ヒカルが筒井さんと囲碁部を立ち上げ、佐為がヒカルの時代にタイムトリップするまで
(主な登場人物(佐為、ヒカル、導師、加賀、筒井、平八、白川、塔矢アキラ、塔矢行洋、緒方、芦原、三谷、ダケ、席亭)
…
「…そんでさ。俺、すっごく落ち込んだ。でも、そのうち腹立ってきた。何で関係ない塔矢の奴が突然現れて、俺の碁にけちつけなきゃなんねえんだって思ってさ。
あいつ、何にも関係ねえだろって。俺がどんな碁を打とうと俺の勝手だろって。」
「塔矢アキラは正直なのでしょう。」
佐為はクスリと笑って言った。
「何だよ。佐為まで。正直って何だよ。人にずけずけ勝手なこというのが正直かよ。」
「思ったことを言ったまでという意味です。ヒカルだって、いつもずけずけとものを言うじゃないですか。私に。」
その佐為の言葉にヒカルは立ち上がると、着終えたばかりの水干をぱっと脱ぎ捨て、ジャージを掴んだ。
「何だよ。佐為だって言いたい放題を言ってるじゃねえか。俺、もう帰る。」
…
ヒカルは戻ってくると、ベッドに倒れこんだ。
「佐為の奴まで何だよ。」
ヒカルは腹を立てていた。何もかもに。
今日、あの会場で塔矢に掴みかからなかったのは、筒井さんのためだ。
三将戦に出た実績で、囲碁部の許可が出るって、加賀がそう言ったから、我慢したんだ。
俺があんなことを言われたのを加賀の奴、聞いていたから。俺のことを笑ってるんだろうな。
佐為に話したら、きっと分かってくれると思ったのに…。
佐為にはすぐ話したかったから、対局時計とか団体戦の楽しさとか…大会のいろんなことを。 疲れてたけど、頑張って佐為のところに行ってやったのに。
あああ。もう碁なんてもう見るのもやだ。やってられるか。
ヒカルはぶつくさ言いながら、眠りについた。
1週間ヒカルは不機嫌に過ごした。
学校で、あかりが話しかけてきても、ロクに返事もしなかった。
「何よ。ヒカルってば。大会で負けたからって、そんなに怒らなくたっていいじゃない。」
「うっせえっ。」
ヒカルってば、いつもこうなんだから。気に入らないことがあるとすぐむくれるんだもの。
あかりは、ため息をついた。
土曜日の夜に筒井から電話がきた。
「進藤君にお礼をしたいから。」
次の日、お昼少し前にヒカルは家を出た。
「お昼は友だちと一緒だから。」
そう言うとヒカルは約束の場所に走って行った。
ラーメンの方が良いけど、贅沢は言えないもんな。
約束のハンバーガー店に着くと、筒井が入り口で待っていた。
「割引券があるから遠慮しなくていいよ。」
ヒカルと筒井はトレイを持って3階に行った。
「今日は、進藤君は時間良かった?」
「うん。暇。塾にも行ってないから。」
ヒカルはアイスティをずずっと啜りながら言った。
「この間は、本当にありがとう。僕はまだ興奮が収まらないよ。決勝までいけたことに。」
筒井は嬉しそうに話し出した。その時ヒカルの背中の方で声がした。
「筒井は海王中と戦うのが望みだったからな。」
えっ?ヒカルが振り返ると、加賀がにやっとして立っていた。
加賀?筒井さん、加賀も呼んだのか?
