この呑気にアホ面を晒すアクアが王城に備蓄されている水の秘薬と呼ばれる、貴重な回復アイテムを全てダメにしてしまった。
それはもう各方面から非難轟々。
そりゃあ、親戚の子に勝手にエリクサーを使われたら俺だって怒るしな。それに、ただでさえ少し前の任務でも失態をおかしていたのに堪ったものではない。一緒に行動することが多いからか、セットとして見られている俺にも火の粉はとぶ。いやむしろ、監督不行き届きと言う名目でアクアよりも割りを食っている可能性すらある。
この理不尽さよ。
とまぁ、つまり王城に居づらくなり、ほとぼりが冷めるまでシャルロットの護衛でもしてこいと言われたのだ。もちろん、言ったのはジョゼフであるため、反論もなく任務へとつくこととなった。
「……うへへ、もう食べられないわよ」
寝言をつぶやきながら、ヨダレを垂らすアクア。
「……はぁ」
俺は半分諦めも含んだため息をつき、最後まで何事もなくこの任務が終わりますようにと再び瞳を閉じた。
◇
「シャルロット様、カズマ様、アクア様トリステイン魔法学院に到着致しました」
馬車が止まり、馴染みの御者の爺さんがそう俺たちに告げた。それを聞いたシャルロットがパタンと本を閉じて口を開く。
「ありがとう。カズマはアクアを起こして」
「あいよ。おい、起きろアクア。着いたぞ」
俺は肩を揺すってアクアを起こそうと試みる。しかし、アクアは「……んん……あと五分だけ」などとほざく。仕方ないので文字通り叩き起こすことにした。
「──いたっ! ちょっと! なによ痛いじゃない!」
「やめ、やめろ! 暴れんな! 着いたって言ってるだろ!」
「アクア、トリステイン魔法学院に着いた。早く用意をして」
「え、なに! もう着いたの!」
シャルロットが言うと一転してアクアは喜色満面に馬車を飛び出していく。俺は三人分の荷物を持ち、シャルロットも後へと慌てて続く。アクアを一人で行動させないためだ。
「……何しょぼくれてんだよ」
トリステイン魔法学院の正門の前で肩を落とすアクアに俺は声をかける。
「……私はもっと、こう、ドカーンって言うのを想像してたのよ」
「何だよドカーンって……あれか、ホグ◯ーツみたいなのを想像してたのか?」
「そうホグ◯ーツよ! だって魔法学院よ魔法学院!」
ぎゃあぎゃあと喚くアクアをBGMに俺はトリステイン魔法学院について考える。
トリステイン魔法学院はトリステイン王国が誇る全寮制の国立魔法学院だ。生徒は全員貴族の子女であるため、使用人が住み込みで面倒を見てくれるらしい。まぁ、俺とアクアは生徒では無いので自分で色々としないといけないが。入学時の年齢は特に設定されているわけではないため、様々な年代の生徒がいるとか。と言っても、殆どが少年少女と呼ばれる年齢ではある。今見える外観的には正門も大きく立派で、幾つか散見される塔も悪くはない。しかし、ホグ◯ーツと比べられたら気の毒だろう。あっちは制作費が違うんだよ。
「二人ともこっち」
俺たちがそんな益体もない話をしていると、シャルロットが先行して歩き始めた。他国の王族と言っても学院に入ってしまえば一生徒でしかないため大仰な出迎えはない。それにシャルロット自身もそう言ったことを望むような質では無いってのもある。
しかし、一人も出迎えがないのは……と俺が一歩を踏み出すのを躊躇っていると、前方からメイド服を着た少女が走ってきた。その少女は少し低めの鼻にそばかすがある素朴な容姿をしており、何より俺の目を引いたのはボブカットの黒髪と黒い瞳である。
この「ハルケギニア」は基本的に洋風な容姿をしているため、東洋系の容姿をした人間は少ないのだ。いくら美しい白パンが美味しいからって、そればっかり食べてたら飽きるだろ? 偶にはご飯も食べないとな。まぁ、だからと言って俺の立場上この娘をどうにか出来るわけじゃないんだが。
「も、申し訳御座いません!」
俺たちに追いつくなり少女は平伏するような勢いで頭を下げた。この世界、貴族は魔法が使えるということもあって平民との格差はえげつないほどある。ここでシャルロットが「遅刻したから君クビねー」何て言ったら簡単に実現できてしまうのだ。
しかし、シャルロットはそんな事はしない。
「顔を上げて」
平坦なトーンの中に優しさが垣間見える声だ。少女はビクビクしながらも言葉に従う。
「あ、あの──」
「問題ない。案内をお願い。荷物はカズマが持ってるから良い」
「は、はい! 畏まりました!」
シエスタと名乗ってから少女が先導して歩き始める。目的地は寮塔。正門から見て左側にある塔のようだ。確か五階だったか。
「シャルロット優しいわね。やっぱり、身近に良い見本がいるからかしら」
隣を歩くアクアが胸を張っている。
どうやらその見本とやらを自分だと言いたいらしい。あー、これはツッコミ待ちと言うことか? いや、待てよ。
