風の石空の夢   作:さびる

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『遠鏡』21~30  
中学の大会、佐為が自由にヒカルの時代で過ごせるようになるまで
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、三谷、筒井、広瀬、北島、アキラ、あかり、津田、日高、美津子、平八の妻、術師、正夫)



遠鏡23

[大会か。」

筒井はため息をついた。実は、筒井は三谷がヒカルに引っ張ぱられて理科室に現れた日から、ずっともやもやした気分を抱えていた のだ。

 

もやもやの理由? 三谷が僕が弱いことを馬鹿にしているから?

違うよ。そんなことで、いちいち反応する僕じゃない。そうじゃないよ。もっともあの態度には腹が立つけど。前に加賀が僕にちょっかい出した時も腹はたったけど、 それは今回とはまったく別の腹立ちだった。

三谷は初めて囲碁部に現れた日に、僕との手合わせで、僕を嵌めて二度打ちをさせた。

進藤君は、あの時、実は三谷がズルをして金を稼いでたと言ったけど、それを言われても三谷は悪びれる様子もなく薄ら笑いを浮かべて いた。

「約束だから、大会が終わるまで、囲碁部員でいてやるよ。」

感謝しろといわんばかりの態度で、それだけ告げると、三谷は帰っていった。

 

僕は進藤君に碁会所での話を詳しく聞いて、心配になった。

「進藤君。彼を大会に誘うのは間違いだよ。」

「でも強いじゃん。絶対いいメンバーだって。他に誰がいる?」

「だけど、もし三谷が大会でズルしたら?碁会所で大人相手にズルできるんだ。そんな奴だったら大会で中学生相手だったら平気で ズルできるんじゃないか?」

「いや、それは。」

進藤君は口ごもった。

「三谷はさ。でも一万円を賭けて負けてさ…。その、だから心を入れ替えて…。」

その言葉に藤崎さんがビックリした声を上げた。

「一万円?何?それ?何の話?」

 

僕達は、席亭が三谷にズルをやめさせるためにしたことの顛末を進藤君から聞いた。

「…それで、その一万円を俺が預かって、三谷に返してやったんだ。もうズルはしないって約束で。俺は信じるさ。 だって三谷は俺たちと同じ学校の生徒だろ。」

「でもさっき、僕に二度打ちさせたじゃないか。あれはズルとは言わないの?」

「そ、それは、その…」

「僕は賛成できない。」

僕はきっぱりと言った。すると、藤崎さんが、おずおずと言った。

「少し様子を見てみたら。三谷君は囲碁部に入ったんでしょ。ここに来るんでしょ。だったら様子を見れるでしょ。」

 

でも三谷はそれきり部室になかなか来なかった。1週間ぐらいして、ひょっこリやってき たのは進藤君の腕前を見るためだったらしい。僕と藤崎さんに挨拶もせず、三谷は進藤君と打った。そのあげく、「げっ、お前弱い。」と吐き捨てるように行って、出て行った。 進藤君は怒りもせず苦笑しただけだった。

 

三谷が週2回は、部室に来るようになったのは、僕が進藤君に負けたのを目撃してからだった。

進藤君に負かされても僕は驚かなかった。加賀も言っていたけれど、進藤君はどんどん強くなるという気がしてたから。 僕の先を行くその日が近いと、感じていたから。その日が来たんだと思っただけだ。

でも三谷には進藤君の進歩が驚きだったに違いない。 僕はその時思った。進藤君はいずれ三谷を軽く抜くだろうと。そう。このまま進藤君が進めば、きっと、二年生になる前に は。

 

三谷はそれ以来、部室に現れるたび、僕とも進藤君とも、結構真面目に打つようになった。 少なくもズルはしてない。いや、彼はここでは一番強いわけだから、ズルする必要はないからか。それとも心を入れ替えた?

