佐為とヒカルが出会い、中学囲碁大会に出るまで
(主な登場人物…佐為・ヒカル・導師・あかり・白川先生・塔矢アキラ・磯部秀樹・筒井・加賀)
佐為は呼び鈴を振った。
召使は予め言付かっていたらしく、すぐに碁盤を捧げもってきた。
これって、碁じゃねえか。俺と碁を打とうって言うのか?
ヒカルは、佐為が話す前に言った。
「いいか。俺、碁なんて打ったこと、ないからな。何でも勝手に決め付けるな。」
佐為は驚いたようにヒカルを見た。
「碁を打たないと。いや、打てないのか?そなたは。では、何故ここに来た。」
ヒカルは頭にきた。それは俺が聞きたい。
「お前、さっき、こっちの導師さんが言ったのを聞いてなかったのかよ。佐為が気がつかぬ間に呼び寄せたって言ったじゃないか。 俺は来たくて来たわけじゃない。」
佐為は憮然として言った。
「私がそなたのような者を呼び寄せる筈がない。碁を打てない者など私には用がない。」
その言い方に、ヒカルはカチンと来た。
「お前のような奴と。打てたとしても俺はどんなに頼まれても打つものか。 碁なんてくだらないよ。詰まんないものだ。」
「それは違う。碁こそ生きるすべてだ。尊いものだ。」
佐為もむっとしたように言い返した。
導師は興味深そうに二人の様子を見ていた。
それから、佐為に言った。
「ヒカル殿は碁を打てないとな。だが折角用意した碁盤だ。佐為。わしと一局打つか。そなたの相手には不足じゃが。 一局打ったらわしは帰る。」
導師は、石を三つ碁盤に置いた。それから佐為と導師は碁を打ち始めた。
祖父ちゃんが打つ碁とは何か違って見える。碁盤や石が違うからか。
しかしそうじゃないとヒカルは思った。
佐為は、ヒカルの存在を忘れたように碁を打っていた。ヒカルは盤上を指が行き交い、石が置かれる様をじっと見つめていた。ヒカルの頭にそれは、しっかりと植えつけられた。ヒカルは初めて碁を打つのを真剣に見たと思った。
勝負が付いた時、ヒカルには二人の呼吸が聞こえる気がした。先ほど碁をけなした事を 、佐為をけなしたことを、もうすっかり忘れていた。
とっても面白かったと、そうヒカルが言おうと思った時、佐為は導師に言った。
「この子は私には無用の子です。 戻せるものなら早く戻してやりたいが、碁が打てぬとなるとやり方がわかりませぬ。」
ヒカルは急に気持が冷めた。それからひどく頭にきた。もう前の世界に戻れるかどうかなど、眼中になかった。 どうでもいい。無用の子といわれたのが癇に障ったのだ。偉そうに澄ましている、この佐為という男をぎゃふんと言わせてやりたかった。だがどうすればいいのか。
「無用の子で悪かったな。俺もお前の顔を見たくないさ。そうだ。導師さん。俺をあんたの家へ連れて行ってよ。」
導師は言った。
「私はそなたを戻せるかどうか分からぬよ。」
「いいよ。導師さん。こいつだって、できないって言ってるんだから。勝手に呼び寄せやがって、気に入らなければほっぽリ出す奴なんだ。信用できないよ。」
佐為はむっとした様子でヒカルを見て何か言おうとした。だが、ヒカルは佐為を無視して、スニーカーを持ち土間へ降りた。靴下と靴を履き終わると、導師に言った。
「さあ、行こうぜ。導師さんの家にさ。」
導師は特に何も言わなかった。
だが門の外へ出る前に一言ヒカルに言った。
「もう日が落ちる頃なので、大丈夫とは思うが、それでもその衣服は目立つ。これをかけるがよい。」
導師が差し出した長い布をマントのように纏い、足まで覆い隠すと、ヒカルは導師の後に続いた。
やがて町並みが途切れ、林の奥へと分け入る小道へと入った。すぐに小さな邸に行きあたった。二人が近づくと、40歳前後に見える男が 導師を迎えに出た。
「ここがわしの住まいだ。この男はわしの弟子の冶吉という。ここでは何も気を遣う必要はない。」
冶吉はヒカルの見慣れぬ衣服を見ても驚かず、淡々として見えた。
ヒカルを部屋に招き入れると、導師は早速言った。
「さて、そなたの話をもう少し、詳しく聞きたい。 そなたがずっとここにいれば、佐為の役に立てるかも知れぬが。しかしそなたは戻るべきだ。 戻る手立てを考えねば。ヒカル殿の暮らしていたのは江戸ではないのだろうな。」
「江戸?」
時の旅とか言ってたけど本当なのか?ちょうど学校でやったところだ。えーと、“いやでござんす ペリーさん”…だから、 1853年だっけ。140年ぐらいかなあ。
「江戸って、江戸時代のことだよな。俺がいたのは、それが終わってから、140年位かな。今は江戸じゃなくって、東京って言うんだよ。」
「京都はまだあるかな。」
「京都?あるよ。東京から新幹線で2時間くらいかな。」
「2時間?新幹線?よく分からぬが、まあおいおいに聞こう。 ところで、ヒカル殿は確か碁盤のところで石を見つけたといっていたが、誰か近くに碁を打つ者がいたのかな。」
「うん。おれの祖父ちゃんだよ。相当強いらしいよ。何ていったけな。とにかく有名な強い人を負かせたって。いつも自慢してる。」
「そうか、そなたの祖父殿が碁が強いのか。そなたはそれを見ても打つ気持はおこらなんだか。退屈に思うか。賭け事が好きになれぬか。」
「分からないけれど。でもさっき見たの。導師さんと佐為が打ったのは、とっても面白かった。俺、見ていて夢中になっちゃった。あっ、でも、これは 、あいつ、佐為には絶対言わないでよ。佐為って偉そうで本当に頭にくる奴だから。」
導師は可笑しそうに笑った。
「やはりそなたは来るべくしてここに来たのかも知れない。そなたの物怖じしない態度を見るとそう思えてならない。だが、とにかく、今はそなたが 元の場所へ戻る手立てを考えねば。」
導師は少し考えていた。
「そなたが手にしたという石は今どこにあるのか。どこかに落としたのか…。」
ヒカルはそう言われて、気が付いた。上着のポケットを探った。出てきたのは、くしゃくしゃのハンカチだけだった、それからズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「あった。これだ。」
ヒカルは8ミリほどの小さな石の玉を取り出した。それを導師に良く見えるようにと、灯台の傍に近づけた。