風の石空の夢   作:さびる

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『通い路』1~10
佐為とヒカルが出会い、中学囲碁大会に出るまで
(主な登場人物…佐為・ヒカル・導師・あかり・白川先生・塔矢アキラ・磯部秀樹・筒井・加賀)


通い路(かよいじ)1

気が付くと、 ヒカルは見慣れない部屋にいた。

ベッドでも布団でもなく、板の間に寝かされ、体にはふんわりと布がかけられていた。布には焚き染められた鄙びた香りがした。

 

ばあちゃんのハンカチの匂いみたいだ。病院のわけがないよな。当たり前だけどさ。

そう思うと、何故かくすりと笑いがこみ上げてきた。とその時、声がした。

 

「目覚めたか?」

 

ヒカルが気がついたのを感じて、明り取りの窓の近くでなにやら読んでいた男が振り向いた。

ヒカルと男は目を合わせた。しばし、黙って、お互いに品定めをするように相手を見つめた。

 

相手は烏帽子を被り、狩衣を着ていた。ヒカルは、その服の名前は知らなかった。この部屋だったら当然の服装だと思っただけだった。

 

「そなたは驚いているか?」

 

ヒカルは首を横に振った。驚くって何を。ヒカルには自分がここにいることも男の存在も至極当たり前のような気がしていた 。

それでも…これは夢かも知れない。夢だったら俺は靴を履いてる筈…。

 

ヒカルは自分が素足で寝ているのに気が付いた。見回すと、部屋の入り口にスニーカーと靴下がきちんと揃えて置かれている。

俺もしかして夢の中で靴を脱いだのかな?いや、これは夢ではなく、もしかして現実?

 

男は、ヒカルの様子に構うことなく、自分の話したいことを話していた。

 

「そなたは私の待ち望んでいた者に相違ない。前にもあったが…まあそれは良いとして。

とにかくそなたはきっと疲れているであろう。時の旅は疲れる。もうしばらく横になっているがよい。導師が来られるまで、まだ間がある。」

 

男は文机の傍にあった鈴を鳴らした。

召使らしい男が戸口の手前で頭を下げて畏まった。

 

「菓子と茶を持て。」

 

召使はそれだけ聞くとすぐに下がり、間もなく盆を運んできた。

「腹が減っておるだろう。唐菓子だ。ゆっくり食すが良い。」

男は立ち上がると、部屋から出て行った。

 

一人になると、ヒカルは体を起こした。

俺は別に疲れてないよな。

 

立ち上がり、背伸びをし、体をほぐすように動かしてみた。体がほぐれると頭も動き出したかのようだった。 辺りを見回して思った。

 

ここはどこだろう。何故ここにいるのだろう。

 

そういう疑問がやっとヒカルに湧き出てきた。庭を見ると、整えられているわけではないが、それとなく風情のある草木が目に入った。 部屋には殆ど家具がない。書見台と文机と敷物が2枚ほど置かれていた。

 

ヒカルは板の間に置かれた盆を見た。茶は薬草の匂いがした。菓子は揚げ菓子だった。

ヒカルは、一つつまんで口に運んだ。甘みが少ないが、噛みしめるとなかなか美味しい。

「ふーん。ドーナツっていうところかな。」

初めて声を出してみた。

盆に乗っていたのをすべて食べてしまうと、お茶をぐっと飲んだ。

ウーロン茶じゃないけど中国茶かな。

 

そんなことを思っていると足音がした。先ほどの男だ。

 

「起きられたか。良かった。導師が来られたところだ。」

 

一人かなり年配の男が一緒にいた。

付き従っていた召使が灯台を置き、敷物を3枚並べた。

 

「佐為。これは、まだ若いお子じゃな。そなたが、このお子を呼び寄せたのか?」

「分かりませぬ。これは異国の衣装。ですが、きっと時の旅をしてきたものに違いありませぬ。 私には分かります。私の待ち望んでいた者に違いありませぬ。」

佐為は熱心に言った。

 

導師は、ヒカルに訊ねた。

「そなたはきっと、この場は初めてに相違ない。どうしてここに参るようになったか話してくれまいか。」

 

ヒカルは、どう話していいか分からなかった。

「俺、よく分からないんだ。気が付いたらここに寝かされていた。ここはどこなの?」

 

「おそらく佐為が気がつかぬ間に呼び寄せたのよ。前と同じことだ。」

 

佐為と呼ばれた男は言った。

「私が呼び寄せたのなら、この子はきっと才溢れる子に違いありませぬ…。」

 

導師は、そう思ってはならぬというように頭を横に振った。

「決め付けるのは良くない。そなたの悪い癖だ。ところで、子よ。そなたの名前を教えてくれまいか。」

「俺はヒカル。進藤ヒカルだよ。あんたは導師さんで、そっちが佐為って言うんだな。」

 

ヒカルに佐為と呼ばれた男はその言い方にちょっと不服そうだったが、導師は微笑んだだけだった。

 

「そなたは怖がっておらぬな。見知らぬ場所にいて恐ろしゅうはないのか?」

「それってあんた達が怖いかってこと?怖くないよ。よく分かんないけどさ。俺、ここにいて危ない目に会いそうにないもの。それとも何かよくない事があるの?」

 

導師は言った。

「そなたが落ち着いた子で頼もしく思える。目覚める前に何があったか教えてはくれまいか。そなたのいた所はどのようなところかを。」

 

「俺のいたのはこことは全然違うよ。ここはどこなんだ。ここってさ、なんだか、テレビドラマのセットみたいだよ。あんた達の着てるものもさ。

俺は近所の友だちと祖父ちゃんの家に遊びに行ってたんだ。祖父ちゃんは俺のお父さんのお父さんだよ。

祖父ちゃんのうちにはお蔵があるんだ。今はただの物置だよ。そこで遊んでいたら、碁盤を見つけたんだ。

俺はそこに何かきらっとした小さな石を見つけたんだ。一緒にいた奴は見えないって言うんだ。でも俺には見えた。

それで、その石を手にとった。それっきりだよ。それで気が付いたら、ここにいたんだ。これって夢じゃないんだよね。」

 

「現実だ。そなたはやっぱり選ばれし者だ。」

佐為は嬉しそうに言った。導師は危ういものを見るように佐為を見た。

 

「ヒカルと申すものよ。私にはこれがそなたにとっての夢か現実か答えることはできない。」

「現実に決まっています。」

佐為は、きっぱりと言った。

 

ヒカルは、何て強引な男だろうと佐為を見た。

「どっちでもいいけどさ。ここはどこなんだ。それで、俺はどうなるわけ?前にいた所に戻れるのか?」

 

佐為はアッサリ答えた。

「戻れる。前もそうだった。だが、戻る前にそなたの棋力を知りたい。」

 

ヒカルは面食らった。そして初めて不安に思った。

 

何だ?キリョクって?

 

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