加賀は筒井の横に陣取った。
「まあ、俺たちの腕としては、上出来というところだな。」
筒井は頷いた。
「塔矢アキラが来ていたのには驚いたけどね。後で聞いたら、彼、海王中に入学するらしいね。」
ヒカルはうえっと、思った。
「じゃあ、今度大会があったら、塔矢アキラも出るのかな。」
筒井は首を振った。
「ううん。出ないと思う。彼が囲碁部に入るとは思わないから。進藤君は院生って知ってる?」
ヒカルは首を横に振った。
「日本棋院のプロ養成機関に身を置くプロ予備軍の子ども達なんだけどね。院生は修行中だからどんなに強くてもアマの大会に出ることを禁じられているんだよ。途中でプロになるのを諦めてやめる子も多いらしい。海王の囲碁部には そういう元院生もいるって話だよ。
塔矢アキラは院生じゃないだろ。彼にとっては院生すらぬるいってことだろうね。」
「へえ。そうなんだ。」
プロ予備軍がぬるいって?塔矢って、そんなにすごい奴なのか。
加賀が話に割って入った。
「ま、そういうことで、進藤も納得か。そんなすごい奴に、ひどい碁って言われただけ、ありがたい話だな。はは。」
ヒカルはむっとした。
「あいつが、海王中に入ろうが、プロ並に強かろうが、あんなことを俺に言う必要ないじゃないか。俺がどんな碁を打とうと俺の勝手だろ。」
加賀は首を横に振った。
「違うぜ。進藤。団体戦に出るなら、どんな碁もこんな碁もない。自分の最高の碁を打たなきゃなんないぜ。連帯責任て奴でな。塔矢アキラは正直だっただけという訳さ。」
塔矢が正直?何かどこかで聞いた言葉だ。ええと…そうだ。佐為が言ったんだ。
ちぇっ、どいつもこいつも塔矢が正直正直って…。
加賀はヒカルのむくれた顔を見て、ニヤニヤして言った。
「何むくれてんだ。進藤。ずばり、本当のこといわれて腹立ててもしょうがないだろ。俺に言わせりゃ、あんなヘボ碁を塔矢が見て感想を言ってくれたことに感謝すべきだと思うぜ。」
「加賀が言われたわけじゃないからな。」ヒカルは腹立たしげに言った。
加賀は、ひどく真面目な顔をした。少し遠くを見るような目で言った。
「もし俺がお前だったら言われてみてえぜ。ヘボだと思うなら思うと率直にな。
なあ進藤。お前と塔矢アキラがどういう関係か知れねえが、それでもあの塔矢がお前の顔を覚えていて、お前の碁に関心を示した んだ。そのことだけでも感謝するんだな。」
筒井は加賀の顔をまじまじ見た。
「加賀…。君は…。」
そう言いかけて黙った。加賀、君は、君は塔矢アキラと…。
それから筒井は話題を変えるように言った。
「僕はとにかくいい経験ができたからね。進藤君が中学に入学してくれる日が待ち遠しいよ。今度は堂々と 団体戦が組めるものね。」
「筒井、頑張って囲碁部員を集めるんだな。俺はもう大会には出ないから。俺はもう将棋一本で行く。」
加賀の言葉に筒井は頷いた。
「そうか。残念だよ。」
「筒井さん。俺、手伝うよ。加賀なんていなくたって大丈夫だよ。次は俺、副将になれるように頑張るからね。」
ヒカルは、もう碁なんて打つものかと思っていたことをすっかり忘れて張り切って言った。
加賀はにやりとした。
「俺がいなくても大丈夫だと。ふふん。よく言うぜ。進藤。お前が副将じゃ、一勝も出来ねえかもな。 囲碁部の未来は暗いな。」
「何だよ。俺は2回戦は、勝てたんだぞ。並べてみせようか。あん時の碁を。」
加賀はあきれたように言った。
「ばっかじゃねえか。お前は。そんな碁を覚えていて何の役に立つっていうんだ。お前のヘボ碁より下手な奴との碁 なんかを。忘れちまえ。覚えるんだったらもっと大切なことを覚えろよ。」
「何だよ。俺が勝ったから、海王中との決勝に出れたんじゃないか。」
ヒカルは不満そうに言った。
「ああ、お前の運は認めてやるよ。覚えるんだったら、お前の腕なら自分が負けた碁を覚えた方がましよ。どうだ打ってやろうか。お前が覚えなきゃなんねえ碁を。ここで。」
というわけで、ヒカルは、また加賀と打つことになってしまった。
筒井は、楽しそうにリュックから、ごそごそと携帯碁盤を探し、用意を始めた。
それを眺めながら、ヒカルは思った。
加賀と佐為は同じことを言っている。
…
「佐為。2回戦の俺が勝った碁を見せてやるよ。」
「勝った碁?ああ、ヒカルが勝ったと言ってましたね。いいえ。それはいいですよ。ヒカルが勝った碁など見ても仕方ないことです。」
「何故、仕方ないんだよ。」
ヒカルは口を尖らせた。
「えっ、何故って、それはヒカルより相手が下手(したて)だということでしょう。そんなものに拘っても何も進歩はありませんよ。 今のヒカルに必要なのは」
「なんだよ。その言い方。」
…
俺はあの時、怒ったけど 、佐為はきっと負けた碁を勉強しろとか言うつもりだったのかな。
確かにそうなんだ。きっと。佐為だけじゃなくて、加賀の奴までが、そういうんだったら。俺は負けた碁から何かを掴まなければいけないって訳か。
ヒカルがぼんやり思い出していると、加賀が聞いた。
「進藤はどこで碁を打ってるんだ?筒井と打ち合ってるだけだったら、大して進歩は望めねえぞ。」
筒井が苦笑して言った。
「失礼だな。加賀は。まあ、でも確かにそうかもね。進藤君は、保健センターの囲碁教室に通ってるんだよ。 それに碁の強いお祖父さんが近所にいるんだよね。」
「へぇ。囲碁教室ねえ。まプロに習ってるって訳か。それに祖父さん…なるほどな…」