 

藤崎さんはある日、津田さんという囲碁を知らないという女子を連れてきた。彼女は見学した後、言った。

「ねえ、あかり。私、その大会が終わってからにするよ。だって今は三人とも必死そうだし…。」

「うん。分かった。必死なのはね。海王中ってすっごく強いチームがいるからなの。どこの学校も彼らには絶対勝てないんだって。私たちの囲碁部も海王を目標にしてるのよ。」

“私たちの囲碁部”か。僕は藤崎さんのその言葉に嬉しくなった。でもすぐに、その気持を潰すような三谷の言葉が部屋に響いた。

「強いったって、たかが中学の部活じゃねえか。」

僕は、ずっと心に抱いていたもやもやを吹っ切るように言った。

「三谷君がいくら強がっても海王には勝てないよ。海王の強さは特別なんだ。君の腕では無理だ。」  ズルでもしなきゃね…この最後の言葉を僕は辛うじて飲み込んだ。

 

その時進藤君が言った。

「それでもなんでも、前回は筒井さんだけは勝てたじゃないか。その海王にさ。」

そう、あれは偶然だった。僕と海王中の副将の力の差はあまりに歴然としていた。

ただ僕の唯一のとりえ、目算とヨセの正確さで、その偶然を拾えたんだ 。僕はその偶然を見逃さなかった。そのことには誇りを持っている。

 

「なんだ。筒井さんが勝てるような相手なら弱いじゃんか。俺にかかれば何てことはない。楽勝さ。」

馬鹿にしたような声で三谷はそう言った。それから、もう飽きたというように部室をふらっと出て行った。僕が嫌っていることを三谷は知っている。不正をするんじゃないかと疑いを持っていることを知っている。

僕は心配が募って言った。

「進藤君。もし三谷が海王中相手にズルしたら、すぐ見やぶられるよ。彼らの実力ならね。」

「絶対させないよ。そんなこと。」

進藤君は力強くそう言ったけど、僕は信じきれない。三谷を信じるなんてできない。

 

大会の日が来た。

「何か、わくわくするよ。」

会場に足を踏み入れながら、あかりが楽しそうに言った。

「お前が打つんでもないのに、何でワクワクするんだよ。」

ヒカルは、そっけなく言った。

「あら。私だって囲碁部員だよ。試合には出ないけど。ヒカル、そんな意地悪言うと、お弁当あげないわよ。」

「弁当?あかり、お前、偉いっ!」

ヒカルは態度を豹変させた。

 

筒井は二人のやりとりを横目に見ながら、ぬぐいきれない不安と戦っていた。

大会には出れた。でも三谷は本当に大丈夫だろうか。

進藤君が強くなったから、三谷も真面目になってきたけど。

でも勝ちたいと思って、もしここでズルしたら、葉瀬中の囲碁部は破滅だ…。

 

「ねえ。筒井さん。三谷が来るまで一局打ってようよ。」

ヒカルは屈託なくそう言って、碁盤の用意を始めた。

筒井は頷いた。そうだ。ここまできたら進藤君みたいに気持を切り替えて、集中しなくちゃ。

 

 

三谷は約束の時間より、遅れてきて、ぶらぶらと校門に向かって歩いていた。

「海王って、でかい学校だな。あのホールが部室なのか。」

その時、アキラが反対側から歩いて来るのが目に入った。

「やあ。」

三谷はそう言って、手を上げたが、アキラは、ただちょっと、首をかしげ、会釈を返すようにして、行ってしまった。明らかに、三谷を覚えていないようだった。

「な、何なんだ?あいつ。この1週間で2回、あの碁サロンで、指導碁を打ってくれたじゃないか。あんなに親しそうに話をしたのに、俺を覚えてないだと? チキショー。海王に通ってるからって馬鹿にするなっ。」

 

腹立たしげにホールに入ってきた三谷をヒカルは目ざとく見つけた。

「ああ、やっときた。三谷。海王に恐れをなして来ないんじゃないかと思ったよ。良かった。」

「馬鹿言え。海王如きがなんだっていうんだ。」

そう言いながら三谷はちらと、ヒカルと筒井の対局を覗いた。

「その黒、逃げてもいいことないぜ。逃げると、もう一方の黒がとられてしまう。」

それは仲間内だったら、何ということはない言葉だった。普通の会話。そう、仲間だったら。

でも三谷は仲間じゃない。そう思う筒井に三谷の言葉は火をつけたのだった。

「うるさいっ!」

筒井は思わず、声を荒げて言った。そして思った。

 

僕は今、分かった。三谷君の何が嫌なのか。

僕が弱いことを見下してるからじゃない。いいよ。そんなことは。僕は三谷ほど強くない。それはよく分かっているよ。それでも好きでたまらないんだ。碁が。

だから三谷なんかにケチをつけられたくない。彼は僕が碁を愛している気持を平気で踏みにじるんだ。

進藤君は僕を負かすようになった。すごく強くなったけど、全然いいんだ。だって進藤君は碁が好きで好きでたまらないんだから。 そして僕が碁が大好きなのを分かってくれている。

でも三谷は違うだろ。碁はただの道具なんだ。自分が強いとちやほやされたいための道具。

だからそのために平気でズルするんだ。

そんな彼に、僕の、僕たちの囲碁部を荒らされたくない。いやだっ!