「そうだな。俺もお前を見本にしてシャルロットは成長してると思うぞ」
「あら? カズマさんもやっと私の魅力に気が付いたの? でも、いくら褒めたって私の秘蔵酒はあげないわよ。んー、でも一口くらいなら良いかしら」
俺の同意の言葉に気を良くしたアクア。もちろん、俺が言う見本とは反面教師的な意味でだ。あの会った当初は元気だったシャルロットが大人しい性格になったのも、アクアを見て調子に乗ると良くない事を学んだためだろう。まぁ、根本的には明るい性格なので意外とノリは良かったりはする。
「あれは……」
案内をしていたシエスタが足を止める。
寮塔の入り口付近で言い争いをしている二人の少女が原因だろう。一人はピンク色の髪をした小柄な少女。容姿は遠くから見ても非常に整っていることがわかるが、女性としての起伏は乏しいことも丸わかりだ。対照的にもう一人はグラマラスな体型をし、赤い髪も相まって扇情な雰囲気を纏っている。んー、二人が合わさると完璧なんだが。
「なになに? 喧嘩でもしてるの?」
「喧嘩ってわけでは……」
アクアの問いかけにシエスタは曖昧な笑みを浮かべてこたえる。うわさ話をして貴族のいざこざに巻き込まれたくないのか、それとも本当にただ挨拶をするように言い合いでもする仲なのかもしれない。
「任せなさい。この私が直々に仲裁してあげるわ」
「お前が行ったら余計ややこしいことになるからやめろ」
「カズマ、忘れたの? 私は女神よ。小娘の喧嘩の仲裁なんてチョチョイのチョイよ!」
「おいマジでやめろ。仲裁と言いつつ腕を回してるやつが信用出来るわけねえだろ!」
「あ、あの、ヴァリエール様とツェルプストー様はいつもあのような感じなので大丈夫だと思います」
「……ヴァリエールは公爵家、ツェルプストーはゲルマニア貴族。面倒ごとは御免」
「危うく国際問題じゃねえか……」
「無難に横を通り過ぎる」
俺はシャルロットの提案にうなづく。
最初はブーブー言っていたアクアだったが、三歩進んだら直ぐにケロっとした顔になってついて来る。こう言った面は馬鹿で助かるのだが、それ以上にデメリットがあるのがなあ。
「……例のあの人って呼ばれている噂は──」
「うるさいわね! あんただって──」
通り過ぎる間際にチラリと会話が聞こえてくるが、特に絡まれることもなく俺たちは寮塔の中へと入ることに成功した。しかし、ピンク色の髪のヴァリエール家の娘はめちゃくちゃ可愛かったな。
「ねえねえカズマ」
通り過ぎて直ぐにアクアが弾んだ声で俺に話しかけてきた。こう言う時はロクなことを言わないが、俺はいちおう反応する。
「ん? なんだ?」
「さっき、聞こえたんだけどあのピンク色の娘はヴォルデ◯ートなの?」
「どこをどう見たらそうなんだよ!?」
「だって、赤い方が『例のあの人』って言ってたのよ! それってもうヴァルデ◯ート以外に考えられないじゃない!」
ダメだこいつ、完全に頭がアバダケダブラっている。「お辞儀しなくて大丈夫?」などとアクアがうるさく喚いていると、前を歩くシャルロットが口を開く。
「それはおそらく『めぐみん』のこと」
めぐみんと口にした瞬間、シエスタの肩がピクリと動く。おいおい、この世界にもそんな奴がいるのかよ。
「ほらね、私の言う通りじゃない。それで、そのめぐ何とかってのは?」
「めぐみんは始祖ブリミルの使い魔の一人。唯一、ブリミルが制御しきれなかった使い魔。彼女の操る爆裂魔法は非常に強力だったと言われている。それなのに彼女は事あるごとに爆裂魔法を使いたがる悪癖があった。だから至る所にその跡がある。その確たる証拠とブリミルが制御出来なかった事実が、彼女を恐れ多いものとしている」
なるほど。
はるか昔にはそんな頭のおかしい奴がいたのか。宗教のトップが制御出来なかった使い魔なら、恐れられてもおかしくないか。しかし、あんな可愛い娘がそれと同じ呼び名になるなんて……いや、そうだった。
「へぇー。まったく、後先考えずに高威力の魔法を使うなんて迷惑ね」
容姿は完璧、中身はちゃらんぽらんな奴を俺はよく知っていた。
「…………」
「…………」
「なに、カズマ? え、シャルロットもどうしたの?」
俺たちの無言の圧力に慌てるアクア。流石のシャルロットも先ほどの発言には思うところがあったようだ。「えー、なになに?」とアクアが本気で不思議そうにしている間にシエスタが歩みを止めた。
「こちらがお部屋です」
「ありがとう」
「い、いえ、こちらこそ遅刻してしまい申し訳ございませんでした」
そう言って深々と頭を下げた後、シエスタは階下へと降りて行った。
「アクア頼む」
「お願い」
「仕方ないわねえ」
シャルロットが入る前に部屋を一通り確認するため、荷物を持っていないアクアが扉に手をかける。これから三年どうなることやら。俺は開かれる扉をみつめながら、未来へと思いを馳せた。