風の石空の夢   作:さびる

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『久方』11~20
ヒカルが筒井さんと囲碁部を立ち上げ、佐為がヒカルの時代にタイムトリップするまで
(主な登場人物(佐為、ヒカル、導師、加賀、筒井、平八、白川、塔矢アキラ、塔矢行洋、緒方、芦原、三谷、ダケ、席亭)


久方13

「進藤君は今日でやめるんだったね。」

保健センターの囲碁教室の講師をしている白川は残念そうに言った。

「うん。」

ヒカルは元気よく返事をした。

「中学に慣れたらまた遊びにおいで。進藤君はこのところ急に力がついてきたから。

折角ここまで打てるようになったのに碁をやめると、残念だよ。」

「俺、碁は続けるよ。中学の囲碁部に入ることに決めたんだ。」

やめたら惜しいと思っていた白川は、ほっとしたような声を出した。

「中学の囲碁部に。そうか、囲碁部のある学校なんだね。」

 

傍にいた年配の女性がヒカルに言った。

「私たちも残念だけどねえ。ここは、おじさんおばさんばっかりだからね。ヒカル君も同い年くらいの子どもたちと打ちたいんでしょ。」

ヒカルはへへと笑った。

「まあね。」

それから白川に聞いた。

「そうだ。先生。一度聞きたかったんだ。今一番碁が強い人って誰なの?」

 

「一番強い?そうだねぇ。」

白川は少し考え込んだ。

「あら、先生。塔矢名人に決まってるでしょ。」

ヒカルの周りに集まっていた一人が言った。

「ええ。塔矢さんはタイトルもたくさん持っていますしね。今のところ現役最強でしょうね。」

温和な白川だが、ちょっぴりプロの意地をにじませた声でそう答えた。

プロとしては、いずれその横に自分も並びたいと願って頑張っているが、今のところは、確かにそうだ。

 

「塔矢名人って?塔矢アキラのお父さんのことだろ。その人が最強なの?」

「そうよ。ヒカル君、知ってるの?神の一手に最も近い男って言われてるのよ。」

「へえ。神の一手に最も近いか。」

佐為はどのくらい強いんだろう。塔矢の親父さんに負けちゃいそうだな。

ヒカルはこっそりそう思った。

 

「おばさんが前に教えてくれただろ。駅前の碁会所のこと。あそこで会ったんだぜ。塔矢アキラに。あいつ、プロ並みに強いんだって ね。」

白川が言った。

「確か、彼は進藤君と同じくらいの年でしたね。一つ上でしたっけね。」

「ううん。学年は一緒。今度中学生だけど。でもあいつは海王中に行くんだって。」

「そうなのですか。海王は囲碁が強い学校ですよ。確か全国大会でも優勝の常連校でしたね。」

「俺さ、中学の囲碁部に入って、大会に出たいんだ。団体戦だぜ。それで海王中に勝ちたい。」

白川は大きく頷いて、にこやかに言った。

「団体戦か。応援しているよ。」

 

 

ヒカルを見送りながら白川は思っていた。

あの子は、とても碁と相性がいい。初めはどうなるかと思ったが、石取りゲームから初めて、半年も経たないうちに級は通り越している。

中学の大会で海王中に勝つ。年頃にふさわしい目標だ。囲碁を楽しんでくれて嬉しいが。

だけれど。

白川はこっそりため息をついた。

やはり少し残念だ。進藤君のような子がいると、ここも教え甲斐がある場所なのに。

まあ、大人に教えるのも悪いとは思わないけれど。

白川は、ちらっとっ教室に残っている大人たちを眺めた。

 

 

4月になると、ヒカルは平八の家に行った。蔵で倒れてから、正月に一度来たきりだった。

庭に回って声をかけると平八が縁側に出て来た。

「おおヒカルか。元気だったか。何のようだ?」

それから平八はヒカルの服に目を留めた。

「おや、それは中学の制服か。」

「うん。お母さんが見せて来いって言ったんだ。」

平八は眼を細めて言った。

「よう似合っとるぞ。そうか、ヒカルはもう中学生になるんじゃな。

今、ばあさんは買い物に行っていておらんから。座敷に上がって少し待っとれ。テレビでも見てるか。」

 