三谷は碁が好きなんじゃない。自分が強いと思うことが好きなんだ。皆に強いと思われるのが好きなんだ。そんな奴を大将に据えて、僕は一体何をやっているんだろう。

 

筒井は歯軋りするような思いを必死でこらえた。

 

 

トーナメント表を見ていた子が声を上げた。

「げっ。俺たち、一回戦、海王とだって。マジで?」

「戦わないで、このまま帰るか?」

三谷はその声に聞こえよがしに言った。

「ふん。海王が何だって言うんだ。海王だろうと何だろうと、要するに勝てばいいんだろ。 たかが中学の大会じゃねえか。」

 

「あら。偉そうな。うち(海王)のこと知らないっていうのは、一年生?どこの学校?」

三谷のすぐ後ろにいた女子が振り返って言った。

「葉瀬中だよ。俺は一年だけど大将さ。」

「へえ。あなたが大将。とすると、副将があなたってわけ?」

その女子は筒井に向かって聞いた。筒井が口を開く前に三谷が答えた。

「筒井さんは三将。囲碁部の部長だけどな。」

「へえ。そう。あなたが筒井…。そういえば、前にまぐれでうちに勝った子ね。先輩悔しがってたわ。自分の見損じで負けちまったって。」

その女子は大将:日高と名札をつけていた。

 

彼女は、僕が前の大会で海王に勝ったのを、馬鹿にしてる? 確かにあれは実力の差から言ってまぐれかも知れないけど、それでも僕の力が全くなければ拾えなかった勝ちだ…。

筒井はそう思って、かっと熱くなった。

その時、ヒカルが言った。

「ちぇっ。いつまでも詰まらないこと言うんだな。大体目算が正確じゃなきゃ、あの勝ちはなかったんだ。まぐれだと言いたいなら言えよ。でも とにかく勝てたのは筒井さんの力があってのことだぜ。 お前。前の大会じゃなくて、今の大会のことでも考えてろよ。でないと負けるぜ。皆腕を上げてきてるんだから。」

 

し、進藤君。筒井はうるうるしかけた。

しかし、ヒカルの言葉に日高は別の方向へ反撃を向けた。

「あなた達がどんなに腕を上げたって海王に勝つのは無理よ。ま、見たところ、あなたたち、今回もまぐれ狙いって訳ね。作戦上、大将が この一年坊って、必死ね。部長が三将っていうのは。もう作戦というより、ほぼズルに近いわね。 でもどう足掻いたって海王に一人でも勝つなんてことはないわよ。」

 

日高の自信満々で疑いを持たない高飛車な態度に、筒井も三谷も激しく反応した。 三谷は何か言いかけようとしたけれど、筒井の方が早かった。筒井は今まで抱えていたもやもやを全て吹き飛ばす勢いでまくし立てた。

「このオーダーは、実力順なんだ。作戦上じゃないよ。いいか。

一年だけど、三谷は一番強いんだ。三年の僕より十倍強い。だから大将なんだ。 三谷はちゃんとウチの大将なんだ。打てば分かるさ。なめるな!」

それは自分にそれを信じさせ、確認する言葉でもあった。叫びだった。僕達はチームだ!

 

三谷は、筒井の様子と言葉に目を見張った。

何のかんのといって、筒井さんは俺の力を評価してくれていたのか。ここでこんなに啖呵きるほどに。

三谷の中に熱い気持が湧き上がってきた。

 

「日高。いい加減にやめなよ。」

そう言って海王の副将が、日高の手を引っ張って、去っていった。

その後には葉瀬中チームに、 三人共通の闘志が燃えていた。

自分の全てを出し切って、一 矢報いてやる。そう俺たちは三人でチームなんだから。

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