「ううん。じいちゃん。実は俺。碁を覚えたんだ。」

平八はびっくりして大声で言った。

「な、何?碁だと。ヒカル。お前、碁を覚えたのか?」

ヒカルは得意そうに言った。

「うん。だからね、それでさ」

平八はヒカルの言葉を全部聞いていなかった。

「よし、分かった。今持ってくるから、待ってろよ。逃げるなよ。」

子どものようにそう言うと、小走りに奥に行った。

 

碁盤と碁石を運んでくると、平八は嬉しそうに笑った。

「そーか。ヒカルも碁の面白さに目覚めたか。ふっふっふっ。さあ、いくらでも打ってやるぞ。」

「あのさ、じいちゃん、だからね、俺が勝ったらさ」

 

平八はその言葉に目をむいた。

「勝つだとぉ。笑わせるな。ふっふっふっ、わしは強いぞ。ヒカル。いいから。いくらでも石を置け。」

「石を置けだって。じいちゃんて、そんなに強いの?」

ヒカルの疑ったような声に、平八はぴくぴくとこめかみを震わせた。

急に立ち上がるとヒカルの腕を掴んで、座敷に連れて行った。

「どうだ。これを見ろや。」

そこには賞状やら盾が所狭しと並べられていた。

「どうだ。能ある鷹は爪を隠すのだ。」

平八は胸を張った。

 

優勝、優勝、優勝…って。全部優勝ばっかじゃんか…

「ええっ、じいちゃんって、こんなに強かったのか。」

ヒカルはちょっとドキッとした。

これじゃあ、勝てないかもしれないぞ。でも俺だってさ。

じいちゃんは町内大会優勝だけど、俺だって、中学大会準優勝…あ、でも団体戦だった…。

いや、俺は佐為の弟子なんだぜ。帝の囲碁指南役の。だから。

「俺、ハンデなんかいらないよ。俺、きっと強いぜ。」

 

平八は呆れたように言った。

「何を言ってるんだ。ヒカルは。ついこの間まで、碁など見向きもしなかったものを。

どうせ覚えたてだろうが。強いも何もあるものか。

お前のは気が強いってだけだ。

まあ、それでもいいよ。石を置きたくなければ、石は無しでいいから。

ホラ打て。打ってみろ。」

 

平八のその声に、ヒカルは右上スミ小目に石を置いた。

「うむ。手つきはなかなか良いな。だが、手つきだけでは勝てんぞ。ほれ。」

平八はそう言いながら余裕で碁笥から白石をつまんだ。

 

祖父と孫が碁を打つ縁側に春の陽射しが射し込んでいた。

一時が経った。

 

「あれ、負けちゃった。俺。」

ヒカルはがっかりした声を出した。

「当たり前だ。わしが何年碁をやってると思ってるんだ。」

平八は満足そうに言った。

「だが。それにしても、ヒカル。いつから碁を始めたんだ。手つきと同じに、さまになってる碁を打つじゃないか。」

「去年の11月からさ。保健センターの囲碁教室に通ってたんだ。」

「そうなのか。まだ半年経たんのに。お前。わしに似てなかなか筋がいいぞ。」

平八は嬉しそうに言った。

 

ええっ! じいちゃんに似てるぅ? そんなの、ちっとも嬉しくないぜ。

「でも、畜生。じいちゃんに負けるなんてさ。」

 

「 ヒカル、まだ言ってるのか。わしはな、だから強いんだ。分かったか。

何しろあすか町の井上さんに勝てたのはわし一人だからな。

まあ、その気の強さもわし譲りか。ヒカルもずっと続けていけばわしくらいに強くなれるぞ。

それで?ヒカルはその囲碁教室にずっと通うのか?」

 

ヒカルは首を横に振った。

「ううん。やめる。俺、中学の囲碁部に入ることに決めたんだ。中学の大会に出たいから。」

平八は頷いた。

「そうか、そうか。それは楽しみじゃな。」

それから思い出したように言った。

「それはそうとヒカル。お前、さっき何とか言ってたな。わしに勝ったらどうとかと。」

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